In the Flames of the Purgatory 54

 

   *

 

 歩き出しかけたところでアルカードがついてきていないことに気づいて、セアラは足を止めた――アルカードは腰元につけた小さな雑嚢の中を覗き込んで、さも忌々しげに顔を顰めている。

「どうした?」 グリーンウッドが声をかけると、アルカードは鞄の中から取り出した小さな塊を手に短く返答を返した。

「銃弾が尽きた」 アルカードが手にしているのは弾と火薬を小さなサボットで包み込んで固めた弾薬カートリッジだ。

 弾薬カートリッジを銃口から押し込んでから槊杖ラムロッドを使って銃身の奥まで押し入れることで、火薬と銃弾を順番に銃口から入れてさらに押し固めるという従来の手順をいくらか短縮することが出来るのだ。

「最後の一個か」 というアルカードのぼやきに、

「もう無いのか?」

「荷物の中にはあったが、おまえの魔術で建物と一緒に消し飛んだ」 それを聞いて、グリーンウッドはかぶりを振った。そのままアルカードに歩み寄り、手を伸ばす。

「それをちょっと貸せ」

「ん?」

 特に疑問に思った様子も無く、吸血鬼が手にした弾薬カートリッジをグリーンウッドに放り投げる――サボットの尻の部分は油紙で封がされており、水気が入りにくい様に工夫されているのがわかった。

 それを空中で掴み止めたグリーンウッドが、手にした弾薬カートリッジをアルカードに投げ返す。

「もういいのか?」

「ああ。ちょっとそっちを向け」

 言われるままに、アルカードが雑嚢がグリーンウッドのほうを向く様に体の向きを変える。

 蓋を片手で押さえたままグリーンウッドが雑嚢の口の上に手を翳すと彼の手の中に金銀の光の粒子が集中し、先ほど受け取ったものと同じ弾薬カートリッジが次々と形成されて、雑嚢の中へと落ちていく。数が三十を越えたあたりで、グリーンウッドは弾薬カートリッジの複製を中断した。

「――便利だな」 雑嚢の中に落ちた弾薬カートリッジのひとつを取り出しながら、アルカードがそんな感想を口にする。

 火薬の露出部分を覆う防水用の油紙を取り除いた弾薬カートリッジを銃口に押し込み、槊杖ラムロッドを使って銃身の奥まで突き込んだところで、

「変わった銃だな」 アルカードの銃を見遣って、グリーンウッドがそんな言葉を口にする。

「撃発装置が無い様だが」 言われてみると確かに、普通のマスケットであれば銃本体の側面に露出している火縄マッチ燧石フリント火皿ファイア・パンといった撃発機構が見当たらない――彼の手にした大口径のマスケットは全金属製であることも特徴的だが、側面に撃発装置が無いために非常に外観がスリムだった。

「ん? ああ」 アルカードは銃身後端部を被覆する金属製のカバーを軽く叩いてから、手を伸ばしたグリーンウッドに銃把グリップを向けて銃を差し出しながら、

歯輪ホイール点火ロック式の撃発装置が内蔵式になってるだけだ――火花をじかに装薬に落とす構造になってるから、火皿も点火薬も無い」 代わりに、仰角や俯角をつけすぎると撃てなくなるけどな――アルカードがそう付け加える。

「まあ、それは普通のマスケットでも同じだろうがな――」

 グリーンウッドはそう返事をしながら受け取った重そうな銃を両手で据銃して照準器を覗き込み、

「撃ってみてもいいかね?」

「かまわんぞ。おまえのくれた弾薬の試し撃ちが必要だからな――ああ、ゼンマイの巻き上げ機構は銃把の、そう、それだ。それを一回動かせばいい」

 アルカードの返事に、グリーンウッドが銃のグリップ部分と一緒に握り込む構造になったレバーを操作する。

 レバーは機関部右側面から伸びており、動作させることでゼンマイの巻き上げ機構の軸を回転させる構造になっているらしい――カリカリというラチェットの動作音とともにレバーを動かしてから、グリーンウッドはレバーをもとの位置に戻してグリップと一緒に握り込んだ。

 なるほど、どこの職人の作品かは知らないが、実に画期的な発明だと言えるだろう――動く範囲の決まっているレバー操作によるゼンマイの巻き上げは操作に必要な力が軽くなり、かつ可動範囲が決まっているために巻き上げすぎて損傷させる危険が無い。

 グリーンウッドが ゼンマイの巻き上げを終えた銃のグリップを握り直し、適当に据銃して発砲する――耳を聾する轟音とともに発射された口径一インチを超える大口径の銃弾が壁にめり込むよりも早く七色に輝く半透明の力場に鹹め取られて空中で停止し、そのままゴトンという音を立てて床の上に落下した。

 跳弾の危険があるからだろう、グリーンウッドが矢止めディフレクト・ミサイルの魔術で鹹め取ったのだ。

「なんだ、やっぱり手抜きはしてたのか」

 亜硫酸ガスの混じった硝煙を手で払いのける様な仕草をしながら金髪の吸血鬼が口にした言葉に、グリーンウッドが首をすくめる――察するに、アルカードとの戦闘で矢止めディフレクト・ミサイルが有効な状況があったにもかかわらず、彼はそれを使わなかったのだろう。

「まるで自分は本気だった様な言い草じゃないか」 その返事に適当に肩をすくめ、彼は返された銃を受け取ってふたりから少し離れた場所に移動すると、剣に血振りを呉れる様に銃をひと振りした。ヴオンという重い風斬り音とともに、銃身内部に残っていた黒焦げのサボットが遠心力で振り出される。

 続けて差し出された新たにもうひとつ作った弾薬カートリッジを受け取って銃口から押し込み、槊杖ラムロッドで銃身の奥まで突き込みながら、

「手抜きはおたがい様、か」 そんな返事をして、アルカードは槊杖ラムロッドを元に戻した――サーベルの様に銃を腰に吊るアルカードを横目に、グリーンウッドがセアラに視線を向ける。

「さて、装備も整ったところで行くぞ――セアラ、案内を」

「はい」

 グリーンウッドの言葉にうなずいて、セアラは歩き始めた――グリーンウッドがそのすぐ後ろに、アルカードはまた最後尾に数歩遅れてついてくる。

 最初は殿軍しんがりを守っているつもりなのかと思ったが、そうではない――彼は必要が生じたときに、いつでも自分たちを背後から斬り棄てられる位置を確保しているのだ。

 セアラはちょうど建物の中心に位置する階段の前で一度足を止め、

「この階段の下です」

 セアラがそう言うと、グリーンウッドが先に階段を降り始めた――金髪の吸血鬼は相変わらず殿軍につくつもりらしく、動きを見せていない。セアラがグリーンウッドに続いて階段を降り始めると、ややあってアルカードが階段を降りてついてきた。

 

   †

 

 おかしな雲行きになったもんだ。

 アルカードはグリーンウッドとちんちくりん――もといセアラのにつづいて階段を降りきると、ふたりの後ろについて歩き出した。

 セアラの後ろにぴったりつかずに、数歩後ろ――男ふたりの間にいるセアラにどこかから敵が攻撃を仕掛ければ、即座に斬り斃せる位置関係だ。そして無論、グリーンウッドがアルカードに攻撃を仕掛ければ、セアラの体を楯に出来る位置関係でもある――子供を楯にする様な戦い方は好かないが、その子供自身も敵であるのなら考慮する必要も無い。

 それにしても――

「ふむ――」 歩きながらそんな声をあげる――彼らが歩いているのは先ほど服を乾かした部屋のあるフロアのもうひとつ下で、魔術師たちが言うには先ほどの部屋が地上とほぼ同じ海抜であったらしい。つまりここは地下一階ということになるわけだが。

「どうかしました?」 巨大な石材を組み合わせた廊下を物珍しげに見回しているアルカードに、セアラが声をかけてくる。

 上の階層は煉瓦の様な石の塊を無数に組み合わせて造られていたが、この階層は違う。

 縦一ヤード、横二ヤードの大きさに正確に切り出された巨大な石材を組み合わせて造られていて、石材同士の継ぎ目にはほとんど隙間が無い。おそらく紙切れを差し込むことさえ出来ないだろう。

 この階層は、上の階層とはまったく異なる建築技術で造られているのだ。

 それを口にすると、セアラは納得した様にうなずいた。

「こういう遺跡は、世界各地でいくつか見つかってます。ここはファイヤースパウンも把握してませんでしたけど」

「見つけると、なにかいいものでも出てくるのか?」 というアルカードの質問に、

「前に発掘した遺跡だと、いくら火にかけても水がお湯にならない金属鍋とかが見つかりましたよ」 セアラがそんな答えを返してくる。

「役に立つのか、それ?」 と返事をして、アルカードは頭上を見上げた。特に照明があるわけではないのだが、真っ白な天井の建材自体が白色の光を放っており、地上部分の建物と違って昼間の様に明るい。

 明るいだけでなく、春の日射しの様に温かい――視覚を可視光線から赤や青、黄色で構成される熱源感知視覚に変えてみると、天井だけが真っ赤に染まっていた――おそらく天井から熱を帯びた光線を照射して暖房にしているのだろう。どういう理屈なのか知らないが、便利なものだ。

「代わりに熱いものが冷めもしないですね。あとは煮込むだけの状態のシチューを移しておけば、寝てる間に煮込まれて翌朝そのまま食べられます」

「荷物にならなけりゃ、譲ってくれと頼むところだがな――」

 毛布を何枚もかぶせた鍋を想像しつつ、アルカードはそう返事をしてセアラの背中に視線を戻した。

 通路はゆっくりと湾曲しており、おそらく巨大な円形をしているのだろう。彼らが先ほど降りてきた階段は天井が崩落した穴に後付けされたもので、その階段を中心に上の四角錘状構造物が築かれている――したがって、下の遺跡の中心位置と上の建物の中心位置は大きくずれていることになる。

「しかし、遺跡だとしてこれはなんのための遺跡なんだ?」 というアルカードの口にした疑問に、セアラがもの問いたげにこちらを振り返る。

「遺跡だっていろいろあるだろ、要塞とか城とか神殿とか」

「それはきちんと調べてみないとな」 アルカードがそう答えると、肩越しに振り返ったグリーンウッドが返事をしてきた。

「この遺跡を築いた文明は魔神デビルを神と崇めていたから、宗教施設そのものはどんな遺跡にも存在していた。教会やモスクみたいなものさ――ただ、この遺跡ほど大規模な『門』の上に存在するのはここ一件だけしか無い。おそらく――そうだな――宗教の聖地か、総本山の様な扱いだったんだろうと思う。確証は無いが」

 ふーん、と返事をしながら、アルカードは周りを見回した。周りは床から壁からすべて白い石材で、特に装飾は施されておらず殺風景だ。別に宗教に興味は無いが、この施設はアルカードの知る宗教的な寺社のたぐいの想像からかなり乖離していた。

 円形の廊下は外側には一定の間隔をおいて扉が配置されているのだが、今まで見た限り内側には扉は無い。ロイヤルクラシックの高度視覚は壁越しに内部の様子を透視することも出来るので、内側に空間があること、内部になにか配置されていることだけはわかったが、それだけだ。

 とりあえず動くものは見えなかったのだが、視界におかしな乱れが感じられる。当面の脅威にはなりそうにないが。

 視界のちらつきが目障りだったので、アルカードは視覚を通常の可視光線視界に戻した。

「ところで――」 歩きながら、セアラが肩越しに振り返る。少女はこちらの腰元に吊った漆黒の曲刀に視線を向け、

「その剣、魔具ですね。それもかなり強力な、消去デリートタイプの」

 アルカードはその言葉に、鋼鉄製の鞘を掴んで軽く持ち上げてみせた。

「どうして、わざわざ形骸を実体化させたまま持ち歩いてるんですか?」 消せばいいのに、と続けてくるセアラに、アルカードはかぶりを振ってみせた。

「そもそもこいつは俺のじゃない。消し方がどうのこうのと、そういう詳しいことは知らん」

 グリーンウッドがその言葉に足を止め、アルカードのほうを振り返った。

「なんだ、てっきり本物の剣に見せかけるために持ち歩いているんだと思っていたが、違ったのか」

「ああ」 アルカードがうなずくと、グリーンウッドは剣を寄越せという様に右手を差し出してきた。アルカードが鞘ごと剣帯からはずした塵灰滅の剣Asher Dustをその手に載せようとすると、グリーンウッドは剣を受け取らずにアルカードの手首を軽く握り、そのまま何事か小さくつぶやいて――次の瞬間、漆黒の曲刀はその形骸をほつれさせ、アルカードの右腕に吸い込まれる様にして消滅した。

「『関連付けペアリング』は終わった。これでおまえの意思で自由に出したり消したり出来るはずだ」 その言葉に、アルカードは右の掌を見下ろした――自由に出したり消したり出来ると言われても、どうすればいいのかわからない。

 こちらがなにに当惑しているか察したのだろう、グリーンウッドは続けてきた。

「その剣が必要だと考えればいい。おまえがそれを手にしていることを望めば、勝手に出てくる。熟練すれば、魔力の弱い相手や訓練の足りない相手には目に見えなくすることも出来る」

 その忠告に従って、塵灰滅の剣Asher Dustを手にしている情景を思い浮かべる――次の瞬間には数千人ぶんの叫び声が脳裏に響き渡り、傷も無いのに掌からしたたり落ちた赤黒い血が構築された不可視の力場に流れ込んで、ちょうどその形をした玻璃の器の中に血を流し込んだかの様に漆黒の曲刀の形状を再現する――次の瞬間一瞬激光を放ったあと、見慣れた漆黒の曲刀が手の中に収まっていた。

「ご親切なことで」 その言葉に、グリーンウッドは肩をすくめただけだった。

「今の声は?」 セアラの問いかけに、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustを見下ろした。

「四半世紀ほど前に、ワラキア公国の都ブカレシュティで千人以上の人間が死んだ」 その返答に、セアラがなにを言っているかわからないからだろう、眉をひそめる。なにか言いかけるのを黙殺して、アルカードは先を続けた。

「これは彼らの魔力が凝り固まって出来たものだ――魔力を注ぎ込むとさっきの様に叫び出すが、ほとんどの声に聞き覚えがある」

 再び歩き始めたグリーンウッドの背中から視線をはずして手にした塵灰滅の剣Asher Dustを再び鞘に納め、抜くために一度はずした鞘を再び剣帯に吊り下げる――歩き出しながら肩越しに振り返って不思議そうにその様子を見ているセアラに、アルカードは自分の行動の意味を説明するために口を開いた。

「自由に秘匿出来る得物でも、持ち歩ける状態なら持ち歩いたほうがいい――こういうでかい武器はな。鞘に納めて持ち歩いている実在する『本物の剣』を装っておけば、敵はその剣にだけ注意を払うだろう?」

 実在する『本物の剣』を装っておけば、敵はそれを弾き飛ばしたときにまた手元で再構築する可能性に考えが及ばないはずだ――グリーンウッドが先ほど口にした言葉をもう少し噛み砕いてそう説明すると、セアラは納得した様にうなずいてみせた。

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