第12話 運命の先客

 豪華客船をゆっくり見て回る余裕もなく、俺たちはサキさんがお父さんにとってもらった、デラックススイートのリビングルームに集まっていた。

「2部屋しかとれなかったって、どういうことなんですか、サキさん。しかも、もう一つの部屋はスタンダードタイプだなんて」

 ミキが多少気を使いながら、サキさんに詰めよる。

「まあまあ、2部屋とれただけ十分じゃない。貨物船で沖縄に向かっているより、よっぽど快適だわ」

 シャンパンを飲んで、ほろ酔いのエミさんがそう言う。

「さすが大人は理解力があるわねえ。確かに5部屋とれなかったのは申し訳ないけれど、このクルーズ船はすごく人気があるから、2部屋とるだけでも大変なんだから」

 サキさんもシャンパンに手を伸ばす。この船に乗ってすぐにシャワーを浴びていたので、バスローブを身にまとっていた。自然と視線は胸の谷間へと向かう。そして、その度に、ナナかエミさんかミキにビンタをされた。

「すっかり、悪人のタクマさんに戻られたみたいですね」

「やっぱり大神聖者のままにしておけばよかった」

 エミさんとナナが呆れている。

「ナナ様には悪いですけど、私、こんな獣と同じ部屋で寝るなんて、絶対に無理です」

 ミキがきっぱりと言う。

「そうね、ここはやっぱり、ナナ様とタクマさんの兄妹が、スタンダードの部屋を使うのが一番だと思いますわ」

 エミさんがそう提案する。

「えーっ、そんなー。サキさん、俺と一緒にスタンダードの部屋を使いましょうよ。さっきかわいいって言ってくれたじゃないですか」

「それは、大神聖者の時のタクマさんです。悪人のタクマさんには……うーん、これっぽっちも魅力を感じません」

 サキさんがぶった切る。

「ちぇっ、せっかくの船旅なのにナナと一緒か、つまんねーの」

「何を言っているタクマ。私は、了承していないぞ」

「えっ?」

 俺とミキが驚く。エミさんとサキさんは笑っている。

「私だって、タクマと同じ部屋を使うなんてごめんだ」

「アハハハハッ。そうよね、妹だってタクマさんと一緒は嫌よね」

 エミさんが声を出して笑う。

「ちょ、ちょっと待ってください、ナナ様。それじゃ、部屋割できないじゃないですか。ここは全悪人のためにご辛抱下さい」

 ミキが懇願する。

「絶対に嫌だ。タクマと同じ部屋になるくらいなら聖者になった方がましだ」

 ナナが真顔でそう言うと、

「アハハハハッ。アハハハハッ」

とまたエミさんが大笑いする。

 サキさんも愉快そうに笑顔を浮かべている。

「……それじゃ、仕方ないですね。女子4人でこのデラックススイートを使って、タクマ様に一人でスタンダードルームを使ってもらうしかないですね。ここなら、ソファーで寝ることもできますから」

とミキが肩を落として言う。きっと、自分がソファーで寝ることになるのを察知したのだろう。

「いや、それもダメだ。タクマ一人にすると、いつ聖者に見つかるかわかったものじゃない」

とナナが言う。

「そうですねえ。タクマさん、すぐに見つかってしまいそうですね」

 エミさんも同意する。

「こうしましょうか。沖縄に着くまで約72時間。一人18時間ずつタクマさんの子守りをするということでどう?」

とサキさんが提案する。

 かなり長い沈黙の後、ナナとエミさんとミキが仕方なさそうに頷く。

 子守りってなんだ! 俺はナナの兄だし、ミキより年上だぞ! まったくバカにしやがって……。でも、これって、俺にとってはかなりラッキーなことではないか? ナナと一緒にいる時間だけ我慢すれば、あとは……、あとは……、うひゃひゃひゃひゃ。

「痛ッ!」

 4人同時に俺を殴って来た。

「私、やっぱりこんな獣と18時間も一緒にいられません」

 ミキがエミさんに泣きつく。

「しょうがないわねえ。それなら、わたしが20時間頑張るから、ミキ16時間だけ頑張れない?」

 エミさんがそう言うが、ミキは首を横に振る。

「それなら、私も20時間頑張るから、ミキは14時間でいいわ」

 サキさんも年下のミキを気遣って譲歩する。

「わかった。私も20時間でいい。ミキは半日だけ辛抱してくれ。本当にこんな奴ですまない」

 ナナも心苦しくなったようで、そう謝る。

 聖者だった頃はこんなにボロクソ言われることはなかったが、なぜだろう? 生きている感じがする。

「……わかりました。12時間だけ頑張ります。ウエーーーン」

 ミキが泣きながらそう言う。

 俺っていったい……。

「偉い、偉い」

 エミさんが頭をなでて褒めてあげる。

「絶対に12時間だけですからね。1秒でも遅れないでくださいよ」

 ミキがそう強く言うと、

「わかりました。約束です」

とサキさんが言う。

 やっと話し合いが決着したと思ったら、

「あとは順番だな」

 ナナが言うと、エミさんとミキとサキさんの目つきが鋭くなる。

「私は最後でいいです。先にみなさんにお譲りします」

 ミキがそう言うと、エミさんがミキから体を離して、

「何を言っているの、ミキ。こういう時は、年下から先に行くべきよ」

と強めの口調で言う。

「そうよね。ナナ様かミキが先に行くべきだわ」

とサキさんも同意する。

「断る。後の方が、タクマと一緒の部屋にいなくてもいい方法が見つかって、地獄の時間を過ごさないですむ確率が高まるからな」

 ナナがそう言うと、チッとエミさんが舌打ちをする。譲らないぞと、4人の視線がぶつかる。

 部屋割だけでなく、順番でもこんなにもめるなんて……。俺はこの場にいることが申し訳ない気持ちでいっぱいになった。できることなら、今すぐ聖者に戻りたいとさえ思った。

 そして、ここは公平にじゃんけんで決めましょう、とならないのがこの4人だ。

「ねえ、これっていい機会じゃない?」

とサキさんが言い出すと、

「私はいつでも受けて立ちます」

とミキが答える。

「それでは、ここは恨みっこなしで力勝負としますか。誰が一番強いのか、そして誰が一番弱いのか」

 エミさんも乗り気である。

「結果は見えているがな」

 もちろんナナも戦いを避ける様子はない。

「セイッ!」

 サキさんがミキに強烈な蹴りを放ち、戦いの幕が上がる。ミキはソファーのクッションを使ってそれをガードした。

 ナナはシャンパンの瓶を持ち身構える。エミさんはバック転でダイニングに移動すると、椅子を壊して、木片を両手に持つ。

 とてつもない異種格闘技戦が始まってしまった……。しかも、聖者だらけの船内でこんなに派手に暴れていいのか……。

「ウワッ」

 コップやら、ハサミやら、いろんな物が飛んで来る。ここにいたら、命が危ない……。俺は壮絶な戦いが繰り広げられているデラックススイートから抜け出して、下の階にあるスタンダードルームを目指す。


 先ほど船内の地図で確認したが、距離にしてたった100mほどだ。これくらいの距離、俺だって何の問題もなく移動することはできる……と、思ったが早速緊急事態が発生した!

 子供の聖者と遭遇したのだ! すぐに騒ぎ立てるので大人の聖者よりもある意味やっかいな存在だ! しかも髪の毛はドレッドヘアーで、明らかに外国人の少年である。

 どうする、タクマ。考えろ。いや、考えている暇はない。行動しろ! 少年が何か英語で叫ぶと同時に俺は走って逃げだした! 慌てて階段を降りる。部屋まではもう少しだ! ところが、少年は走って俺をおいかけて来ている! 絶対に部屋を知られてはいけない……。俺は仕方なく、部屋をスル―して、走り続ける。

 前方にエレベーターが見えたので、慌ててそれに乗り込む。少年も追いかけて来る。すぐに閉まるボタンを押す。早く閉まれ、早く閉まれ。少年が飛びこんで来て、ドアに挟まりそうになる。少年は焦った表情を見せる。俺は慌てて開けるボタンを押してしまう。

 チンッ。

 エレベーターのドアが閉まり、俺と少年は密室の中で二人きりになる。悪人とはいえ、ドアに挟まりそうになっている少年を見過ごすわけにはいかない。

 少年も悪人に助けられたことに動揺していて、気まずい沈黙が漂う。

 チンッ。

 エレベーターが止まり、外に出ると、そこは世界各国の聖者がウジャウジャいるエントランスだった。

 ヤバい。ヤバすぎる。エレベーターに乗って上の階に戻ろうとするが、既にドアが閉まって、下降していた。

 俺は恐る恐る少年を見る。この子に叫ばれたら、もうお終いだ……。それだけじゃない。エントランスに聖者たちの数名が俺のことをチラチラと見ている。

 さらに最悪のことが起きる。

「あらそう、家のご近所のご主人も、“再教育”から帰って来たら、誰よりもボランティアに参加するようになりましたのよー」

「それはよかったですわねー」

と通り過ぎるご婦人方が会話をしていたのだ。

 こんな時に震えてはいけないとわかっているが、“再教育”という言葉を聞くと、体が言うことをきかない。俺はブルブルと震えだしてしまい、汗も滴ってくる。

 当然のごとく、不審者に気づいた乗組員が、非のつけどころのない笑顔を浮かべながら俺に近づいて来る。

 すると、少年が俺の腕を掴んで、大きく頷くと、俺の腕を引っ張って、ちょうど戻って来たエレベーターに飛び乗る。乗組員がやって来る前にドアは閉まり、上昇する。

 エレベーターには白髪が似合っているアジア系の老夫婦が乗っていた。俺を見るなり、頭をなでようとしてきたが、少年が2人を抑えて、俺を守ってくれる。

 チンッ。

 エレベーターが止まると、少年は俺の腕を掴んで、再び走り始める。

 先ほどスルーした部屋に通りかかったので、俺は走るのをやめ、少年に向かって部屋を指さす。この少年なら信用しても問題ないだろう。

 俺はカギを開けて、少年と中に入る。

 助けてもらったお礼に少年にジュースでもご馳走して、少しは落ちつきたかったのだが、スタンダードルームには先客がいた。

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