第8話 聖者になって幸せに

 空がガタガタ揺れていた。


 目を覚ますと、俺はピックアップトラックの荷台に乗せられていた。お隣には間引きされた聖者がいて、まるで生きているかのように揺れていた。


 麻酔されているようで、体を動かすことができない。


 あれはきっと幻覚だったのだろう。あの時、母さんがいたわけがない……。


 ピックアップトラップは街外れにある葬儀場を通過して、郊外の国道を進むと、やがて林道へと入って行く。


 どうやら悪人どもに拉致されてしまったようだ。最悪だ。もう少しで間引きしてもらえるところだったのに。


 林道を15分ほど走ると、朽ち果てた山小屋に着いた。運転手していた大男の悪人と、助手席に座っていたミキが下りてくると、間引きされた聖者を埋葬する。


 そして、俺を荷台から下ろすと、山小屋の中へと運ぶ。


 ドンと床に投げられると、激しい痛みに襲われる。麻酔が切れてきたようだ。特に顔が痛い。


「間引きされた聖者として、連れ出すために仕方なかったのよ」


 ミキはそう言うって、鏡で俺の顔を見せる。ボコボコにされていて、全身血まみれだ。これなら、体の赤い点滅も良く見ないとわからない。


「よく病院の中まで入ってくれたな」

「忍びこむの大変だったわよ。途中で30人くらいは投げ飛ばしてやったけどね」


 ミキ、それはただの中央突破だ……全然、忍びこめていないじゃないか。


「もしかして、サキさんも?」

「サキさん?」


「ほら、胸元を大きく開いて、スカートが短い、淫らな格好の看護師さん」

「ああ、タクマが好きそうなあの人ね。そうよ、騒がれそうだったから、絞め技で眠ってもらったわ」


 おお、ミキでかした。あんな淫らな格好をしているサキさんにはそれくらいの罰が必要だ。


「でも、どうしてこんなことをしたんだよ」

「だから、助けるためだって言っているでしょ」

「違う、なんで街から連れ出したりしたんだ。ようやくケガが治って、聖者として間引きしてもらえるところだったのに……」


 ミキと大男の悪人が目を合わせてため息をつく。


「あんな最低男のタクマがそんなこと言うなんて、“再教育”ってかなり効果的なのね。いったい何をされたのよ」

「……覚えていない」

「覚えていないって……、どうして震えているの?」

「……覚えいないんだ。何も……」


 本当に何も覚えていなかった。ただ、“再教育”という言葉を聞いた途端、体の震えが止まらなくなった。


「まあ、今、無理して思いだすことはないわ。それより、大変なのよ」


 ミキが話題を変えてくれる。


「ナナ様とおばさんが捕まってしまって、早く助けに行かないと、どうやら沖縄に運ばれてしまいそうなの。そうなってしまったら、もう手が出せないわ」

「ああ、そうか、俺が眠っていた間に、ナナとエミさんは、神聖者セブンのイナホ様に捕まってしまったのか。でも、聖者となって暮らせるなら素敵なことではないか。しかも、沖縄で聖者ライフを過ごせるなんて、最高だ。羨ましすぎる」


 ミキが額に手を当てて、上を見上げる。


「もう、タクマしっかりして! あなたはそんな立派な人間になるべきではないでしょ! それにナナ様とおばさんを捕まえた相手は、神聖者セブンではなくて、魔悪人なのよ!」

「えっ?」

「二人が来るのがあまりにも遅いから、私が様子を見に行った時には、ナナ様もおばさんも倒れていて、クマとヘビの試作種を連れていた聖者に連れて行かれそうになっていたわ」


 これだから魔悪人は……。協力し合えばいいのに、ナナとエミさんは力尽きるまで戦ったのか。


「その人は、神聖者セブンのひとり、イナホ様だよ」

「そのイナホが2人を連れて行こうとしたのだけど、そこに200人以上の悪人を引き連れた魔悪人メグが現れて、ナナ様とおばさんを奪って行ったのよ。さすがに多勢に無勢で、イナホは引きあげて行ったわ。ちなみに、タクマは爆睡していたから、何も覚えていないでしょうけどね」

「仕方ないだろ、一晩中、ナナとエミさんの戦い、いや今思えばただのケンカに付き合わされていたんだから。それより、イナホではなく、イナホ様と言え。痛ッ!」


 ミキにげん骨をされ、さらに血が垂れてくる。


「なんで私がそんなこと言わないといけないのよ! 

投げ飛ばすわよ、まったく。話を続けるわよ。それで、魔悪人メグと神聖者ヒダマリが何かの取り引きをしたようで、明日の正午、横須賀にある米軍基地跡でナナ様とおばさんが聖者たちに引き渡されてしまうようなの。それで、そのまま沖縄へ直行ってわけ」

「で、なんで俺をさらいに来たんだよ」

「はあ、何を言っているの? ナナ様はあなたの妹でしょ! おばさんのこと好きなんでしょ! 助けに行くために決まっているじゃない」

「妹と、好きな人? うーん、俺はエミさんのこと好きなのかな? とにかく、ナナとエミさんだからこそ、俺は聖者になって幸せ暮らしてほしいと思う。ハッピーな話じゃないか」

「うりゃーー!」


 ミキは俺を容赦なく投げ飛ばす。さすが悪人だ。


「痛いだろ! 痛すぎるだろ! 頼むよ、聖者として間引きされるまでに、殺したりしないでくれよな。早く病院に帰してくれよ」

「……タクマなら力になってくれると期待した私がバカだったわ」


 ミキが寂しそうな表情を見せる。

 少し胸が痛んだ。


「タクマ様、お願いします。ナナ様をお助け下さい」


 突如、大男の悪人が土下座する。


「ナナ様は俺たち悪人にとって、最後の希望なんだ。聖者に怯える俺たちを奴隷のようにこき使って、少しでも恐怖心を忘れるようにしてくれていたんだ」


 おいおい、プラスに考え過ぎだぞ。


「でもさ、ミキもあなたも、魔悪人メグと一緒に行動すればいいじゃないか。200人も仲間もいるみたいだしさ」

「誰が、魔悪人メグと一緒に行動なんか……。同じ魔悪人を神聖者セブンに引き渡そうとするなんて、やっていい悪行とやってはいけない悪行があります!」


 まさにナナも同じことをしようとしていたぞ。まあ、ナナを尊敬しているミキやこの大男の悪人に言っても信じやしないだろうがな。大男の悪人はずっと土下座をしている。


「わかったよ。ナナとエミさんを助けることに協力するから、それが済んだら病院に帰してくれよ」

「ありがとう!」

「ありがとうございます! タクマ様!」


 ミキと大男の悪人が抱きついてくる。


「イテーー! 骨が折れるーーー! っつうか、折れているだろ! さらに痛くなってきたぞ! お前らどんだけ俺を殴ったんだ!」


 こんなひどい仕打ちをされたが、人助けは聖者として当然のことだ。土下座までされて、断ることはできなかった。


 俺はチャンスと思って、大男の悪人のあたまをなでようとするが、


「何するの!」


と言って、ミキに腕を掴まれ、また投げ飛ばされる。やっぱり、断った方が正解だったかもしれない……。



 大男の悪人の名前はキヨシだった。聞くかどうか迷ったが、ナナとエミさんを助けに行くのに、いちいち大男の悪人と呼ぶわけにもいかない。


 キヨシの運転するピックアップトラックに乗って、横須賀に向かう。今日は俺が助手席に座って、後部座席もあるのに、ミキは荷台に乗っている。思いきり日光と風を浴びたいそうだった。その気持ちはよくわかった。俺も悪人だった頃、聖者から逃亡している時、隠れてばかりで堂々と太陽の下を歩きたいと思っていた。


 俺はキヨシの頭をなでてやりたかったのだが、両手をロープで縛られていたので、どうすることもできなかった。聖者にしてやることができず、キヨシに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 午前8時頃。横須賀に近づくと早くも渋滞していた。この日は休日ということもあって、多くの聖者たちが、魔悪人のナナとエミさんの引き渡しを見に来たのだ。エコ志向がさらに高まったようで、ほとんどの聖者がハイブリッドカーに乗っていた。そして、もっと外の景色を見ていたかったのに、体が赤く点滅している俺が他の聖者に見られないように、キヨシがシートを倒してしまう。


 病院で処方されていた薬を飲んでいないせいか、なんだか体中がムズムズする。ナナとエミさんを助けて、早く病院に戻りたい。大男と狭い車内で二人きりなんて最悪だ。せめてミキが後部座席にいてくれたら良かったのに……。


 横須賀の米軍基地跡に続く道をトロトロ走っていると、サイレン音が聞こえてきた。バックミラーを覗くと、白バイが近づいてきて、停車するように指示をする。


 てっきり、荷台にいたミキが見つかったのかと思ったが、白バイの隊員は荷台には見向きもせず、運転席に近づいて来た。


 キヨシは窓を開けて、


「ご苦労様です」


と平然と挨拶をする。


「もっと前方の車と車間をとらないと危ないですよ」


と白バイ隊員が笑顔で注意する。


 そして、俺に気づき、


「助手席の間引きの対象をどうされるのですか?」


と尋ねる。笑顔は保っているが、目が鋭くなる。


「魔悪人の引き渡しの際に、記念イベントとして間引きをしたいと神聖者ヒダマリ様に頼まれたのです」


とキヨシは答える。


「それは、大役ですね。わかりました。私が先導しますから、ついてきてください」


 白バイ隊員はそう言うと、サイレンを鳴らし、対向車線を使って、誘導してくれる。キヨシは、言われた通り白バイを追って車を走らせた。


「どうして、キヨシが悪人だと気付かなかったのかな? こんなに怖い顔もしているのに」

「タクマ様が寝ている間に、変化があったんです」

「そのタクマ様ってやめてくれるかな」

「いえ、やめません。ナナ様の兄上様を呼び捨てなどできません」

「……わかったよ。で、何の変化があったのさ」

「悪人に触れると、間引きの対象になりやすくなるという噂が聖者たちの間で広まったのです。だから、我々悪人と出会っても、気付かないふりをする聖者が増えたのです。まあ、今の白バイ隊員は、本当に気付いていなかったようですけどね。こんな聖者の渋滞のなかに、悪人がわざわざやって来るとは思ってもいなかったでしょう。それに、聖者に狙われる間引きの対象を運んでいる悪人なんて普通いませんからね」


 なるほど、悪人として逃げ続けているだけあって、キヨシは見かけによらず、考察力に優れているようだった。


 白バイの先導についていくと、先ほどまでゆっくり進んでいたのが嘘のように、あっという間に米軍基地跡に到着する。


 当初は近くに車を置いて、有刺鉄線を破って侵入する計画だったが、白バイの先導のおかげで楽々と米軍基地跡に入ることができた。


 キヨシは基地内の人気のないところに車を停車させると、運転席に近づいて来た白バイ隊員に催眠スプレーをかけて眠らせる。


 俺とキヨシが降車して荷台を見てみると、ミキがブルーシートをかぶって爆睡していた。通りで白バイ隊員に何も言われなかったわけだ。俺が爆睡していたことに文句なんて言えないじゃないか。

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