第28話 28話
「よし、じゃんけんだ!」
ナナが唐突に言う。
「おい、ナナ、今からこの美しすぎる魔王と闘うんだぞ! じゃんけんなんかしている場合じゃないだろ!」
兄らしく注意してみた。
「だから、美しすぎるは、いらないって言っているでしょう!」
妻に怒られる。
「タクマ、魔王と闘うからじゃんけんするんだ。前からゲームとかで気になっていたんだ。主人公は仲間と一緒に、一人で闘うラスボスを倒す。それって、卑怯だろ!」
仲間の悪人にさんざんひどいことをしてきた魔悪人がいうセリフではない。自分がしてきたことは完全に忘れている。いや、そもそも、ひどいことをしていた自覚がないのか。
「それなら、ナナ様が闘ったらどうですか?」
とエミさんが言う。
「そうですね。ここはやっぱり、ナナ様の出番です!」
ミキも同意する。
「えっ、どうして?」
俺が理解できないでいると、
「だって、この中で、一番勇者らしいのは、ナナさんですわ」
とサキさんが答える。
フミさんも小さく頷いている。夫のプライドを傷つけないように、小さく頷いたのだろう。
「いや、皆、誤解しているよ。実は、俺が勇者なんだ。異世界に行った時に、友だちのオーガやオーク、それにサラマンダーと魔女にそう言われたんだから、間違いなく俺が勇者だ!」
俺がそう言うと、
「いやいやいや、それだけは絶対にない!」
とナナが断言する。
エミさんもミキもサキさんも『ウン、ウン』と大きく頷く。
フミさんは俺から目をそらす。
「だって、ナナは魔悪人だろ!」
「魔悪人が勇者で何が悪い! 悪人が世界を救うことだってあるだろう!」
わかったよ。そこまで言うのなら、ナナに先に闘わせてあげよう。兄としての優しさだ。それで、ナナが魔王に勝てないと認めたら、俺が助けて、魔王を退治してやることにしよう。
「お、おのれ……我が、こんな小娘に負けるとは……グオッ」
ナナが魔王の美しすぎる顔を踏みつける。
なんてことだ! ナナがあっさりと魔王を倒しやがった!
「さすがナナ様! もうおばさんと呼ばれたこと、全部許します!」
「ナナ様! 同じ10代として誇りに思います!」
「私もこれから、ナナ様と呼ばせていただきますわ」
エミさんもミキもサキさんも、ナナの活躍に熱狂している。
フミさんは俺に遠慮している。それがかえって、傷ついた。
「あなた、ごめんなさい」
ウウッ、謝られるとさらに辛い……。
「私の靴を舐めろ。そしたら、命だけは助けてやる」
魔王に対してもこの悪態。確かにナナは、俺よりよっぽど心も強い。
「我も卑怯者、外道とさんざん罵られてきたが、お前には叶わぬ……」
なんだと! ナナの奴、魔王の心まで折りやがった!
魔王はナナの靴を舐めて、悔し涙を流す。
「いいだろう。さっさと自分の世界へ帰りやがれ」
ナナがそう言うが、
「お願いします! 弟子にしてください!」
と魔王が土下座をして、ナナに頼む。
「魔王としてまだまだ未熟だったと痛感しました。もっとひどいことが平気でできるように、我の……いえ、私の心を鍛えてください! この通りです」
魔王は、額を黄金の床にこすりつける。
すると、黄金の床から、ボロボロの宝箱が出て来る。
これが、世界を支配する絶対的な力を手に入れられる宝箱……。心の底から、心を鍛えたいと思うことが、手に入れる条件だったのか。
魔王がその宝箱を開けようとすると、
「トレジャースティール!」
と言って、サキさんが盗賊の技を使って奪い取る。
「ブルースライム!」
ナナは虹の剣の先端からスライムの液体を伸ばし、サキさんが奪い取った宝箱にベタッとくっつけるとそのまま、宝箱を奪い取る。
ナナが宝箱を開けようとすると、いつの間にか隠れ身の術で黄金の床と一体化していたエミさんが姿を露わして、宝箱を奪う。
喜ぶエミさんだったが、ミキに背後を奪われると、男以上の握力を持つミキにおっぱいをこれでもかと揉まれる。
「あん、ダメ……」
力が入らなくなったエミさんが宝箱を落とすと、ミキがそれを拾おとするが、魔法の力でフミさんが宝箱を引き寄せる。
「あなた、行きますよ!」
フミさんは俺の腕を握ると、空間移動の魔法を使う。
豪華客船のスタンダードルーム。
ここは……。フミさんと初めて出会った、あの客室だ。
「あなた、ここに座ってください」
フミさんに言われた通り、俺はソファーに座る。
小さなテーブルの上に、ボロボロの宝箱が置かれてある。
「あなた、開けてください。私はシャワーを浴びてきますから」
「は、はい」
「ハネムーンを楽しみましょう」
フミさんはそう微笑んで、シャワー室に入って行く。
俺は言われた通りに、宝箱を開ける。
「こ、これは……」
宝箱の中には、液体の入った小さな瓶と、手紙が入っていた。
手紙には、
『これは、浮気した魔王を許せず、魔王の大切な部分を奪った女神が、世界中の女に自分と同じような屈辱を味あわせるために、魔王の大切な部分をおしみなく使って作った精力剤です。しかも、神の力を与える女神の涙入りです。これを飲めば優れた子孫を残すことができるでしょう。この世界を支配する絶対的な力を持った子孫を……。飲むか飲まないかはあなた次第です』
と書かれていた。
フミさんは知っていたのだ。未来が見えなくなったというのは嘘だったのだ。こうなることが見えていたのだ。
シャワー室から、フミさんの鼻歌が聴こえてくる。
自分の子供に世界を支配する絶対的な力を与えるために、フミさんは行動していたのだ。フミさんが何に対しても正直だったのは、このとてつもなく大きな嘘を隠すためだったのか。
もう俺は、このドリンクを飲んで、フミさんと子作りできる喜びから逃げることはできない。
そして、俺はもうまもなく聖者になってしまう。やっぱり嫌だ。このまま聖者になるのは絶対に嫌だ。聖者になるのなら、もっと快楽をたくさん知ってからだ。
俺は瓶に入った液体を一気に飲み干す。何の味がしたかは言いたくもない。
そして飲んですぐに、体の中で、何か殻が破れる感覚があった。得体の知れない力が全身に駆け巡る。俺の大切な部分が、サラマンダーのフレリンの炎よりも熱くなっていく。
シャワーを浴びたフミさんが、バスタオルを巻いて出て来た。
俺が二度と飲みたくない液体を、飲み終わる時間がわかっていたのだ。それに合わせて、魔法の力を使って、短い時間でシャワーを浴びて来たのだ。
バサッ。フミさんがまとっていたバスタオルを床に落とした。
このまま聖者になってしまわない方法を考える必要があったが、今はもう目の前の欲望に溺れてしまうことしかできない。
なぜなら、フミさんにはそうなることが見えているからだ。
第一部完
聖者パンデミックで世界は平和になりましたとさ~とある異世界の移住先に誘致成功~ 桜草 野和 @sakurasounowa
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