新米パイロット

「作戦開始です」

 オペレーターの声が通信機を通して耳に届く。ひび割れたこの音声を聞くと、ミッションが開始したんだと実感すると同時に緊張で身体が強ばる。額に滲む汗を袖口で拭うと、俺は操縦桿を力強く握りこんだ。

 これは訓練ではない。生死をかけた本番の戦場なのだ、と自分自身に言って聞かせる。

 ――まずは指示された地点まで移動だ。

 機体の外部に取り付けられたカメラの映像をリアルタイムで投影したモニター、更にその上にHUDで標された座標を確認する。

 激しく脈打つ心臓の鼓動を感じた。握りしめた桿を勢いよく前に倒す。それに反応して俺の機体は地を蹴り、勢いよく走り出した。

 ――しまった! 勢いがつきすぎた!

 操縦ミスで緊張が限界を振り切り、つい桿から手を放してしまった。ミスにミスが重なり慌てて再び桿を握る。止まることだけを考え、今度は桿を手前いっぱいに引き戻した。機体は動きを止めた。

 ――まずい、このパターンは!

 機体の脚は止まったが身体の勢いは止まらない。コクピットが大きく揺れた。

「体長が何度も言ってたっけ。走っている最中に急停止しようとするんじゃないって……」 モニターいっぱいに大地が映る。次の瞬間、大きな衝撃がコクピットを俺の身体を激しく揺さぶった。メインモニターに一瞬ノイズが走る。

 ――早く機体を起さなければ。このまま地面に転がっていてはいいマトだ。

 桿を操作するが機体は反応を示さない。転倒の衝撃で操作系の一部がやられてしまったのかもしれない。

「敵機接近! 応戦してください」

 オペレーターが敵機の接近を知らせる。しかし、機体は動こうとしない。

 ズシンズシンと、音が大きくなりコクピットの揺れが大きくなる。敵が近づいてくるのを肌で感じた。もうどうにもならない。俺は操縦桿から手を放した。

「アルファ1、避けて!」

 避けられるわけもなく、敵の攻撃を受けてコクピットが激しくゆさぶられる。HUDに次々と機体の損傷が表示されていく。もうどうすることもできなかった。黙して最後の瞬間を待つ。そして、モニターの映像は途絶え、コクピット内部を暗闇が包んだ。

「……作戦失敗です。離脱してください」

 暗くなったコクピットにオペレーターの声が響く。

 この声は俺にとって、作戦終了の合図であり作戦開始の合図でもあった。暗闇の中、沈む心を奮い起こす。

「まだだ、まだ終わったわけじゃない!」

 コクピットの後ろを見る。

 ――よし、誰も並んではいないな。

 財布から百円玉を取り出すと、俺はそれを操縦桿の下にある投入口へと滑り込ませた。

 軽快な音楽が鳴ると、モニターにでかでかとゲームのタイトルが表示された。

「作戦開始です」

 そして俺は戦場に降り立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高校の頃書いたショートショート 雨野 優拓 @black_09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ