第13話 結婚

 水色の着物を着ていて、ベッドの上で正座をしていた。髪の毛はかなり長く、ベッドまで届いている。心臓が止まりそうになった。世界が止まったように思えた。これは一目惚れだと断言できた。

「フミと申します。ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」

そう言って、フミはゆっくりと頭を下げた。なんて素敵な声なのだろう。

 俺も床に正座して、

「よ、よろしくお願いします」

と頭を下げた。

 フミはベッドから降りると、

「今、お茶を淹れますね」

と言って古風な鞄から、道具を取り出し、小さなテーブルの上でお茶をたて始めた。

「さあ、ここに座って……」

 フミがお茶をたてている様子を不思議そうに見ていた少年を、ソファーに座らせる。

 フミさんはいったい何者なのか? どこからやって来たのだろうか? 目的は何なのだろうか? 疑問は山ほどあったが、何一つ尋ねる気が湧いてこなかった。

 ただ、フミさんを見ていたかった。フミさんと目が合う。気持ち悪いと言われるかとドキッとしたが、

「フフッ。そんなに見ないでください」

とフミさんは恥ずかしそうにした。

「す、すみません。あっ、それから、ちょうどお茶を飲みたいと思っていたんです。ありがとうございます」

と俺が感謝を告げると、

「私はタクマさんの妻なのですから、これくらい当然です」

とフミさんは答えた。

 えっ? 俺の妻?

「覚えていらっしゃらなくて、無理もありません。タクマさんが病院で“再教育”を受けている間に、私の両親によって婚姻届が出されたのですから。あっ、でも誤解しないでくださいね。私はタクマさんと結婚することができて幸せです」

 フミさんはそう言って、見たことがないほど美しい笑みを浮かべた。

 やっぱり。フミさんは聖者だ。

 それにしても、こんな奇跡が起こるとは……。人生で初めて一目惚れした相手と既に結婚していたなんて! 俺の人生にこんなに素晴らしい奇跡が待っていたとは、最高だ!

「はい、どうぞ」

 俺と少年は、フミさんが淹れてくれたお茶を飲む。苦いが甘い。少年は露骨に逃がそうな顔をするが、俺は甘く感じてたまらない。

「フフッ。ごめんなさいね。ボクには、やっぱりジュースを入れましょうね」

 フミさんは少年のために、オレンジジュースを入れようとするが、少年は立ち上がり、一礼すると部屋から出て行った。

「…………」

 二人きりになると、心臓が爆発しそうなくらいドキドキした。ソファーで隣に座っているフミさんに聞こえていないか心配になるくらいだった。

「フフッ」

 フミさんが照れくさそうに笑う。

 やっぱり心臓の音が漏れているのかな。お茶を飲んで落ちつこう。

「なんだか新婚旅行みたいですね」

「ププーッ」

 俺はお茶を噴き出してしまう。

「もう、タクマさんったら。フフッ」

 フミさんは笑顔を絶やさず、俺が噴き出したお茶で濡れた服やテーブルをハンカチで拭いてくれる。

 そして、もう片方の手で、俺の頭をなでてくれる。

 ああ、このまま聖者になってしまおう。

「それで、タクマさん……」

 フミさんが顔を赤くする。

「どうしましたフミさん」

「フミと呼んでください」

「わかりました。フミ、どうかしたの?」

「それで……」

「それで……」

「どうしますか、その、あの……、こ、子作りの方は……」

「こ、こ、こづく……」

 俺は息が止まりそうになった。こんなに素敵な女性と俺が……。ど、動じるな。夫婦なんだから当然のことじゃないか。

「私は、いつでも大丈夫ですよ」

 フミさんが俺の手に触れる。恥ずかしいのか、目は合わせようとしない。

「フ、フミ」

 俺はフミの顔を自分に向けさせる。

「タクマさん……」

 フミが目を閉じる。

「愛しているよ、フミ」

 生まれて初めてキスをしようとしたその時、ドンッ!とドアがぶち壊されて、あの4人が揉み合いながらなだれ込んで来た。

「決着がつかないから、もうタクマさんが順番を決めて……」

 エミさんはそう言いかけて、フミに気づく。ナナとミキとサキさんもフミに気づくと、争いをやめて、乱れた髪の毛を整えたり、服に着いた汚れなどを落とす。

 そう、悪人のミキとサキさんはもちろん、魔悪人のナナとエミさんでさえ、身を正したくなる雰囲気がフミにはあった。

「タクマ、その女は誰だ?」

 ナナが単刀直入に尋ねてきたので、

「妻のフミです」

と俺も包み隠さず紹介した。

「初めまして。夫のタクマさんがいつもお世話になっています」

 フミはそう言うと、深々と頭を下げる。

「い、いえ、こちらこそ」

 エミさんも思わず頭を下げる。それを見て、ナナもミキもサキさんも頭を下げる。先ほどまで争っていたのが嘘のようだ。

「この制服を着ているのが妹のナナで、一際胸が……いや、高校の同級生のエミさん、それから女子高生柔道家のミキ、看護師のサキさん。みんな狂暴なところがあるから気をつけてね」

 俺がそう言うと、

「うるさい!」

とナナに尻を蹴られる。

「ナナさん、女の子がそんなことするものではないですよ」

 フミさんが諭すように注意する。

「わ、悪かったな」

 ナナが謝った。決して、いい態度ではないが、謝ったことには違いない。エミさんの人工的な物とは違い、フミさんのナチュラルな純粋さに魔悪人のナナもおされている。

「お茶を淹れてさしあげたいのですが、ここではちょっと狭いですね……」

「ああ、それなら、もう広い部屋がありますので、そこに行きましょう」

 俺がそう言うと、ナナ達4人が顔を合わせて苦笑いを浮かべる。


 ずいぶんと派手に暴れたものだ。

 あれだけ豪華だったデラックススイートルームの中が、まるで竜巻が通過したかのように、ズタボロになっていた……。

「まるで竜巻が過ぎ去った後みたいですね。フフッ」

 フミはそういうと、着物の袖をめくって、片づけを始める。

 おおーーー! フミと同じことを考えていたなんて幸せすぎるーーー! 俺もはりきって、片づけを手伝う。

「タクマさん、ケガしないでくださいね」

「わかってるって。フミも気をつけるんだよ」

「はい。あなた」

 もう頭の中でフルボリュームで恋するフォーチュン○ッキーが流れている。

 ナナ達4人は、俺とフミを見て、戸惑っていたが、

「私たちも手伝いましょうか」

とエミさんが言い出すと、

「そうですね。こんな風にしたの私たちですもんね」

とミキも同調して、片づけを手伝い始める。

 ナナとサキさんも、黙々と片づけを始める。

 フミが魔悪人と悪人の俺たちに新しい風を吹かせていた。フミに頭をなでられたことは、内緒にしておこう。

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