第14話 サヴォーク解放
ディヴォン~サヴォーク間街道の掌握に乗り出した第十三軍団の作戦は順調に進行した。五つに区切られた作戦区域は同時進行的に再占領され、領域内のオーク諸族は発見次第追撃され、領外へ追われることとなったが、ウェイダ村近郊に侵入していたツァオ・オーク氏族は、族長ウファーゴが魔術人護衛士スピネイル・ハジャールの仲介により降伏、一族の安堵が約束され、その処遇が待たれることとなった。
また、一部族とはいえオーク諸族と直接交渉の手段を手に入れた第十三軍団には、ウファーゴを介して現在、北方に集住するオーク諸族に起こっている政治的混乱に関する情報がもたらされた。そのことでキュレニックスは新たな判断を迫られることとなった。
街道を掌握したレムレスカ帝国は、当初の目的であるサヴォーク市の解放のために進出、市の前方3里まで接近したが、市内に立てこもっていると目されるオーク側からの反応はなかった。
だがこれはキュレニックスも予期していた事態であった。
「全軍、さらに進め」
「本当に、よろしいのですか」
「あの地は空城よ。今取り返さずしていつ取り戻すのだ?」
「しかし……」
将軍直衛の小隊を指揮する百人長は逡巡を隠さない。
キュレニックスはスピネイルを介したウファーゴとの会談により、以下の情報を得ていた。
一、サヴォーク市を襲ったシー王国のオークと、現在北方属州に侵入しているオークとは別集団である。
二、シー王国は政変により指揮系統の混乱と再整備に忙殺されている。
三、二に関連して占領したサヴォーク市周辺域からシー王国の軍勢は手を引いていて、実質無主の地になっている。
これらの話はこれまでの作戦展開中にもたらされた報告とも一致するものだった。ゆえにキュレニックスは、街道を掌握し、周辺に出没していたオークを蹴散らした今なら、無血のままサヴォークを手中に収めることが出来るという確信を持っていた。
だが、彼の指揮する兵士たちはそうではない。それまで小競り合いながら散々オーク戦士から辛酸をなめさせられたのだ。もし万が一、将軍の思惑が外れ、市壁に取りついた瞬間に襲われでもしたら……そう思うと踏み出す足も重くなる。
キュレニックスとしては、速やかな市内再占領を果たし、帝国本土への手土産としたいところだったが、ここにきて自身の指揮能力の不完全さに足を取られた格好だった。子飼いの重槍重歩兵はともかく、そうではない一般の兵士たちは、若くて身動きの軽い将軍が自分たちを死地に追いやっているのではという疑念が、やはりぬぐえなかったのだ。
そこで叱咤して、兵士たちの尻を叩いて進ませるのは簡単である。だが、キュレニックスはそれでは駄目だろうと思った。自ら動き出さねば兵は信頼すまい。
「ふむ……魔術人付小隊、ウファーゴ族長をここに」
一案を思いついたキュレニックスの命令により、隊列が分けられ、間を一個小隊と、彼らに守られた魔術人ヨアレシュ、インファ、スピネイル・ハジャール、そしてウファーゴが進み出てきた。
ウファーゴは武装を解除された平服姿だったが、捕虜の様な戒めはされていない。ツァオ・オーク氏族は族長が降伏し、身柄を拘束された後、第十三軍団により非戦闘員が保護されている。現在はウェイダ村近郊で駐留させた予備隊(実質的には負傷兵たちの中でも、比較的健康を取り戻した者たちによる臨時的な編成の部隊)による監視下に置かれ、減少した北部属州の人口を補填することとなるだろう。
それはともかく、キュレニックスはウファーゴに改めて問うた。もちろん、護衛士スピネイルによる通訳を介してだ。
「改めて聞くが、あの都市には今、如何なるオークもおらんのだな?」
『私が知っている限り、シー王国の軍勢も、その他の氏族も、あの都市を領しているという話は聞かなかった。私の様にシー王国に従わなかった氏族が仮に、あの都市を手に入れたとしても、逆に他の氏族からの排撃を受ける可能性があるからだ』
「ふむ、そうか……。よし、聞け!戦友諸君」
キュレニックスの声が軍団に向けられる。
「諸君らが奮戦に次ぐ奮戦により、私の命令に従うという帝国市民の義務を果たしてきたことは事実である。だが、だからと言ってその連続する困難の前に疲弊し、それを理由に私の命令を拒む事は、本来許されない。しかしだ」
そこで一旦将軍は言葉を切る。兵士たちのどこか不安げな表情を見て、キュレニックスは内心微笑んだ。
「しかしだ。私はあえて諸君らの命令不服従を許そう。私に付き従うと、この軍団を帝国より委託される以前より私に臣従するもの以外、これより一歩たりとも動いてはならない。だが、私は帝国、元老院と皇帝に対し、この任務を完遂するという誓いを立てているから、私と私に臣従する一部の者たちのみは、任務を遂行する。諸君らは私が任務を達成し、皇帝と元老院による新たな裁可が下るまで、その場で待機するがよい」
その言葉を聞いた兵士たちが動揺し始める中、キュレニックスは馬の尻に鞭を入れて駆け出した。する
と彼に追いつこうと、将軍直衛小隊に入っていた重槍重歩兵たちが小走りで隊を抜け出す。それにつられ、隊列の後方に組み込まれていた重槍重歩兵が同じように隊を抜け、前方に集まってくる。
集まった重槍重歩兵は高々二百人に過ぎないが、その眼、足の運びには行軍と戦闘による疲労の影はなく、自然と整列し、隊伍を組み、前方を駆けるキュレニックスの後を追って速足で歩いた。
後には呆然とした第十三軍団の兵士2500あまりが、自分たちを指揮し導いてくれる者もなく残されるばかりだったが、その中には魔術人と護衛士の姿はなかった。
「随分と無茶な行動に出るもんだね、将軍」
「部下が付いてこれない時には先陣を切って見せるのが将卒の仕事だ」
ヨアレシュに対しキュレニックスは言う。
『私まで付いてきてよかったのか?』
『あなた一人をあの中に残す方が危険だと私は考える。貴方の命を守れなければ、ツァオ・オークの民は暴動を起こすだろう』
足早に動く一向に大きな歩幅で突いていくウファーゴにスピネイルは答えた。
「なんにせよ、これで一番に市に入る栄誉を分かつ者が振り分けられたわけだ」
「しかしうまいやり方でしたね将軍。あのように言われては兵士たちは己の怠惰を責めざるを得なくなる。耐えきれなくなった兵士たちは後から私たちを追いかけて来るでしょう」
「それを私が許すことで兵士たちは私に対し、この精鋭たちの様に忠誠を誓ってくれるだろう。……それを察することが出来る、お前は大した女だな、護衛士」
感心するようにキュレニックスは言った。
一同はサヴォーク市壁までの3里をあっという間に駆け抜けた。指呼の間に見たサヴォークは一切の気配を漂わせぬ死んだ町そのものに見えた。事実、情報が真実ならばこの街に今オークも人間も居ないはずだ。とはいえ、危険な野生動物が入り込んでいることもあるし、情報に間違いがあればことだ。一同は慎重に、開け放された市壁の門を通った。
重厚な市壁の先には荒れ果てたサヴォークの市街地が広がっていた。家屋は荒れ果てるだけならまだいい。通りに面する建物の多くが倒壊していた。崩れた家屋敷に近寄ると漂うきな臭いものから、ここを撤退したシー王国残存軍は去り際に火を放って回ったらしい。
「酷いものだ……」誰かがそう漏らした。
「復興にはかなりの時間がかかるだろう。が、まずはディヴォンまで避難した住民が帰ってくることが先決だ。その為に、更なる先へ軍を進めなければならない」
「更なる先、ですと?」重歩兵の一人が聞き返す。将軍は淀みなく答えた。
「私はアメン川へ向かう。シー王国へ侵攻し、かの国を改めてレムレスカの影響下へ留め置かせるのだ。そうしなければ北部属州の安寧は覚束ないだろう」
「たった二百ちょいちょいの兵士しか居ないのに、どうやってそんな事するのさ?置いてきた残りの兵士たちに頭でも下げるの?」
「魔術士、それは違う。先にも言ったではないか。頭を下げるのは兵士たちの方だと」
「そんなにうまくいくかねぇ?私の呪いを使うつもり?」
「いや、そのようなものは必要ない。……護衛士の方は、既に察しがついているようだがな」
水を向けられたスピネイルは薄くにやっと笑って見せた。
「将軍、私たちは市内の探索を行おうと思います。将軍には外部から危険が及ばないように警備を手配するべきであると、進言させていただきます」
「フハハハハ! よし! その進言を採用しよう。皆の者、門を閉めるぞ」
機嫌を良くしたキュレニックスの号令を、よくわからないまま重歩兵たちが実行するべく走り去っていった。
「護衛士スピネイル・ハジャール。兵士たちが私の下へ無事戻ってきた時、改めて話したい。いいな?」
「分かりました。では、暫く」
「うむ」
そういうと将軍は市壁へ散っていった部下を追いかけて行った。
「何をする気なのかね? キュレニックスは」
「まぁ部下を掌握するための基礎的な技術というやつさ。戦士は戦士を知る。自分の上に立つ者ほど刃を受けねば気が済まないものさ」
「かーっ! 傷を受けたら死ぬ連中の考えることは分からないね! で、これから私たちは何をするんだい?」
「まず一つはここを占領していたシー王国軍の痕跡からアメンブルクの勢力を調べる。もう一つは……」
「書類の改竄、ですね」
「改竄? なにそれ」
「ヨアレシュ、私は本当はこの街と縁もゆかりもない存在なんだよ」
「……ああそうか。オークだったんだよね。最近忘れそうになるよ」
「全くですわ。特にこの数日は人間らしさに磨きがかかりましたわね、『スピネイル』様」
「茶化すなよインファ。でだ。ヨアレシュ、万神殿の分社にはその街の住民に関する出生と葬祭の記録が収められている、そうだな?」
「ん? そうだよ。まぁ私らヤオジンは関係ないけど……あっ」
「『サヴォーク出身の貴族、スピネイル・ハジャール』なる人物の記録は存在しない。この街が復興した、あるいは復興する過程でその事実が帝国に見つかるわけにはいかない」
将軍と分かれた三人と一人、スピネイル(ホン)、ヨアレシュ、インファ、そしてウファーゴは荒れた石畳の道を進み、サヴォークの中心区画に達した。公堂と万神殿分社の礼拝堂が折衷された様式はウェイダ村のそれと同じだが、街の規模に即してより大きく、複雑な装飾のされた建造物群が目に入る。ただここも火災の手が回ったらしく、随所に炎の舐めた後が残っていた。
「ここも燃えてるし、記録自体無くなってるんじゃない?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「残ってないと思っていて、本当は残っていた、ということになると厄介ですから」
四人はそのまま礼拝堂の中へ入った。ここを占拠したオークはここを何に使うでもなかったらしく、外観の荒れ具合に比すればまだ見られる物になっていたが、それでも壁を覆っていたであろう飾り布や貴金属で作られて壁龕に収まっているべき燭台などが持ち去られた侘しい空気が漂っていた。
『ここは何をするところなのだ?』
ついてきたウファーゴは物珍しそうに礼拝堂を眺めている。最奥部には大理石で作られた壮年の男性を象った座像が一体と、その左右に様々な装束の小立像が無数に並べられていた。
『人間が崇める祖先たちを神として祀る場所だ』
『祖先を神に? 特異なものだ……』
訝し気な目で座像……初代レムレスカ皇帝の神霊像を見下ろしてウファーゴは言った。ヨアレシュはその様を見て興味をそそられた。
「ねぇ、オークって何を拝むのかな? レムレスカ人みたいに祖先崇拝じゃないの?」
「オーク諸族は地神という創造者への祈りをささげることがある。特に武具を作る技術者がな」
地神、すなわち万物は大地より産み出されたという考え方である。オーク諸族にとって大事な武具が大地の奥深くより素材を得るために、オークには大地に対する信仰が芽生えた。
「地神は大地そのものを祀るものだからな。神を人の形に象っているのが不思議なのだろう。私も初めのうちは驚いた」
だがそのように神や霊を様々な形に現すところに、ホン・バオ・シーは魅せられたのだ。
そうしてなんとなく神霊座像を眺めていると、座像を成す台座の装飾に目が行った。浮彫のされた台座だが、周囲の造形と少しばかり趣が異なっているように見えたのだ。
「お嬢様?」
「インファ、手伝ってちょうだい」
座像の正面に立ったスピネイルが台座の浮彫に触れた。その質感は石ではなかった。石に似せて塗り込められた木質だった。しかしよほどきつくはめ込まれているのか、少し触ったくらいでは外れそうもない。
「多分ここね。ここに隠し棚がある」
「どこかに仕掛けがあるのでしょうか?」
二人は立像の周囲を探索した。説教壇の下や壁龕の奥などに不自然な突起や機構が施されていないかくまなく探したが、どうにもそれらしいものが見つからない。
「妙ですね。大事な物とはいえそこまで厳重にしては出し入れが大変になってしまいますから、仕掛けがあるなら比較的わかりやすい所になければいけません」
「うーん……ヨアレシュ、何かわかる?」
「さっきも言ったけど万神殿については良く知らないんだよ」
「そうか……仕方ない、この浮彫を何かで壊して中身を……」
『これ、スピネイル殿』
ウファーゴが不意に声をかけた。
『見た所何かを捜しておるようだが如何なされた?』
『ウファーゴ殿、貴公には関係ない私事ゆえ、気になさらないで戴きたい』
『そうはいかぬよ。お主には命を救われた恩義がある。人間の祭事に明るいわけではないが、話くらいなら聞かせてもらいたい』
『うむ、では……』
と、ウファーゴにこの部屋にあると思しき隠し棚について話した。話を聞いたウファーゴは頷きながらこう言った。
『ふむ。スピネイル殿。儂はこの部屋に置かれた像を見ていて少し気になったことがある。その座像ではない、横に立つ小さい像の一つがな』
『なに?』
言われてスピネイルは、それまで立っていた座像の正面から数歩下がり、左右に並ぶ小立像、レムレスカ皇帝に仕えた臣霊の像たちを見た。
『見たまえ、立像の一つがな、よぅ似ておる。儂らオークの顔にな……』
臣霊の像群は服装も背格好も様々で、手足の長い長身の像、逆に矮躯で子供に見える像もあった。髭のあるもの、ないもの、髪を結って高く上げているもの、そうでないもの、一つとして同じ形態のものがなかった。
その中で一体、バラバラの様式で作られていながら一種の統一感を持って製作されている立像群にありながら、明らかに異質な像が紛れ込んでいることに、スピネイルも気づいた。
大きさは他の立像と同程度ながら、その像はごつごつとした荒っぽい作りで、四肢に比較して拳と頭が大振りに作られている。そして顔形は厳つく、口から小さな牙が覗く。纏っている衣服だけは他の像と遜色ないが、服の上からでもうかがえる筋肉の造形により、二足で立つ野獣の様な力強さが表現されている。
それはまさにオークそのものの像だった。
「これか……?」
像に触れると感触がひどく軽い。どうやらこのオーク像も浮彫と同じ木彫に石像風の色を塗ったもののようで、抱え上げると陰になっていた足の部分に細い鎖が付いていた。
スピネイルがおもむろにその鎖を引っ張ると、壁の裏側で駆け金の外れる音がした。そして台座の浮彫が指一本入るだけの隙間を作って飛び出た。
「よし! インファ」
「はい」
台座の浮彫をインファが外し、中に手を入れると、固く巻かれた巻物が何本も出てきた。
「間違いありません。これはサヴォーク市民の記録です」
「うん。ではこれより『スピネイル・ハジャール』の人生を加えてやろうか」
紐解かれたおびただしい記録を前にスピネイル……ホン・バオ・シーは不敵に言った。
ホン・バオ・シーが経歴の工作を始めた頃、サヴォーク市壁において、また別の事態が進行し始めていた。と言ってもそれは、全て将軍キュレニックスの思惑通りのことだったのだが。
魔術人たちと分かれた将軍と重槍重歩兵部隊は、市壁を占拠してすぐさま市の門扉を閉じた。市壁を構成する塔の中には備蓄兵装の類が全く残って居なかったものの、キュレニックスは倒壊した家屋から木材を調達させ、即席の投槍を拵えさせると、それらを重歩兵たちに持たせて壁の上に立たせた。
街道を睨むことしばしして、地平線の先から市へと接近する集団を発見した。近づくにつれそれが、自らが見捨てた第十三軍団の兵士たちであることを認めたキュレニックスは、あらん限りの声を張って呼びかけた。
「これ以上近寄るな! 第十三軍団の市民諸君よ!」
その声を聞いた兵士たちは、それまでの生気を欠いた隊列行動が一転、親を見つけた子犬の様に奮起して走り出した。それはまるで敵軍に突撃するかのようにも見えたが、キュレニックスは冷静にそれを観察
すると、重歩兵たちへ命令を下した。
重歩兵たちはキュレニックスの命令を忠実に実行する。すなわち、市の門扉へ取りつこうとした兵士たちに向かって投槍を放ったのだ。
「絶対に当てるなよ」
「分かっておりますよ、将軍」
元より相手は友軍である。本気で攻撃するつもりはないが、本気だと思わせなければならない。
重歩兵たちの放った投槍は近寄ってきた兵士たちの足元へ降り注いだ。兵士たちは肝をつぶされた様で、驚き慌てた体で壁から遠ざかった。
頃合いを見てキュレニックスは兵士たちに向けて離した。
「第十三軍団の市民諸君。なぜ君たちはここにいるのだ? ここは私が皇帝と元老院より賜った任務により解放した。私にはこの都市をあらゆる外敵から守らねばならない義務がある。即刻立ち去るがよい!」
その声を聞いた第十三軍団の兵士たちから嘆きの声が上がった。「戦友」ではなく「市民」と呼びかけられたことに殊更傷つけられたのだ。
その内立竦んでいた兵士たちの一人が壁の上に向かって叫んだ。
「どうか俺たちを見捨てないでくれ! 将軍!」
「俺たちは怠惰だった。ひとたび兵士になったからには傷つき倒れようとも帝国と皇帝、元老院と市民のために戦わねばならない身の上だったのに、それを忘れてしまっていた。俺たちの心は貴方によって鞭うたれ、これまでの道のりはそれまでより倍の苦しみを味わった。どうか俺たちに、汚名をそそぐ機会を与えてくれ!」
口々に叫ぶ兵士たちの声が壁に響いた。兵士たちの哀願の声が市壁に木霊すると、なお一層の悲哀と受難を思わせる物悲しい音となった。それらを一通り聞くと、手を振るって兵士たちを黙らせ、キュレニックス将軍は話した。
「お前たちの言い分は分かった。まず第一に、見捨てたのは私ではなく、お前たちである。何故ならお前たちには家族はあっても部下はなく、家財があっても家宝はなく、農地があっても別荘はない。すなわち私は帝国の認めた元老院議員の末席にあり、その責務の履行を市民から期待される身分であり、お前たちはそうではないがゆえに、逆に帝国市民の責務を軽んじることが出来る身分だからである」
「だが、私はあえてお前たちの犯した罪を忘れよう。私が受けた苦しみを耐えよう。そしてお前たちが自分たちを率いるものを持たぬまま進んだ、この三里余りの道に感じた受難を思いやり、それを汲もう。その代わり、お前たちには私にこれ以後、お前たちが受けた受難を味わわせることがないという約束をしてもらわねばならない。そしてそれを証明しなければ、私はこの門を開けることはできない」
「何をしろというのだ?!」
「お前たちは私のために、まず無作為なるくじ引きを行う。そして二十人に一人を選び出し、お前たち自身でこれを処刑するのだ」
冷厳に通達されたこの刑罰法に兵士たちのみならず、隣で聞いていた重歩兵たちも戦慄した。
サヴォーク市壁に集まった第十三軍団の兵士二千五百は、しばしの逡巡の後、将軍の命令に服した。各小隊の中でくじが引かれ、二十人に一人が選出されると、この者らは武装を解かれた。兵士たちは槍の石突や盾で選出者を殴り、その命を奪った。
こうして一二五人の兵士がその身を賭して全部隊の潔白と挺身を証明するに至り、キュレニックスは市の門を開いた。
迎え入れられた兵士たちは厳しい顔に鋭いまなざしを身に着けた、まるで生ける石のごとき殺伐とした風情を漂わせていた。
「これより我ら、キュレニックス将軍に一層の忠義を誓うものであります!」
「キュレニックス将軍万歳!」
「帝国万歳!」
「万歳!」「万歳!」「万歳!」
男たちの雄々しい歓呼を冷たくも満足げにキュレニックスは浴びるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます