第8話 ある過去の日の光景

 その日、フィルのバンド「LOVE BRAVE」が全員で催眠術ごっこをした。まず、ヴォーカルのフィルが、ギターのティムに催眠術をかけた。

「僕のほう見て、左手出して…。ティム、君は今から左手が全く動かなくなる…」

 すると、妙なことが起こった。

「ティム、まばたきすらしてないよ」

 ベースのジミーが言った。続けて、ギターのヒューゴも言った。

「マネキンみたいだ」


 少しあと、彼は催眠術を解かれた。

「どうかな?」

「いや、まだ指先が少し…」

 一同はしばらく言葉を失ったが、フィルが苦笑いした。



 次に、ヒューゴがフィルに催眠術をかけた。

「俺を見ろ。フィル、おまえはだんだん足の力が抜けていく…」

「うわ、何か立ってらんな…」

 そう言った直後、ティムが派手に転倒した。

「おまえにはかけてないよぉ~」

 ジミーが笑いながら言い放った。



 今度は、ジミーがヒューゴに催眠術をかけた。

「よ~し、こっち向いて。ヒューゴ、君は今からヨガのポーズをしたくなる…」

 しかし、ヒューゴはジミーと目線を合わせているにもかかわらず、背中を少し丸めて立っているだけだった。メンバーは首をかしげた。

「ね、ヒューゴ、こっちの目ぇ見てよ」

 ヒューゴはジミーの言うとおりにしたが、数秒間見つめたあと、壁のほうに移動し、そこにだらしなく寄りかかった。その様子を見て、フィルがつぶやいた。

「催眠術かからない人、初めて見た…」

 それと同時に、笑えることが起こった。ティムが右ひざを曲げて右足の裏を左ひざの横に付け、両腕を上げて頭上で手のひらを合わせた、ヨガでよくある「木のポーズ」を取ったのだ。ほかのメンバーは笑い出した。

「だから、おまえにはかけてないって!」

 またもジミーの言葉が飛び、なんちゃって催眠術を解いた。



 最後に、ジミーから提案があった。

「じゃあさ、今度はティムからこっちにかけてよ」

 言われたほうは、快諾した。

「俺と目を合わせて…。ジミー、おまえはだんだん全身がかゆくなる…」

 しかし、ジミーは、ティムを見てニヤニヤ笑うだけだった。そのとき、またも珍事が起こった。

「あっ、何か俺のほうがかゆくなってきた…。やばい」

 あろうことか、術をかけたティム本人が首や腕をかきだしたのだ。これにはジミーはおろか、フィルもヒューゴも爆笑した。


「どんだけ催眠術に弱いんだ、こいつは!」

 ジミーがツッコミをかますと、ゲラゲラ笑い出したのだった。

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