記録2:留年、飛び級、波乱万丈。
「あ、えっと、紀伊さん…だっけ。初めまして」
「あ、覚えてくださっていたんですね。紀伊みそら、といいます」
ぬぉしまった!俺はなぜ声をかけてしまっったのだろうかっ!?…おそらく彼女は俺の噂を少なくとも耳にしているだろう。飛び級をする彼女だ。彼女はこんな身ぶりではあるが、テンプレとして高飛車な性格を秘めているはずだ。少し性質は悪いがさぁて、ゆっくりその本性を炙りだしてみるか。
「俺は飯室たつ。もちろんだよ。飛び級、だってね。すごいじゃないか、俺なんて到底及ばないさ」
「い、いえ!そんな大層なものでも…」
大層なものでもない、か。言葉だけを捉えると随分と上から目線ではあるがただ、彼女の目をみているとその意味を深く考えてしまうのはなぜだろうか。
「留年されてると、聞きました」
「…あぁ、やっぱり知ってたかな。はは、なんともバカらしいよね」
「初めは驚きましたが、いろいろ聞くうちにホントは学力がすごく良かったと」
これは予想外だ。留年を耳にするのはまだわかる。いや、よくよく考えたら誰なんだと突っ込みたいが、話題を聞いて上の学年から見に来た際に聞くかもしれない。しかしその先、俺の過去の学力を聞くことはそうそうないはずだ。一体誰だ。
「誰にそれを?」
「えっと、あの、担任の先生…」
あんの、むっつりスケベェ!よくもまぁ格差社会をきれいに構成してくれやがったなこの野郎ッ!クラス中に言いふらさなかっただけまだいい。
しかぁし!こんな状況で、飛び級の可愛い女の子(本性検証中の為今のところ外観のみ)に醜態晒しやがって!
「えっと、飯室さん…?」
「ふぇ、あ、ん?どうかした?」
「すごい形相で…すごい執念深い空気を醸し出していましたけど…」
「んん、はっ!ごめん、ちょっと、考え事してて」
あまりの憎たらしさ、プラス自分の理不尽な情けなさによってつい表情に出てしまってたようだ。反省反省。
「そうですか」
思いの外信じたみたい。これが俗に言う「ちょろい」ってやつなのだろうか。…今の喋り方からして絶対違うと訂正した。
「あぁ…、そうだ!俺のことは気軽にたつって呼んでくれていいよ。まぁ、呼び方は好きにしてもいいけどね」
さぁ、ここで腹黒さを出すか、うまいこと爪を隠すか…検証その2だ。
「そ、そんな…えっとじゃあ」
「うんうん」
「先輩…?」
んー、そうきたか!
「えっと、なにも気を使わなくったっていいんだよ?実際、君は飛び級で、俺は留年、格差はあるんだし、ね?」
なんか墓穴を掘っている気がしないでもないが、これもやむなし!彼女がいったいどんな性格をしているかを知り、そのうえで距離を決めなければ俺のメンタルが持たなくなりそうだから…腹黒だった場合。
「いえ、気を使ってなどいません」
「え?」
先ほどの紀伊さんとは打って変わって、声に随分と重みが増し、なにかしらの強い意志を感じた。
「先輩…、いえ、たつ先輩。私を、この高校二年生の勉強を助けてくれませんか!」
俺は度肝を抜かれるように驚いた、と同時に俺は確信した。この子の姿勢は本気だと。彼女が相当のポーカーフェイスで、嘘を吐くプロだとするなら話は別だが、それはまずあり得ない。
ではなぜ、勉学についてこの俺に助けを求めに来たのか。他にはいくらでもいるのに、なぜ留年で話題の俺に。
「先程も言いましたが、たつ先輩は留年したのにも関わらず学力がよかったと聞きました。それも、前回の担任の先生直々にです」
「おけー、おけ。わかった。ただ、少し落ち着いて」
調べ尽くしている…だと!?
そして、助けを俺に求めてきた理由はなんとなくわかった。
「ひとつだけ、聞いても良いかな?」
「は、はひっ」
だが、この話の中で最も肝心な部分がどうしてもわからない。それは…
「飛び級、だよね?だからこそこの先が不安とか?」
「それは…」
そう、飛び級をするほどの実力を持っていながら、それでもなお助けてほしいとする理由だ。
知っての通り、飛び級とは学力の高さゆえに、学校で教えること自体が当人に追い付いていないため、その実力を認められて特例で学年を飛ばすことだ。つまり、すでにその範囲まで学力は持ち合わせていることが大前提である。
そして、そんな彼女の理由は…
「先輩、ちょっと耳を…」
彼女は口に手を添えて、「内緒話」の仕草を取った。
俺はその仕草を見てすこしドキッとしつつも、それがバレないようにスッと耳をさしだす。
「…あまり大きな声では言えないのですが、実は……」
ひそひそと聞こえる、しかしはっきりと聞こえる声で、彼女は現実離れした理由を述べた。
「…え、いやぁ、まっさかぁ、ははは!…さすがにそれは嘘でしょ?」
「…(ブンブンブン)」
彼女は無言でその首を横に振る。
今一度、その瞳に問いかけてみると、はっきりと、事実を述べた絶望の色を露にしていた。
たつが聞いたそれは、なんと飛び級ということ自体が何かの手違いだという。
そして、彼女自身、それまではごく普通の成績の女の子で、普通に高校一年生を迎えるはずだった。それがどういうことか、最後のテストがすべて満点、加えて、入学試験も満点になったらしい。
ただ、それだけのことなら優秀生徒として迎えられることがほとんどであるが、この学校に限っては満点であることが異常なのだ。
じつはこの高校、かなりの変態校で、その入試の鬼畜差で有名なのだ。実際30点あれば満点とみても良いくらい。おかしいだろう?
その理由が、残り70点を、大学、そも専門大学で習うような公式とその応用で問題が作られている。
そう、高校受験として中学生が解けるような問題に最初からなっていないのだ。
勿論そんな点数が取れているのは異常で、審査や内申点などからおかしいと判断出来るはずだ。
それなのに、結果飛び級入学になったらしい。
「確実におかしい」
「やっぱりそうですよねっ!」
と話すのは学校帰りのファミレスである。
部活に所属してない俺たち、そして今日は登校日。時間があったので近場のファミレスでじっくりと話すことにした。
「そもそも基本的に回答不可能な問題が解かれてる時点でおかしいんだ。それでも審査とかに通っちゃった辺り不可解すぎる」
「誰かのと間違えられたのでしょうか…」
「可能性はあるが、そもそも紀伊さん自体珍しい名字だしなぁ」
「そうなんですよね。少なくとも私以外ではあんまり…」
彼女はそう言いつつ、ドリンクバーから取ってきたオレンジジュースをストローで吸いながらため息をするという器用なことをした。相当悩んでいたらしく、視線は下がったままだ。
俺はそれを横目に、スマホでは「紀伊」という苗字がどれだけ珍しいのか調べていた。
「あ、全国で一三〇〇人くらいしかいないだって、紀伊って苗字」
「それって、少ないんですか?」
そう問いかける紀伊さんを横目で見ながら、飛び級手違い説を実感した。
「紀伊さん」
「は、はい?」
「問題。日本の人口って、どれくらいでしょーか。はい、スマホはなし!」
俺が問いかけると彼女は顔をゆがめ、見えないところでスマホを見ようとしていたが阻止する。
「うぅ、さ、三千万人くらい?あいたっ!」
俺はどうしようもなくなり、ついとっさにチョップが出てしまった。
「…日本の人口は一億を余裕で超えてるよ。ちなみに紀伊さんの答えの三、四倍ね」
「ななな、なぁんで叩くぅんですかぁ!」
真実をつげてやると、紀伊さんは目を泳がせて、話を逸らそうと試みているようだ。
「自分に聞きなさい」
「と、とりあえず少ないんですね。なら、間違えようにも不自然なことですね…」
「まぁその"非常に珍しい"が重なった可能性はゼロじゃないけど、同姓同名は宇宙の塵ほどの確率だと思う。誰かの手があったとしても、うちはそれなりの進学校だ。不正が発覚すれば大学からの信用はなくなるし、私立の高校だと、そういうのは入学生徒に響くから手を出すはずがない」
「へぇ~…」
紀伊さんの顔が明らかに引き攣っていた。この子、ちょっと教科書めいた話をするとこのように顔にでるのがこの短時間でわかったことだ。わかりやすい。
そういえば、この件に関して親御さんはどう思っているのだろうか。
何かしらの不正で飛び級となったなら、それはそれで困るだろうし、ごく一般な家庭なら、高校なりに申し出るはずだ。…彼女が親に真実を伝えていればの話だが。
「親にですか?もちろん伝えました」
親ぁ御さんっ!なにやってんすか!聞いてるなら助けてあげてくださいよっ!…と目の前に居たらそう言っていただろうが、残念なことに今はファミレスである。
「じゃあ、なんでここまで事態が悪化してるのかな?」
なんだか詰め寄るような聞き方になってしまったが、俺的には非常に気になる内容でとても重要な内容である。
「…信じてもらえませんでした」
「…はい?」
俺が理解に苦しんでいると、彼女は姿勢を改めて、これまでのマザーレジェンドを語り初めた。
運動会で、こけちゃってドべになった時のこと。
「さいご!さいごですって!それって逆に返せば一番よ!すごいじゃない!」
テストで0点を取った時のこと。
「0点はこれから100まで伸びることができるわ!伸び幅さいこうよ!」
などなど、ポジティブ思考なのかネガティブ思考なのかもうよくわからないような迷言ばかりだ。
なんで裏っかえして一位なんだよ!逆に新発想だよ!
伸び幅重視って、お母さん中高生の男子学生かよ…
というわけで、彼女の親はまったく宛にならないことがわかった。ある意味、最も効果的な治療薬であるはずが、とんでもない病原菌だったとは。不覚。
「そういえば、たつ先輩はどうして留年を?学力は平均どころかむしろ良かったと聞いたので、もしかして計画留年というやつですか?」
今後の助けに役立つ、と言わんばかりに目に炎をたぎらせている紀伊さん。
「計画留年ってのは、大学からの手段だよ。それも四年生の就活が満足しないときの。高校じゃただのレッテルにすぎないさ」
そういうと、彼女は罰が悪そうな表情をした。それが自分の無知を恥じるものか、それとも俺に対する何かを察したのか。
「まぁ、質問に答えると、悪足掻きをしていると思われるかもしれないけど、俺も君と似たような状況なんだ。何が原因かわからないまま、留年を告げられた」
「え…?」
紀伊さんはまるで自分の事のように深刻な表情をした。いや、それ以上かもしれない。同じような境遇にいるのが自分だけでなく、こんな身近で出会うなんてことは早々ない。それによる驚愕みたいなものも含まれているのだろう。
「信じるかどうかは君に任せるけど、もし信じてもらえなくても君には…」
「信じますよ」
「…」
俺の言葉に覆い被さるように、紀伊さんの声が響く。俯いた顔は見えないけれど、それはもう言葉の通り俺の言葉が打ち消されるほどの、しかし俺にだけ聞こえる声で。
「だって、信じなくちゃ私だって誰に助けを求めたらいいか分からないですし、それに…」
俺は彼女の言葉を黙って聞く。
彼女は一呼吸置いた後に、その顔をこちらにあげる。
その目は、強く輝いていた。
「それに、信じてもらえないって、とても哀しくないですか?」
それは自分と同じ境遇故に重ね合わせた感情なのだろう。ある意味同情と同じような言葉であるが、違う。
経験したことのある者同士にしかわからない感情ってものがある。それを感じとると、人はこうも簡単に壁が崩れ去るというのを実感した。
「そう…だな」
「あっ!え?たつ先輩!?」
「…ん?どうか、したか?」
突如慌てふためく彼女を見ようとするが、なぜかその視界がぼんやりとしてしまい、一瞬姿を見失いかけた。
これは、なんだろう。
「は、はい、ここ、これで涙を拭いてください!」
「なみだ?」
目元を伝う熱に今更ながら違和感を感じとると、直ぐに指で拭う。しっとりとしたそれは正しく涙だった。
「あれ、なんで…ははっ、泣いたのなんて何年振りだろうな…」
「先輩…」
「初対面で、しかも女の子の前とか…俺の知ってるストーリーだと逆なのにな…」
山を越えた風のように吹き出す感情を、なぜか止めることができない。こんな感情初めて…いや、あの時以来か。
「ごめん、もう大丈夫だから、ありがとう」
「そうですか?どっか痛かったりとかします?」
「いや、なんか映画を思い出してね」
「え?」
「とりあえずもう大丈夫だ。なんか悪かった」
「いえ、大丈夫ならよかったです」
すでにはっきりした視界で、きいさんはほっと胸を撫で下ろしていた。そろそろ彼女を疑うのを辞めようかと思う。紀伊さんの言葉には、嘘つきにはない独特の感情がある。…いや、嘘つきの立派な嘘ってのを聞いたことがないから比べようがないのだけれど。
「さて、そろそろお開きにしますかね。そろそろ7時を回るところだ」
腕につけた時計を見てそう言うと、紀伊さんはハッとして自分のスマホでも確認して、再び慌てふためく。4時頃から約三時間も過ぎていて俺自身も驚く。
「ああっ!門限すぎちゃって…すみません、お先に失礼します!」
「いや、送っていくよ。外は真っ暗だし」
レジで会計を終えたあと、彼女に付いていく形で送る。大分駆け足で。
「ふと思ったんだけどさ」
「え、なんですか?」
「俺のイメージ違いじゃなければ、紀伊さんのお母さんって、大分ラフな性格だったと思ったけど、門限とかには厳しいんだね」
「あはは…気づきましたか。そうなんです。所々で心配性なので、私もよく戸惑います」
その後も雑談をしながら紀伊家の自宅に向かうが、どうにも見慣れた風景が続く。学校から大分離れたはずだが…
「着きました。ここです」
「えっ…」
「どうかしました?」
「あぁ、いや、夢じゃないよね?」
「…少なくとも私は起きてるつもりですけど」
「だよねぇ…」
俺は二つの名字プレートを見合せながら、それをジェスチャーで彼女に教えてみた。
すると予想通りの反応をみせる。
飯室と紀伊。
その場の二人と同じ名字が、隣同士の建物の前に書いてあった。
天才留年生のひょんな人生 竜胆ガク @RyGrK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天才留年生のひょんな人生の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます