第5話

  4


 四駆に優奈を残して、三人は再び広場へ向かった。

 広場まで歩いてきて、詩歩は、

「あの物置ね」

 と、広場の端に立っている物置を見てつぶやき、

「空っぽだったりしたらシャレにならないわね」

 物置まで行ってみると、クリーム色の塗装が錆び付いてところどころ剥げ落ちている。長いあいだ置かれているのだろう。

 戸を見ると鍵穴は付いていない。相当古いタイプの物置のようだ。治典が引き戸を引いてみると少ししか開かない。レールが錆びているようだ。だが、ガタガタやっているうちに、全部開いた。

 中に道具はあった。ほとんど使われた形跡がなく、きれいに並んでいて、ショベル、スコップ、取手にロープの結わえてある鉄バケツ、長靴、軍手、作業用のつなぎ、と充実して揃っている。ショベルの中にビニールカバーの付いたままのピカピカの新品が一本混じっていたので、治典はカバーを外して、物置の壁へ立て掛ける。スコップは使わないと思われるので置いていき、その他の道具を三つずつ選ぶ。

 三人はパーカー、革ジャン、ジージャンなどの上着を脱ぎ、作業用つなぎを着て、長靴に履き替えた。上着を脱げば皆、ジーンズにTシャツといったラフな服装だったから汚れても構わなかった。

「なかなか似合うわね」

 三人は互いのつなぎ姿を見比べながら笑みを交わした。

 軍手をはめ、ショベルとバケツを手分けして持ちながら、公園内を巡って、埋葬の地を探した。

 墓地にふさわしいとみえる、公園の西南のどん詰まりの、藪の間の地面を見つけて墓場と定めた。

 それぞれショベルを使って土を掘り返して穴を掘った。

 穴を掘り始めて15分、約1メートル四方を深さ50センチ近くまで掘ったところで、穴を掘る作業は治典一人に任せ、美幸と詩歩は穴の外に出て、治典が土を盛ったバケツを穴から引き上げる作業をした。辺1メートルの正方形の穴の中では作業しづらいので、長方形の穴にすべく、治典は土の壁を勢いよく崩していく。水気を含んだ柔らかい土であったのと、治典の使っていたショベルは下ろし立ての新品で、シャープな刃のおかげで作業はしやすかったのである。

 治典の作業ぶりを見てなのか、美幸は1メートルの深さまで掘ろうと言う。美幸の言うには、そのくらい掘らないと、万が一、葬った狸が後日になって地表に露出する恐れがあるから心配だと言うのである。

 治典はその心配はもっともだと思った。大型台風が二、三日後に関東に上陸するという予報であり、その豪雨による土砂の流出が心配である。それに、この紅葉山というのは、この地方一帯に広がる森林の連なりの一部であり、それらの森林は紅葉山と一体のものと考えてよく、その広大な森林地帯の内にはどんな獣が棲息しているか分からない。それらの獣たちが公園にやって来て、地中の臭いを嗅ぎ付け、土を掘り散らかす、というような悪さをするかも分からない。

 治典はそう思ったから、美幸にOKの返事をしたのだった。

 そうして、深さ1メートルを目処に作業を続けた。1メートルといえばへその10センチ上辺りになるが、それは掘ってみるとかなりの深さであることが分かった。1メートル近い深さの穴の中は、湿り気を帯びた土が発散する、せるような濃い空気が漂い、ミミズやらムカデやらの土中生物がうごめいているのは気味が悪かった。

 治典はショベルを穴底に突き立て、美幸に声をかけた。

「どうしたの?」

「このくらいでいいんじゃないかな?」

「うん。そうね。もういいわね」

 治典は作業の終了を告げたものの、さっきショベルを穴底に突き立てた時、ショベルの先が金属音のようなものを立てたのが気になった。

 治典が穴の中でぐずぐずしていると、美幸と詩歩は穴の縁から見下ろしながら、

「もう終わりでしょ?」

 と聞く。

 治典は何か金属のような物が穴の底に埋まっていることを二人に話しながら、足元の土をショベルで強く突いて音を立ててみせた。確かに金属の音がした。

「ふぅん、何か埋まってるわね。こんなところに、何かしら…」

 と美幸。

「そうだろう? なんか変な物じゃないかな、これ。ねえ、ちょっとこれを掘ってみたいんだけれども、いいかな?」

 治典は二人に尋ねてみた。が、たとえ二人がダメだと言おうと、掘らずには済まない気になっていた。

 実は治典は好奇心などでなく、欲が抑えられなくなっていた。治典は土の中に埋まっている金属が金の延べ棒か何かでありはしないかと思っていたのである。というのも、治典はこの紅葉山にまつわるある伝説を記憶の彼方から甦らせていたからである。

 伝説というのは、この紅葉山が太平洋戦争の末期、軍の司令部の置かれていた場所で、終戦の間際、所持していた財宝を隠す地下壕を山中に掘って隠したが、司令部は爆撃を受けて全滅したというもので、治典はその財宝を隠したといわれる地下壕の場所というのは、今、立っているこの場所でないとも限らないではないかと思ったのである。

「ダメよ治典。優奈ちゃんが待ってるんだから」

 やはり美幸は優奈が心配そうで、拒否する。

「そうだけど……すぐだよ、すぐ終わるからさ」

 治典は二人の返事も聞かないまま、再び土掘り作業を開始した。治典は土中の謎の埋蔵物が伝説にたがわぬ品物に違いないとほとんど信じていたので、むやみに財宝を傷付けぬよう注意深くショベルを動かしていった。穴の中の不快感などもはやどこにもなかった。

 治典は20センチほどの長さの金の延べ棒を想像していたが、ショベルで慎重に金属の形を探っていくと、金属の占める長さは1メートル近くあり、幅も30センチくらいあるのである。延べ棒はぎっしり並んで埋められているのか? いずれにしてもこんな大きな鉄の物体がこんな山の頂上に埋まっているのは只事ではない。

 治典がますます興奮して躍起になっていると、

「ちょっと、まだ? 早くしないと」

 詩歩がイライラした声で言う。

「わかってるよ。かなり大きいんだよ、これは…」

「もう。その金属はどんな色をしてるのよ?」

 今まさにそれを確かめようとショベルを動かしていた治典は、興ざめなことを聞くものだと思った。詩歩もそういうことを聞くからには、内心何を期待しているのか、白状したも同然ではないか。

「金色だって答えたら、何て返事する?」

 治典は詩歩に顔も向けずに答えておいて、作業を続けた。

「金色??」

 と、詩歩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。詩歩は埋まっている金属がただの鉄クズだとばかり思っていて、金の延べ棒だなどとは露ほども思っていなかったのである。

 埋蔵物の一部分が土の中から肌を現した。その色は何と言うのだろう。およそ茶色と黒のまだらになった色であった。

 治典は手を止めて、しばしその一部を覗かせている異様な物体に目を注いだ。金が錆びるということはあるだろうか? あるいは銀やプラチナが錆びるということが?

「ぼんやりしてどうしたの? まさか金色だった?」

 詩歩がからかい気味に聞く。

「…残念ながら金色ではない。変な色さ。茶色と黒と灰色の混ざった色だ。長さが1メートルくらいあって、幅が30センチぐらいあるんだけれども…」

「何よそれ! そんなのお宝でも何でもないわ! なに夢見てんのよっ。腐ったガスボンベかなんかでしょ!」

 と詩歩が喚く。

「ガスボンベ!?」

 治典はヤられたと思った。なるほど腐ったガスボンベならそんな色合いになるだろうし、それに細長い形をしており、さっきのショベルでの調査とピタリとサイズが符号するのである。

 それでもなお、治典は諦めなかった。そう易々と諦めるわけにはいかない。ガスボンベがこんな山頂に埋まっているとはおかしな話である。まだしも伝説のほうが可能性があるのではないか。金銀宝石に加えて、国宝級の文化財を隠したことも大いにあり得る話である。してみれば、埋まっているのは、古い時代の銅の仏像か、ひょっとすると銅鐸かもしれない。大昔の銅の仏像や銅鐸ならば、サイズ、色、ともに十分符号するのだ。よく知らぬが、たとえ発掘した財宝の所有権をどこかから主張されたにしても、今まで眠れる財宝を発掘した功労者に対して、莫大な報酬が支払われないということはないはずである。

「じつは、この紅葉山には伝説があるんだよ…」

 と、治典は美幸と詩歩に向かって紅葉山の伝説の話を始めた。

「なんでも、太平洋戦争の末期に、紅葉山には軍の司令部が置かれていて、もう敗戦は目に見えていたから、降伏後に国が荒廃から復興を遂げるための資金にするために、集めていた財宝を山のどこかに地下壕を掘って隠したというんだ。その後、紅葉山は爆撃の標的になって火の山と化して、司令部は全滅してしまっているから、生き残って地下壕の場所を証言する人もなかったそうなんだ。そんなわけがあるんだから、簡単に諦めるわけにはいかないんだ」

「へええ、紅葉山にそんな話があったの? そんな伝説、聞いたこともないけれど?」

 と詩歩が言う。

「聞いたこともないのは不思議じゃなくて、誰だってそんな財宝の話を知ったら秘密にしたがるからね。僕は高校生の時、クラスの親友からその伝説の話を耳にして、それでためしに図書館で郷土史を調べてみたことがあって、そしたらその伝説の話があったんだけれど、でもそれも紅葉山だけに隠し場所を限っている話じゃなかったし、財宝の話自体が憶測だったから、ありがちな都市伝説の類いとしか思わなくてすぐ忘れてしまったんだ。実はこのあいだ、これとそっくりな、復興のための財宝を隠していたという話がいくつか実際にあったということを本で読んだんだけれど、その時も紅葉山の伝説のことなんてもうすっかり忘れてたから何も思い出さなかった。でもあのショベルを穴底に突き立てた時の金属音のような音が暗示になって、僕はそれをだんだん思い出して、同時にこの伝説がただの伝説じゃなく真実だと直感したんだ。そういうわけだから、あと少し待ってもらいたいんだ。もちろん確認するだけでいいんだ。お宝を独り占めしようなんて考えていないんだから…」

 そう言って、治典は再びショベルに手をかけた。何はともあれ調査してみなければなるまい。思えば最初から黄金を掘り当てるというのは滅多にあり得ない幸運だ。たとえば兵馬俑の世紀の大発見も、ガラクタみたいな一個の人形の発見から始まったのだ。

「フッ、もう好きにしたら? すぐに分かるんだから。行こう、美幸」

 治典は耳を貸さず、兵馬俑の壮麗な光景を脳裏に浮かべながら土を掘り返した。その時、美幸がいきなり、

「治典! 早く穴から出たほうがいいわ!」

 空気を切り裂くような美幸の声に驚いて、治典が振り返って頭上を見上げると、美幸が決死の形相で、

「それ爆弾よ!」

 と叫んだ。治典は蒼くなった。

 治典はショベルを投げ捨て、慌てふためいて穴から逃げ出そうとした。輝ける黄金の夢は粉々に砕け散った。

 あまりにうろたえて、体がガクガク震えるために這い上がれないでいた治典の体を、美幸と詩歩が必死の力を振り絞って引っ張り上げねばならなかった。

 B29の落とした不発弾。それに間違いなかった。ちょうどガスボンベの形状だし、70年土中に埋まっていた不発弾はあんな色をしているのに違いなく、第一、紅葉山は米軍の集中爆撃のターゲットになっているのだ。

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