第22話 22話

 1年後。

 魔王の城。

 俺は黄金のブロックで築かれた魔王の城にやって来ていた。

 もちろん、目的は魔王を倒すためだ。

 あまりに巨大な城なので、もう3日も城の中を歩いていた。途中で絵画や彫刻(すべて裸の女性がモデルのもの)に見とれていたためでもある。

 時間の経過は魔法の力でわかった。


というのも、ヤーゴとヘッチーに鍛えられたが、俺には剣術や格闘のセンスがまるでなかった。いつか覚醒すると信じて修行を続けたが、攻撃力はほとんど上がらなかった。


 そんな中、フレリンをサラマンダーの杖から解放してくれる魔女を探していたら、たいくつなあまり魔法の力で、自分専用のテーマパークを作っている魔女と出くわした。


 残念ながら、その魔女はフレリンをサラマンダーの杖から解放することはできなかったが、俺たちに魔法を教えたいと言い出した。

 ヤーゴとヘッチーはまったく魔法のセンスがなかった。

 一方、俺はめきめきと魔法が上達していった。

『卑怯でズル賢い奴ほど魔法を覚えるのが早い。たった25日で、杖なしで魔法を使えるようになるとは大したものだ』

と師匠の魔女は褒めてくれた。

 特に俺は空間を操る魔法に長けていた。



 魔王の城で、8回目の食事をとる。ガーゴイルの干し肉と、スライムで作ったヘッチー特製ゼリーをたくさん持ってきてよかった。

 魔法の力で、魔王の間に空間移動することもできたのだが、せっかくの機会なので魔王の城を心置きなく探索している。

 てっきり、モンスターの巣窟なのかと思っていたが、ヤーゴとヘッチーが言っていた通り、魔王が休眠しているのをいいことに、モンスターたちはバカンスに出かけているようで、城内はガランとしていた。

 そういう意味でも食料をたっぷりと持って来ていてよかった。ヤーゴが獲物を仕留め、ヘッチーが調理して、たくさん準備してくれたのだ。


 魔法の修行を終えると、

「タクマ、お前は勇者だ!」

とヘッチーが言い出した。

「オイラもそう思っていた」

とヤーゴまで言い出した。

「タクマ、今、お前って言われていたぞ! 怒らなくていいのかよ!」

 フレリンは師匠の魔女に、サラマンダーの杖から解放する力がないとわかってからずっと機嫌が悪い。

「フレリン、今はそんなことはどうでもいい」

 俺は最高に嬉しい気分だった。こんなに剣術のセンスがない勇者がいるのか少しだけ疑問に思ったが、

「俺は初めて会った時から、タクマは勇者だと思っていたんだ」

「オイラの方が先にタクマが勇者だと思っていたぞ!」

「絶対に俺が先に、タクマは勇者だと見抜いていたんだ!」

「いいや、絶対にオイラの方が先にタクマが勇者であることを見抜いていたぞ!」

 ヤーゴとヘッチーにそう言われていると、もう自分が勇者であることを受け入れるしかないと思っていた。

「だから、タクマ、勇者のお前が魔王を倒してきてくれ!」

「オイラたちはここから応援しているぞ!」

「わかった! 俺に任せろ!」

「おい、タクマ、またお前って言われたぞ!」

「よし、フレリン、一緒に行こう!」

「えっ……、あれ、なんだかお腹が痛いな……、俺様としたことが寝冷えでもしたかな……」

「そっか。それじゃ、俺、一人で魔王を倒してくるね」

 俺は勇者としての使命感に燃えていた。



 魔王の間。

 なんと美しい寝顔だろう。角と尻尾が生えていなければ、人間界でトップアイドルになれることだろう。

 てっきり、巨大でまがまがしいオーラをまとった怖ろしい姿を想像していたが、魔王は怖ろしいほどに美しい女性だったのだ。

 しかも、ほとんど全裸に近い格好で寝ている。


 俺はいったん、魔王を倒すことをやめて、女王が眠っているベッドに上がり、隣で眠ることにした。

 こうやって女性と一緒に同じベッドで横になることは初めてだったので、ドキドキが止まらなかった。

 見れば見るほど、少し離れた目の感じが某海外モデルに似ていて、その美しさにとろけてしまいそうになる。

「や、やめてください。王子様」

 寝言だ。甲高い声だった。

「大好きですわ。王子様」

 魔王はまた寝言を言うと、俺に抱きついてキスをした。

 そう、魔王とキスをした。

 もちろんファーストキスだ。

 俺が固まっていると、魔王が目を覚ました。

 魔王は宙に浮くと、あらゆる宝石でデコられた剣を魔力で吸い寄せ、力強く柄を握りしめる。

「き、貴様! 乙女のベッドに忍び込み、キ、キスを奪うとは、悪党の中の悪党だな! 生きて帰れると思うなよ!」

 魔王に悪党と呼ばれる日が来るとは夢にも思っていなかった。

「誤解だよ! キ、キスをしてきたのは魔王様のほうなんです!」

「よくもそのような嘘をぬけぬけと……。は、初めてのキスだったのだぞ!」

「俺だってそうですよ! ファーストキスを魔王様に奪われたんです! 俺、結婚していて妻がいるんですよ! どうしてくれるんですか!」

 もちろん内心は喜びであふれていた。唇があんなに柔らかいものだとは知らなかった。

「な、なんだと、貴様、既婚者なのか! ということは我は不倫相手になってしまうのか……。訴えられたらどうしてくれるのじゃ!」

 大丈夫だ。その心配はいらない。誰も魔王を訴えたりしないし、誰も裁判しようとは思わないだろう。

「ええい! 皆の者! この不届き者を成敗せよ!」

 魔王がそう呼びかけるが、もちろん誰もやって来ない。

「……どうした、なぜ誰もやってこないのじゃ?」

「魔王様がお休み中なので、バカンスに出かけたみたいですよ」

 俺は不思議がっている魔王に教えてやる。

「おのれ……あいつら、戻ってきたら“再教育”してやるぞ!」

 えっ? “再教育”だって?

「そういえば、妙な気配がするな……。これは、もしや、扉が開かれたのか……」

 魔王が真上を見上げてそう言った。

「貴様、命拾いしたな! さらばじゃ!」

 魔王はそう言うと、屋根を突き破って、去って行った。

 ここでどんな“再教育”をしていたのか、聞くことができなかった。


 俺はおみやげに魔王の間にある王冠や、鎧、下着類を持ち帰ることにした。



 ヤーゴとヘッチーは、師匠の魔女が作ったテーマパークにすっかりハマっていて、俺が魔王の城から空間移動で帰ってきても、誰もすぐに出迎えてはくれなかった。

 フレリンと師匠の魔女は、すぐに終わるババ抜きを何度も繰り返して遊んでいた。ずっと一人ぼっちだったので、すぐに終わる二人ババ抜きでもめちゃくちゃ楽しそうにしていた。


 魔王とのキスを100回以上思い出していると、ようやくヤーゴ達が俺が帰って来たことに気づいた。

「おお、これは正しく魔王の王冠! さすが勇者タクマだ! 俺が見抜いた通りだ!」

「オイラは勇者タクマにあった瞬間にこうなることがわかっていたぞ!」

 俺のおみやげを見て、ヤーゴとヘッチーは喜んでくれた。

魔王の下着類は鞄に大切にしまってある。

「勇者タクマは俺様の大親友なんだからな。で、どうやって魔王をやっつけたんだ?」

「倒してはいないよ。なんか急に、魔王の城から出て行ったんだ」

「本当だ。いつの間にか、魔王の気配がこの世界から消えておる……」

 師匠の魔女がそう言った。

「きっと、勇者タクマに恐れをなして、この世界から出て行ったに違いない! やったぞ! これでもう、俺たちがこき使われることもないぞ!」

「よかったー! オイラまた新しい城造りに呼び出されたらどうしようかと思っていたんだ」

 聞くところによると、魔王の城は500近くあるそうだった。

 魔王の間に辿り着くまで3日もかかる巨大な城を500近くも……。ヤーゴもヘッチーも相当苦労していたんだなあ。


 それにしても、会っただけで魔王が逃げ出すほど俺は強くなったのか。もはや、俺は最強じゃないか!


 俺がそう思った途端に、体が青い光に包まれ、スポッと空間に吸い込まれる。


「ウ、ウワワワーーー!!」

 あらゆる光が歪み、聞いたことのない音のような揺れが続く、底なしの空間に落ちて行く。



 フミさんを背後から、バットで殴りかかろうとしている悪人がいる。

 俺は貨物船の看板に戻っていた。

 そう、フミさんが俺を異世界に飛ばした時に戻って来たのだ。


俺の背後にも悪人が迫っている。この貨物船に乗っている全員の気配を感じ取ることができるようになっていた。ヤーゴとヘッチーに鍛えてもらったおかげだ。

 俺は手の平をかざして、フミさんを襲いかかろうとしている悪人を魔法の力で吹き飛ばす。

「ウ、ウワーーー!」

 悪人は猛スピードで操舵室の窓ガラスにぶつかる。いつもヤーゴとヘッチーに魔法の実験台になってもらっていたから、人間相手だと力の加減が難しい。

「死にやがれ、この裏切り者が!」

 悪人の一人が背後から斧で襲いかかってくる。

 俺は振り向くと、振り降ろされた斧を手で掴む。血が流れるが、すぐに魔法の力で治す。手を鋼鉄のように硬くする魔法を使うのが少し遅れてしまった。慣れてくれば、かすり傷一つ受けないようになるだろう。

 俺はそのまま斧を握って砕く。得意の空間を操る魔法の力を利用すれば、こんな感じで怪力の持ち主のように見せることができる。

「バ、バケモノめ!」

 恐怖を感じた悪人が逃げようとする。

「どっちがバケモノだよ! 悪人のゴミやろうが!」

 俺は両手をかざすと、悪人の両足に意識を集中させて、容赦なく骨まで握り潰す。

「ウ、ウアーーーー!!」

 悪人の悶絶する声が最高に心地よかった。


 俺はキヨシ以外の悪人どもを甲板の中央に引き寄せる。

「クソッ、なんだこの力は……」

「う、動けねえ……」

 さらに、海から海水を浮かべて悪人どもにかけると、悪人どもが身動きとれないように氷で固める。もちろん、俺はこんな悪人どもと違って殺したりはしない。ちゃんと息ができるようにはしてやった。死ぬほど冷たいだろうが、そんなことは知ったことではない。


「タクマ様にこんな力が眠っていたなんて……」

「一度大神聖者になったのも、偶然だったわけじゃないみたいね」

 ミキとサキさんが驚いている。

 ナナは俺を睨んでいた。

「そんなこと、今はどうでもいいわ」

 エミさんが、キヨシのもとに近づいて行く。

「よくも私を機関銃で撃ちまくってくれたわね。いくらペンキの弾でも、すっごく痛かったんだからね! 覚悟しなさいよ」

 そう、エミさんにあの時の仕返しをしてもらうために、キヨシだけは残してやったのだ。

「ま、待ってくれ。降参するよ。許してくれ」

 キヨシはそう言って、サバイバルナイフを捨てると、ひざまずいて両手を上げた。

「ごめんですますのは聖者だけよ!」

 エミさんはキヨシが捨てたサバイバルナイフを拾うと、ひざまずいているキヨシの股間に勢いよく投げつけた。

「ヒッ、ヒーッ!」

 サバイバルナイフはあと1cm、いや数mmでもズレたら、キヨシの大切なものに直撃していたスレスレのところで床に突き刺さっていた。

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