第2話
1
詩歩の運転するスポーツカーが現場の紅葉山公園に到着した。
公園の入口の駐車場に、クラシックタイプの四駆が一台停まっている。二人はそれに見覚えがあった。治典たちが大学生の頃、三人で何度か伊豆へドライブに行ったときに乗せてもらったことのある、レジャー用の車だという美幸の四駆だ。
車を降り、治典と詩歩は公園の中央の広場まで進んでいった。美幸と優奈の姿が見当たらない。誰の姿もなかった。
どこからか、トスン、トスンという音が聞こえた。
二人は公園の東側に
鉄塔の内部には階段がある。そこを誰かが歩いているらしい。
二人は鉄塔に近づこうとしなかった。その場に固まったまま鉄塔を凝視した。ジリジリと恐怖感を覚えながら…。
美幸たちの姿が見当たらないのが奇妙だった。犯人は逃げたと聞いたが、逃げたなんてあてにならない…。
トスン、トスンと鳴る音が次第に近くなってくる。何者かが鉄塔を下りてくる。
地上に下りてきた者の姿を認めて、
「あっ! 美幸だよ」
と、詩歩は声を上げて言った。
「美幸??」
何か身を護る物はないかと辺りを見回していた治典は振り向いて、意外そうに聞き返した。なぜ美幸は鉄塔などに上っているのか。
だが二人に向かってくるのは、たしかに美幸だった。
「二人一緒に来てくれたのね! ねえ、救急箱持ってきてないかしら?」
「え? あっ、しまった! 持ってきてない! 気がつかなかった…」
「私も忘れてたの、電話の時に言うの」
「救急箱ならこの中にあるわ」
そう言って、詩歩は肩に掛けていたナップサックを地面に下ろす。
「よかった!」
「…用意がいいな、詩歩は。美幸、優奈さんはどこなんだ?」
「鉄塔の上よ」
「鉄塔の上??」
「そうよ。鉄塔の上で襲われたのよ。犯人はナイフを使ったみたいで…」
「傷は、大丈夫なのか!?」
「ええ。傷がよく見えないけれど、大きな傷ではないわ。肩のところを、3センチくらい。でも刺し傷ではないと思う。傷口が細くて、出血も少ないし、優奈ちゃん、それほど痛がらないから…」
「そうか…。肩を3センチか…。命に関わることはないだろうから、ひとまず安心したけど。とにかく優奈さんを下まで運んでこなければ」
三人は鉄塔に向かい、鉄塔の上り口で美幸を先頭に、治典、詩歩と続き、内部の階段を上った。
美幸は鉄塔の一番上まで上っていった。
頂上の5階の床に、脚を伸ばし、背中を鉄塔の鉄筋にあずけて横たわっている優奈の姿があった。
優奈の水色のトレーナーの右の肩の辺りに、赤い血が薄く
「しっかり…」
治典と詩歩は言葉も見つからず、それだけを言っただけだった。
「来てくれて、ありがとう…」
優奈は潤んだ大きな目から涙をこぼしそうな顔で言った。
「傷は…どう? 痛む?」
治典が聞く。
「いいえ、ちょっとだけ」
「傷口を見せてもらえませんか?」
「ええ。美幸、手伝って」
美幸も手伝いながら、優奈はトレーナーを脱いだ。トレーナーの下はタンクトップだった。右の肩にはタオルが巻かれている。美幸の持っていたタオルだろう。
治典がタオルをほどくと、肌には濃く血がこびりついていた。が、血の付いた肌の上には、傷口が見えなかった。
治典は目を近づけてよく見た。よく見てみると、細い線になった傷があるのが分かった。出血は止まっている。
「ほかに痛むところはある?」
「ないけれど、すこし気分がわるいの」
ともかく鉄塔から下ろして手当てをしなければいけない。鉄塔の鉄板の床は硬くて、じっと横になっているだけでつらいだろう。
治典はほどいたタオルを巻き直し、
「このビニール袋は?」
と、優奈の傍らに置いてある、サンドイッチなどの入っているコンビニのビニール袋を見て美幸に聞いた。
「それは私が持ってきたの」
と美幸が答える。
「そうだよね。優奈さん、下りて手当てをしないと。失礼しますね」
そう断って、治典は優奈の小さな体を、静かに両腕で抱え上げた。
「あっ、ありがとう…」
抱え上げられた優奈は、すこし恥ずかしそうに、小さい声で言った。
治典は優奈を抱えながら、ゆっくり鉄塔の階段を下りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます