第16話 16話
リセルにエスコートされ、レストランの特別室でディナーをいただくことになったが、リセルの顔を見ていると吐き気がしてきて、食事がまったく喉を通らない。
それはフミも同じようだった。
「船酔いでもしましたか? 例え、高熱を出していたとしても、残さず食べてくださいね。もったいないですから」
リセルは最初にそう警告をすると、あとは自分の食事に集中していた。
「あなたは間引きされたはずですよね?」
「ええ。誰もがそう思っていました。私、自身も。しかし、火葬場に運ばれる途中に、蘇生したのです。トラックの揺れが心臓を刺激したのかもしれません。確率は低いですがね。とにかく、私は蘇生して、その時には体の点滅は止まっていました」
リセルが喋っている間にも次々と料理が運ばれて来る。もうテーブルの上は“満席”だ。豪華な料理が、なぜだか残飯に見えた。ひどく臭った。脳が混乱している。
「それで、私は大神聖者となり、“再教育”の責任者に任命されました。おお、これは美味ですね」
それにしても、リセルはとてもおいしそうに食べる。食材に感謝しながら、味わっていることが伝わってきた。
また料理が運ばれて来る。ウエイターが料理を置く場所が困っている。このまま食べていない料理を下げられるわけにはいかない。そうなると、怖ろしい罰が待っている。予感ではなく、確実にそうなると断言できた。
俺はフミの分もサラダとスープを食べて、空いた食器を下げてもらう。そして、置き場所に困っていた料理をウエイターがテーブルに置いた。
ちょっとでもパニクったら、吐き出してしまう。歌を流した。頭の中に、バースデイソングを流した。幸せな食事だと思い込め、そして飲み込め、味は感じなくていい。
「なぜ、大神聖者になれたのですか? 誰があなたを“再教育”の責任者に任命したのですか?」
「知ってどうするのです?」
「……」
何のために知りたいのか、具体的な理由はなかった。
「こ、これ以上、聖者の蔓延が広がらないように知っておきたいのです」
漠然としている。
「おかしな人だ。悪人を根絶したい私があなたに協力するわけがないでしょう。それに、どうして聖者が増えてはいけないのですか?」
「……」
「世界がつまらなくなるからですか? 随分と自分勝手な理由ですね。ご存じの通り、聖者が爆発的に増えてから犯罪は激減し、目を覆いたくなる、耳を塞ぎたくなるような悲惨なニュースはなくなりました。タクマ殿、この世界にはあなたが知らない悲しみがたくさんあふれていたのです。それを、私たちは一つずつなくしていったのです。それのいったいどこがいけないのですか? また悲しみに満ちた世界に戻したいのですか? いったい何のために? 私たちのしていることのどこが間違っているというのですか? 本当にそうなのだとしたらどうか教えてください」
リセルは子供のように、本気で何がいけないのかわからない目をしていた。
「……いけなくはないです。ただ……やりすぎじゃないですか。こんなに急に聖者だらけにしなくても……」
「もし、聖者パンデミックがあと30分でも遅れていたら、とある国から核ミサイルが発射され、第3次世界大戦が起こっていたとしたら?」
「……そんな、非現実的なこと……」
「タクマ殿、非現実的なこととは何ですか? 実際に起こったことは現実的なことで、まだ起こっていないことは非現実的なことですか? それが、起こってからでは遅いのです」
言いくるめられるな。ごもっともな意見だが……。ごもっともな意見過ぎて、反論できない。心が苦しくなった俺は、テーブルに並ぶ料理をむさぼるように食べた。
そんなわけがない! 聖者の蔓延が正しいわけがない! あの間引きは狂気の沙汰だ。許されていいことではない。悪人として、しっかり気を保つんだ。
「第二段階の時が来たのですね。ついに……」
沈黙を守っていたフミが口を開いた。
「第二段階? フミさん、何のことですか?」
「……」
フミは俺の目を悲しそうに見るだけで、答えてはくれない。
「……いいでしょう。お話ししましょう。聖者パンデミックはあと5分ほどで、第二段階へと進行します」
「あと5分? いったい何が始まろうとしているのですか?」
俺がそう言うと、リセルはテーブルに残っている料理に目をやる。
クソッ。早く食べ終えて、ここから出なければ。俺は料理を口に詰め込んで、水で流し込む。
「タクマ殿、あなたと同じ悪人の一派が、貨物船で沖縄へ向かっていますね? その一派が使っている貨物船は実は私たちがご用意させていただいたものなのです」
リセルの言葉からはまるで悪意が感じられない。そのほうが世界のためだと信じ切っている。
「そして、今度は彼らが感染源となる番なのです」
「彼らが感染源? いったい今度は何を……」
「世の中は聖者でみちあふれ、平和を手に入れました。しかし、その一方で、競争がなくなり、経済や技術開発の停滞が続いております」
「ほ、ほら、いいことばかりではないじゃないですか」
「ですが、これは想定内です。聖者たちに危機感を植え付けるために、今度は悪人パンデミックを引き起こします」
「な、なんだって……」
一瞬で血の気が引いた。
「まあ、期間限定ですがね。瞬く間に世界中は悪人だらけになり、むごたらしい事件や戦争が勃発します。外を歩けば、誰かが泣いている。誰かが怒っている。そんな世界になるのです。言ってみれば、人工的に第3次世界大戦を起こすのです。そして、生き残った聖者たちに十分な危機感が備わった時に、再び聖者パンデミックを起こします。最も効率的に、もっともスピーディに聖者たちを強くするのです。それによって、平和で成長し続ける世界が生まれるのです。素晴らしいでしょう」
リセルはとても清らかな映画のあらすじを話すかのように目を輝かせていた。
「そして、準備が整った時に、とある異世界の住人の方々が移住されてくるのです。私たちはその誘致に成功したのです」
「い、異世界? 移住って、何を非現実的な……」
「起こってからでは遅いのです。敵はこの世界にいる者だけではないのです。異世界の者に侵略されないように、他の異世界と同盟し、共存の道を歩まなければ習いのです。未来へ向かえば向かうほど、1秒後には大きな変化が起こってしまうものなのです」
「でも、いくらなんでも、異世界って……」
信じられなかった。でも、聖者が蔓延することだって、それが“起こる前の俺”は信じはしなかっただろう。
「信じてもらう必要も、理解してもらう必要もありません。とにかくこの世界はとある異世界に移住先の誘致に成功して救われたのです。その方向に進んで行くのです。それもこれも、タクマ殿、あなたたち悪人がちゃんと残っていてくれたおかげです。まあ、すべて想定内のことですけどね。それでは私は巻き込まれるわけにはいかないので、待たせてあるヘリで帰らせていただきます。フミ様と一緒に」
リセルはちょうど完食すると、立ち上がって、フミに手を差し出す。
「……私がどうしてここに来たと思いますか? 私は、“見える”のですよ」
フミが声を震わせながら、気丈に言う。
「わかっています。私もその点が気になっていました。とはいえ、それでもフミ様をお迎えに参じるのも、大神聖者の役目なのです。私なら、フミ様が“見えている”ものを変えられるかもしれません」
リセルは差し出した手を戻す。
そして、フミさんが立ち上がる。
「タクマさん、行きましょう。もう間もなく、迎えが来ます」
「迎えって、ここは海上ですよ?」
もしかして、母さん……いや、魔悪人メグがヘリで助けにでも来るのか?
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