第5話
「日本記録、惜しかったな。今度こそ日本新だな」
「任せてよ。同じ大学になったら先輩にコーチ頼むから」
「そ、そうだな。僕がついてる」
「だから先輩、責任とってね」
「ああ、大丈夫だよ」
「違うよ、先輩、私にいきなり抱き着いた責任だよ」
「えっ」何、これはセクハラ、コーチだからパワハラ。
「どうやって責任をとれば…」
「私と付き合って」
「どこに?」
「先輩。私、告ってるんだよ。ライクじゃなくてラブなんだよ」
「…無理だ」
「…先輩…、男の子は頑張んないといけない時があるんだよ」
「…恥ずかしい」
「今好きって言わないで、いつ言うの?」
「だって、僕、デートなんてどこへ行けばいいか分からないし」
「大丈夫だよ。先輩。私は先輩と一緒だったら、どこでも」
「マラソンデートしかできないし」
「先輩、私たち、まだ付き合ってないし、私はマラソンデートでも気にしないよ」
「やっぱ無理」
「先輩、そういうのってドラマとかなら、「意気地なし」って罵られるパターンだよ」
「何ジャレあってるんですか、先輩」
「ジャレあってなんかいないよ」
「先輩日本記録出したら、キスしていいですか?」
「ダメだろ、そんなの」
「先輩のケチ」
「キスしてやんなよ、減るもんじゃなし」
「減るんだよ、僕のファーストキスがなくなるんだよ」
みんなが僕の煮え切らない態度に苛立っていた。
「僕はな、自慢じゃないがキスしたことないんだからな。どうやってやっていいのか、分かんないんだよ」
メンディが僕にキスをした。
「何すんだよ」
「キスですよ。これでやり方わかったでしょ」
「お前、男とファーストキスしたじゃん」
「僕はファーストキスじゃないから大丈夫ですよ、先輩」
「どうせ瀬川とキスしたんだろ、このブス専」
「ひどい、今の」
「なんだよ、みんなで僕を責めるなよ」
「先輩が私をいじめるから」
瑠香はすっかり被害者面だ。
「分かったよ、キスしてやるよ」
僕は瑠香の両肩を手で押さえた。
そして目をつぶって、キスをしようとした。
僕はいきなり瑠香に平手打ちをされた。
「嫌だ、先輩、みんなの前で」
「痛た」
なんだよ、なんで叩かれるんだよ。
「デリカシー無さすぎ」
「これだからスポーツ男子は」
「あのさ、どうすればいいわけ」
「私が日本記録で勝つまでお預けです」
「それにデートはもう何度もしてるじゃないですか、私たちと」
「そう、ダブルデート」
「奥手の先輩のために僕らがサポートしてるんですよ」
「嘘つけ」
「やたらと二人きりになったでしょ」
「あとは先輩の頑張りだけなんですよ」
こうして瑠香はあっさり日本新を出してしまった。
「恋の力だ」メンディは瀬川の肩を抱いたまま、そう言った。
「ほんと、恋の力ね」メンディと瀬川は人前で憚ることなく、見つめあい、キスをした。
どこだと思ってんだ、ここを。
神聖なるスタジアムだぞ。
「今度は先輩の番ですよ」
メンディは言った。
そして早々に次の日曜に4人でデートをすることになった。
もう逃げ道はなくなった。
どうせ、途中でいなくなるんだ。
そして二人きりにされ、僕はキスを奪われるのだ。
女子とする初めてのキスを。
大会のあと、瑠香はどこかよそよそしかった。
「おめでとう」と言っても顔を強張らせていた。
「先輩、可愛いじゃないですか、緊張してるんですよ」
なるほど…。
何か悪いことでも言ったのかと心配した。
そして帰り道。
気がつくと、瑠香と二人きりになっていた。
おいおい!
心の準備が…。
今度の日曜日じゃなかったのかよ。
月明りの下、瑠香の顔がはっきりと見えた。
無口のまま僕は瑠香の家まで送って行った。
ああ、何もできなかった。
瑠香は待ってたんだろうか?
「先輩、私、嬉しいんだ。先輩の願いを叶えられて」
「ああ」
「でも明日からどうしよう。なんか目標がなくなっちゃった」
「そんなことないさ。もっと上をめざすんだよ。瑠香ならまだまだ伸びるよ」
「うん、頑張る」
可愛い。
「じゃあ、おやすみ」
「あの…」
そう言って、僕は瑠香を引き寄せた。
急に瑠香が身を任せてきた。
僕は瑠香を恐る恐る抱きしめた。
ぎこちない。
それでいて添えるだけの手はガチガチだ。
これこそキスのタイミング。
今しなくていつする。
僕は目をつむって思い切りくちびるを押し当てた。
目を開けると、瑠香は目線をそらして俯いていた。
とても長い時間が過ぎたような気がした。
「じゃあ、またね」と瑠香は振り払うように、大急ぎに家に駆け込んだ。
しばしその場に立ち尽くしていたがじわじわと喜びが湧いてきた。
ついにやった。
僕は頑張った。
家路についてからも顔がニヤついて仕方ない。
とにかく次の日曜日には逢えるのだ。
ホント有難う、メンディ。
そのあと瑠香とずっとラインでやり取りした。
なんかさっきキスしたことが夢か何かのように感じられた。
普通の会話のやり取りが続いた。
日曜日、二人きりになると僕にスイッチが入った。
キスしたい。
兎にも角にもキスしたい。
するとなぜか瑠香はキスを求める僕を拒み続けた。
「嫌いになったの」
「ううん、大好き」
「じゃあ、キスしようよ」
「ダメ」
「どうして?」
「どうしても…」
僕はじっと瑠香の唇を見ていた。
「先輩…、何?」
「キスしたい…」
「次の私の願いは先輩が決勝で一番で走り抜けることです」
無茶言うなよ。
「それまではキスはお預けです」
おいおい。
それはないよ。
こうして僕の長い長い戦いがまた始まったのでした。
僕とキミとの15センチ みーたんと忍者タナカーズ @naokiss
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