第7話 Our Glorious Day

 ― 2016年7月9日


 午前11時30分頃でしょうか、私の家のドアチャイムが鳴りました。私が出ると、そこにはヒューゴに保護されている16歳の家出娘、ピッパが立っていました。

「…?ピッパ?」

「へへっ。うちにヒューゴ居ないんでやることないから、遊びに来た」

 私は苦笑いして、彼女を中に招き入れました。

「今度から、遊びに来るときは前もって電話とかメールとかするのよ」

「うん、そうする」

 ピッパは、どさっとソファに座りました。彼女のずうずうしさはあえて非難せず、十分に冷えたミックスベリージュースとメープルクッキーでおもてなししました。


 お菓子をテーブルに置いた直後でした。おなかに軽くえぐるような痛みを感じました。

(えっ、まさか…。予定日は1週間後のはずなのに)

 私の異変に、ピッパは意外に敏感でした。

「ん?どしたの、サラ?」

「ううん、ちょっと痛くなったけど、今治まった」

「ちょ、ちょっと待って!これってまさか、赤ちゃん生まれる系!?」

「うん…、多分そうだと思う。あ、また痛くなってきた…」


 しばらくたって、三度目の痛みが起こりました。

「これ、救急車呼んだほうがいいんじゃ…?サラ、電話借りるよ!」

 私が承諾すると、彼女はすぐに救急車を呼びました。そのときには、私もソファに座り込みました。それでも、私は携帯でティムに電話しました。

「もしもし、ティム?サラよ」

「ああ、サラ。どうした?」

「陣痛が始まったの…」

「ええっ!?救急車とかはもう呼んだ?」

「うん、ピッパが呼んでくれた」

「ピッパが!?…まあ、何とか大丈夫そうだな。俺もすぐに病院に行くよ」

「ええ…いつも行く病院よ」

「いつもの病院な。OK」

 電話を切ると、また痛みが起こり、下を向かないといられないほどでした。


 時間がたつにつれ痛みはひどくなり、ついに私はよろめきながらベッドに移動し、その上であお向けになりました。



 やがて救急車が到着し、私は病院に運ばれました。付き添うことになったピッパとともに。緊張しているのでしょうか、彼女は白い顔で足を震わせているのが分かりました。


 10分ほどで病院に到着し、分娩室へ入りました。助産師さんがピッパに立ち会いをするように頼むと、少女は目を丸くしながらも、うなずきました。一方、私は産みの苦しみにひたすらうめいていました。そのときはひどく、ひどく苦しくて、ほとんど何も覚えていません。ただ、最初は落ち着かずにきょろきょろしてばかりだったピッパが、いつの間にか私の手を握り、何度も

「大丈夫、頑張って!」

 と声をかけてくれたことは、鮮明に覚えています。



 長い長い苦しみの末、赤ちゃんが高らかに産声を上げました。そのときの喜びは言葉にはできず、ただただ涙が出ました。立ち会ってくれたピッパも、大声で泣きながら

「生まれた~!うれしいよう~~!サラ、本当におめでとう~!!」

 と心からの祝福の言葉をくれました。


 それから5分とたたないうちに、夫が入ってきました。彼が私を見た瞬間、目を潤ませて駆け寄り、私の両頬と右手に熱くキスをしました。


「おめでとうございます!元気な男の赤ちゃんです!」

 助産師さんの言葉を聞いて、彼は耳元で穏やかに、しかし力強く

「サラ、よく頑張ったな。おめでとう」

 と言いました。

「うん、ありがとう、ティム」

 私が答えたあと、彼は私の横に居る生まれたばかりの息子を、優しい目でしばらく見つめました。途中で、何度も目をこすっていました。


 ピッパはというと、感動の余韻に浸りながら、

「ピッパ…ピッパ…ここに居て良かった…グスッ」

 ティムは、そうしている彼女に近寄り、

「ピッパ、立ち会ってくれたんだな。どうもありがとう」

 と声をかけて右手を差し出し、少女と固い握手をしました。


 そのあと、私たちは、生まれた子を「スティーブン」と名付けました。夫の父親にちなんでの名前です。隣で眠るスティーブンに、私はささやきました。

「私たちに与えられた、輝かしい贈り物。それがおまえよ、スティーブン」



 土曜日、午後の青空が美しい日でした。

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