In the Flames of the Purgatory 24

 しかしこのアモンの場合、動力源になっているのは内部に蓄積された魔力ではなく、地獄にいるアモン本体から魔法陣越しに直接供給される魔力だ――要するにガーゴイルが乾電池で動いているのに対してこの動く石像は家庭用電源で動いている様なもので、アモンの本体が魔力供給を絶たない限りガス欠を起こして止まることは無い。逆に言えば、アモンの魔力供給が途絶えれば活動を継続するのは不可能だということでもあるのだが。

 だが実際問題として、アモンの魔力供給を中断させるのは今の状況では難しい。無論、アモン本体が魔力供給を断念せざるをえないほどに消耗すれば別だが――あの石像越しではアモンはたいした力を振るえないが、逆にこちらから与えられるダメージも知れている。

 簡単に言えば今の状況は、手を入れて動かす腹話術の人形を針でつついている様なものだ。

「どうするよ」

「魔法陣を壊したほうが早そうだな」 バーンズの誰にともないつぶやきに返答を返したのはグリーンウッドだった。

「見たところあのアモンを召喚するための魔法陣を維持しているのは、この結界を維持しているのと同じ魔術装置だ――魔術装置を破壊すれば、あの魔法陣も維持出来なくなる」

「それをしたらどうなる?」

 ライルの問いに、グリーンウッドは肩をすくめた。

「さっきも言ったが、魔界と現世の間の通り道としての『門』を構築し、それを維持しているのは魔術装置だ。この城は地脈の『点』の真上に存在する。精霊――『点』から放出されて大気に溶け込んだ魔力や大気に溶け込む前の魔力を装置の機能で集めて、それであの個人レベルでは到底不可能なほどの強力な結界や、魔界と現世をつなぐための召喚陣を維持している。その装置を破壊してしまえば『門』が閉じて、電源ケーブルのプラグを抜かれたあの筐体は機能を停止する」

 その言葉にうなずいて、レイル・エルウッドはベルルスコーニに視線を向けた。

「ベルルスコーニ――おまえとシャルンホストのふたりで、魔術装置を破壊してきてくれ。こっちの時間稼ぎは私たちがやる」

「場所がわかりませんが」 ベルルスコーニの言葉にレイル・エルウッドは溜め息をついて、

「だそうだが――見当はつくか、先生?」 グリーンウッドに視線を向けると、彼はぴっと一角の建物を指差した。

 普通の城であれば城主が住まうであろう、三階建ての大きな館だ。おそらく魔術師の集団であるアルマゲストにおいては、実験施設として使われているのだろうが――

「あの建物の真下だ――結界の発生の中心があの建物の真下にある。装置による定置式の結界は通常、必ず装置が結界の中心になるから、あの館の内部かその地下に装置がある――結界の形状を考慮すると、今いるこの庭よりも低い位置だ」

「近づけるのか?」 ベルルスコーニが問いを投げながら、アモンが振り回して縦に叩きつけてきた尻尾を躱す。

「定期的にメンテナンスが必要になるからな。人が近づくための通路はあるはずだ――装置の魔力が強すぎて、装置の直近に空間転移で移動するのは無理だからな。物理的な移動で、直接接近するための通路があるはずだ」

 なるほど――まだアルカードの弟子として教授を受けていたころのことを思い出して、レイル・エルウッドはひとり納得した。

 魔力の強い存在が近くにいると周囲の精霊の動きが不安定になって、大規模な魔術は『式』の稼働に乱れが生じる。

 空間転移の様な大規模な魔術は自分自身の周囲の精霊だけでなく転移目標の周囲の精霊を利用するので、精霊の状態が不安定になっているとそれだけで正常に動作しなくなるのだ――おそらく大悪魔を一部だけとはいえ召喚し、同時にグリーンウッドでさえ解体出来ない様な大規模な結界を構築し維持する。これだけの大規模な魔術を制御する魔術装置ともなれば、周囲の精霊はまるで大時化の海の様に乱れに乱れているだろう。

 空間転移など試みようものなら、転送先で復元された際に正常に復元されず、五体がばらばらになった状態で復元される可能性すらある。一番安全なのは、魔術を使わず徒歩で接近することだ。

「ブラックモア、おまえも行け」 レイル・エルウッドの言葉に、ブラックモアがなにか言いたげにこちらに視線を投げてくる。レイル・エルウッドはかぶりを振って、

「あの館の内部には、ほかの魔術師やさっきの鎧、それ以外のキメラもうようよいるだろう。集団を一度に捌くのには、おまえの武器が一番向いている」

「わかりました」 小さくうなずいて、ブラックモアはベルルスコーニとシャルンホストのふたりと視線を交わしてから館に向かって走り出した――それを見送って、ゆっくりと笑う。

「これであとはあの三人の働き次第、か」

「だな――この場にヴィルトールがいるならともかく、俺たち四人であれを物理的に破壊するのは少々骨だからな」 グリーンウッドがそう言って、適当に肩をすくめる。

「まあ、俺たちに出来るのは時間稼ぎだけだな――あれは魔法陣が消えたら、それほど長く持たないんだろ?」 ライルがグリーンウッドに視線を向けて、そう尋ねる――その言葉を受けて、グリーンウッドはうなずいた。

「あれは本体からの魔力供給を受けて動いているだけで、魔力を蓄積する機能は無い。有線式の掃除機の様なものだ――コンセントからプラグを抜けばそれまでだ」

「了解、と。じゃあ行こうか」 魔術師らしくない喩えに小さくうなずいて、ライルが千人長ロンギヌスの槍を肩に担ぎ直す。ブラックモアから制御を引き継いだ聖典縛鎖を、ライルは聖書のページに戻して手元に引き戻した――そのうちの数枚をまとめて掴み止め、腕の長さほどの刃渡りの長剣を形成する。

 レイル・エルウッドも手を伸ばして息子の周囲を羽根の様に舞う聖書のページを数枚掴み止め、その制御を受け取って、指先から肘まで程度の長さの小剣を構築した――別にこちらの話が終わるのを待っていたわけでもないだろうが、体勢を立て直したアモンが後ろ半身を引きずりながら前肢だけで走ってこちらに突っ込んでくる。

「……くるぞ!」 警告の声をあげると同時――レイル・エルウッドは地面を蹴った。

 本来の能力はまるで発揮出来ないとはいえ、数十トンもの石の塊が突っ込んでくるのだ。突進をまともに受けただけでも、バラバラにされてしまうだろう。

 無論警告されるまでもなく――残った四人全員が散開する。前肢だけでシャカシャカと器用に走り込んだアモンが、目標をはずして彼らの背後にあった瓦礫の山――グリーンウッドが破壊したベルクフリートの残骸に頭から突っ込んだ。

 はっきり言ってしまえば、この動く石像そのものはさしたる脅威ではない――無論破壊力はすさまじいものがあるが、巨大であるがゆえに鈍重だ。

 アルカードに教授を受けた者たちは、皆巨体を脅威とは考えない――巨大であることそのものは脅威だし破壊力も侮れないものがあるが、それだけだ。当たらなければどうということもない――的が大きいぶん、雑に撃っても相手に攻撃が当たる。アルカードがこの場にいれば、図体がでかいうすのろよりも小さく俊敏な相手のほうがはるかに恐ろしいと断じるだろう――弱体化した今でも身体能力はさほど落ちていない彼は、おそらく今の状態でも運動能力だけでアモンを圧倒するだろうから。

 胸中でつぶやいて、レイル・エルウッドは動きを止めたアモンの筐体に殺到した。霊体武装レーヴァンテインを消して――普段鞘に納めているのはに見せかけるためであって、それ以上の意味は無い――、先ほど構築した小剣にありったけの魔力を注ぎ込む。

 護剣聖典の最大の利点は、遣い棄てが利くということだ――ページが手元に残っていれば、あるだけ使っていくらでも剣のストックを構築出来る。回収を考える必要が無いから、引き抜く手間がかからない――適当に引っ掻き回して時間を稼げば上出来という状況では、これほど便利なものも無い。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァラァァァァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに、レイル・エルウッドは逆手に握った小剣をアモンの筐体に突き立てた――絶大な防御能力を誇る魔力強化エンチャントではあるが、接触面積が小さければ小さいほど突破されやすい特徴がある。

 指先を軽く押しつけても紙は破れないが、針の尖端を同じ力で押しつければ容易に紙を貫くのと同じだ――強烈な激光が視界に残像を残して、同時に魔力強化エンチャントを突き破った小剣の鋒が石の筐体に喰い込んだ。

 アモンの巨大さからすれば、針で突くかのごとき攻撃ではある――さらに言えば、この石像はアモンの本体ではない。だがそれでもアモンの本体と魔力回路パスを通して接続されているために攻撃を受けていることはわかるのだろう、アモンは石像は怒り狂ったかの様に手にした尻尾を振り回して周囲の建物のいくつかを薙ぎ倒し幾度と無く前肢を踏み鳴らして、そのたびに城の敷地を激震させた。

 ごうっとという大量の空気が押しのけられる重い風斬り音とともに、アモンの振り回した尻尾が肉薄する――軽やかにバックステップしてその一撃を躱し、ライルが手にした撃剣聖典を投げ放った。鋒がアモンの頭部に命中し、純白の激光とともに火花を散らす――が、狙いが悪かったのか曲面に弾かれて、あさっての方向に飛んで行ってしまった。

 アモンがそれにはかまわず、再び尻尾を背中越しに地面に突き込む。目標はライルだ――バックステップの最中に問題が起きたのか踏鞴を踏んで、そのために後退動作が致命的に遅れている。

 本人もそれを自覚しているのか、小さなうなりが聞こえてくる――彼が体勢を立て直すよりも早く、アモンが突き下ろした尻尾の尖端がライルへと肉薄した。

 

   †

 

 表面をかすめて火花を散らす撃剣聖典にはかまわずに、アモンが長大な尻尾を持ち上げる。蠍の尾の様に背中越しに突き込まれてくる尻尾の尖端を目にして崩れた態勢を立て直そうと躍起になりながら、エルウッドは小さなうめきを漏らした。後退動作の最中に、進行方向に大きな土塊が落ちていたのに気づかずに踵からつまずいたのだ――おそらく先ほどまでの戦闘中にアモンが巻き上げたものだろうが、そのせいで着地の態勢が悪い。

 ――避けられん!

 覚悟を決めて、エルウッドは手にした千人長ロンギヌスの槍の柄を握り直した。回避が不可能なら、真っ向から迎え撃つしかない。

 だが――

「――伏せろ」 落ち着いた声が背後から聞こえ――とっさに指示に従ってそのまま状態を沈めたエルウッドの頭上を、風斬り音とともに重いなにかが通り過ぎてゆく。

 果たして通り過ぎていったのは、雷華を纏わりつかせた巨大な玄翁ハンマーヘッドだった。

 ブレンダン・バーンズの手にした霊体武装、大地を砕く雷神の槌ミョルニルだ――大人の頭ほどもある巨大な玄翁がアモンの突き下ろした尻尾の尖端と衝突し、周囲に激しい電光を撒き散らす。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに、バーンズは手にした戦槌をそのまま水平に振り抜いた――魔力強化エンチャントが衝撃を処理する際の激光とともに、軌道を変えられた尻尾の尖端が地響きとともにすぐそばの地面に突き刺さる。

「おお、こりゃあすごいね」 楽しげに軽口を吐いて、バーンズが大地を砕く雷神の槌ミョルニルを構え直す。

「動きを止めろ!」 そう声をあげて、バーンズが地面を蹴った。

 ベルクフリートの残骸に顔面から突っ込んだアモンが、前肢を突っ張って体を起こしている――その前肢が左右まとめて足払いを喰らった様に前に向かって払われ、巨石像は腹からびたんと地面に崩れ落ちた。誰の仕業かはわからない――だが魔術式が見えたから、おそらくグリーンウッドだ。

 体勢を立て直そうとアモンの筐体が暴れるたびに、ズシンズシンと地面が揺れる。バーンズは走りにくそうにしながらアモンの頭部へと殺到し、巨大な頭部に大地を砕く雷神の槌ミョルニルを叩きつけ――るよりも早く、バーンズの巨体は足元の地面ごと宙に投げ上げられていた。

 地面が爆発したかの様に弾け、アモンの尻尾が屹立する――少し離れたところで、アモンの尻尾が注射針を刺すときの様に斜めになって地面に突き刺さっている。頭のそばまで尻尾の地面にもぐりこませてから、先端を上に向かって一気に跳ね上げたのだ。

 上空に放り出されたバーンズの巨体がうおおおお、という声と一緒に遠くなっていく。

 だが次の瞬間、吹き飛ばされていくバーンズの体が突然空中で軌道を変えた――まるで突然紐かなにかで繋ぎ止められたかの様に動きを止め、そのままアモンの頭上に落下していく。

 おそらく鋼線かなにかだろう――アルカードは自分の弟子たちに対して、空中機動の技術として鋼線の扱いを教えている。敵を引き寄せたり拘束したり、あるいは自分が敵に接近したりといった使い方のほか、そのまま輪切りにする様な真似も出来る――無論、相手に絡みつかせて吹き飛ばされる自分の体の動きを止める様な使い方もだ。

 続いて空中で落下していたバーンズが、両手で保持した大地を砕く雷神の槌ミョルニルを眼下のアモンに向けて突き出し――同時にそれまで晴れていた空が一気に黒雲に覆われ、次の瞬間バーンという雷鳴の轟音とともに落雷がアモンへと突き刺さった。

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