第11話 私、試作種なのです

横須賀の米軍基地跡を出て、脇道に入ると、サキさんは救急車を路肩に停めて、エミさんの容体を診てくれた。


 雨はすっかりやんでいて、窓の外に大きな虹が見えていた。


「骨や臓器に異常はないわ。雨で冷えた体を温めてから、撃たれた場所を冷やしてあげれば大丈夫よ。病院に連れて行く必要はないわ。かえってあそこの方が危険だもの」


 サキさんはエミさんの服を脱がして、毛布をかける。もちろん、俺は目をそらしていた。


「どうして、助けに来てくれたの? あなた聖者でしょ」


 ミキが尋ねる。


「私は聖者でも、試作種の聖者だから」


「試作種の聖者?」


 ミキが困惑する。ナナは動じていなかった。何か知っているのだろう。


「タクマさんも試作種の聖者なんですよ」


「えっ? 俺も?」


「私たち“再教育”された聖者は、皆試作種の聖者なのです。何かしら実験をされていて、私の場合は聖者であることを自由にオフにする力が備わりました。だから、こんな格好をして、病院で“再教育”が成功しているのか確かめる役割を果たしていたのです」


 やはり“再教育”という言葉を聞くと、体が震えてしまう。実験だって? 俺はいったい何をされたのだ?


「聖者たちは、何かを生み出そうとしている……。とてつもない何かを……」


 ナナが神妙な顔をして言う。


「ナナ、ブラッカは無事なのか?」


 俺が尋ねると、


「ああ、なかなか側から離れようとしなかったが、賢い子だ。魔悪人メグの気配を感じると、すぐに逃げてくれた」

「よかった」


 俺は安堵した。またどこかでブラッカに会えるといいな。


「ブラッカも試作種の犬なんです」


 俺がそう教えると、サキさんは複雑そうな笑顔を浮かべた。


「そうですか、良かったですね……。えっと、話を戻すと、テレビで今日の中継を見ていたら、タクマさんとあなたが機関銃を撃ち始めた途端に放送が中止になって……。居ても立っても居られなくなって、ここへ救急車をかっ飛ばして来たってわけ。もちろん、今は聖者モードオフの状態よ。それから、あなた」


 サキさんがミキに正拳突きをする。ミキは両腕でそれをガードする。


「痛いわね! 急になにするのよ!」


ミキが怒ると、


「病院ではよくも投げ飛ばしてくれたわね。あれは、タクマさんを逃がすためにわざと投げられただけだからね。ゆっくり勝負できる時がきたら、かわいがってあげるわ」


「……やれるものならやってみなさいよ、おばさん」


 ミキとサキさんが火花を散らす。やれやれ、悪人どもは暇さえあれば争ってばかりだ。……、でも、それって、悪いことばかりだろうか?


「ミキ、このあとのプランは、どう考えていた?」


 ナナが尋ねると、


「近くの港に貨物船を停泊させていたので、それにナナ様をお連れして、沖縄を目指す手はずになっていたのですが、恐らくキヨシがもう……」


とミキが申し訳なさそうに答える。


「そうか……。どのみち、貨物船で出港しても、途中で海保に捕まってしまうだろう」


 ナナがそう言って、ミキを励ます。


「沖縄に行きたいのなら、ちょうどいいわ。ちょっと待っててね」


 サキさんはそう言うと、スマホを取り出して、電話をかける。


「あっ、パパ。今日、横浜から出る船があるでしょ。そのチケット、5名分とってくれる。……うん、そう。じゃあ、お願いねー」


 サキさんは電話を切ると、


「今日ね、横浜から世界一周をする客船が出港するの。それで、その船は沖縄にも寄港するのよ。今すぐ横浜に向かって、その船で沖縄に向かいましょう! あなたたち運がいいわね!」


と教えてくれる。


「おばさん気は確かなの? 聖者たちがうじゃうじゃいる船に乗り込むなんて危険すぎるでしょ!」


 ミキがそう言うと、サキさんはミキの胸を触り、


「お譲ちゃん、もう一度おばさんって呼んだら、一晩中ミルク飲ませるわよ!」


と脅す。


「な、なによ、私だって、こ、これからもっと大きくなるんだから……」


 あれだけ威勢のよかったミキがしどろもどろになる。


「よし、その船に乗ろう」


 沈黙していたナナがそう決断する。


「でも、ナナ様……」


 ミキが心配そうな顔をする。


「大丈夫。大丈夫。私が聖者モードになって、食事を部屋に運ぶから。タクマさんたちは、部屋でのんびりとクルーズを楽しんでください」


 サキさんはそう言って、俺のほっぺにキスをする。


「や、やめてください」

「もう、タクマさんって本当にかわいいんだから」


 サキさんが悪戯っぽく笑う。


「ゴホンゴホンッ。早くこの鎖をとってくれ。これでは客船に乗り込むこともできない」


 ナナがわざとらしく咳をしてそう言う。


 サキさんは髪留めを外すと、そのピンの先を使って、ナナを縛っていた鎖の錠を外す。


「……す、すごい」


 サキさんのことを敵対視しているミキも、そのスキルを素直に認める。


「詳しいことは言えませんけど、私たち一族はこれで財を築いたの……」


 詳しいことを聞かなくても容易に想像がついた。


「やれやれ、やっと自由に動ける」


 ナナは思いきり背伸びをして、グルグル肩を回すと、


「おい、起きろ! おばさん!」


と言って、気絶しているエミさんに容赦なく往復ビンタをする。そんなことをしたら……。


「い、痛いわね! 何するのよ!」


 エミさんが目を覚まして、ナナに手刀を喰らわせようとする。ナナは紙一重のところでかわす。


「こうでないとな……どうしたおばさん、動きが止まって見えるぞ」

「だから、おばさんじゃないって言っているでしょ!」


 エミさんがそう言って起き上がると、その勢いで毛布が下に落ちる。


「ちょ、ちょっと、どうして私、服を脱がされているのよ」


 エミさんの大きな胸を見て、ミキがまた落ち込んでしまう。別にエミさんや、サキさんみたいに大きくなくてもいいのに。こうして見比べてみると、やっぱりサキさんよりもエミさんの方が大きいのかな。


「タクマさん、大神聖者だか何だか知りませんが、私が始末してさしあげます!」

「エミさん、服を脱がせたのは、俺ではありませんよ。それに、エミさんが思っているようないやらしいことを考えてはいませんから」

「だったらそれは何なのですか」


 エミさんとナナとミキが俺の股間を見る。


「キャッ!」


と言って、ミキが目を覆う。


「こ、これは……」


 なんていうことだ。俺は自分を恥じた……。それと同時に激しい頭痛に襲われた。


「う、ううーーー」


 俺は思わずうずくまる。


「タクマさん、そんな芝居をしても許しませんよ」


 エミさんが怒っているようだが、何を言っているのかはっきりと聞こえない。


「違うわ。これは芝居なんかじゃない。“再教育”で服用していた薬が切れたのよ」


「つまり、タクマは完全に大神聖者になっていたわけではないのだな?」

「そうね。薬の作用が影響していたと思うわ」

「どうする、おばさん? どっちがやる」

「思いっきり下着姿を見られたのよ! 私がやるに決まっているでしょ!」

「う、うぉーーー!」


 頭痛がさらに激しくなる。


「タクマさん……」


 エミさんが俺の胸倉を掴んで起こす。毛布をかぶっていた。残念だと思う自分がいた。俺は自己嫌悪に陥る。そんな卑猥なこと聖者が考えることではない。


「私の下着姿を見た記憶がなくなるまで……」


 エミさんが俺に思いきり往復ビンタする。脳が激しく揺れて、痛いと言うことさえできない。


「殴り続けてさしあげます!」


 エミさんは容赦なく、俺に往復ビンタをあびせつづける。うう、もう何往復しているんだ……。先ほどの記憶どころか、すべての記憶が吹っ飛んでいきそうだ。


「さあ、問題は解決したわね。横浜に向かうわよ」


 サキさんがそう言うと、


「ああ頼む」


とナナが返事をする。


サキさんはビンタされ続けている俺にかまうことなく、運転席に戻ると、サイレン音を鳴らして、救急車を猛スピードで走らせた。


 救急車の中でこんなに暴力を振るっていいものなのか? ナナもミキもエミさんを止める様子がない。悪人どもめ、いつか俺が全員聖者にしてみせるからな……。

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