第26話 26話

「それでは、私はちょっと出かけてきます」

 フミさんはそう言って、ベッドから降りる。

 そんな気がしていた。

「フミさん、こんなに早く目覚めただけでも、体に負担をかけていますわ。今は、もっとゆっくり休むべきです」

 サキさんはそう言うが、フミさんをベッドに戻そうとはしない。

 フミさんが、自分がしたことに対する責任感から、無理をしないではいられないことを理解しているのだ。

「私は一刻も早く、異世界に通じる扉を閉じに行かなくてはなりません」

 思っていた通りだ。

「扉を無事に閉じる未来が見えているから、そう言っているんですよね」

 ミキが希望的観測を含めて言った。

「いいえ。力を使い過ぎて、今は未来を見ることができません」

 フミさんはどこまでも正直だ。今なら、魔王とのキスを何度思い出しても怒られないようだ。

「怒りますよ」

「痛ッ!」

 またフミさんにビンタをされる。心は見えているようだ。


「で、姉さん、その扉とやらはどこにあるんだ?」

 ナナも止めても無駄だということがわかっているようだ。

「異世界に通じる扉は、あらゆる世界と交わりあっている異空間にあります。そして、その異空間に行くためには、沖縄にある聖者の本部に行く必要があります」

 聖者たちの本部はやはり、沖縄にあったのか。

「それなら、タクマさんの空間移動でパッと行って、パッと扉を閉めて帰ってきましょうよ。フミさんが空間移動を使うと疲れちゃうだろうし」

 エミさんもフミさんの体を気遣ってくれる。

「いいえ、それはできません。沖縄にある本部は、空間移動で侵入されないように、結界が張られています」

「では、どうやって沖縄まで行くつもりなのですか?」

 ミキが尋ねる。ミキも行く気満々のようだ。

「鹿児島の離島まで、空間移動して、そこからは船で行くしかありません」

「そうね。ブラッカに乗せてもらう方が早いだろうけど目立つものね」

 サキさんがフミさんのプランに賛成する。

「決まりだな。タクマ、空間移動しろ」

 ナナもそう言ってくる。

「俺は異世界との扉を閉じることに反対だ」

 俺がそう言うと、フミさん以外の全員が驚いていた。

「やっと喋ったと思ったら、タクマ様、何を考えているんですか?」

「そうですよ、タクマさん。危険なモンスターであふれかえって、大変なことになりますわよ」

 ミキとサキさんが俺に詰めよる。

「そうかな? 俺が異世界で友だちになったオーガとオーク、サラマンダー、魔女、皆いい奴らだったよ。人間を食べるのちゃんと我慢していた」

「そんな、我慢ってことは、本当は食べたいってことじゃないですかー! ナナ様からも何とか言ってくださいよ」

 ミキがナナに泣きつく。

「うーん、姉さんが扉を開いたことに罪悪感を感じているようだから、姉さんが閉じたいと言うのなら協力するが、私自身は、虫唾が走るがタクマと同じ意見だ」

 ナナがそう言いだすと、

「実は私も、無理して閉じなくてもいいと思うわ」

とエミさんが言う。

「リセルが言っていたように、いつどこの異世界が、この世界に攻め込んでくるかわからない。いずれ、どこかの異世界と力を合わせる選択を迫られる時が来ると思うんだ。だったら、今度この世界に移住することが決まっている、あの異世界のモンスターたちに来てもらった方がいいと思うんだ。人間を全員食べてしまってかなり反省している様子だったよ」

と俺は意見を続けた。

「今回の聖者パンデミックで、人間が一番強い存在であるべきではないと思っていたところだ」

とナナが珍しく、また援護してくれる。まあ、ナナに俺を援護するつもりなどないだろうが。

「私も人間はモンスターに怯えながら暮らすのがちょうどいいと思うわ」

 エミさんが裏の顔を露わにする。

 そうか、魔悪人は悪さをすることで、人類の暴走を食い止めて、平和を保とうとする存在なのだ。

 だから、悪いことをしても、罪悪感など感じないのだ。


「私……扉を閉じに行かなくていいの?」

 フミさんが微かに聞きとれる声で言った。

「うん、フミさんは正しいことをしたんだ」

 俺は、はっきりと答えた。

「あなた……ありがとう」

 フミさんが俺の胸に抱きつく。

 おっぱいがもろにあたって気持ちいい。

 フミさんはすぐに体を離してしまう。

「もう、わかりました。ナナ様とタクマ様がそこまで言うのなら、私も信じてみます」

とミキが言ってくれる。

「でも、問題が一つ残っていますわね」

とサキさんが言う。

「よし、魔王退治に行くとしよう!」

 ナナに先に言われてしまう。

 妻の前で、かっこつけさせてくれよ!

「十分、かっこいいですよ」

 フミさんがそう言って笑ってくれる。

「よし、それじゃ、魔王を退治するために空間移動するよ。皆、俺の手に触れて」

 俺が手を差し出すと、全員が手を伸ばす。

 おお、なんだかキャプテンみたいで気持ちいい。

「魔王退治にしゅっ……」

 あれっ、待てよ……。

「どうした、タクマ、さっさと空間移動しろ! 早くお前の手から離したいんだ」

「魔王って、どこにいるんだろう?」

 俺がそう言うと、全員に頭をどつかれる。

「タクマ様……。そのこと考えていなかったのですね」

 ミキが露骨にため息をつく。

「私たち何があるかわからないから、リセルに発信器をつけていたんですよ」

 エミさんが教えてくれる。

「つまり、リセルが居る場所に行けば、魔王に会えるというわけですわ」

 サキさんがみなまで言う。

「てっきり、タクマはタクマで魔王の場所がわかるのかと思っていたが、やっぱりタクマだな」

 ナナがモニターを取り出し、リセルが居る場所を俺に見せる。どうやら、俺たちと同じく東京に居るようだ。うん、ここって……」

「えっ、ここの真下に居るの? それもめちゃくちゃ深いところに!」

「うるさいな! さっさと空間移動しろ!」

 ナナが背中にかけてある剣を抜きそうになる。

「行きますよ!」

 フミさんが空間移動の魔法を使う。



 俺たちは地中深くへと空間移動した。

 結局、フミさんに空間移動の魔法を使わせてしまった……。

「姉さん、ダメな兄で本当に申し訳ない」

 ナナが心の底から、フミさんに詫びる。

「わかっていたことですから」

 フミさんはどこまでも正直だ。

「これは凄いですわね」

 サキさんの目が輝いている。

 地中深くの空間には、黄金の巨大な城が建っていた。異世界で行った魔王の城に比べたら小さく見えるが、アシンメトリーのデザインなど雰囲気はよく似ていた。


「ここから先は結界が張られていて、空間移動できません」

 恐らく魔王ズセブンの仕業だろう。

「いいじゃないか。せっかくだから、歩いて行った方がおもしろい」

 おお、ナナ! やっぱり兄妹なんだな! 俺も異世界で魔王の城に行った時、同じことを思ったぞ。

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