第4話
3
「じゃ、優奈ちゃんは、車の中で休んでてね。着替えもあるから、汚れた服は着替えちゃってね。優奈ちゃん、歩ける?」
美幸は心配そうに尋ねる。
「歩けるわ」
優奈が立ち上がると、美幸は腕を組んで支える。
詩歩はナップサックを肩に掛け、治典は昼食の入ったビニール袋を手に提げる。四人は駐車場へゆっくりと歩いていった。
駐車場の近くまで来て、優奈はダークブルーのスポーツカーを見つけて、
「あの車、治典さんの?」
と尋ねる。
「ううん、詩歩の車だよ」
と治典は答える。
「治典さんと詩歩さん、一緒に来たのね?」
「そうだよ」
「今日は、びっくりしたと思いますけど、急いで来てくださって、本当にありがとうございます」
「僕たちはここの近くに住んでるから早く来れたんだよ。最初、美幸から連絡を受けた時には、もしかしたらと思って、心が傷んでしかたがなかった。幸い、大事には至らなくて本当に良かった」
「ご心配おかけしました。詩歩さん、本当にありがとうございます」
優奈が詩歩に頭を下げると、詩歩は笑みを浮かべて手を振って、
「まだ仕事が残ってるから、お礼はそのときでいいわ」
「アッ、わっ、やだ」
と、優奈は顔を伏せて、赤らめる。
四人は駐車場まで来た。
「…あ、そうだった。美幸、わたしたちが着いた時、駐車場に、ほかの車やバイクは停まっていなかったわよね?」
優奈は真面目な顔つきになって美幸に尋ねた。
「もちろん停まっていなかったわよ、優奈ちゃん」
「そうすると犯人はきっとこの近くに住んでる男じゃないかしら?」
「そうだろうね。さっき、犯人は大怪我をしたって優奈さんは言ったけど、そんなにひどいの?」
治典は優奈に尋ねる。
「ええ。狸の攻撃は怖いくらいだったから…」
「そう。だとすると、犯人は逃げたと考えて間違いないね。それで逃げる時、あの山道から逃げたっていうのが、紅葉山の地理に詳しい人物を思わせるよ。まぁ捜査は警察に任せるとして。そういえば、警察来るの遅いね? ちょうどお昼時だからなのかな? 早く事情聴取を済ませないと、狸の埋葬に取りかかれないじゃないか。困ったな」
「治典、警察にはまだ連絡していないのよ」
美幸が言った。
「え!? 連絡していない!? …どうして?」
「優奈ちゃん、警察が大の苦手なの。優奈ちゃんショックを受けてて体が心配だったし
、治典たちがすぐに来てくれるって言うし、犯人は逃げたから心配しないでって優奈ちゃんが言うから…」
「だって、警察の取り調べって、わたし受ける自信全然ないし、犯人は大怪我してるから…」
優奈が言った。
「取り調べというか、優奈さんは被害者なんだから、事情聴取ってことになると思うんだけれどね」
治典は言った。
「でも色々と質問されるでしょう?」
「まぁそれはそうだけど。でも僕たち三人が一緒だったら、恐くないでしょう?」
「みんなが一緒なら…」
「それはよかった。じゃあ、警察に連絡してもいいね?」
「あ、ちょっと待って。今から警察に連絡して、警察の事情聴取が終わるまで、長くかかっちゃうでしょう?」
「そうだね。事によると、長くかかっちゃうかもしれない。僕も事情聴取を受けたことがないから分からない」
「それじゃ狸がかわいそう…」
優奈は急に表情を歪ませ、顔を伏せ、その場にしゃがみ込んで激しく嗚咽しはじめた。それは見ていて痛ましいばかりであった。
「優奈ちゃん…」
美幸は優奈の隣に屈んで、優奈の背中を優しく撫でながら声をかけている。美幸ももらい泣きしているようだ。
「治典。狸のお墓を作らないと」
詩歩が治典に近寄って、静かに言う。
「警察に連絡するのは、そのあとよ」
「そうだね」
治典も静かに答えた。
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