第6話 裏切りは魔悪人の証

「カーキャン! カーキャン! カーキャン!」

「おい、ブラッカ静かにしろ! 聖者たちに見つかってしまうだろ」

「タクマ、その試作種が近道を案内してくれるのではなかったのか」


 俺はブラッカを抱きかかえ、多分こっちだろうという方角に向かって、林の中を進んで来た。幸いナナは、エミさんやミキたちを先に行かせ、一人でついて来た。


 ブラッカは案内するどころか、俺の企みをナナに教えようとしているかのように吠えていた。


「試作種、いいから黙れ」


 ナナに睨まれると、ブラッカは大人しくなる。

 早く住処に戻って、イナホとの約束を果たすのだ……。


「ハア、ハア、ハア……」

「タクマ、少し休んでもいいぞ」


 ナナにしては優しいことを言うな。


「大丈夫。早く行こう」


 俺は平静を装って答える。ナナに興奮していることを悟られてはいけない。


「アハハハハッ。こういう時は元気なんだな。アハハハハッ」


 チッ、ばれている。


「魔悪人を引き渡す条件で、神聖者セブンと何か取り引きでもしたんだろう?」

「ああ、そうだよ! どうしてわかっていた? ブラッカが何度も吠えるからか?」

「アハハハハッ。試作種のせいにするとは、タクマはやっぱり最低だな。教えてくれたのはタクマさ」

「えっ、俺が?」

「タクマが誰の力も借りないで、私たちに追いつけるわけがないからな。誰かの手を借りたとしか考えられない。で、手を貸す奴がいるとしたら神聖者セブンしかないということになる」


 不甲斐なさのあまり、偏頭痛がしてきた。ナナには敵わない。負けてばかりだ。


「罠だとわかっていて、どうしてついて来たのかしら?」


 この声は? 上を見上げると、イナホが木の幹に座っていた。残念ながらパンツは見えない。


「私も取り引きがしたいのだ」

「ふーん」


 イナホがジャンプして、木から降りて来る。白く妖艶な太ももは拝めたが、パンツは惜しくも見えなかった。


「タクマ、前から思っていたんだが……」


 ナナが珍しく神妙な表情を見せる。


「何だよ」

「タクマは悪人というより、変態だな」

「な、なんだと!」


 本当のことを言われて頭にきた俺は、ナナにげん骨をしようとするが、あっさり避けられる。


「そうですね、私の胸を凝視したり、下着を覗こうとしたり、まさにド変態ですね」


とイナホも同調する。


「カーキャン! カーキャン!」


 ブラッカまでそうだと言わんばかりに吠えてくる。


「ああ、そうだよ! 変態だよ! だから聖者になりたくないんだよ! 俺は聖者にされてしまった心優しき変態たちの無念を晴らすためにも、絶対に生き残ってみせる!」


と言い放ってやる。


 パチパチパチパチ。ナナとイナホが拍手をする。


「そこまで開き直れるなら立派なものだ」


とナナが言えば、


「変態の中の変態ですね」


とイナホも俺を称える。


「もう俺のことはいいから、さっさと取り引きの話をしろよ!」


 俺はうずくまって、涙を必死に堪えた。妹と美女に変態と褒められて、心のどこかで喜んでいる自分がいることが辛かった。


「そうだな。タクマごとこのために時間を取りすぎたな。本題に入るぞ」

「どうぞ」

「魔悪人エミを差し出すから、私からは手を引いてほしい」


 ナナは負い目など一切感じていない様子で、はっきりとそう言った。まさかそんなことを企んでいたとは……。さすがは魔悪人だ。


「悪くない提案なのですが、本人に聞かれてしまっては……」

「えっ?」


 俺とナナが背後を振り向くと、不敵に笑うエミさんが立っていた。


「こんなことだろうと思っていましたわ。ナナ様……」


 ナナの企みに気づいていたとは、さすがエミさんも魔悪人だ。


「まったく気配を感じなかったが、おばさん。あんた何者なんだ?」


 ナナが尋ねると、エミさんは瞬間移動するかのようにサッとナナの前に立ち、


「ナナ様、そろそろおばさんという呼び方、やめてもらえますか。毒を盛りたくなるのを、我慢するの大変なんですよ」


と笑顔を引きつらせながら言う。


「その身の動き、やはり忍びの者か」

「ナナ様、気付かれていたのですね。私が淹れたお茶に手を出さなかったのも偶然ではなかったのですね」


 エミさん、もしかして我慢しきれず、毒を盛っていたのか?


「タクマ、礼をいいますわ。魔悪人を二人も連れて来てくれて」


 イナホがそう言うと、


「カーキャン! カーキャン!」


とブラッカが吠え、牙を見せて毛を逆立てる。


 そして、林の中に潜んでいた10頭ほどの熊たちが姿を現す。ただの熊ではなくて、下半身がヘビのようにニョロニョロしている。聖者たちは生き物をなんだと思っているんだ? こんな試作種をつくっているなんて……。


「イナホ、念の為、確認したいのですが、これで取り引きは成立ですよね?」


 ナナとエミさん、おまけにブラッカにまで睨まれるが気にしない。


「はい。それどころか、魔悪人を2人も連れて来てくれたのです。あとでたっぷりとサービスさせていただきますわ」

「えー、マジですか! うわーーー、どうしよう」


 俺はあんなことやこんなことを想像しながら、後方に下がって行く。ナナ、エミさん、やることやったら、後で助けてやるから心配しないでくれ!


 もしかして、助けられたエミさんは俺に惚れちゃったりして、エミさんともあんなことやこんとことできたりして! クーッ、妄想が止まらないぜ!


「あいつが兄だと思うと吐き気がしてくる」

「あら、ナナ様も私を裏切って、引き渡そうとしていたではないですか。よく似た兄妹ですわよ」

「なんだと! おばさんは黙っていろ!」

「だから、おばさんではないと言っているでしょ!」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「こうなったら力づくで倒して、あいつに引き渡してやる!」

「あら、できるものならやってみなさい!」

「チッ、同性にも猫をかぶる性根の悪いクソ女め!」

「利用できるものは利用させてもらうまでよ。最初から自分で戦うなんてバカのすることだわ。あなたみたいな」

「許さんぞ! うぉーーー!」

「せいっ!」


 ナナが日本刀で斬りかかり、エミさんがグローブに仕込んでいた鋼の爪で受け止める。


「これはこれは魔悪人同士で潰し合ってくれるとは最高です。お前たち、そこでお待ちなさい」


 イナホがそう言うと、試作種のクマヘビがピタッと動きを止める。狂暴な見た目をしているが、イナホの指示には従順なようだ。聖者たちはいったいどこでどうやって、こんな試作種をつくっているのだ?


 ナナとエミさんの力は拮抗していて、なかなか決着がつかない。周囲の木をもう5、6本は切り倒している。もう、早くどっちか負けてくれないかなー。イナホと楽しむ時間がどんどん減っちゃうよ。


「ええい! タクマ! 棒きれでも何でもいいから手に取って、私に加勢しろ!」


 ナナがそう言うと、


「タクマさん、私に味方してくれたら、あとで何でも願い事を聞いてさしあげますわ」


とエミさんが言う。


 答えはすぐに出た。


 俺は棒きれを拾うと、


「これでもくらえー!」


とナナに襲いかかる!


「カーキャン!」


 ブラッカが俺に体当たりをして、それを止める。


「カーキャン! カーキャン!」


 ブラッカはナナの隣に身を寄せて、俺を威嚇する。


「ありがとう。ブラッカ」

「カーキャン!」


 クソッ、ブラッカの奴、裏切りやがって!


「ナナ様、タクマを返すから、ブラッカを私の味方にさせてくれないかしら?」


とエミさんが言い出す。


「嫌だね。タクマより、ブラッカのほうが何十倍も頼りになる」


とナナは迷わず断る。


「そうですよね。タクマさん、どいてくれますか?」

「えっ?」

「邪魔です。タクマさんに足を引っ張られるより、やっぱり一人のほうがマシです」


とエミさんに言われてしまい、俺はスタスタと戦線を離脱する。


 うずくまって落ち込んでいると、


「カーキャン」


と優しく鳴きながら、ブラッカが身を寄せて来る。ブラッカ……、俺は我慢できずにげん骨をする。よくもさっきは裏切ってくれたな!


「カーキャン!」

「イテーー!!」


 怒ったブラッカが、俺の足に噛みつく。


「クソッ、いい機会だ! ご主人様の強さを見せてやる!」


 俺は棒きれを拾い、ブラッカと対峙する。


 ナナとエミさんは相変わらず、激しい戦いを繰り広げている。


「同志討ちするとは、悪人という生き物は本当にどうしようもありませんね。聖者では考えられないことです」


 イナホがやれやれといった仕草を見せる。


 違う。こうやってケンカをすることができるから、人間は成長することができるんだ。まあ、今の俺の相手は犬だけれども……。


「カーキャン!」

「痛ッ、痛いってば、やめろよブラッカ」


 ブラッカに足やお尻を立て続けに噛まれる。


「わ、わかった。参ったよ、参った。俺の負けだ」


  俺がうつぶせに倒れ込むと、


「カーキャン!」


 ブラッカは勝ち誇ったように上にのっかってくる。



 早く決着がついてほしいのに、すっかり夕暮れになってしまった。


「どうする? このまま戦い続けても、体力を消耗して、あの神聖者の有利なるだけだぞ!」

「そうですね、ナナ様思っていた以上にやりますね」

「ふん、まだ本気は出していないぞ」

「あら、私はまだ5割くらいしか力を出していませんけど」

「強がるな、おばさん」

「だから、おばさんじゃないと言っているでしょ!」


 ナナとエミさんは戦いをやめそうになっても、結局こうなってまた戦いを続ける。


 戦いに飽きたイナホとクマヘビたちは、いつの間にか居眠りしている。イナホは体を揺らしながら眠っていて、大きなおっぱいもプルンプルン揺れていた。ああ、早くあのおっぱいを触りたいーーー!


「カー、カー、カー」

「カーキャン、カーキャン」


 カラスとブラッカが鳴いている。朝になってしまった。ナナとエミさんは一晩中戦い続けても決着がつかず、


「これで最後だ!」

「こっちのセリフです!」


と言って、延々と戦い続けている。


 まずいぞ。俺が聖者になってしまうまで、あと10時間ほどしかない。


「イナホ、もうナナもエミさんもバテているから、クマヘビたちに捕まえさせればいいだろ!」


 俺はしびれを切らしてそう言うが、


「私だって、ここまで戦いを見てきた意地があります。最後まで見届けさせてもらいますわよ」


とイナホは拒否する。


 ナナとエミさんとイナホは、お風呂休憩といって、3人で仲良く真夜中に住処のお風呂に入りに行ったから、ずっと寒空の下にいる俺やブラッカより元気だ。まあ、ブラッカも毛があるから、俺だけ体がヒエヒエだ。


 あとはクマヘビたちも寒さに弱いようで、身を寄せ合っている。


 こうなったら仕方ない。俺は恐る恐るクマヘビたちに近寄り、体をくっつけてみる。獣臭が気になるかと思ったが、良いボディーソープを使っているのか、甘い匂いがした。毛並みがフサフサして気持ち良く、ウトウトしてしまう。


 眠ってはいけない……。眠ってはいけない……。



「ボーボー」


 フクロウが鳴いている。目を覚ますとすっかり夜になっていた。


 ナナもエミさんもブラッカも、イナホもクマヘビたちも姿が消えていた。


 どこへ行ってしまったんだ? ナナとエミさんの戦いの行方はどうなったんだ? イナホとの取り引きはどうなってしまうんだ?


あれ、待てよ、俺、神聖者ヒダマリに頭をなでられてからもう48時間経っていないか? っていうか、俺の体、赤く点滅しているじゃないか! これって……、まさか……。やっぱり、俺、聖者になってしまっているーーー!!

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