第20話 20話

 森の中をしばらく歩くと、古城が建っていた。こんな山奥に城があるなんて、エルフやドワーフが建てたものだろうか?

「ここは昔、人間が使っていた城だ」

「なんでヘッチーが知っているの?」

「それは、オイラたちがここに居た人間を全員食っちまったからさ」

 やってしまった。やばい記憶を思い出させてしまった。

「ああ、思い出すなあ。ここに居た人間たちうまかったよなあ」

「特にオイラは太った召使いの女がうまかったなあー」

「それも思い出した! あの太った女は俺が狙っていたのに、ヤーゴが横取りしたんだった!」

「何を言っているんだ。オイラの方が先に狙っていたんだよ」

 ヤーゴとヘッチーがケンカを始める。今は、止めないでおこう。ケンカして、人間の味のことを忘れてもらったほうがいい。それにしても、このコンビ、こうやってすぐケンカするからお互いに強くなったような気がしてきた。

 聖者パンデミックが起こるまでは、ナナとケンカしても負けることはなかったのに、ナナの奴はどうやって剣術の達人になったのだろうか? ちゃんと聞いておけばよかったな。


 10分後。ヤーゴとヘッチーのケンカによって、古城が完全に崩壊する。

 素人の俺にだって、歴史的建造物であることがわかっていたのに……。まあ、ここの世界を捨てて、俺たちの世界に移住する気のようだから関係ないか。

 崩壊した古城をスル―して行こうとすると、何か赤く光っている物が見えた。俺はがれきの上を慎重に進んで、赤い光が見える中央付近へ行く。

 近づいてみると、赤く光っていたのは杖だった。手に取ってみると、なんだかポカポカあったかい。

「ああ、そうだった。思い出した。俺たち、この城にやって来たのは、その“サラマンダーの杖”を奪うためだったんだ」

「そうだそうだ。オイラたち、人間食べて満足して帰っちまったなあ」

 サラマンダーの杖だって? サラマンダーって、確か火の精霊だよな。ということは……。

「タクマでかした。さあ、早くその杖を俺に渡すんだ」

「いや、タクマ、オイラに渡すんだ」

 ヤーゴとヘッチーが、がれきを踏みつぶしながら、俺に近づいて来る。

「サラマンダーの息吹!」

 俺がそう言ってサラマンダーの杖を振ると、炎が猛烈な勢いで放たれる。

「アチチチッ!」

「こらタクマ、オイラたちを燃やす気か!」

 危うくヤーゴとヘッチーに直撃するところだった。まさか、こんなに炎が出るなんて……。これは最高の武器を手に入れたぞ! これだけ火が出れば、もう生魚を食べる心配もしなくていい。

「よし、ヤーゴ、俺たちはもう帰るとするか」

「そうだなヘッチー。サラマンダーの杖さえあれば、タクマは他のモンスターに食われないで自分で“迷い人の村”へ行けるもんな」

 ヤーゴとヘッチーが背を向けて、去って行こうとする。

「サラマンダーの涙」

 俺はそう言って、サラマンダーの杖を2回振る。

 すると火の玉が出て、ヤーゴとヘッチーのお尻に直撃する。

 どうやらイメージした通りに炎を出すことができる杖のようだった。

「アチーーー!!」

「オイラの尻がーーー!」

 ヤーゴがジャンプして、地面に尻をこすりつけたので、大きく揺れる。

 俺がバランスを崩して、サラマンダーの杖を落としそうになると、ヘッチーが猛ダッシュで迫って来た。

 俺はサラマンダーの杖を掴み直し、杖の上部をヘッチーに向ける。

 キキキーッとヘッチーは急ブレーキを足にかけて立ち止まる。

「ご、誤解するなよ。拾ってあげようとしただけだからな」

 ヘッチーはそう言いながら後ずさりして行く。

 確かにこんなに便利な武器があれば、一人でも“迷い人の村”を目指せそうな気がするが、俺は根っからの寂しがり屋だ。聖者パンデミックが起きなかったら、絶対に実家で暮らしていた。一人暮らしなんて考えられない。彼女ができて、同棲するまで絶対に実家を出ることはなかっただろう。例え40歳や50歳になったとしても……。

「ヤーゴ、ヘッチー、俺、実は“迷い人の村”の場所知らないんだ」

「なんだと、騙していたのか!」

「オイラたちいつも人間に騙される!」

「へへへッ、人間はズル賢いんでね。それで、一人で探すのは大変だから、手伝ってよ」

「イヤだね! なんで俺たちが手伝わないといけないんだよ! もう他のモンスターに食われる心配もないし、タクマ一人で探すんだな」

「オイラもそう思う」

「ふーん。そういう態度なんだー」

 俺はサラマンダーの杖を振ろうとする。

「わ、わかったから、ちょっと待てよ。手伝ってやるから、もう炎を俺たちに出すな!」

「オイラの尻、まだヒリヒリして痛いんだぞ!」

「ヤーゴ、反抗的だなあー。燃やしちゃおうかなー」

 俺はサラマンダーの杖をヤーゴに向ける。

「あれ、気のせいだったのかな? オイラのお尻、全然痛くない。痛くないよー。エヘヘヘヘッ」

 ヤーゴの態度も下手になる。

「わかればよろしい。それじゃ、肩に俺を乗せて」

「オイラの肩に?」

「うん。歩くの疲れちゃった」

 俺がそう言うと、ヤーゴはヘッチーと目を合わせる。

 ヘッチーは仕方なさそうに頷く。

 それを見て、ヤーゴはゆっくりと俺に手を差し出す。

「妙な動きをしたら、すぐに燃やしてしまうからね」

 俺はそう言って、ヤーゴの手の平に乗る。

 ヤーゴはしぶしぶ俺を肩の上に乗せた。

「よし、行こう!」

「行くってどこに? 俺たちも“迷い人の村”の場所は知らないって言っただろ」

「でも、じっとしていたら永遠に見つからないから、とにかく進もう!」

「そんな、あてもなく歩くなんてオイラは嫌だよ。面倒くさいよ」

「サラマンダーの……」

「わ、わかったよ。オイラ、歩くよ」

 ヤーゴが前方の岩山に向かって歩き出す。

「ヘッチーが先に進んでよ。後ろに居られると気になるからさ」

「チッ、自分は歩かないからって、魔物より外道……」

「うん、ヘッチー何か言った?」

「い、いや、何も……」

 ヘッチーがヤーゴを追い越して、先に進む。

「また古城とかあったら報告してよ。何か見つかるかもしれないからさ」

「……」

「……」

「ヤーゴ、ヘッチー、返事は?」

「わかったよ」

「はい、はい」

「……ヤーゴ、ヘッチー、返事は?」

「……わかりました」

「……オイラもわかりました」

「うん、いい返事だ」

 俺は完全に調子に乗っていた。その自覚はあった。だって、自由自在に炎を出せるサラマンダーの杖を持っているんだ。もう無敵といっても過言ではないじゃないか。

 俺はサラマンダーの杖に頬擦りする。あれっ? さっきまで赤く光っていたよな。

「サラマンダーの涙」

 俺は小声でそう言って、軽くサラマンダーの杖を振ってみる。

 しかし、炎はまったく出ない。

 声が小さかったからか? そういえばポカポカしていた感じもなくなっている……。やばいぞ。ヤーゴとヘッチーに悪態つきまくって、これはやばいぞ……。

「イタタタッ……」

「どうしたタクマ、オイラ何もしていないぞ」

 いいぞ、まだ俺にびびっている。

「魚にあたってしまったのかな、お腹が急に痛くなって、ヤーゴ下ろしてくれないか。そこらへんで出してくる」

「それは大変だ、さあ下りてくれ。オイラの肩で出されたら嫌だよ」

 ヤーゴがゆっくり手を動かして、俺を下ろしてくれる。

「下ろしてくれないかだって? さっきはもっと命令口調だったのに……」

 ヘッチーが怪しんでいる。

「イタタタッ」

 俺はお腹を押さえながら、岩陰へ向かうと、そこから猛ダッシュで逃げる。


 5分ほど走って逃げると息が切れたので、岩に座って休むことにする。

 それにしてもどうしてサラマンダーの杖は急に使えなくなってしまったのだろう。

「サラマンダーの息吹!」

 大きな声を出して、サラマンダーの杖を強く振ってみるが、やはり炎は出ない。充電が切れてしまったのだろうか? だとしたら充電方法はどうすればいいのだろうか?

 せっかく無敵の武器を手に入れたと思ったのに!

「ちくしょう!」

 俺は座っていた岩を蹴る。

 すると、突然岩が動き出す。

「痛いじゃないか、この人間野郎……」

 ゴ、ゴーレムだ! オーガ族のヤーゴと同じくらいでかい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る