第23話 23話

 エミさんはキヨシに背を向けて、俺たちの方へ戻って来る。

 もう許すのか? 随分と甘いなと思った。

 すると、エミさんは助走をとって、キヨシの顔面に思いきり飛び蹴りを喰らわせる。

 キヨシは鼻血を飛ばして、後ろ向きに倒れる。

 いいなあ、キヨシの奴。今絶対に、エミさんのパンツ見えていたよな。


「あなた……」

 ウッ、しまった! フミさんに心の中を見られてしまった。

「いや、違うんだよ。決して、キヨシが羨ましいなんて……」

「その口紅、どうしたのですか?」

「えっ、口紅ってなんのこと?」

「とぼけるなタクマ! お前の口におもいきり付いているだろ!」

 ナナがそう怒鳴って、さらに鋭く俺を睨む。

 俺は魔法の鏡を作って、自分の顔を見てみる。

「ゲゲッ……」

 なんてことだ! 魔王の口紅が俺の口に付いていた! 魔王とキスしてうかれていて、まったく気付かなかった!

「あなた、あとでゆっくり、異世界で何があったか聞かせてもらいますね。私も異世界で何があったのかまでは見えていませんでしたから」

 フミさんはそう言うと、貨物船ごと、どこかの山奥に空間移動させた。


 ナナ達はキヨシたち悪人どもを貨物船の柱にしっかりとロープで縛り付けた。

 そして、フミさんが一人ひとりの頭をなでる。

 これで、キヨシたちが48時間後に聖者になれば、悪人パンデミックを防ぐことができるだろう。

 でも、今、俺は悪人パンデミックより、正直自分の身を案じていた。


「さて、あなた、異世界で何があったのかすべてお聞かせください」

 フミさんがそう言って、俺の前に立つと、ナナ達が俺の逃げ場をなくすように囲む。

 チッ、なぜこういう時、女子は一致団結するのだろう。普段はよくケンカをしているくせに……。


「黙ってないで、姉さんの質問に答えろ」

 ナナが俺の喉元に血まみれの鉄パイプを付きつける。いつの間にか先端にサバイバルナイフを巻き付けていた。

 悪人どもと闘う時はここまでしていなかったじゃないか!

 エミさんとミキとサキさんも何だか殺気立っている。

「私という女が目の前にいながら、他の女と不倫するなんて、許せないですわ」

 サキさん、怒っている理由がちょっとズレていますよ……。

「私も同感です」

 えっ、エミさんも俺と不倫してもOKなのか?

「……私、助けてくれた時からずっと、タクマ様は実は素敵な男性なのではないかと信じていたのに」

 ミキが勝手に裏切られたという表情をしている。

「カーキャン! カーキャン!」

 フミさんの近くで浮遊しているブラッカまで俺を責める。


 空間移動で逃げたとしても、フミさんに見つかって、すぐに捕まってしまうからな……。

 こうなったら仕方ない。

「異世界で俺は勇者になって、魔王を倒しに行ったら、あまりにも美しい女の魔王だったから、つい同じベッドで寝てしまって、そしたら夢を見ていた魔王にキスされたんだよ」

 俺は正直に本当のことを話した。

「俺は大切なファーストキスを奪われた被害者なんだ!」

 俺は心の底からそう叫んだ。


「……あなた、本当に異世界でそんなことがあったのですか?」

 純粋無垢なフミさんが俺を疑っている。嫉妬というものはこんなにも怖ろしいものなのか。

「姉さん、信じちゃダメだ」

「タクマさん、異世界に行って嘘つくの下手になりました?」

「かなり苦しい言い訳ですわ。私と不倫した時はもっと上手にごまかしてくださいよ」

「タクマ様、私、悲しいです……」

 ナナ達はまったく俺の話を信用していない。保障会社のブラックリストに載っているような気分になった。


「……もし、その話が本当だとして、あなた! その鞄に入っているものは何なのですか?」

 グサッ! フミさんの視線が心に刺さる。

 わかっていた。魔王の下着類を鞄に入れて持っていたら、フミさんにバレてしまうことくらい、どんなにバカな俺でもわかっていた。でも、どうしても捨てることができなかったんだ!

 妹の前で、憧れだったエミさんの前で、下着泥棒したことがバレるなんて、恥ずかしすぎる!

 もうやけくそだ! ダメもとで空間移動で逃げるしかない!

「逃がしませんよ!」

 フミさんが俺の腕を掴む。

 ウウー、心を見られる妻を持つと大変だ。

「他の女性に夫の大切なファーストキスを奪われてしまったのです。……初体験まで奪われるわけにはいきません」

「えっ?」

 フミさんはハンカチを取り出すと、俺の唇から魔王の口紅を拭き取る。


 そして、フミさんは俺にキスをした。


「あなた、今度こそ子作りをしますわよ」

「は、はい」

 俺が返事をすると、フミさんは空間移動をした。



 趣のある旅館の前に移動していた。

 こういうところに来ると、着物姿のフミさんがよりいっそう美しく見える。いや、物凄くエロく見えてきた。

「さあ、あなた、チェックインしましょう」

「は、はい」

 フミさんは俺に体を寄せると、手を握ってきた。

 緊張しているのかな? フミさんは少し手汗をかいているようだった。それが何だか、とても素敵なことに思えた。

 俺はフミさんの手をギュッと握りしめて、旅館の入口に向かって歩き出した。

「あなた……愛しています」

 ドキッとしすぎて、フミさんの顔をまともに見ることができなかった。フミさんの顔が赤くなっていることはわかった。

「俺も……」

 愛していますと言いたかったが、どうしてもその言葉を口に出せなかった。

 魔法を使えるようになっても、意気地無しの部分は直っていないようだ。


 人気のある旅館のようで、離れの特別室しか空いていなかった。

 寝室と居間が別れていて、檜造りの露天風呂が付いている。

 もうエロい妄想しか浮かばない。


 一先ず、居間で座って、茶菓子を食べる。

「はい、あなた」

「ありがとう」

 フミさんがお茶を淹れてくれる。初めて会った時も、こうやってお茶を淹れてくれたっけ。生まれて初めて一目惚れした瞬間のことを今でもはっきりと覚えている。


 離れということもあって、沈黙が続くと、時計の音と、鳥のさえずりしか聞こえてこない。

 むしろ、俺の心臓のバクバク音の方が大きいのではないかと心配になってくる。

 フミさん、この部屋の露天風呂に入るのだろうか? もしそうだとしたら、裸を見ることになる……。ゴクッ。

 お茶よりも先ほどから唾を飲む方が多い気がする。

「温泉、入りますか? それとも子作りを……」

 フミさんがまた顔を赤くする。

「お、温泉に入りましょう。俺、異世界でほとんど風呂に入っていなかったんで……」

「そうですよね。正直、そのお臭いは、いかがなものかと思っていました」

 フミさんはそう言って、立ち上がると、帯を外して着物を脱ぎ始めた。

 エロい。エロすぎて、もうヤバいことになりそうだ。

「お、俺、先に入っています!」

 俺は逃げるように、外に出て、ササッと服を脱ぐと、バシャンと露天風呂に飛び込む。

 夢のような時間が訪れると、どうしていいかわからなくなるものなんだな。

 落ちつけ、落ちつけと言い聞かせるが、

「失礼します」

とフミさんの声がすると、心臓が口から飛び出そうになる。

 フミさんはバスタオルを巻いているのだろうか? それとも、真っ裸なのだろうか? 怖くて振り向くことができない。

「あなた、先ずは体を洗って下さい。確かに、温泉に最初に入る時は、肌が刺激を受けすぎないように、体を洗わないでかけ湯だけして入るのが正解ですが、今は異世界の汚れをとるのが先です」

 異世界の汚れという言葉に、魔王とのキスも含まれているような気がした。

「正解です」

 ウッ、心を見られた。

「さあ、お湯からあがって、ここに座ってください。お背中、流しますから」

 マ、マジですかーー! そんなことしたら、俺のアレを見られるし、フミさんのアレやアレを見ることになりますよーーー!

「もう、あなた、しっかりしてください。私たちは夫婦なんですよ。恥ずかしいのは私も同じですから……」

 そうだ、フミさんだって勇気を出して、温泉に入ってくれているんだ。

 俺は意を決して、湯船から出る。

 フミさんの美脚が目に入り、そして、フミさんの湯浴み着姿を確認した。がっかりしたような、安心したような……。

「似合っていますか? フロントにあったので、チェックインの時にお借りしました」

 着物を着ている時はギュッと押さえられていたのか、フミさんのおっぱいは絶妙な大きさで、谷間がくっきりと見えていた。品のあるまさに美乳だった。

「キャッ!」

 俺の股間の変化に気づいたフミさんが目を覆う。

「ご、ごめんなさい」

 俺は慌てて背を向けると、椅子に座って、大事な部分を両手で隠す。

 静まれ、静まれ、今は一旦静まれ。活躍するのはまだ後でいいぞ。

「わ、私の方こそすみません。妻だと驚いたりしてしまって……、その初めて見たものでつい……」

「そんな、フミさんが謝ることないですよ。俺が急に……」

「……お背中流しますね」

 フミさんはそう言うと、俺の背中にお湯をかけてから、ボディソープをつけたタオルで洗ってくれる。

 よく少年マンガとかであるような、胸があたってドキッとするようなことはなかった。

 と思ったら、柔らかいものが背中にあたる。

「こ、これでいいですか……」

 これがおっぱいの感触かー。って、ダメだ、ダメだ。まるで俺が催促しているみたいだ。フミさんに無理をさせるわけにはいかない。何か違うことを考えよう。

 違うこと、違うこと……。そういえば、魔王の下着、どこに隠そうかな。

「それなら、さっきゴミ箱に捨てましたわ」

 背中を洗うフミさんの力が強くなる。

 もう、何も考えるな。無心になるのだ。無心だ。そう、何も考えるな……。やれば……できるじゃ……。


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