002.
「ーーーーどこへいった!!」
「追え!遠くには行っていないはずだ!」
漆黒の闇の中で、鈍い鎧の音が聞こえる。
その音は、何十もの銅色の鎧をまとった男たちのものであった。鎧の色や形状は同じく、それが同じ主のもとに仕える者たちであることを示している。 彼らは、主の命に従いここで血眼になっているのだ。
(ーーー私を捕らえろ、と……)
物陰に身を潜めながら、その者は胸の前で拳を握りしめた。
それは、一人の少女だった。
長く黒い布で全身を隠し、腰には少女の身には相応しくない立派な刀を下げていた。
(ここで捕まるわけにはいかない…)
息を殺し、男たちの様子を伺う。
今日が月のない真っ暗な夜で良かったと、自分の運に感謝した。
(私が、父上を救わなければ……!!)
男たちが少し離れたのを見計らい、少女は闇へと駆け出した。
* * *
「ーーーーよし!完璧だな!」
袖で汗を拭いながら、翠は満足げに頷いた。
道場の床は水拭きでピカピカにし、壁も床の間もホコリひとつない。
唯一、床に残った雨漏りの跡だけが目立っていたが、こればかりは目を瞑ろう。
「さて、これで親父も機嫌直すだろ…」
「………おおっ、綺麗になったではないかっ!」
図ったかのようなタイミングで、月臣が道場の扉から顔を出してきた。
「あぁ親父、そうだろ…」
そう言いながら扉の方を振り返り、その瞬間翠はぎょっとした。
月臣の顔の下に、村の子どもたちの顔があったからだ。
「翠にいちゃん掃除終わったー?」
「すげー!ぴかぴかだぜー!」
「にいちゃんありがとー!!」
そして、子どもたちがばたばたと道場に突進してきた。軽く6、7人はいる。
そして、子どもたちと共に思いっきり入ってくる砂ぼこり。
「お、親父………」
「あぁ、悪いな。昼過ぎから道場で村の子どもたちに指導するの、言い忘れとったわ!」
はっはっは、と月臣は豪快に笑う。
翠の中でぷっつんと何かが切れた。
「………はっはっは、じゃねえだろ!!俺の労力返せ馬鹿親父!!」
子どもたちが来るなら、帰った後で掃除した方が良かったものを。
しかし、月臣は笑みを浮かべたまま翠の肩を叩いた。
「まあまあ。お前のおかげで、子どもたちが綺麗な道場でチャンバラできるんだ。ほら、あんなに嬉しそうに笑っとる」
「う…まぁそれは良かったけどよ…」
それは一理ある、と翠は言葉につまる。
ホコリまみれの道場で竹刀なんか振ったら、子どもたちの健康にも差し障るかもしれない。
それに、と月臣は続けた。
「あいつらが帰ったら、また夕方から掃除すればいいではないか」
「誰がやるかっっ!!」
翠の突っ込みに、月臣はさらに豪快に笑った。
「…そういえば、お客の相手は済んだのかよ?」
ふと思い出して、翠は訪ねた。
「あぁ。すぐに帰られたぞ。なんでも、どこかのお偉い様の使いらしい」
「使い?」
こんな辺鄙な村に客人が来ること自体珍しい。一体どんな用件だったのか。
「大した内容ではなかったがな…人を探しとるらしい」
「人?迷子か?」
「よくは知らん。だが、子どもではないらしいがな。腰に剣を下げて、不思議な石を持ったおなごらしい」
「ふーん…なんか、変な奴だな」
女の子が、剣と石ころを手に走っているところを想像し、翠は首をかしげた。
どういう事情があれば、そんなことになるのやら。
「まぁ、こんな村にはそんな変人は来ねぇだろ」
「違いねぇ」
翠と月臣は、揃って頷いた。
* * *
その夜のことだった。
黒い布を被った少女は、森の中を歩いていた。
しかし、その目に輝きはなく、さまようようにふらふらとした歩みであった。
そして、布からのぞく左腕の袖には、大量の血が滲んでいた。
「はぁ……はぁっ………」
右手で怪我をした左腕を支え、肩で息をしながら、少女は森の中を進んでいく。
しかし、どこを目指しているのか、彼女自身もわからなかったのだ。
ふと立ち止まり、少女は懐から小ぶりな布袋を取り出した。
そして、その紐をほどき、中のものを取り出す。
それは、手のひらくらいの大きさの、赤い玉だった。玉といっても、球体ではなく、楕円のような形をしている。
その玉は少女の右手の中で赤い光を放ち、道を指し示していた。
「この先に、何かがある…必ず………」
少女は、自分を奮い立たせながら、歩みを進めた。
やがて、道が開けた場所に出た。
そこには、大きな一本の樹が立っていた。
高さは20mほど、幹の太さは大人3人が両手を伸ばして囲んだくらいはある、立派な大樹であった。
「これは……」
少女が樹に近づき、手を触れようとしたその時だった。
「ーーーっ!!」
少女の手の中の玉が、突然強く光りだしたのだ。
その眩しさに少女は思わず目を瞑り………そのまま意識を失った。
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