第5話 反撃の兆候
もちろん感動の再会とはならなかった。
俺は覚悟していたが、ブラッカもミキも木に縛り付けられた。
「こいつは聖者たちの試作種ではないか。タクマ、お前、何を企んでいる」
ブラッカを冷ややかな目で見ると、ナナは俺を睨みつける。
「おまけに間引き対象の聖者を連れてくるなんて、やっぱりあの住処で縛り付けて置いて来るべきでしたね。まったく、ナナ様の温情をむげにして、本当にタクマなんだから」
エミさんは大げさに呆れた様子を見せて、ナナに媚を売る。
ナナやエミさんと行動を一緒にしている悪人どもも、俺たちを冷たい眼差しで見ている。
「お願いします。助けてください。あなたたちは魔悪人なのでしょう。お願いですから、私を悪人に戻してください!」
ミキが懇願する。
「無理だ。一度聖者になってしまった者を、悪人に戻すことはできない。諦めろ」
ナナは妙な期待を抱かせないように正直に話す。俺が言えなかったことだ。それどころか、俺はミキに無責任に希望を持たせるようなことを言ってしまった。
「そんな……。このまま間引きされるのを待つだけなんて……。だったら、私をここで……、私たち聖者は自ら断つことができないのす。だから、このまま置いて行かないで、私を……」
「断る。悪人にもやっていいことと悪いことがある」
ナナは即答する。
「さすがナナ様。良いこと言いますわ。ちょっとあなた、ナナ様に無茶なこと言わないでよね」
エミさんがまたナナに媚を売る。そんなことを言えるのは、実際に聖者たちの間引きを目の当たりにしていないからだ。
すると、一人の悪人がナナのもとに駆け寄り、
「ナナ様、見張り番からの報告です。50人ほどの聖者たちがここから1kmほどまで迫って来ているようです」
と報告する。
「すぐに出発する。皆に伝えよ」
「ははあ」
ナナに言われると、報告した悪人は頭を下げてから離れて行く。
「まったくタクマのせいですよ!」
エミさんが怒りを露わにする。あの天使のようだったエミさんはもういない。でも、やっぱりかわいい。だから、こんな状況でも名前を呼んでもらえるだけで幸せな気分になれる。
「行くぞ、おばさん」
「はい」
どうやらエミさんは、おばさんと呼ばれることを受け入れたようだ。ナナとエミさんが俺たちに背を向ける。
「待て、ナナ! 行くって、もしかして沖縄に向かうつもりなのか! あの噂を確かめるために!」
俺がそう言うと、ナナが振り向く。
「ほー、タクマのくせに感が鋭いな」
ナナが隠さずに教えてくれる。世界中で聖者があふれ出す前に、一足早く沖縄の人たちが観光客の頭をなでて迎えるようになっていたという話題がネットで拡散していた。そして、もしかしたら、今回の聖者の蔓延が発生したのは、沖縄なのではないかという憶測が一部の間で飛び交っていた。でも、沖縄までどうやっていくつもりなんだ? 空路も航路も聖者たちに占拠されているんだぞ。
「ちょっと、ナナ様教えて大丈夫ですか? 聖者にも聞かれていますよ」
エミさんが心配そうにミキを見る。
「私、そんなにお喋りじゃありませんから。おばさん」
ミキがそう言い放つ。
エミさんは瞬間移動するかのように、サッとミキの前に移動すると、
「誰がおばさんですって! お姉様と言いなさい!」
と言って、ミキに容赦なく往復ビンタをする。聖者たちの間引きの対象となって怯えている相手をこんなに見事に叩くことができるなんて、エミさんはさすが魔悪人だ。俺にはこんなひどい仕打ちとてもできない。やっぱり俺はただの悪人の器でしかないのだと思い知らされる。
ナナやエミさんのようにはなれないと俺が落ち込んでいると、
「カーキャン! カーキャン!」
とブラッカが吠える。
「おい、その試作種を黙らせろ! 聖者たちに聞こえちまう!」
悪人どもが石を投げて来る。
「痛いっ」
その一つがミキにも当たってしまう。
「おい、お前! 今、ミキに石を当てた奴! ここに出て来いよ! 絶対に許さないぞ!」
俺は無意識にそう怒鳴っていた。間引きの対象となっているミキになんてひどいことをするのだ。
「これは、どういうことだ……」
「ナナ様、これって、もしかして……」
ナナとエミさんが、ミキを見て動揺している。ミキ自身も驚いた表情をしている。
「皆して何を驚いているんだよ」
と俺が言うと、
「タクマ! 体の点滅が止まっているだろうが!」
とナナとエミさんとミキに声を揃えて言われる。
あらためてミキを見ていると、体の赤い点滅が確かに止まっていた。
「私、助かったの? やった! やったーーー! ありがとう、おばさん」
ミキがそう言うと、またエミさんに往復ビンタされる。
「痛いけど、ありがとう、おばさん」
ミキは痛がりながら感謝して、『おばさん』と言って反撃も怠らない。
「もしかして、魔悪人が聖者に往復ビンタをすると、悪人に戻ることができるのか?」
俺がそう言うと、
「確かめてみる必要がありそうだ」
とナナも頷く。
「ああ、それなら、あの住処で遭遇した聖者を縛り付けて来たんだ。ブラッカが近道で案内してくれるから、ナナ、一緒に戻って確かめてみよう。ほら、早くロープを解いてくれよ」
と俺は提案する。
「そんなことしなくても、タクマがあと20時間ほどで聖者になります。タクマで試せばいいじゃないですか」
エミさんが真っ当なことを言う。
「待ってよ。まだ往復ビンタで悪人に戻れるか決まったわけじゃないんだ。聖者になって、悪人に戻れなくなったらどうするんだよ。俺はそんな危険な実験台になる気はないからな!」
「タクマが聖者になることは一向にかまわないが、できるだけ早く確かめたほうがいいな。いいだろう。一緒に行ってやる。おい、ロープを解いてやれ」
ナナがそう言うと、悪人どもが俺とブラッカとミキのロープを解いてくれる。身動きがとれるようになった俺は、
「さっきミキに石を当てた奴、出て来いよ! 一発殴ってやる!」
と言い放つ。
「すまない。当てるつもりはなかったんだ」
2m近い大男が俺の前に出て来る。
「そ、そうか。わざとじゃないなら、いいんだよ」
俺がそう言うと、ナナとエミさんの冷たい視線が突き刺さる。
「ごめんですますのは聖者だけよ!」
「う、うぉーーー」
ミキが大男を背負い投げで豪快に倒す。
「すげーーー」
俺が驚いていると、
「タクマ、お前気付いていなかったのか?」
とナナが呆れた表情を見せる。
「かわいすぎる柔道家でチヤホヤされていたじゃない。オリンピックでも銀メダルをとっていたっけ。銀メダルを」
エミさんが、やけに銀を強調して教えてくれる。
「あのね、おばさん。私はあの時、わざと負けたの」
「おばさんって……、何度言えばわかるのよ。お姉様と言いなさい。オリンピックで負けたのだって実力でしょ。言い訳するなんてみっともないわね」
「どうして、わざと隙をつくって投げられたんだ?」
ナナがそう尋ねると、
「やっぱり、気付かれている人もいるんだよねー。相手の国の出場選手はね、家族が無実の罪で捕まっていて、金メダルをとると釈放されるっていう話があったのよ」
「そんなの本当かどうかわからないじゃない! 絶対に嘘よ! っていうかそれが本当だとしても金メダルとってしまえばよかったじゃない! 日本中ががっかりしていたのよ! まあ私は負けて嬉しかったけどね」
エミさんなら本当にそうしたのだろう。
「さすが、魔悪人」
ミキが少し尊敬したようにエミさんに言う。
「どうもありがとう」
エミさんは普通は褒め言葉ではないのに嬉しそうにしている。
魔悪人の感覚は、ただの悪人には理解できないようだ。
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