第9話 虹のち雷

「ミキ、着いたぞ! 早く起きろ!」


 そう言っても、


「ステーキおかわりー」


と寝言を口にして、ミキは幸せそうに寝ている。


 ミキのスカートの裾がめくれそうになっていたので、直そうとしてやると、腕を強く握られる。


「どこ触ろうとしているのよ」


 さすが柔道家。気配を感じたようで、いつの間にか目を覚ましていた。


「ち、ちがう、ミキ、お前何か誤解しているぞ」

「うりゃーーー!」


 ミキはまったく聞き入れず、俺の胸倉を掴んで持ち上げると、ケガ人なのに容赦なく投げ飛ばす。


これだから、悪人は困ったものだ。早く、ナナとエミさんを助け出して、病院に帰してもらおう。そうしないと、間引きの前に、力尽きてしまう。


 ミキは再びブルーシートの下に潜りこむと、


「どう? 似合うでしょ! コスプレって楽しいわね!」


と言って、警察官の制服に早着替えをした。


「スカートが短くないか?」

「何言っているの、私の美脚を隠すなんて、そんな罪なことできないわよ」


 ミキはそう言うと、ピックアップトラックの荷台から、勢いよくジャンプして降りる。


「さあ、行くわよ!」

「偉そうにするなよ。お前が起きるの待ちだったんだからな」


 ミキは眠っている白バイ隊員から手錠を奪う。


「やっぱり拳銃は持っていないみたいね……」


 当たり前だろ。もうこの世界にそんなものは必要ない。悪さをするのは、お前たちごく一部の悪人だけなのだから。


「聖者タクマ、細かいことをウダウダ気にする罪で逮捕しまーす!」


 ミキはそう言うと、俺に手錠をかける。

 キヨシは先に近くの倉庫に向かって歩き出していた。


「さあ、早く歩いて!」


 ミキが俺の背中を押す。


 俺は、ミキの頭をなでようとするが、あっさりと避けられてしまう。


「タクマ、怒るわよ!」


 そう言いながら、ミキは俺の頭をビシッと叩く。もう、怒っているではないか。こんな狂暴な悪人も見過ごすわけにはいかない。チャンスがあったら、絶対にミキを聖者にしてみせるのだ。


 倉庫に入ると、アメリカ軍の戦車『M1 エイブラムス』がぽつんと1台残されていた。


「キヨシが入手した情報通りね」

「本当に動かせるのかよ」


 俺とミキがそう言っている間に、キヨシは素早く戦車に乗り込む。そして、戦車を始動させると、主砲を俺に向ける。


「もたもたするなあ! 早く乗り込め! ハデに暴れてやるぞ! ダハハハハッ」


とキヨシのテンションが明らかに高くなっている。どうやら、戦車に乗ると人格が変わるようだ。


「タクマはそこに座って」


とミキに指示され俺は右側にある、機関銃を撃つハッチの席につく。


 ミキは中央の機関銃を撃つハッチの席に座ると、


「キヨシ、行きましょう!」


とワクワクした様子で言う。


 そんなに聖者を撃ちたいのか……。一日も早く、世界中のすべての人たちが聖者になることを願う。


 戦車は勢いよく発進すると、基地跡を我が物顔で走行する。


 すぐに警備をしていた警官の聖者たちに見つかり、パトカーに追いかけられる。


 ミキは追いかけて来る複数のパトカーに機関銃を向ける。


「お、おい。本当に撃つ気かよ。そんなので撃ってしまったら……」

「これでも喰らいなさい!」


俺の抑止など気にも留めず、ミキは機関銃を撃ちまくる!


ダッダッダッダッダ、その銃声を聞いて俺は思わず、手錠をされた両手で目を覆う。俺は関係ない……。俺は人殺しになんか協力していないからな……。


「アハハハハッ! 最高! ああ、気持ちいい!」


 ミキが満足そうに笑っている。


 怖ろしい。俺も前はこんな怖ろしいことができる悪人だったのか。考えただけでゾッとした。


「何しているの? タクマも早く撃ちなさいよ! 手錠していても撃てるでしょ。楽しいわよ!」


 ミキが無理やり、俺の腕を掴んで、無理やりトリガーを握らせる。


「たくさん虹をつくりましょ」

「えっ?」


 俺が目を開くと、追いかけて来たパトカーが7色のペンキでカラフルになっていた。フロントガラスの大部分もペンキで塗られていて、前方がよく見えず蛇行している。


 ダッダッダッダッダ。ミキがさらに、機関銃をぶっ放すと、パトカーのフロントガラスに見事命中して、完全に前が見えないようになる。パトカーは大きく蛇行して、電信柱にぶつかって止まる。


 ダッダッダッダッダ。ミキはさらに撃ち続けて、建物や通行人の聖者を次々とカラフルにしていく。


「仲間が事前に、七色のペンキを仕込んだ銃弾に変えていたのよ。マスコミもたくさん来ている。ナナ様とおばさんを助けるだけではなくて、逃げのびている悪人どもに勇気を与える絶好のチャンスだわ。撃って、撃って、撃ちまくって、たくさんの虹をつくるのよ、タクマ。みんなに、希望の虹を見せてあげるの」


 ミキの目は、キラキラと輝いていた。なんで、悪人なのに……。俺の知っている聖者にこんな目をしている者はいなかった……。


 ダッダッダッダッダ、ダッダッダッダッダ。


「最高! 私はこの日を絶対に忘れないわ。アハハハハッ」


 こんなに楽しそうに笑っている聖者もいなかったな……。あれ、そういえば俺、最近いつ大声で笑ったっけ……。まったく思い出せない。


 そして、11:55分、ついにナナとエミさんが引き渡される滑走路に接近する。


 神聖者セブンのヒダマリが輿に乗ってかつがれていた。その周りには、1000人は超えるであろう聖者が集まっている。


 対峙するように、3人の人影が見えた。ナナとエミさんだ。もう一人、仮面をつけているのが、魔悪人メグなのだろう。金髪が目立っている。


 ダッダッダッダッダ。俺は聖者たちに向かって、機関銃を撃ちまくった。


「う、うわっ、何をするんだ」

「や、やめなさい」


 聖者たちは怒らず、優しい声で注意してくる。


 でも、こうやってペンキでカラフルにすると、同じような笑顔を浮かべていた聖者たちに、何かが宿っていくような感覚があった。


 ダッダッダッダッダ、ダッダッダッダッダ。俺とミキは夢中になって撃ちまくった。


「ええい、あいつらを取り押さえ……ウグッ」


 ペンキの銃弾を喰らったヒダマリが輿から落ちる。


「やった! 今当てたの私だからね!」


 ミキが勝ち誇った顔をする。


 当たり前だ。さすがに俺が、神聖者セブンのヒダマリ様を撃てるわけがない。


 サイレン音が鳴り響く。


 俺は前方を塞ぐ、警察官やパトカーに向かって機関銃をぶっ放す。


 キヨシはスピードを緩めるなく戦車を走らせ、パトカーを避けずにわざと踏んで進んで行く。


「どけどけどけ! 聖者たちは引っ込んでいろ! グワッハッハッハッ」


 キヨシのテンションはさらに高くなっていた。


 ゴロゴロゴロ、ダダダダーン! 突如雷が鳴り、激しい雨が降り始める。


 ダッダッダッダッダ。ミキは雨など気にしないで、聖者を撃ち続けている。


「みんな、建物の中に避難しましょう。風邪をひいてしまいますわ」

「そうだ。風邪をひいて誰かにうつしてしまったら大変だ」


 聖者たちは雨に濡れることを嫌い、


「さあ、ヒダマリ様も行きますよ」


と神聖者ヒダマリを輿に乗せて、近くの建物の中へと避難して行く。


「こ、こらー。魔悪人を捕らえるのだーー!」


 ヒダマリがそう命令するが、


「ヒダマリ様、魔悪人はまたの機会に捕まえましょう。ヒダマリ様の健康の方が大切です」


と言って、聖者たちは言うことを聞かない。



 大雨の中、ナナとエミさん、そして仮面をしている魔悪人メグのもとに辿り着く。ナナとエミさんは鎖で縛られていた。


「ナナ様、遅くなりましてすみません! タクマとキヨシと助けに参りました!」


 ミキが戦車から降りる。下を覗くと、キヨシが『行け』と俺にアゴで指示をする。わかったよ、行けばいいんだろ。どうせ、ナナやエミさんに聞きたくない暴言を浴びせられるに決まっているのに……。


「うわっ」


 俺は雨で足を滑らせて、戦車から落ちる。


「イタタタタッ」


「聖者になっても、タクマはやっぱりタクマだな」


 ナナが冷たい眼差しで見る。ほら、こうなる。


「ちょっと、タクマさん、いやらしい目で見ないでくださいます」


 エミさんにも軽蔑の目で見られる。雨に濡れて、ナナとエミさんの服が透けていた。軽蔑したいのはこっちの方だ。なんて淫らな……。


さっさと乾いた上着に着替えてもらいたいと思って、俺は見ていただけだ。


「ダメです。この鎖、錠を開けないととれません……」


 ミキがナナを助けようとするが、鎖を外すことができない。


「ちょっと、私も助けてよね」


 エミさんがミキに体を寄せる。


「わかっているわよ、おばさん。ついでに助けてあげるから、今は黙ってて」


 ミキがエミさんを睨む。立場上、エミさんは反論をグッと飲み込む。


 ゴロゴロゴロ、ダダダダーン! 


「せっかく神聖者セブンと取り引きできたところを……、お前たちただですむとは思うなよ……」


 沈黙を守っていた魔悪人メグが口を開く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る