僕は支配者だ。
かなりずっと前から気づかれてないけど僕は支配者だ。
人が集まる所で僕は空気を読み、人に指示を出す。
匙加減一つで僕の思い通りみんな動く。
ずっと昔からこうだったわけじゃない。僕はどっちかというと子供の頃は親の言いなりだった。押し付けてくる親に抗いながら、生きてきた。
でも親に従っていても何もいいことなんかない。
学校ではガリ勉と言われ、家ではなんやかんやとルールばかり押し付けてくる生活、いつしか家出したいと思ってた。
中学の頃手をあげてくる親に立ち向かい、自分の好きな髪形をした。
もう言いなりにはならない。
でも勉強もする。遊びも一生懸命。
とても柄悪く見えるけどいいことばかりだった。
誰もかれも頭が良く、鋭いセンスを持つ僕に憧れの視線を向けた。
教師の嫉妬の様子も面白い。
だから調子に乗ってたんだ。
ある日他人の自転車を乗り回しているところ、警察に捕まった。
クラスのダサい奴の自転車。ダサい癖にちくりやがった。
僕はどうしてもそいつが僕と全く異なった存在で、理解不能に思えた。
警察に捕まると、僕へのまなざしが冷ややかな危ない人間を見る目に変わった。
こいつさえいなければ。僕はそいつを徹底的に虐めた。
虐めているうち、僕を指示する人がひとり、またふたり、増えて行った。
そいつを見てるとイライラする人が結構沢山いたんだ。
そいつは、さ、独り言を言うのだ。窓の外を見ながら、何かをノートに書いている。
そのノートを覗いてみたら、何か呪文のようなものが書いてあって、だから悪魔崇拝の奴で、きっとじきに人を殺す。そんなことを広めてみたらあっという間に広まった。酷いっていう人もいたんだけど、僕は未然に犯罪を防いだんだって思った。かれはそのうち不登校になったけど、あのまま学校に通ってたらクラスの誰かが犠牲者になっていたに違いない。
それから僕はクラスの支持を受け、発言力も得た。
高校、大学と一生懸命陰で勉強して、馬鹿そうに見えても実は超頭のいい奴、そういう評価を得た。
そんなこんなで希望通りの職にも、コネと実力で入社した。
仕事も、人間関係作りも手を抜かなかった。
でも、いたんだよ、あいつが。中途採用で入ってきたんだ。
どうしても、ぼくは人間に見えないあいつを許容できなくて
で、あの時のようにもう一度やってみたんだ。
色んな方法を試みてみて、日を空けて攻撃するとしばらく休むようだった。
彼が嫌がる言葉を色々試してみた。言葉は殺虫剤の様によく効く。僕は優しいので暴力は反対だ。でも本当は空手の段を持ってるし、結構強い。いざとなったら、そいつが殺しに来たら、素手でも勝てる自信があった。
会社の連中は徐々に彼が怪しい人物だと気が付くようになってきた。
何気ない仕草でも、何かおかしいと言えばおかしく見えていく。僕にはどうしても彼がおかしい人間に見えたから、色々言ってみた。
おかしいやつに、色んなおかしなことを追加しても、別に変わりないだろう。
彼が褒められるたび、僕は彼を罵った。そして褒めた相手に彼が過去ノートに呪いの呪文を書いていたことを教えた。クラス全員で彼を追い出して、クラスは平和になったんだと言うと、真剣な顔をして相手は聞いていた。次から褒められることはなくなり、代わりに犬や汚物でも見るような扱いを受け、僕は思い通りになって僕の業績もようやく軌道に乗り始めた。
しかし1ヶ月経っても彼はやめなかった。彼の通りがかりざま、いつやめるのかとみんなで盛り上がっていたら、顔を真っ赤にして壁に突進していった。
「早くいなくなれよ、殺人鬼。」
僕が呟くと周りの女子が笑った。
「これだけ言われてんのに、自分の事だと気付いていない。黙ってて気持ち悪いな。」
ぼくが聞こえるように言うと、女子もそれを真似するようになった。
ある日、彼が通勤で同じ経路を使っていることを知った。電車の車両が違うから気づかなかったのだ。早速僕は彼と同じ車両に乗った。そして同僚5人とつるんで、彼から少し離れたところにいた。
いつものようにやっていると、しらないおばさんやおじいさんも加担してきた。何だか汚い爺さんばあさんだな、そうおもいつつも仲間が増えるのは楽しい。
そんなこんなで毎日やるようになった。
10年経って、彼は転職した。転職先もすぐわかってしまって、どうしても彼は僕に気付いてしまうのだった。
彼の家を確認するため、電話もかけてみた。居場所がわからないとつてをたどって聞きだした。
会社を辞めたはいいが、すぐまた新しいところに転職する。転職先に知らせる。彼は僕の存在に気付く。
はやくいなくなればいいのに。僕はそう思った。
「なぜ、追いかけるの?」
そう聞かれたこともある。でもごくごく少数派だ。みんな彼を嫌っている。特に理由はない。気に食わないからだ。気持ち悪いからだ。彼は人としての振る舞いを知らない。社会の常識を知らない。
「何故追いかけるの?」
聞いて来た女性の目は何だかビー玉のような目をしていた。変に透き通っていて、こういう目は何だか気持ち悪い。自分が好きな目は、生き生きとした目だ。キラキラと輝いていて、汗をはじき、自分をしっかり持っていて、自分より仲間を大切にする目だ。
仲間たちとつるんでいる時、僕はいくつになっても青春してると感じる。
そう、あいつさえいなければ。
あいつがいなくなれば完璧なんだ。
ある日新聞にあいつの名前が載っていた。ついに犯罪に手を染めたか!その話を聞いた時、ついそう言って乗り出した。
しかし新聞に書かれていたのは、彼が新人賞をとったということだった。
なかなか取れない賞だった。
「凄い奴だったんだ。」
新聞を見せてくれた同僚はそう言って、新聞に目を落としてうなだれている僕を置いて給湯室を出て行った。
次の日から、僕は何故みんな僕を罵らないかと不安になった。
けど、一週間も経てば忘れた。
そのうち、あいつを追いかけるのもやめた。
今では酷いことをしたと思ってる。
理由も結構悩んだ末に分かった気がしている。
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