In the Flames of the Purgatory 64

「どうして、わざわざあんな地下深くに降臨場を用意するんだろう?」

「地下深くのほうが都合がいいんですよ」

 誰に向けたわけでもないひとりごとだったのだが、セアラが答えてきた。

「どうしてだ?」

「地脈がどういうものかは?」

 セアラに反問されて、アルカードはちょっと考えた。

「あまり詳しいことは知らないな」

「そうですか」 セアラがうなずいて、

「知ってることもあるかもしれませんけど、一応ちゃんと説明しますね。地脈というのは、この天体の地中を走る魔力の流れです――人間でいう血管に喩えれば、戦士の貴方にはわかりやすいでしょうか。正確には血管とそこを流れる血の流れ、両方を指してる言葉なんですけど」

 アルカードは今聞いた内容を脳裏で反芻し、その意味するところを飲み込もうとしながら、

「ふむ。それで?」

「地脈はいったん合流してまた分岐したりしながら、地中深くを走っています。その地脈が互いに接近していったん合流した箇所が『点』です」

 合流してから再び分岐する様を表現しようとしているのか――アルファベットのXエックスを筆記体で書くときの様な動きでほっそりした指を宙に滑らせながら、セアラはそんなことを言ってきた。

「合流する地脈の数が少なかったり、数が多くても地脈が細くてそこを流れる魔力量が少なかったりするとどうということもないんですけど――数が極端に多かったり地脈が太いと、ぶつかり合った魔力が地上やそれに近い浅い地中まで噴出することがあるんです。このときに噴出した魔力がミスト・ルーン、大気魔力とか精霊と呼ばれる無属性の魔力ですね」

 噴き出す魔力を表現しているのか顔の横に翳した握り拳をパッと開いて、掌をくるくる回しながら、セアラが続けてくる。

「地表に露出した『点』から噴出した精霊はそこから拡散していくから、なにかほかの要因が重ならない限り『門』が形成されるほどの魔力密度になることはありません。でも地表に噴出せずに地中に蓄積した場合、精霊の密度が極端に上がって『門』が出来やすくなるんです。地脈の流れからあふれ出したはいいけど、地上に通じてないから行き場が無いというか」

という説明になぜか吹き出物を想像して、アルカードは眉根を寄せた。その反応をどう受け取ったのか、セアラが先を続ける。

「普通『門』は大規模なエネルギーが蓄積していたり、その噴出が起こりやすい火山帯やそれに近い場所に形成されやすいんですけど――地中にとどまった『点』の場合は精霊の蓄積が起こりやすいぶん、比較的規模の小さな『点』でも大規模な『門』が出来ることがあるんです。それに、流れの滞った水が腐る様に、地中に蓄積した魔力は澱んで堕性を帯びやすいのも問題ですね」

「つまり、だ――」 そこでいったん言葉を切って、アルカードはしばらく考えてから、

「つまり、『門』が自然発生している可能性もあるし、魔力密度が高いぶん人為的に形成するのも地表に比べて簡単だから、地中に施設を用意してる、とこういうことか?」 というアルカードの返事に、我が意を得たと言いたげにセアラが大きくうなずいてみせる。

「そういうことです。それに加えて、天界なんかの聖性を帯びた霊体の住む『層』よりも、地獄の様な堕性を帯びた霊体の住む『層』につながることが多いんです」

 セアラはそう返事をしてから、

「ただ、地脈が細かったりすると『門』の規模が小さくなって、それほど強力な悪魔はこちら側に出てこられないんですけど。『門』の規模が大きければ大きいほど、存在規模の大きな霊体が通り抜けられる様になりますから――逆に言えば、この島の地下にある様な小さな『点』では、通常はそれほど大きな霊体が通れるほどの規模の『門』は出来ません――まあ、あんまり強力な悪魔に顕現されたら、結局近づけなくなりますけど」

「そうはいっても、呼んだはいいが捕まえられないほど強力な霊体を召喚するのも考えものじゃないのか?」

「もちろんそうです。なので、人工的な召喚施設の場合は精霊の供給量を調整して『門』の大きさを制御する様になってます――し、たいていの降臨場はむしろ比較的規模の小さな『点』を選んで、『門』の大きさが必要以上に大きくなりすぎない場所を設定してる場合が多いですね」

 だからここの『点』も、さほど大きなものじゃないと思います――そう続けるセアラにアルカードはうなずいて、

「ところでちんちくりんよ。その小さな『門』でも通り抜けられる悪魔ってのは――」 アルカードは何気無い仕草でセアラの肩に手を伸ばし――セアラが肩に触れられたのに気づいて足を止め、肩越しに背後を振り返り――黒い甲殻に覆われた七本の細い指が自分の肩に絡みついているのを理解して表情を凍らせる。

 まるで壁に直接しつらえられた悪趣味な彫像の様に甲虫に似た黒い外骨格に全身を覆われた奇怪な生物が壁から上半身を生やし、手を伸ばしてセアラの肩を掴んでいるのだ――人間に似た歯があるが唇は無く、眼窩はあるが眼球は無い。頭部は後方に長く伸び、全身を甲虫のそれに似た質感の黒い甲殻が覆っている。水面越しに届く弱い光を照り返して全身がぬらぬらと光っているのは、油に似た粘り気のある液体が全身を濡らしているからだ。

「――つまり、こういうののことなのかな」 アルカードはそう続けてから、手首の少し上あたりを掴んだ魔物の腕を振り回した。まるで畑から引っこ抜いた蕪の様に壁から引きずり出された魔物がそのまま投げ棄てられ、悲痛な絶叫とともに縦穴の底に向かって落ちてゆく。

 けったいなことに、土が剥き出しになった壁には魔物が掘り進んできたと思しき穴のたぐいは見受けられなかった。

「……!」

 小さくうめきながら、セアラが警戒もあらわに周りを見回す――周囲の土壁から次から次へと趣味の悪い造形の魔物が姿を見せるのを目にして、セアラはそのまま絶句してしまった。

 それにはかまわずに、視界を切り替える――透視を行う高度視覚は土壁の向こうにトンネル状の空洞を捕捉出来ない。物理的に掘り進んできたわけではないのか?

 体温が極端に低いのか、温度変化を利用する高度視覚では彼らの姿が捕捉出来ない――すでに水面越しに届いている発光する天井の光は、かなり弱くなっている。

 闇夜の鴉というやつか――黒い甲殻に覆われた魔物たちの姿にアルカードは小さな舌打ちを漏らした。

 夜間視力は生身のときに比べても相当向上しているものの、人間よりも明らかに素早いであろう敵をこんな足場の不自由な状況で、それも大量に相手をするのに足るほどではない。

 問題は暗視視覚だった。

 微弱な光を増幅して光源にする高度視覚は十分な視界を確保出来るが、セアラやグリーンウッドが激光を発する魔術を使った際に視界を潰される可能性がある。アルカードが単独で戦うぶんには、むしろ高感度視界スターライト・ビュアーのほうが都合がいい場合が多いのだが――

「おい、魔術師――」 なにか明かりを用意してくれ。そう促すより早く、グリーンウッドが掌を上に向けて左手を翳した。

 グリーンウッドのほうも事情は同じなだけでなく、薄暗いままではセアラが行動に支障をきたすからだろう。左手の上に生じた白色度の高い光の球が、周囲を明るく照らし出す――グリーンウッドが光球を投げ上げると、光球は彼らの頭上程度の高さでピタリと静止した。

「おまえ、その光を維持したままで戦えるか?」

「舐めるな――こんな程度の光源なら、十億作っても一分の魔力も使わんさ」

「それは結構――ちっこいの、あまり離れるなよ」

 グリーンウッドの返事に唇をゆがめ、アルカードは鞘に納めたままになっていた塵灰滅の剣Asher Dustをいったん消滅させ、手元で再度構築した。手札が一枚消えてしまうが、まあ仕方無い。

ちょっとこれ持ってろHere, hold this」 そう声をかけて剣帯からはずした鞘をセアラに押しつけ、右手で保持した塵灰滅の剣Asher Dustを左手に持ち替える。右手で保持して剣を振るうと、右側にいるセアラが邪魔になる。

「利き手でなくて大丈夫なのか?」

 先ほどの質問に対する意趣返しかなにかのつもりなのか、グリーンウッドがそんな質問を発する。

「冗談言うな――問題にもならねえよ。なんなら目隠しして耳栓でもして、ついでに足枷でもつけて戦ってみせようか?」

「そうか」 グリーンウッドは適当にうなずいて、

「セアラ、もう少し吸血鬼から離れておけ――剣の間合いの内側に入るな」

 セアラが素直にこちらから距離をとるのを確認して、アルカードは唇をゆがめて笑った。

「さて――始めるか」

 その言葉を合図にしたかの様に――壁にへばりついていた魔物たちが、耳障りな叫び声をあげながら一斉に飛びかかってきた。

 

   †

 

 「さて――始めるか」 その言葉を合図にしたかの様に――ぎしゃあああ、と声をあげて飛びかかってきた下級悪魔の一体に向かって、アルカードが抜き放った漆黒の曲刀を振るう。

 『関連付けペアリング』の作業を終えたあと再構築した際に聞こえた叫び声が聞こえなかったところをみると、魔具としての機能は稼働していないらしい。

 わざと霊的な機能を稼働させずに物理的な存在としての魔具で迎え撃ったのは、物理的手段だけでも破壊出来る相手かどうかを確認するためだろう――霊的に補強されていない物理的な攻撃手段が通用するか否かは、ことに魔力強化エンチャント技能を持たない彼にとっては攻撃手段の多様性に大きくかかわってくる。

 獅子の鬣に似たあでやかな金髪が、ふわりと舞ってまたふわりと落ちる――金髪の吸血鬼は杭の上で足を踏み替えて踏み出しながら、手にした曲刀を逆袈裟に振るった。飛びかかってきた悪魔が繰り出した鈎爪を易々と躱しながら撃ち込んだ一撃が甲虫のそれに似たクチクラの様な質感の外骨格に斬り込み、黄色みがかった緑色の体液を撒き散らしながらその胴体を上下に両断する。

 切断された下半身はそのまま穴の底に向かって落下していったが、上半身は断面から内臓の切れ端を撒き散らしながらセアラたちの足場になっている階段状の杭のひとつに激突し、そのまま木杭に引っ掛かる様にして止まった。

 その傷口からしたたり落ちる体液が、それにまみれた内臓が触れた瞬間――木製の杭が、剥き出しになった壁の土が、シュウシュウという音と吐き気のする異臭とともに溶解し始める。

 それにかまわず、アルカードが再び剣を振るった――飛びかかってきていた悪魔が先ほどとは逆の軌道で逆袈裟に振るった一撃で両足を切断され、バランスを崩して杭のひとつに胸板から激突した。甲虫の外骨格に似た外殻は外観から想像されるほどに剛性が高くないのか、体勢を立て直す手段を失った下級悪魔が胸部装甲に走った無数の亀裂から緑色の体液を噴出させながら縦穴の底へと転げ落ちてゆく。

 続いてさらにもう一撃――振り翳した腕もろとも頭蓋の一部を削り取られ、失速した悪魔が彼らの足の下の壁に激突し、そのまま一周下の杭に引っ掛かって止まった。

 さらにもう一体、壁にへばりつく様にして死角から接近していた悪魔が、先ほどの悪魔を迎撃するために左から右へと長剣を振り抜いたままの体勢のアルカードに向かって左手から襲いかかる――アルカードはそちらに視線を向けることすらしないまま、左手を剣の柄から離して迎撃に転じた。

 先ほどの戦闘でキメラたち相手に使ったものと同じ鈎爪状の刃物を引き抜いて――それを数枚指の間にはさみ込む様にして保持し、アルカードは鈎突きを撃ち込む様にして鈎爪状の刃物の鋒を悪魔の腹に突き込んだ。

 どてっ腹を数枚の刃で串刺しにされた下級悪魔が海老の様に身をのけぞらせながら口蓋から絶叫と血を吐き散らかし、攻撃動作が下から斜めに打ち上げる様な鈎突きのそれだったためかそのままステップ上から殴り落とされて、悲鳴の尾を長く引きながら縦穴の奥底へと落下してゆく。

 仲間を立て続けに斬り棄てられた悪魔たちが警戒を強めてか、先に襲いかかった仲間に続いて襲いかかる事無く動きを止める。

「……」

 小さく舌打ちを漏らして、アルカードが自分の右腕に視線を落とした。悪魔の胴体を貫いた鈎爪状の刃物自体は、突き刺したまま放棄したらしいが――先ほど短剣で刺し殺した悪魔の返り血が附着したのか、右腕を鎧う鋼の装甲がみるみる腐蝕し溶解していく。

 アルカードは無言のまま足を鎧う装甲の隙間から投擲用の細身の短剣を抜き出すと、手甲のストラップを切断した。手早く手甲をはずし、それを縦穴の底へと投げ棄てる――どうやら下膊を鎧う装甲と拳を鎧う装甲が完全に独立した構造になっているらしく、手首から先だけ装甲が残っている。

 そちらも異臭をあげて溶解しつつあるのを確認すると、アルカードは拳の装甲も手早くはずしてそのまま縦穴へと投棄した。

 腕からはずれた手甲が落下しながらぼろぼろに腐蝕し、半分に割られた杭の角にぶつかった衝撃でボロリとふたつに折れて、縦穴の底に向かって落下してゆく――ほかの杭に当たったのか、からあんという反響音が聞こえてきた。

 それを見下ろして顔を顰め、アルカードが再び小さな舌打ちを漏らす。甲冑の下に着込んだ鎧下には損傷は見られない。

 どうもあの悪魔たちの体液には、かなり強力な酸性があるらしい――腐蝕が装甲版にとどまっているうちに引き剥がせたからいいものの、そうでなければいかに真祖でも厄介なことになっていただろう。体内に入り込んだ酸を中和する能力があるわけではないから、傷口を洗浄するか酸を中和するまで治癒能力と酸がせめぎ合うことになる。

 ぎゃるるるる、と壁にへばりついた下級悪魔たちがうなり声をあげるのが聞こえる――アルカードがそちらに視線を投げ、口元をゆがめて嗤った。

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