第6話 6月23日

2016年6月23日 カナダ、トロント近郊の某ライブハウスで


ステージ上に居るのは、インディーズのロックバンド、「LOVE BRAVE」。ヴォーカルのフィル・イェーツは、トップスに白い長袖シャツに赤いインナー、ボトムスに赤いデニムをまとい、濃いめのアイライン、赤紫色のネイルに両目の真っ赤なカラコンが目を引く。彼は神のお与えになったたぐいまれな歌唱力を惜しみなく発揮し、ライブに集まったファンを魅了している。


 ギターのティム・シュルツは、ロイヤルブルーのノースリーブに上下黒レザーをまとい、アイメイクのほとんど要らない目力全開で腰をひねったりくねらせたりしながらギターをかき鳴らし、ファンの歓声を浴びている。


 もう1人のギターのヒューゴ・マーロウは、顔にギンギンなメイクを施し、胸をV字に開けた蛍光グリーンの長袖シャツに丈の短い黒レザーのパンツといった服装で、白メッシュを入れた髪を振り乱し、膝を突いて上半身をそらせたり、左足を軸に1回転するアクションをしながらギターをうならせる。


 ベースのジミー・オドネルは、ワイン色のレザージャケットに、似たような色の花柄のインナー、デニムのバミューダパンツといった一風変わった出で立ちで、抜群のリズム感を駆使して低音を刻み、時折顔芸とも言うべきすごい顔をしてファンを楽しませている。

 この4人は、時に競い合い、時に調和しながら、何とも言えぬ心地良いグルーヴを生み出す。言い換えれば、彼らは既に自分たちの音を持っていたのだ。



 さて、彼らのパフォーマンスに湧くファンに紛れて、サングラスを着用した、明るい色の長髪の男が、ステージをじっと見ていた。その中で、彼の目に留まったのは、メンバーの中で最も整った顔立ちをした、リーダーのティムだった。観客の1人に注目されていることにも気付かず、彼は

「みんな、いいニュースだ!」

 と大声で言ってファンの注目を集めると、ジミーに近寄り、その肩を抱いた。彼の突然の行動に、驚くジミー。ティムはジミーの目を見てふっと笑うと、

「今日、6月23日は、ジミーの誕生日だ!」

 この言葉に、ステージからも客席からも歓声が上がり、

「ハッピーバースデー、ジミー!!」

 などなど、ファンは口々に祝福の言葉をかけた。ほかの2人もジミーのもとに集まり、ティムとフィルは、彼の頭にキスをするまねをして、ヒューゴは、愛情を込めてくしゃくしゃと彼の頭をなでた。誕生祝いのアクションを受けたジミーは、心の底からうれしそうに、

「みんなみんな、ありがとーー!!」

 と叫んだ。


 

 そんな4人の青年の様子を見て、客席に居たあの派手な男は、ほほ笑みを浮かべた。

(何てメンバー思いな優しいバンドなんだ…。あの見た目からはとても想像できない)



 ライブ終了後、ヒューゴがジミーに尋ねた。

「なあジミー、今日でいくつだ?」

 トップスを全て脱いで、彼は答えた。

「23だよ」

「俺たちより1年多く生きてるな」


 そうしていると、バックステージに1人の男性が現れた。彼は、ライブの客席に居た、サングラスをした長髪の男である。彼の登場に、その空間にわずかな緊張が走った。

「どうも」

 男は、軽く挨拶をした。4人も、つくり笑いに近い顔で

「ああ、どうも」

 と返した。その直後、彼はおもむろにティムのもとに近付き、話し始めた。

「実は以前、君たちのデモCDを聞いたことがあってね。君たちのようなサウンドとヴォーカルは、僕の心をつかんで離さない。それで今回、ライブを聞きに来たのさ」

 その口調と外見の様子は、伝説級のロックバンド「Φ」(ファイ)のリーダー、ジョアキム・ウッドに似すぎるほど似ている。フィルは緊張しながらも、その不思議な雰囲気の男性をじっと見ていた。

(でも、まさか、ジョアキムさんが僕らみたいな素人同然のバンドのライブなんか見に来るわけがないよ…)

 楽器隊も、その男性に緊張の眼差しを注いだ。


 彼に話しかけられたティムは、勇気を持って質問をした。

「失礼ですが、『Φ』のジョアキム・ウッドさんではありませんか?」

 その場は、先ほどよりも凍てつくような緊張に包まれた。

「いや、違う」

 彼の否定に、彼らは愕然とした。

(えっ、ただジョアキムさんの服装をまねただけの、素人の冷やかしだったのかよ…)


 しかし、その男性は再び話し始めた。

「僕は今日、エウレカレコードの社長ジョアキム・ウッドとして、いいバンドをスカウトしに来たんだよ」

 エウレカレコードとは、ジョアキム・ウッドが創設したインディーズレーベルである。謎の男性が本物のジョアキム・ウッドであると知り、青年たちはお互いに顔を見合わせ、あらためて大物ミュージシャンに目を向けた。


 ジョアキムは、ついにこう言った。

「どうかな、僕の所で一緒にやらないかい?歓迎するよ」


 4人の答えは、一つだった。



 ジョアキム・ウッドの直接のスカウトを受けた同じ日、ジミーのバースデーパーティーを開き、そのあと、ティムは家族とノースベイの友人たちに、自分のバンドがのちのちデビューするという旨の電話をしたのだった。


 6月23日は、「LOVE BRAVE」にとってある種の記念日となった。

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