第3話
「二人は付き合ってるのかと思いました」
よく言われるセリフだ。
そう見えたのも仕方ない。
瑠香が僕を好きなことは薄々感じていた。
しかし僕は瑠香を恋愛対象として見たことは一度もない。
「あくまでコーチで、ライバルなんだ」
一つ確かなことがある。
瑠香を教えてきたから僕の記録も伸びて、今では10秒台で走ってるってこと。
瑠香に負けないために僕もまた進化してるってこと。
「嫌いじゃないんでしょ」
「そりゃそうさ」
「じゃあ、付き合えばいいのに」
何度となく同じことを言われる。
そのたびに拒絶してるのはいつだって僕だ。
「だって、瑠香はタイプじゃないし」
どうして素直になれないんだろう。
瑠香は可愛い。
高校生になってさらに可愛さに磨きがかかってきた。
2個下だけど、気にするような年齢差じゃない。
3年生と1年生が付き合ってるのを何人も見てきた。
付き合えばきっとうまくいくだろう。
でも、僕は踏み出せずにいた。
「瑠香は恋愛対象にはしたくないんだ」
「つまり脈ありってことですか。デートなら俺らが企画しますよ」
「いいって、遠慮する」
大学生と高校生だからじゃない。
僕には自信がないのだ。
女子とどう接していいのか、分からない。
デートとかってどこに行けばいいのか。
そもそも二人っきりで何をして過ごせばいいのか。
陸上の話でもする?
そんなのいつもしてる。
むしろ二人から陸上の話をなくしたら、会話が成立しない。
二人とも黙ったままだろう。
映画?
映画見てどうするの?
終わったら、現地解散。
カフェに行って何話す?
陸上の話?
ディズニーランド?
楽しいのかな。
なんか恋人とかになると意識しちゃって、ギクシャクしそうだし、今のままでいい。
別に手なんか握りたいとは思わないし、キスをするのもなんか大変そう。
なんか変な汗かきそうだし。
やっぱ、無理。
性格も相性もきっといい。
それは分かってる。
でも付き合ってどうすればいいのか、分からない。
かっこ悪い僕、見せたくない。
リードできない先輩なんて。
「先輩ってプライドが高いんですよ。
かっこ悪くたって、恋人なら受け入れてくれますよ」
スポーツ女子特有の気の強さ。
がさつさ。
そういったものが気になるかもしれないし。
それきっかけで嫌いになるかもしれないし。
今のままなら嫌いになるなんてありえないし。
ドキドキは陸上のスタートラインで嫌になるほど経験してる。
あんな緊張がずっと続くなんて、そんなの罰ゲームだって。
いくらなんでもありえないよ。
「先輩たち、ほんとお似合いなのに」
「瑠香は胸、小さいし」
僕はみんなの前で瑠香のあら捜しをしていた。
「風の抵抗がないからいいじゃないの」
「100歩譲って100メートルで、瑠香に追い抜かれたら、付き合ってもいいよ」
「ずいぶん上からですね」
「でも、僕はもう10秒台だから、日本記録でも抜けないだろうけどね」
「先輩は胸が大きい方が好きなの?」
瑠香が突然切り出した。
みんなとした話。誰かが漏らしたに違いない。
「ないよりはあった方がいいのかな…
よくわかんないや。
あんまり気にして見たことないって言うか。
別に気にもならないんだよね。
まあ、大きい子はさすがに目がいくけどね」
「いやらしい」
「そうじゃないよ。
逆だよ。大きいと、胸を見られなくて、目のやり場に困るんだよな。
目を見て話すの、得意じゃないし、そうすると、なんか横見て話しちゃうって言うか」
「へえ、私とはちゃんと目を見て話してるのにね」
瑠香は頬を膨らませた。
ゴールデンウィーク中、5月初頭。
高校時代の陸上部の後輩メンディが訪ねてきた。
陸上部を引退してから、陸上部員と会うのは初めてだった。
いわゆるエリート揃いの陸上部員たちは全国各地に散らばり、すでにレギュラーとして活躍しているものもいる。
普通なら部員同士は仲良しで、各々連絡を取り合ったりしてるのだろうが、それはエリートたちだけの話で、カースト制度の末端にいた僕にとっては遠い存在になっていた。
入部したての頃仲良くしてた友達がいつしか口をきかなくなるのは珍しくもなく、僕は1年の半ば頃には完全に浮く存在になっていた。
「スポーツ推薦なんだって、この学費泥棒が!!」
そう言って罵られ、部活を去るものも多く、スポーツ推薦が取り消され、別の高校に転校するものも多かった。
レギュラーじゃない選手は、先輩であっても、なんとなく見下されている。
まして足の速い生徒はかなり自意識が高くなっている。
上下関係より実力主義。
それがなんとなく蔓延していた。
実際陸上同好会という別の部活があり、陸上部は2つ存在していた。
そもそもなぜそんな同好会があるのか。
それは落ちこぼれたちが上級生になって、居場所をなくした時、辞めてからも陸上を続けるための同好会だった。
一見手厚い福利厚生のようにも見えるが、部をやめた時点で、学費の免除が打ち切られるのだから、我慢して陸上部に残る先輩もいっぱいいた。
ただ部をやめて、同好会に行かないと、後輩のシューズを磨いたり、白線をひいたりという雑務をさせられるためプライドは傷つけられてしまう。
ましてレギュラーが家に帰るまで、走ることを許されないのは、陸上をやめろと言われるようなものであった。
そうして追い詰められてしまうのだ。
そのためほとんど辞めてしまう。
僕が陸上部に留まることができたのは、そう言ったことを嫌がらずに続けたからだ。
瑠香が入部すると、僕の部活に意味が生まれた。
松田コーチが僕に任せてくれたのは、幸いだった。
今でも思う、スター候補生の瑠香の指導をよく僕なんかにと。
考えられることと言えば、瑠香が僕以外から指導をうけたくないと申し出たとしか考えられない。
雑務ばかりしていた僕を慕ってくれる後輩は少ない。
ただ落ちこぼれ組の後輩とはよく口をきいた。
池野メンディもその中の一人だ。
彼から一度相談を受けたことがある。
彼も追い詰められて、しかも雑用係に苛立っていた一人だった。
彼は部を辞めて、同好会に入るかどうかを悩んでいた。
そこでいつまでも辞めない僕に相談したのだ。
「先輩はどうして辞めて同好会に入んないですか?
後輩たちと混じって、雑務して、辞めろって言われてるような環境で、
どうして続けられるのかなって」
「なんだろうね」
「意地ですか?」
「意地だけじゃ続かないね。まあ陸上が好きなんだね、きっと」
「後輩のスター選手を応援するのも結構楽しいよ」
メンディは首を捻ってる。
「だってマネージャーなんてそうだろう。ずっと洗濯して、雑務をして、何が楽しいんだろうって思ったことない」
「でも彼女たちはスター選手を側で見たいからじゃないのかな」
全国優勝もする有名校なのだ。
陸上界じゃ、有名人ばかりの部活である。
「ただのミーハーでしょ」
女子マネージャーは二人。
一人は平凡で、根暗。
みんな、「いの」と呼んでいた。
それは名前が猪俣だからだ。
もう一人は瀬川。
ブサイクだが、胸が大きかった。
メンディは背が高くてまあまあのイケメン。
だから人気があったのだが、レギュラーから外されて、大会にも出れない日々。
そもそもスポーツ推薦で入ってくるくらいだから、他の学校にいれば足の速いかっこいい男子だったんだろうに。
一年、二年と学年が上がるごとに人気がなくなっていった。
ハーフだったからか、入部してきた頃は、キャーキャー言われてたのを覚えてる。
部の片隅追いやられると少しずつ声援が消えていった。
そんなメンディが大学を訪ねてきた。
「彼女ができたんです」
相手は陸上部のマネージャーだった女の子。
雑務をする機会もあったから、顔見知りの女子である。
メンディはどちらを選んだのか。
根暗か、巨乳か?
「瀬川さん」
巨乳だ。
「巨乳好きじゃないですよ」
メンディはいきなりそう言った。
いつもそう言われてるんだろう。
「キャンパスライフ、どうですか?」
「別に普通だよ。ただ今は瑠香を一流の選手に育てたいって思ってるんだ」
「品川さんっていつも先輩と練習してた子ですよね」
「そう、中学の後輩なんだ、一応ね」
「もう教えてないんですよね」
「うん。今どうしてる?誰が教えてる?」
今は松田がコーチをしているらしい。
メンディは今も同好会に入らず、頑張っているらしい。
というより、4月に瀬川と付き合い始めてから、メキメキ記録が伸び、今は補欠選手に選ばれたらしい。
そのせいかすっかり瀬川に入れ揚げていた。
瀬川の励ましとおっぱいで。
じゃないとおかしい。瀬川は誰が見てもブスだし。
瀬川によると、メンディは競争を嫌う優しい性格で、自信を失くし記録が落ちただけだったらしい。
「もしあの時同好会に移っていたら、きっと記録は今も燻ってたはず」
すべて先輩のおかげです。
それが僕にはすべてオッパイのおかげですと聴こえた。
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