In the Flames of the Purgatory 55

 その背中を軽く叩いてから、グリーンウッドを追って歩き出す。

 先頭に立って迷った様子も無くすたすたと歩いていたグリーンウッドが、両開きの扉の前で足を止めた。扉の戸板と枠の間には蝶番は見えず、扉の両端は少し丸められている。

 向こう側に開けるなら、手前の面取りは必要無いはずだが――

 そんな疑問をいだいたところで、グリーンウッドが扉を手前に向かって開けた。蝶番を備えていないにもかかわらず、扉はすんなりと手前に――否、蝶番は存在しない。扉の端の部分に軸があって、そこを中心に手前にも向こうにも開くのだ。

 グリーンウッドとセアラに続いて扉をくぐったときに戸板に手をかけて――軸がすり減っているのかまるで抵抗の無い戸板に疑問をいだいたところで、アルカードは最初から蝶番も軸も無かったのだと納得した。

 この扉の戸板は、蝶番で支持されてもおらず軸も備えていない――戸板は扉の枠のどこにも触れずにぴったりと一定の間隔を保って宙に浮いており、開けようとすると戸板の端を回転の軸として動く様に出来ているのだ。軸受けも蝶番も無いから、まったく抵抗が無い。

 厳密には左右の戸板同士も接触していないらしく、勝手に扉が閉じたときにも音はまったく聞こえなかった。

 これも魔術の産物なのだとしたら――

 魔術そのものは、アルカードは知識の範疇外なので考えても仕方が無い――だが、遺跡がいまだの機能しているのだとしたら、防衛装置のたぐいはどうなのだろう?

 そんなことを考えながら周囲を見回して――アルカードは小さく舌打ちを漏らした。

 廊下と室内を隔てる壁はかなり分厚い――壁と表現するのが不適切であるほどに。扉を抜けると幅二ヤードほどの広い通路になっていて、これまた二ヤードほど進んだ先が開けた空間になっている。

 部屋はやはり円形で、天井はそこそこ高い。扉の真向かいの壁際に、天井まで届きそうな黒い柱上の構造物が聳え立っている。

 壁が分厚かったのは、つまるところその壁の内側がただの壁ではなくチャンバーになっているからだった。

 内側の壁に等間隔に丸い窓の様な開口部が設けられて左右から引き戸の様に閉じられた板状の玻璃でふさがれ、その内側になみなみと青みがかった液体が満たされている。

「これもあの肉団子の研究の成果か、相棒?」

 アルカードの言葉に、グリーンウッドは返事をしなかった。代わりに少し気配が尖っている。

 室内の天井や床はそれまでと同じく、完璧な角型に切り出された石材を組み合わせたものだった。天井にはいくつか、換気のためか四角い穴が開いている――少し離れているので、覗き込んだときにどんなふうになっているのかはわからないが。

 足元に視線を落とすと、指くらいの太さの紐の様なものが床の上に這わされている。まるで無数の蛇の様にのたくりながら、演算装置らしき構造物と部屋の内壁をつないでいるそれは布の様なもので丁寧に被覆されており、実際になんであるのかは知識の無いアルカードには判然としなかった。

 壁の内部に埋め込まれる形で等間隔に設置されたチャンバー――これもウォード・グリーンウッドの研究成果だとしたら、調製槽ではなくて体質改善装置ということになるのだろうが、とにかく槽は奥の黒い柱状の物体の向こう側を除いて等間隔に配置されており、すべて同じ色の液体で満たされていた。

 壁の形状に合わせて内側に湾曲した板状の玻璃のパネルは磨かれた石英クォーツの様に透き通っており、二枚に分かれているにもかかわらず合わせ目は完全な気密を保っている様だった――なんと言っても、内部の液体が漏れ出していない。時折こぽこぽと気泡が昇っており、体をかがめて下から覗き込むと槽の上部の外からは見えない位置に液面があるのが見えた。

 槽の底には無数のスリットが放射状に開いており、どうもそこから培養液を噴出させることで内容液を撹拌しているらしい。隙間は斜めに角度がついていて、培養液は螺旋状に撹拌されているらしく液面は軽く渦を巻いていた。

 そしてその槽の内部には、ヒトガタを基本に背中に羽を加えた様な形状のモノが一基につき一体収まっていた。どういう仕組みになっているのか、液面に浮かび上がったりはせずに直立したまま槽の内部に浮かんでいる。

「これは――」

 玻璃のパネルの向こうに浮かぶ人型に目を留めて、視界を切り替える――皮膚と筋肉を透過して、槽の内部で漂う生き物の骨格や内臓が見えた。

 骨格や内臓の造りは、普通の人間とはかなり異なるものの様に見えた――特に相違が顕著なのは頭蓋骨と胴体で、後頭部は先細りの形状になっており、牙の様に湾曲しながら背中に向けて垂れ下がっている。胴体でもっとも顕著な差異は肋骨で、肋骨は十七対あり、すべてが胸骨につながっている。二の腕は異様に細く、腕は直立したまま指先が地面に触れそうなほどに長い。

 二の腕の細さに対して下腕部は異様に太く、手の甲の側には孔の様なものが開いている――となると、おそらくなにかを噴射する、もしくはなにかを格納するためのものだろう。頭部や胸部の骨格構造が異様に強固なことを考慮すると、これが戦闘用のキメラであることは間違い無い。

 頭部と胸部をもう少し観察するために視線を上げたとき、再度視界がちらついて、アルカードは顔を顰めた。

「どうした?」 グリーンウッドが声をかけてきたので返事をすると、

「ふむ――調製槽上部の機材やそこらへんの配線が電磁場を形成しているからな。スキャン視界にノイズが出るのはそのせいだろう」 グリーンウッドがそんな返答を返してくる。

 ということはやはりこの生物はキメラで、この槽は調製槽であるらしい――キメラというのは多かれ少なかれ試料となった現生生物の身体的特徴を備えているものだが、この調製槽の中にいるキメラにはアルカードの知る限りにおいてそういった特徴は一切見られなかった。

「俺の超感覚センスも、電磁場の検索はノイズがひどい。ここでは電磁場の検索能力はほとんど役に立たんな」 グリーンウッドがそんなことを言いながら、アルカードのかたわらまで歩いてくる。電磁場という言葉の意味もわからなかったが、とりあえず――

超感覚センス?」 尋ね返すと、

「極めて高い能力を持つ魔術師に発現する、その個体の適性に応じた索敵能力のことだ」

 グリーンウッドが先ほどの戦闘で周囲から魔力を集め始めたとき、地上部の建物が破壊されて外部とつながった穴から吹き込んできて床の上に溜まっていた水が沸騰していた――視界の外ではあったが沸騰する音ははっきりと聞こえたし、甲冑に火花が散り、彼自身の体温も上昇するのがわかった。さらに体重もその間だけ軽くなったり重くなったり、彼の手近にあった石材がまるで自重に押し潰されたかの様に粉砕されていた。最終的にはグリーンウッドの周囲の光景がゆがんで見え、そのあと強烈な衝撃波が発生したのだ。

 グリーンウッドに言わせると、精霊魔術師たちはこれをエレメンタル・フェノメノンと呼ぶらしい。本人の魔力の性質がもっとも親和性の高い物理現象が起こるらしく、大気魔力を集める際に地震の魔力と反応して発生する、いわば暴発的に発生する魔術であるらしい。

グリーンウッドの場合は周囲の重力の乱増減と空間歪曲、そして高周波電磁場――もうここまでくるとなにを言われているのかさっぱりだが――が発生するのだそうだ。

 春先の雪だるまみたいな顔をしているアルカードに噛んで含める様に説明をする気は無いらしく、グリーンウッドは続けてきた。

「どんなエレメンタル・フェノメノンが発生するかで、自分の魔力の性質と親和性の高い物理現象というのはおおむね把握出来る。俺の場合だと――さっき見ただろう――、重力制御と電圧操作に対して高い適性がある。普通であれば、エレメンタル・フェノメノンを起こせる魔術師はきわめて少ない――エレメンタル・フェノメノンは、莫大な量の精霊を一ヶ所に蓄積したときにしか起こらないからだ。そしてを起こせるだけの力量のある魔術師の中でも特に技量の高い魔術師は、発現を完全に抑え込んで暴発を起こさない」

「つまり、おまえはそれを起こせる術者の中じゃ技量で劣るほうだってことか?」

「俺の場合は電磁場と衝撃波が隙を補うための防御結界としてちょうどいいから、わざと抑制しないだけだ」 そう返事をして、グリーンウッドは曇りひとつ無い玻璃のパネルに指先を這わせた。

「で、話を戻すが――エレメンタル・フェノメノンを起こせる魔術師は、自分の魔術の適性に合わせた周辺状況の検索能力を獲得する。それが超感覚センスだ――俺の場合は物体が個別に有する引力によって発生する空間歪曲と、生物の脳幹が発生する電磁場を利用して周囲の状況を検索する。これは適性が同じでも、個体ごとに異なるらしい」

「らしい?」

「ファイヤースパウンには、エレメンタル・フェノメノンを起こせる――つまり超感覚センスを持つ魔術師があと六十人いるんだが」

「六十人もいるのかよ」

「ああ。で、そのうちふたりが似通った適性を持っていて、どちらも風に関係するエレメンタル・フェノメノンを起こす。だがふたりとも発生する物理現象も異なるし、超感覚センスの検索方法も違う」

 グリーンウッドはそう返事をしてから部屋の奥のほう、ちょうど扉と正対する位置にある黒い柱の様な構造物に視線を向けた。

「あれが俺の超感覚センスの視界で一番ノイズがひどい」

 その視線を追って柱に視線を向けて高度視覚に切り替えると、その一角のちらつきがことのほかひどいのがわかった――ちらつきがひどすぎてなにも見えないので、視覚を通常の可視光線視界に戻す。

「なんだ、ありゃあ?」

「ここの調製槽すべてを管制制御するための処理装置だろう」

 アルカードの口にした疑問に、グリーンウッドがそんな返事を返す。

「そう、それだ」

 アルカードが柏手を打つと、グリーンウッドがん?とこちらに視線を向けた。

「この遺跡、さっき遺跡と言ってたが、こういう調製槽といい天井の照明や暖房といい、機能はまだ生きてるんだよな?」

「ああ」

「警備装置のたぐいはどうなんだ?」

「これがそうだ」 グリーンウッドがそう返事をして、玻璃で出来たパネルを軽く拳の甲で叩く。

「たぶんな――ウォードの奴はキメラ研究の知識などほとんど無かったはずだし、奴の作品とも考えにくい」

「なんか秘儀を盗んだとかって話じゃなかったのか」

「キメラ研究の話じゃないのさ――そもそもファイヤースパウンには、キメラ研究などする意味が無い。どんなキメラを作ったとしても、精霊魔術師はほぼ同じ物理現象を再現出来るからな」 グリーンウッドはそう返事をしてから、調製槽の玻璃のパネルの脇に埋め込まれた、銅板を研磨して鏡の様に磨き上げたプレートに視線を向けた。

 顔が映り込むほど磨き込まれたプレートの表面に、なにやら無数の文字が浮かび上がっている。それらがなにを意味するものかはわからないが、次々とスクロールされて膨大な情報を見る者に提供している。アルカードにはさっぱり理解出来なかったが、グリーンウッドにはすぐにその意味が理解出来た様だった。

「死海の水か――いい水を使っているな」

「死海? イェルサレムの南東にある、『塩の海』か?」 アルカードの言葉に、グリーンウッドは感心した様に眉を上げた。

「よく知っているな」

 グリーンウッドいわく塩の海、死海の水は海水の十倍近い塩分濃度を有している。

 湖面の海抜は地上でもっとも低く、海面よりも四百ヤード以上も低い。すなわち、周囲からは水が流れ込む一方で、普通の川や湖の様に海に流出することが無い。

 年間降水量が極端に少なく、さらに気温は夏場でマテリウス温度で三百九十度から四百十度――魔術師たちが用いる独自の温度単位らしいが――、冬場でも三百六十度と、数字で言われてもアルカードには今ひとつピンとこないが非常に高い(※)。

 まあ実際に近くを通ったことがあるので、暑苦しいのは知っている――降水量が少ないために水が補給される量よりも蒸発によって失われる量のほうが多く、そのために塩分などの不純物は濃縮される一方であるらしい。

 ほかに類を見ない高濃度の塩湖である主だった理由は周囲の土壌に含まれていた塩分が雨で洗い流されたものがヨルダン川経由で流入したり、あるいは周囲の温泉からも塩分その他のミネラル分――鉄などの鉱物性の栄養分のことだそうだが――が大量に供給され濃縮された結果であると考えられている。

 それらの雨水や温泉水が流れ込んだそばから不純物だけを残して蒸発した結果、ほかに例の無い超高濃度の塩湖を形成するに到ったのだ。

 人体に鉄が含まれている? 眉をひそめるアルカードに肩をすくめて、グリーンウッドは先を続けた。

「そうだ。おまえに限らず今の人間の文明で明確に区別がつく金属成分はおそらく鉄や銅などの金属だけだと思うが、とにかくそういった成分が非常に多く含まれている。さっきも言ったがヨルダン川や雨などの水分供給量より蒸発によって失われる量のほうが多いから、いくら流れ込んでも水量は減る一方――結果、死海のミネラル分含有量は極めて高いんだ。その高濃度のミネラル分を含んだ湖水が、調製槽の培養液として非常に優れている」 そこでこちらが内容を飲み込む時間を作るためか、グリーンウッドは一度言葉を切った。

「そのままの湖水は塩分濃度が高すぎて使いものにならないが、脱塩した湖水を素材にした培養液はキメラ学上最高級の培養液だと看做されている。そこらの河の水を採取して作った培養液と比較するとキメラの出来、というか性能そのものも変わってくるが、調整期間が三分の一にまで短縮出来るんだ。調製成功率も変わってくる。キメラが専門の研究者なら、多少の手間や経費をかけても資材の一部にそろえようとするだろうな」

 なるほど。キメラの研究者にとっては最高の材料のひとつか――胸中でつぶやいて、アルカードは小さくうなずいた。そこでふと思いついた疑問を口にする。

「ところで、下世話な話題で恐縮だが」 アルカードはぴっとキメラの一体の下腹部を指先で指し示し、

「あれ、雌雄の区別は無いのか?」

 見た限り、キメラの体内には生殖器やそれに近い器官は存在しない。そもそも消化器官も省略されており、少量は液体で摂るのか腸の一部だけが異様に長い。心臓は腹部にあって、胸郭内部の空いた空間はすべて肺が占めている。あれがオスであれメスであれ、生殖器らしい器官は見当たらなかった。

「キメラは基本的にすべて牡だ――牡しかいないのに牡という言い方をするのは妙な話だが」 グリーンウッドはアルカードの視線を追う様にして調製槽内部のキメラに視線を向け、

「胎生生殖生物をベースに作られたキメラは、ベースになった生物の牝を襲って妊娠させることで繁殖する。人間が基本のキメラなら、人間の女を襲って繁殖するということだ」

 ただし人間の交配と違って、キメラはメスの体に子種を送り込むわけではない。キメラは交配の相手の胎内に子種ではなく、そのまま胎内で定着すると自分と同型のキメラに成長する卵――グリーンウッドは胚と呼んだが――を挿入する。要するに温めるとひよこが生まれる有精卵の様なものらしいが、とにかく彼らはそうすることで交配の対象となった女の胎内で母親の特徴を受け継がない完全な自分の複製を育てさせるのだ。

 ではなぜ母体が必要なのかというと、母体は卵が単独で行動可能な状態まで成長するまでの間栄養分と熱量を供給するための、言ってみれば孵卵器として機能する。

 特に戦闘用のキメラは成長が早いから、ある程度の段階に到達すると、母体の腹を喰い破って生まれてくることが多い――生まれた赤ん坊は母親の死体を喰い散らかして、初期の成長に必要な食糧を確保するわけだ。

「無駄の無いこった」 嫌悪感に口元をゆがめて、アルカードは小さく息をついた。

「いろんな意味でひでえな」

「ただ、ここにいるキメラには雌雄の区別は無い――繁殖能力を持つキメラは、一体一体がすべてカスタム・メイドだ。これだけ同じ型のキメラを大量に制作するのは、機能情報の刷り込みを使うためだろうな」

「なんだ、それ?」

「同じ型のキメラすべてに平均的な能力を持たせるために、脳に刷り込む情報です」

 それまで黙って男ふたりの会話を聞いていたセアラが、横からそう答えてくる。

「たとえば手足の動かし方、歩き方、想定された状況に対応するための判断の基準や結論、それに人間の言葉や、特定の人物に対する絶対服従。ここにいるキメラたちは赤ん坊と同じで、『槽』から出されても満足に武装も使えないし体を動かすことも出来ません。そういう生まれたてのキメラたちを即戦力にするために、まだなにも記憶してない脳に必要な情報を書き込むんです」

「ふむ」 彼女の言っていることを正確に理解出来ているかどうかはわからなかったが、アルカードはうなずいた。

 

   †

 

「ふむ」 セアラの説明を正確に理解しているかは彼女にはわからなかったが、とにかくアルカードはうなずいて、

「つまり、体は大人、頭脳は赤子なキメラどもに体の動かし方や戦い方を覚えさせて、平均的な能力を持つ即戦力に仕上げるために、ということか?」 そんな言葉を口にする。合理性を重んじる兵隊気質の表れだろうか、実際的なことになると理解が早いらしい。

「そうです。カスタム・メイドのキメラは能力も形態もバラバラなのであまり意味は無いんですけど、量産型のキメラは能力も形態もみんな似通ってますから」

「なるほど」 アルカードはうなずいて、かたわらのグリーンウッドとセアラの肩を軽く叩いた。

「移動しよう。こいつらが動き出す前に――」

 奥へ、と言いながら踵を返したところで、アルカードが動きを止める。再び調整槽のほうを振り返った彼の視線を追うと、調製槽の内部の培養液が無数の気泡とともに、嵩を減らしていくところだった。

「しまった。警報が作動したか?」 アルカードのつぶやきに、

「さて――警戒装置に発見されたらしいな。残念ながら、ここはこれだけの数のキメラを相手にするのに十分な広さだとは言えん」 セアラに扉のほうへ移動する様に手で促しながら、グリーンウッドがそう返事をする。

 調製槽から離れて距離を作り直す男たちふたりの視線の先で、硝子のパネルが壁の裏側に吸い込まれる様にして左右に分かれて格納され始めた。

 キメラ学の知識はさほど無いが培養液が相当比重が重くそのぶん浮力が強いのか――これは死海の水をベースにしているという点を鑑みれば、納得の出来ることではある――、あるいはそういう仕組みにでもなっているのか、それまで培養液の中に直立したまま浮かんでいたキメラの体が培養液が抜かれたことで重力の扼に囚われ、調製槽の底にうずくまる様にして崩れ落ちる。

「よう――お目覚めの気分はどうだ?」 アルカードの軽口が、理解出来たのかどうか。

 キメラがその場でのそりと立ち上がり、調製槽の外へと出てくる。彼――彼?――は同じ様に自力で、あるいはまだ立ち上がれずに赤子の様に這いながら調製槽の外に出てきている仲間を順繰りに見遣ってから、この部屋の中にいる同族以外の相手、つまりアルカードたち三人に視線を向けた。

「数が多いな」 気楽にぼやきながら、アルカードはセアラの肩に手をかけて自分のほうに引き寄せた。

「どうする?」

 グリーンウッドが――特に緊張も感じられない声音で――そう問うてくる。アルカードは肩をすくめ、

「すたこらさっさと逃げ出してもいいんだがな――」 そのままセアラと入れ替わりに前に出ながら、アルカードは左腰に吊った曲刀の鞘を剣帯から取りはずした。剣の刃渡りと腕の長さの関係で、剣帯から下げたままだと抜けないのだろう。

 身の丈ほどもある漆黒の曲刀を抜き放ち、金髪の吸血鬼は笑みの混じった声で、

「立ち止まったときに大挙して襲いかかられるのはぞっとしねえな」

 きゅー……きゅー……という呼吸音とも鳴き声ともつかぬ音を立てて、キメラが数体こちらに向き直る。

 みしりと音を立てて曲刀の柄を握り直し、アルカードはさらに一歩を踏み出した。


※……

 夏場で四十度弱、冬でも二十度を下回らないそうです。

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