第7話

  6


「そんなことになっていたのね…。優奈ちゃん、ごめんなさいね」

「ううん、わたしがわがまま言ったものだから…」

「でも、優奈ちゃんが警察に電話をかけていて本当によかったわ。電話をかけるの、恐かったでしょう?」

「恐かったけれど、犯人のほうがもっと怖かったから。でも、いざとなってみると、勇気が出るものね。決心して、警察に電話をかけてみたら、もう警察が恐いとか、苦手だなんて思ってちゃダメだって思って。すぐ来てくれると聞いた時には、すごくホッとしたの。いままでずっと警察を恐がっていたの、わたしの臆病な思い込みだったんだって思うの」

「優奈さん、狸のお墓の事なんだけれどね、あまり上手い具合には出来なかったんだよね」

 治典が言った。

「え? どうして?」

「埋葬はしたんだけれどもね、立派なお墓とはいえないかもしれない…。ちょっと信じられないと思うけど、優奈さん、不発弾って、知ってる??」

「フハツダン??」

「うん。爆発しなかった爆弾のことなんだけれど、それが、穴を掘っていたら、出てきたんだ。昔の戦争の時の爆弾が。だから、僕たちは穴から逃げて、それでもう一度、穴を掘って埋めてきたんだよ」

「そうなの、優奈ちゃん。だから、狸のお墓は…」

「もう言わないで美幸。わたしのわがままだったんだから…。ごめんなさい…」

 優奈は頭を垂れる。そして、小さな嗚咽を洩らす。

「優奈ちゃん、泣かないで。私は優奈ちゃんはなんて優しいんだろうと感動したのよ」

「でも聞いて、美幸。わたしが鉄塔に入っていくと、知らないうちに狸が後ろに付いてきて、わたしが階段を上っていっても、ピョコピョコ階段を跳んで付いてくるのよ。かわいいでしょう? どこまで付いてくるんだろうと、振り返りながら上っていくと、どんどん付いてくるの。あれ? もしかしたらてっぺんまで上ってみたいのかな? っていう気がしたから、階段を上るのちょっと手伝ってあげたりすると、その狸、てっぺんの5階まで付いてきたの。信じられる??」

「それは不思議ね」

 と傍から詩歩が言う。

「そうでしょう? 詩歩さん? でも、5階の奥に、男がただ一人、フェンスの前に立っていて、風景を眺めている様子だった。わたしはとっさに危険を感じた。誰もいない鉄塔の上だもの。引き返そうとしたけど、わたしに気付いて振り向いた男は、びっくりするくらい顔色を変えて、ズボンのポケットからカッターを出して、わたしに飛びかかってきたの。わたしはしゃがんだところを肩を切られて床に倒れた。男もわたしにぶつかって、床にひっくり返った。その時、黒い影が男の上に飛びかかったの。男は絶叫を上げた。わたしに付いてきた狸が、男に噛みついたのよ。狸の必死の攻撃は凄かった。けれど男はどうにかして逃げていった。狸はそのあととぼとぼと階段のところまで歩いていって、ゆっくりゆっくり下りていったの。狸が犯人に立ち向かってくれなかったら、わたしはどうなったか…。だから狸は、わたしの身代わりになったのよ」

 三人は真剣に優奈の話を聞いていた。

「男の叫び声を、美幸は聞かなかったのかい?」

 治典が美幸に聞く。

「ええ。聞かなかったわ」

 美幸は答える。

「それは聞こえなくても不思議じゃないわよ。だって、犯人が叫んだのは鉄塔の一番上だし、その時美幸はちょうど駐車場に戻っていたところだったんだろうし」

 と詩歩が言う。

「たしかにそうだね」

 と治典は詩歩に応じる。

「なるほど、そういう事だったのね。あたしはどうも腑に落ちなかったのよ。狸が犠牲になって死んだって聞いても、ちょっと信じられなかったし、埋葬だなんて大げさじゃないかって。そう思ってなかった、二人とも?」

 詩歩が二人に言う。

「それは、詩歩がそう思うのは無理はないわ。詩歩も治典も優奈ちゃんに会うの今日が初めてだものね。私は大げさだなんて思ってなかったわよ。優奈ちゃんの優しさに感動したくらいだもの」

 と美幸。

「治典はどうだった? やっぱり変に思ったでしょう?」

「う~ん」

「何が、う~ん、なの? 本当は治典も納得してなかったんでしょう?」

「まぁ、少しはね」

「ほら、やっぱり。でも、さっきの優奈ちゃんの話で、腑に落ちなかった事がきれいさっぱりなくなったわね」

「ん~っ」

「何よ? まだ納得してないわけ?」

 詩歩は変なものを見るように治典を見る。

「いや、優奈さんがどうしてあんなに狸の埋葬を頼んだのかはよくわかったよ。事実がそうであるなら…」

「…? よく意味が解らないんだけれど?」

「狸が優奈さんの身代わりで死んだのなら、狸は優奈さんの願ったように、埋葬するだけの立派な功績があるということだよ」

「そうよ。優奈ちゃんが話したように、あの狸は大変な手柄を立てたのよ。命と引き換えに」

「それが本当の話ならね」

「何を言っているの?? え? じゃあ、優奈ちゃんが、嘘をついていると言うの??」

 詩歩は信じられないという顔で治典の顔を見た。

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