In the Flames of the Purgatory 58

 突き飛ばされたキメラが押し出されるまま仲間の体に激突し――そのまま二体まとめてアルカードの魔具で腹部を貫かれて、電撃で撃たれた様に全身をのけぞらせながら口蓋から血を吐き散らした。

 無論、キメラがそれで死んだかどうかはわからない――が、アルカードは突き飛ばしたあとそのまま押し出していたキメラの背中に突き刺していた漆黒の曲刀で胴体を貫く寸前、もう一体のキメラもほぼ同じ位置を貫く様に刃の角度を調整していた。

 おそらく先ほど調製槽の中のキメラを観察していたとき、体内を透視して急所と思われる位置に当たりをつけていたのだろう――実際にそれで絶命に至らしめうるか否かは別として。

 まるで串焼きの肉の様に田楽刺しにされた二体のキメラの体に足をかけ、アルカードが手にした魔具を傷口から引き抜く。彼はそのまま床の上に倒れ込んだ二体のキメラに向かって剣を振るい、二体のキメラの頭部をまとめて切断した。

 一体は鼻から上、もう一体は首から上をまとめて切断されたキメラが、その場でびくびくと断末魔の痙攣を繰り返している。

 シィッ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードが床を蹴った。

 先ほど攻撃を仕掛けた三体目のキメラが振るった高周波ブレードとの撃ち合いを避けて、アルカードが内懐へと飛び込む――おそらく彼の魔具は高周波ブレードとの撃ち合いに耐えうるだろうが、まあ撃ち合いを厭った彼の気持ちはわかる。高周波ブレードを相手に撃ち合うと、とにかくうるさい。

 次の瞬間には、アルカードが振るった横薙ぎの一撃がキメラの胴体を上下ふたつに分断している――人間であれば胃があるくらいの高さ、先ほど刺突で狙ったのとほぼ同じ。先ほどの刺突も含めて意図的にあの高さを狙っているのなら、やはりあの高さが急所バイタルパートだと目星をつけたのだろう。

 口蓋から血を吐き散らし、上下に胴体を分断されたキメラが床の上でのたうちまわる――雑食を想定していない短い腸と一緒に断面からこぼれ出した筋肉の塊が蠕動を繰り返しているのを目にして、グリーンウッドは吸血鬼がなにを狙っていたのかを理解した。

 あれは心筋だ。

 なるほど、あれは腹部に近い位置に心臓を備えているのか――

 量産型のキメラというのは古来よりだいたいそうだが、単体として独立して行動させることを想定していないために食事として固形物を摂取出来る構造になっていないことが多い。小難しい言い方を排除してわかりやすく言えば、そこらで狩りをしたりあるいは斃した敵を喰ってエネルギー補給をするのではなく専用の食糧を餌として与えられるのだ。

 人間に限らず大型の生物の腸が非常に長いのは時間をかけて固形物を消化吸収する必要があるからで、彼ら専用の食糧、たとえば大量のエネルギーや栄養分を含む水溶液などを与えるだけで済むのなら消化器官はかなり省略出来る。

 代わりに腹腔内部の空いたスペースにほかの臓器を詰め込んで心臓の位置を下げ、そのぶん胸郭内部に占める肺の体積を大きく取ることで運動性能を上げるのだ。そうすることで、心臓自体も大きくすることが出来る。

 なるほど、先ほど刺突の角度を調整していたのは二体のキメラの心臓を同時に撃ち抜くためか。

 感心するグリーンウッドの視線の先で、新たなキメラがアルカードに向かって踊りかかる。

 横合いから襲いかかったキメラが繰り出した右の高周波ブレードを、アルカードは一歩後ずさって間合いをはずしながら上体をのけぞらせて躱した――同時に漆黒の曲刀を振るってキメラの左腕を切断し、左腕から繰り出そうとしていた鎖の攻撃を封じている。

 そのまま後退によって開いた間合いを再び詰め、キメラの内懐に飛び込んで――

 次の瞬間、左肩から飛び込んだアルカードのタックルでキメラの体が吹き飛んだ――いったいどれほどの破壊力があるのかキメラの胴体の骨格がゴキゴキと音を立てて砕け、胸部が陥没している。

 馬に蹴られた様な勢いで吹き飛ばされてゆくキメラの胴を、アルカードが返す刀で繰り出した一撃がやはり腹部から上下に分断した。先ほど胴を薙いだキメラに復活の気配が無いことから、心臓を破壊すればそれで斃せると判断したらしい。

 吹き飛ばされたキメラは横薙ぎの一撃で胴体を分断されながらも、横殴りに軌道が変化したりはしない――宙に浮いたものを足元に撃墜すること無く縦に両断し、あるいは横に吹き飛ばすこと無く水平に寸断する、驚愕すべき絶技の持ち主なのだろう。純粋な剣士としての技量で言えば、あの金髪の吸血鬼は自分よりもはるかに上だ。

 これで四体――

 動きの止まった吸血鬼の背中に、二体のキメラが襲いかかる――アルカードがその場で転身し、重い風斬り音とともに漆黒の曲刀を振るって背後を薙ぎ払った。

 飛びかかったキメラ二体が高周波ブレードを伸長した腕ごと胴を薙がれ、失速して床の上に墜落する。

 シィッ――歯の間から息を吐き出す音とともに、アルカードが前に出た。

 二体のキメラの体と血しぶきの陰に隠れる様にして殺到していたキメラが、右腕の高周波ブレードを振り下ろす――った、とキメラは思ったろう。だが高周波ブレードが引き裂いたのは、それまで吸血鬼がいた空間の空気だけだった。

 そのときには、アルカードはキメラの振り下ろした高周波ブレードの横に廻り込んでいる。彼は手にした魔具を振り下ろしてキメラの高周波ブレードを撃ち落とし――両者の刃が触れた一瞬、瞬間的に振動周波数が低下して耳を劈く様な高音が響き渡った――、その反動で跳ねた剣を保持する手首を返してキメラの首を刈りにいった。

 とっさに頭をのけぞらせたのが精いっぱいの回避行動だったのだろう、が――次の瞬間、顎下から頭頂にかけて頭部の前半分を削り取られたキメラがその場に膝を突く様にして崩れ落ちた。

 ふぅっ――鋭く呼気を吐き出しながら、アルカードが続いて手にした霊体武装の柄を握り直す。

 ――ギャァァァァッ!

 耳を劈く様な悲痛な絶叫が鼓膜を振るわせることなく頭の中に響き渡ると同時、吸血鬼が背後を振り返って霊体武装を振るう――背後から襲いかかっていた二体のキメラが斬撃の軌道に巻き込まれて一体は胴体、一体は胸のあたりから肩にかけてを腕や足もろとも切断され、手足の破片とリボンの様に切断された内臓の切れ端を撒き散らしながらドチャドチャと音を立てて床の上に落下した。

 一体は胴を薙いだことで心臓を破壊したと判断したのだろう、アルカードは胸から肩にかけてを逆袈裟に斬ったもう一体のキメラの頭部に手にした魔具の鋒を突き立てた。それで絶命したのか、床の上で細かな痙攣を繰り返していたキメラの動きが止まる。

 しぃっ――吸血鬼が笑みにゆがめた口元から覗く歯の間から息を吐き出し、正面から襲いかかってきたキメラの振り翳した高周波ブレードに漆黒の曲刀の物撃ちを叩きつけた。高周波ブレードの振動周波数が低下したために耳を劈く様な高音が周囲に響き渡り、セアラがあわてて手で耳をふさぐ。

 次の瞬間にはキメラは力ずくで押し切られて吹き飛ばされ、背中から調製槽を埋め込んだ壁に叩きつけられていた――そのさらに次の瞬間には、一気に間合いを詰めたアルカードが振り下ろした魔具の物撃ちがキメラがとっさに翳した高周波ブレードと衝突している。

 だが――

 高周波ブレードは膂力で斬るわけでも技術で斬るわけもないし、武器として見た場合さほど剛性が高いわけでもない。まして単純な力比べでは、キメラたちは彼にかなわない。いったん間合いが開き、それを再び詰め直したアルカードが十分なを以て振るう一撃を、防げる道理も無い――

 今度は周波数が低下したりはしなかった。

 生体組織で構成された高周波ブレードは、続くアルカードの一撃で半ばから叩き折られている――それを翳したキメラはその一撃で高周波ブレードもろとも頭蓋を叩き割られ、そのまま股間までまっぷたつにされてしまった。

 見事な腕前だ――頭部を狙って縦に斬りつけた場合、頭蓋骨の丸みで刃が滑ってしまうことがある。だから真直の撃ち下ろしで仕留める場合は、肩口を狙う場合が多い――だが彼は頭蓋割を仕掛けることを躊躇いもしなかった。

 自信があったということか――

 頭部から股下まで斜めに割られたキメラの体がべりべりと音を立ててふたつに分かれ、その場で崩れ落ちる――その隙間を貫く様にして撃ち込まれたレーザー・ビームを躱して、後方へ跳躍し、アルカードはそのままさらに数歩跳躍して間合いを作り直してそれを追撃する様にして殺到してきたキメラの群れに向かって手にした魔具を振り翳した。

 ――ギャァァァッ!

 ――ヒィィィッ!

 魔具の発した絶叫が鼓膜を介さずに頭の中に直接響き――同時に漆黒の刀身が雷光にも似た蒼白い激光を放ち、蛇の様にのたくる雷華を纏う。

Aaaaalalalalalalieアァァァァラララララララィッ!」 咆哮とともに、吸血鬼が逆手に握って右脇に巻き込んだ曲刀を水平に振り抜く――ごうっという突風の様な音とともに床の平面をなぞる様にして水平に駆け抜けた衝撃波が、殺到してきたキメラの群れを波に浚われる海辺の蟹みたいに押し流した。

 衝撃波が円形の広間の壁際まで到達し、それに押し流されたキメラたちをそのまま壁に叩きつける――内側に調製槽を埋め込んだ壁はそう強固な構造にはなっていないのだろう、あるいは天井の重量を支持する役目すらしていないのか、津波の様に押し寄せる衝撃波によって内側に組み込まれた調製槽ごと吹き飛ばされていった。

 外周廊下の壁に衝突して止まった壁や調製槽の残骸に埋もれたキメラたちが、なんとか這い出そうともがいている――あれだけの威力の衝撃波に巻き込まれては、キメラたち自身も無事では済むまい。その一方で外周廊下の外壁は天井と同じ素材なのか、傷ひとつついていなかった。

もう一発Unu!」 声をあげて、アルカードが振り抜いたまま順手に握り変えた霊体武装を、今度は逆袈裟に振り抜く。形成された衝撃波が周囲の空気を圧縮し、沸騰した状態のまま瞬時に凍結して砕け散った床の石材の砕片を巻き上げながらキメラに向かって殺到する。

否、二発Doi!」 だがそれで手を止めずに、アルカードが頭上で霊体武装を旋廻させ、今度は逆側の肩に剣を巻き込んで袈裟掛けに振り下ろした。

三発目だTrei!」 声をあげて――今度は足元から頭上に縦に振り上げる様にして、アルカードが霊体武装を振り抜く。

 次々と殺到した衝撃波が壁にめり込んだキメラたちの体を壁の石材にさらにめり込ませ、あるいは擂り潰していく。

 壁との間に挟まれたキメラたちの体が擂り潰されてところどころ引きちぎられ、手足の破片が周囲にバラバラと散乱した。

「ちょっとあっさりしすぎたか、な?」 軽く肩をすくめてそううそぶいたところで、アルカードは少しだけ笑った。

 そのまま手にした霊体武装を頭上に向かって突き出す――いつの間に先ほどの衝撃波四連打から逃れていたのか、同時に天井に張りついていたキメラの一体が右手を突き出した。

 ちぃ、と吸血鬼が小さく舌を打つ――その口元が笑っている様に見えたのは、おそらく見間違いではないだろう。

 キメラが右腕を突き出した時点で、アルカードは反撃を断念した様だった――右腕のレーザー発振器官から照射された熱線がとっさに回避したアルカードの足元に突き刺さり、床の石材が昇華して再び爆発が起こる。爆風に押し流される様にして吹き飛ばされながら、アルカードが少しだけ笑みを深くするのが見えた。

 きえええええ、とキメラの口から悲鳴がほとばしる――おそらく回避動作と同時に投擲したものだろう、天井に張りついていたキメラの左目に投擲用の短剣が突き刺さっていた。

 着地したアルカードの背後で、床にべったりと突っ伏した体勢のキメラがまるで床の表面から溶け出す様にして姿を見せる――爬虫類の一種の様な変色細胞を備えているのか、自分の体色を変化させて騙し絵の様に床の模様に溶け込んでいたらしい。

 キメラは前方に注意を集中しているアルカードの背中に向かって、右腕の生体熱線砲バイオブラスターを撃ち込もうと――するより早く、アルカードが腰から吊ったまま銃把を掴んで背後に向かって据銃した銃の銃口が、キメラの眼前で文字通り火を噴いた。頭部の半分を吹き飛ばされ、キメラの体が跳ね飛ばされて床の上にあおむけに倒れ込む。

 予想したよりも仕留め損なったキメラは多かったらしい――天井に張りついたり床に突っ伏したりして衝撃波を逃れたキメラやほかの個体の体が緩衝材になって圧死を免れたキメラが天井や床、衝撃波でもみくちゃにされた仲間の死体や瓦礫の山の中から次々と姿を見せる。

 それを見ながら――アルカードが唇をゆがめて笑った。

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