第24話 24話

 翌朝。

「あなた、あなた、起きてください」

 目を覚ますと、世界で一番美しい顔をして、フミさんが俺を起こしていた。今日はポルカドット柄の長袖のワンピースを着ていた。正座しているその姿が、凛としていて素敵すぎる。

「もうチェックアウトの時間ですから、起きてください」

 えっ、きっと幻聴だよな。

「あなた、突然、お風呂で眠り出したので、本当に驚きましたわ。ウフフフッ」

 お風呂で眠ってしまっただと……。

「よっぽど異世界で厳しい修行をされていたのですね。私、あなたのことどんどん好きになってしまいます」

 フミさんは俺の頬にキスをする。

 俺は時計を見て時間を確認する。9時30分だった。チェックアウトまであと30分ある。

「フミさん、俺、どちらかというと早い方なので、まだ間に合います。子作りしましょう!」

「嫌です。ちゃんと、雰囲気を大事にしてください」

 フミさんが立ち上がってしまったので、俺も慌てて立ち上がる。

「キャッ!」

 俺は裸のままだった。もちろん、朝のアレになっていた。

「売店でお洋服を買ってきましたから、それに着替えてくださいね」

 布団の横に、やや高齢者向けの洋服が置かれていた。

「それしかなかったので、とにかく今はそれを着てください」

 フミさんはそう言って、寝室から出て行ってしまう。

 時間を戻す魔法はさすがに使えない。ああ、俺の大バカ野郎! 魔王の城を3日かけて歩き回らないで、空間移動しておけばよかったー!



「あら、お似合いですね」

 フミさんは嘘をつくのが下手だ。明らかに顔が引きつっている。

 鏡を見なくても、かなりダサい格好になっていることはわかっていた。


 俺は居間の机に置かれていた新聞を手に取る。

「あれ、おかしいな……」

「どうかしました?」

「昨日のことが記事にされていないんですよ。ほら、あんなに大きなブラッカや、ウツボ竜のマリアのことを、豪華客船の乗客たちが見ていたはずなのに、何一つ書かれていないんです」

「新聞ですからね」

「どういうことですか?」

「新聞に都合の悪い事実は書かれません」

「そんな、それじゃ新聞を読む意味ないじゃないですか」

「まあ、でも誰も傷ついたりしないので、これはこれで……」

 これはこれでいい、とフミさんは言いきれなかった。

「あなた、それより、私に敬語を使うのをやめてもらえませんか? 私は妻なのですから、いわゆるタメ口で話してください」

「うーん、そうしたいのですが、フミさんだって、俺に敬語を使っているじゃないですか? それに俺はこの感じが好きですよ。なんだか、フミさんと夫婦になった感じがして、うん、好きです」

 フミさんの顔が三度赤くなる。

 それにしても、この新聞を読んで、もう一つわかったことがあった。

 俺はフミさんと出会ってから、まだ1日も経っていないということだ。

 昨日、豪華客船で出会って、いろんなことがあって、時間の感覚が変になっていたけど、まだ本当に出会ったばかりなのだ。

 それなのに、悪人どもと闘ったり、キスしたり、お泊まりしたり、たくさんの思い出ができているのだから、これから結婚生活が何年、何十年と続いていったら、どんなに素敵な思い出が増えていくことだろうか。ああ、俺は幸せ者だ。


 そんな幸福感に包まれていると、かなり小さくなったウツボ竜に乗ったリセルが、離れの客室の壁を突き破って、入って来た。

 何の用だか知らないが、もうお前など怖くないぞ。俺は強くなったんだ。

「フミ様、わ、私が間違っておりました」

 リセルの顔が青ざめている。

「リセル、何があったのです」

「移住してくる異世界のものに裏切られました」

「なんですって!」

「魔王が休眠している間に、我ら人間を食べないことを条件に移住してくる約束だったのですが、魔王が、魔王がこの世界にやって来ているのです」

「そんな……。魔王が休眠しているというから、異世界との扉を開いたのです。いったい、誰が魔王を……」

「フミさん、もうチェックアウトの時間だよ」

「あなたですね」

「なんのことだい?」

「あなた、昨日、魔王を倒しに行ったとおっしゃっていましたよね」

「あれは、冗談だよ。本当にチェックアウトの時間だから、もう行かないと」

「あなた……」

 フミさんは完全に見抜いている。

 ギェーーーッ! ここの支払いどうしようって内心焦っていたけど、もうそれどころじゃないよーー!

 心を見られないように平静を装っていたが、俺が休眠から目覚めさせた魔王が、この世界にやって来ていたなんてーーー!!

 確かにあの時、『扉が開かれたのか』とか言っていたなーー。

「すみませんでした!」

 俺は土下座してフミさんに謝る。


 すると、黒い雷が落ちて、離れの建物が破壊される。


 俺たちは間一髪、フミさんの空間移動によって、中庭に逃げることができた。

 せっかく異世界で修行してきたのに、またフミさんに守られてしまった。


「あら、この世界の“再教育者”にご挨拶に来たら、我が始末したいランキング断トツ1位のお前に会えるとはなあ」

 上空から、魔王が降りて来る。俺からファーストキスを奪った、あの美しすぎる魔王だ。

「あなた、美しすぎるはいらないわよ」

「ご、ごめんなさい」

 俺が謝ると、

「あなたって、もしかしてこいつの奥様なのか? いや、なのですか?」

と魔王の態度が変わる。

「ご、ごめんなさい。その、こいつとキ、キスをしてしまって……。無理やりされたとはいえ、不倫のようなことになってしまって、本当にごめんなさい」

 魔王はフミさんに土下座をした。

 そ、そんなことされたら困るよ!

「あなた、私が聞いていた話と違いますわよ」

 フミさんの髪が逆立つ。

 木々にとまっていた小鳥たちが一斉に逃げ出す。

「と、とりあえず我は帰るぞ。夫婦喧嘩が終わった頃にまた現れるとしよう。こいつが生きていたらの場合だがな」

 魔王もそう言って、飛び去って行く。

「フミ様、私も一度、本部に戻ります。マリア、行くぞ」

 フリルまでマリアに乗って、去って行ってしまう。

「あなた、他のお客様に迷惑ですので、場所を変えますよ」

 な、何をする気なんだ……。


 フミさんの空間移動で、人工物まるで見当たらない島に移動する。

 無人島だ。無人島に連れて来られたのだ。

 ここでも森の中にいた鳥たちが、一斉に飛び立って行く。

 フミさんの髪はさらに逆立っていた。

 晴天だった空も瞬く間に、雷雲に覆われる。

「あなた、早く本当のことを言ってください。今ならまだ、この怒りという感情をコントロールできそうです」

「だから、本当に俺がファーストキスを奪われた方なんだって! 魔王は寝ていたから勘違いしているんだよ!」

「あなた! “再々教育”が必要なようですね!」

 えっ、フミさん……、何を言っているの? 

「私が直々に“再々教育”してさしあげます!」

 何だあれは? フミさんの額と頬に青く光る線が見えた。そして、背中から青い翼がバサッバサッと出てきた。聖者の奴ら、試作種としてフミさんに一体何をしたんだ?

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