第二項 世代間の物差しの違い

 前ページで挙げたマナーについて解説していきます。


 例えば「電車の座席を我が物顔で占拠する」というマナー違反。


 かつて、音楽や携帯電話の使い方で車内トラブルが頻発していた時代もありました。それ以前は、迷惑がられる事はあってもそうそうトラブルにまでは発展しませんでした。


 公共交通機関に寄せられる利用者からのクレームにより、公共交通機関側で利用マナーを策定し、車内での通話は控えましょう、音楽のボリュームには注意しましょう、座席は譲り合って使いましょう、お体の不自由な方や妊婦さんには席を譲りましょう。そういったマナーを世に放ちました。

 ポスターや車内放送で呼びかけ続け、マナーとして認知された結果、その『マナーを守らない客』と、守らない客に対して我慢ならない『マナーを守る客』とがトラブルになるわけです。


 ですが、このところそんなトラブルも随分と減った気がします。

 公共交通機関の血のにじむような努力の結果、利用マナーとして定着してきたというわけです。


 さて、問題の根幹はここにあります。


 根幹に触れる前に、もう少し掘り下げてみましょう。

 昨今、公共の場でのマナーについて、小学生からしっかりと教育されるものだという事を皆さんもご存知でしょう。


 子供の交通死亡事故を減らすために、自治体や警察が心血を注いでいます。

 バスや電車の乗り方、自転車の乗り方、信号は必ず守る。

 現代の三十代や四十代の大人よりも、一層品質の高いマナー教育を受けているという現実があります。

 そして、それは交通機関や交通マナーに限らず、ありとあらゆる分野に多岐にわたって実施されているのです。


 これが問題の根幹。

 なぜか。

 それはそのマナーが定着した時期の問題です。


 自分たちも気を付け、そのマナーの定着に一役買ってきた世代と、物心ついた時からそのマナーが存在し、最初から守るべきマナーとして育ってきた世代。


 この格差が、実は大きな壁となって立ちはだかっています。

 交通機関のマナーなど一例にすぎません。


 飲食店などで店員さんに厳しく怒鳴り散らす人がいます。

 ただでさえ周囲は良い顔をしないでしょうが、そもそも対象が店員さんでなかったとしても、他人に厳しく当たる事を否定する教育を受けて来た今の若い世代がそれをどう思うか、想像してみて下さい。場所や相手の問題ではなく、そもそも大声を出す事が悪であるわけです。


 タバコのポイ捨てをする人がいます。

 ですが、今やタバコは喫煙スペースでのみ許されるものであり、そもそもポイ捨てするような場所で喫煙をしている事自体が問題であり、ポイ捨てせずともタバコに火をつけた段階で既に重大なマナー違反を犯しているのです。携帯灰皿があるからいいという問題ではないのです。


 車が来ないからと、横断歩道を赤信号で渡る大人がいます。

 信号を守りましょうという教育を、大人よりも殊更厳しく刷り込まれてきた世代にとって、それはあり得ない行為なのです。信号は守りましょうではなく、必ず守るべきものなのです。


 尊敬される大人になるには、まず尊敬されようとする対象の価値観を知る事が大切であり、その価値観に自分が合わせられるかどうか、そこが大きな関門です。


「若い連中にもマナーを守れない奴はごまんといる」


 そんな事を言う人がいます。

 マナーを守らない人など、どの世代にも一定割合存在します。これは最早論点の相違でありお話になりません。


「社会に出たからには、社会に合わせるべき。なんでこっちが合わせる必要があるのか」


 そんな事を言う人がいます。

 分からないでもありませんが、それは言っちゃけません。

 貴方の職務は若い社員を育てる事であり、どっちが合わせるかは問題ではありません。育てるにあたり、その第一歩として信頼される事が大切だからです。


 尊敬されろ、とまでは言いませんが、せめて尊敬できない大人にはならないよう気を付ける。

 教育が職務である以上、攻略すべき相手は若い新入社員です。


 彼を知り己を知らば……という言葉がありますが、それを社外ではなく、社内の教育対象に向けて下さい。

 そうする事で、貴方はただの現場社員から『教育担当』にランクアップする。

 それがご自身の将来にどんな影響を及ぼすか、考えてみれば損な事ではないと思います。

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