第4話 階段の上で
僕はひどい熱に倒れ、ベッドの中に横になっていた。体が熱い。頭の中まで赤くなっている。まぶたが重い。ああ、目に映るすべてのものの輪郭がぼやけていく…。
目を開いた僕の前には、妙に長い階段があった。僕はそれを登りたくなって、その階段を登り始めた。その階段を登るにつれ、なぜか僕の胸はわくわくしていた。まるで旅行の目的地に着く前みたいに…。
でも、その階段の真ん中辺りまで来たとき、前方から1人の男性がすごい勢いで走ってきた。僕は彼の顔を見て、はっとした。彼は、僕のバンドのギタリストだったんだ。
「ティム!」
僕は思わず彼に抱き着いたけど、彼はすぐに僕の手をのけて、いつになく厳しい口調でこう言った。
「フィル、おまえはこの階段、登っちゃいけない」
彼の予想外の発言に僕は動揺した。
「何でだよ。何で登っちゃいけないんだ」
「今のおまえには、この階段を登ることが許されてないからさ」
僕には彼の言っている意味がわからなかった。僕は半べそをかいて言った。
「そんなこと言うなよ。僕たち、こうしてもう一度会えたんだよ?また一緒に音楽やろうよ」
「いや、フィル、おまえはまだ、この先にある場所へは行けない」
僕は大声で言った。
「だから、何で僕がこの先に行けないんだよ!」
「おまえがこの階段を登れるのは、随分あとのことだからだ」
それでも僕は、ティムの言葉に納得できなかったけど、彼は僕の両肩に手を置いて言った。
「とにかく、今回は帰ってもらおう。またいつかこうして会える日が来る」
「ティム…」
僕は両手を震わせながら、彼を見つめた。彼は、気の強いあの眼差しでうなずいた。
僕が来た道を戻ろうと背を向けると、今度はティムから声をかけてきた。
「いや、まだ行くなよ。最後に幾つか伝言があるんだ」
僕は振り返って、彼に近寄った。
「伝言って?」
「ギターのヒューゴと、ベースのジミーには、『おまえららしくあれ』と。うずくまっているロザリーには、『どうか立ち直ってほしい』と。そして、俺の妻サラと小さな子スティーブには、『永遠に愛している』と、伝えてほしい」
その直後に彼が見せた笑みは、どこか切なそうだった。
「うん、必ず伝えるよ」
僕はうなずくと、その階段を走って下りていった。流れる涙をそのままに、振り向くことなく…。さっきティムが言った、「またいつかこうして会える日が来る」という言葉が、心の中で何度も響いた。
僕はぱちっと目を開けて、ゆっくりと体を起こした。美しいティムの姿も、あの長い階段も、夢…だったんだろうか…。でも、僕の目は確かに涙で濡れていた。僕は、ベッドサイドのテーブルの上にある、ティムとのツーショット写真を見た。
「そういうことだったんだ…」
僕は、やっぱり涙を止められなかった。
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