In the Flames of the Purgatory 25
北欧神話に登場する雷神トールの持つ
ただし雷雲を招き寄せた状態を保つことが出来ないため発動に時間がかかり、また天候によって発動までの時間にばらつきがあるという欠点もある。
バーンズはそのままアモンの頭上に落下し、梟を象った頭部に手にした戦槌を叩きつけた。巨石で作られたアモンの筐体を覆う
「――怖い怖い」 アモンの手にした尻尾の先端に腰かけて、いつの間に抜け出したのかバーンズがゆっくりと笑う。
振り払おうとアモンが振り回した尻尾の上から飛び降りたバーンズが、エルウッドのかたわらに着地した。
「無事か?」 レイルの問いに、バーンズが手にした
「問題無い」 バーンズはあらためてアモンのほうを見遣り、
「自然の雷と同じ落雷じゃ駄目だな。通電時間が短すぎる」
ある程度予想はしていたのだろう、バーンズはあわてもしなかった。
「あんたの
エルウッドの問いに、グリーンウッドがふむと声をあげる。次の瞬間地面にぱちぱちと火花が走ったかと思うと、蒼白い電光が視界を塗り潰した。
ガラガラガラバーンという轟音が耳を聾し、同時に地面から天空へと駆け登った雷撃がアモンの筐体を飲み込んで、空に残った分厚い雲へと突き刺さる。
電光は瞬時には収まらなかった。まるで永遠に続くのかと思えるほどの長時間蒼白い閃光が周囲を照らし出し、やがて閃光と轟音の残響が収まったときにはアモンの周囲の地面は火山の火口のごとくに煮え滾る熔岩と化している。
これぞ
本物の雷と同等規模の雷撃を三十秒以上も持続して、地上に存在するあらゆる物質をジュール熱により分解・消失せしめる文字通り究極の破壊魔術のひとつだ。
同時に強烈な衝撃波が押し寄せて――はこない。おそらくグリーンウッドが自分たちが影響を受けない様に、防壁を構築したのだ。
防壁の強度もさることながら――
なんという威力――否、驚嘆すべきは破壊力ではない。エルウッドを心胆寒からしめたのは彼に声をかけられてから術式構築、発動まで一秒とかからなかったという事実だった。
あまりにも展開から発動までが早すぎて、エルウッドには構成式がいつ展開したのかさえわからなかったのだ。
ちょっとした鬼火程度ならともかく、最秘奥に属する
『敵には回せない』――さすがに、アルカードがそう評するだけのことはある。
ゆうに数十秒も続いた雷撃は、文字通りの灼熱地獄を顕現させていた――衝撃波と熱を防御結界が遮断していなければ、こんな城などひとたまりも無く吹き飛んでいただろう。防御結界の中で強烈な対流が荒れ狂い、透明の結界の向こう側の景色は内部の対流が激しすぎてまともに視認出来ない。防御結界を境にまるで護岸された水辺の様に、たゆたう熔岩と無事な地面がはっきりと分かれていた。
が――
「駄目か」 グリーンウッドがそうぼやく。溶融してオレンジ色の光を放つ地面に対して、防御結界の中に閉じ込められたアモンはまるで損傷した様子が見えなかった。足や腹、尻尾などの熔岩と化した地面に触れている箇所だけが連続的に閃光を放っているのは、入力される熱を光と音に変換して逃がしているからだ。
「あれを凌いだのか?」
「凌いだというか――そのまま光と音に変換して逃がしたらしい」 レイルの質問に、グリーンウッドがそう返事をする。
子供が川遊びをする様に熔岩の中に身体を浸しながら、アモンの筐体が防壁を破ろうと頭を叩きつけている――次の瞬間、アモンの体の沈み具合から察するに深さ五十センチほどの溶融池が瞬時に冷え固まり固体化した。
そのままだと追撃が仕掛けられないので、グリーンウッドが防御結界の内部の温度を下げたのだろう――あるいはそのまま固まった地面の中に閉じ込めて、動きを封じられると思ったのかもしれない。当然一体の岩石状に固まった土の中に体の一部を閉じ込められる結果になり、アモンが振りほどこうとしてもがき始めた。
一度完全に溶けて再び固まり、岩盤の様になった地面に亀裂が走り、アモンの筐体が岩盤の中に閉じ込められた前肢や尻尾を引き抜く。
前肢や体の下側に岩塊の細かな破片をこびりつかせたまま、アモンの姿を象った巨石像は再び動き始めた。
さて――
グリーンウッドが言ったとおり、現状の戦力でアモンの筐体を破壊するのはなかなか難しい――グリーンウッドの
ならば敵の戦力を減らすよりも、適当に引っ掻き回して時間を稼ぐのに専念したほうがいい――適当に小突き回して、ちょろちょろ逃げ回るのが正しいやり方だ。
「問題はアンソニーのほうだが――」 同世代の兄弟弟子の名を口にしかけたところで、エルウッドは小さくうめいた。それまで父を追い回していたアモンがこちらに向き直り、尻尾を持ち上げている。尖端にくっついた岩塊がステゴサウルスの棘の様に見えた。
防御結界の内側に尻尾の先端がズガンと音を立てて激突し、グリーンウッドが小さなうめき声を漏らす――なにしろこの男が使うのだ、おそらくきわめて強固な結界なのだろうが、あのアモンの筐体も桁はずれに強力な
二度目の打擲で尻尾にこびりついた岩塊が砕け、三度目の打撃で結界が崩壊する――否、砕ける前にグリーンウッドが解いたのだろう。
「――散れッ!」 バーンズの号令に、体はごく自然に反応していた――たがいに突き飛ばし合う様にして距離をとり、真直に振り降ろされた尻尾の軌道から身を躱す。
ちっ――グリーンウッドが顔を顰めながら舌打ちを漏らし、右手を水平に伸ばす。伸ばした人差し指の先からみっつの小さな光の球が飛び出し、伸ばした指先の周りを高速で旋廻し始めた――球体が発する光は指先の周囲を公転するうちにどんどん強くなり、やがて眼もくらむ様な強烈な激光を放ち始めた。
「全員離れろ!」 グリーンウッドの指示に、残る三人はすぐさま反応した。あれは彼らの知らない魔術だ――『
グリーンウッドが右手を振って、指の周囲を高速で公転する光球を投げ放つ――三個の光球は子供の落書きの様にそれぞればらばらの軌跡を描いて、アモンの筐体へと襲いかかった。
光球が次々とアモンの筐体に着弾し、次の瞬間爆発が起こる。強烈な爆風は、同時にグリーンウッドが構築したらしい防御結界に阻まれて彼らには届かない。
一発一発が街ひとつを吹き飛ばせるのではないかと思わされるほどの大爆発だったが、アモンの筐体に這わされた
「あれでも駄目なのか」 小さく毒づくレイルに、
「長期間通電も駄目、爆発も駄目、なら――次はこれでいこうか」 グリーンウッドがそう返事をしておもむろに右手を脇に引きつけ、そのまま貫手を突き出した。
同時に針の様に細く絞り込まれた衝撃波が轟音とともにアモンの筐体へと突き刺さり、次の瞬間
「お、入ったな」 バーンズがやっとかという口調で、そんな言葉を口にした。
「一応入ったが――これだけで仕留めるのは難しそうだ」 グリーンウッドがそう答え、再び身を起こしたアモンの巨石像に視線を据えて油断無く身構える。
「かなり弱体化はしているはずだが――五百年前に、俺とヴィルトールで徹底的に痛めつけてやったからな――、筐体越しだと奴が振るえる力も小さいが、奴に通るダメージも小さい。あの程度なら、針で刺された様なものだ」
ごうっという重い風斬り音とともに、アモンが尻尾を振り回す。地面を撫でる様な軌道で撃ち込まれてきた尻尾が、無事に残った石畳を削り取りながら肉薄する。
撥ね散らかされた土砂が視界を穢す――細かな破片が目に入りかけたのを避けるために目を細めながら、エルウッドは地面を蹴った。後肢を持たないためにストレッチの様な姿勢で前肢だけで立っているたアモンの攻撃は、一撃一撃の破壊力こそ侮れないが隙が大きい。
軌道も単調で至極読みやすい――グリーンウッドの言うとおりあまり精密な制御が出来ないからなのか、アモンの動きはごく単純なものだった。後ろ半身が蛇の尻尾になっているのでお世辞にも俊敏な動きとは言えないし、体を支えにくいから前肢も攻撃に使えない。尻尾の攻撃は振り回すか背中越しに突き下ろすか、ちょっと裏をかかれたのが足元の地面の下に尻尾を潜り込ませてそのまま跳ね上げる攻撃だ。
アモンは炎を操る悪魔だと言われているが筐体ではその力を振るえないらしく、火を吐いたりといった攻撃を仕掛けてくる様子は無い――グリーンウッドは以前アルカードとともにアモンと戦った経験があると言っていたが、その話はエルウッドもアルカードの口からじかに聞いたことがある。今回の様に筐体と戦うのではなく、
「ライル! 躱せッ!」 思考を遮ったのは、レイルの警告の声だった。
気づいたときにはすでに遅かった――横殴りに振り回した尻尾を、アモンが今度は逆の軌道で横薙ぎに振り回したのだ。
間合いをはずして躱すのは間に合わない。
まずい――エルウッドは魔力こそそれなりに強いものの、アルカードやベルルスコーニほどには巧みに『楯』や『矛』を扱えない。直撃を受ければ、いかな強靭な肉体を持つエルウッドといえどもバラバラにされるだろう。だが――
覚悟を決めて
盛り上がった土砂がそのまま砂時計の中の砂の様に上に向かって落ちていき、地面に下半身を沈めた全高二十メートルほどの人型の上半身を形成する。
おそらくグリーンウッドの仕業だろう。これが出現する直前、背後で巨大な魔術式が展開するのが感じられた。土を材料にした巨大なガーゴイルかゴーレム、あるいは土砂を触媒にしてなにか魔物でも召喚したのか。
おそらくは術者が直接魔術で制御するタイプのガーゴイルだろう――あらかじめ定められた設定に従って自律行動する普通のガーゴイルと異なるのは、術者が直接制御しているために複雑な挙動が可能なことだろうが。
「やれ」 グリーンウッドの号令とともに――
象でも握り潰せそうなほどの巨大な掌で尻尾を受け止めた土塊の巨人が、空いた左拳をアモンの頭部に向けて叩きつけた――ビル解体用の鉄球が直撃したときの様な轟音と地響きとともに
土塊の巨人は右手で掴んだ尻尾の先端を強く引きつけてアモンの体勢を崩し、同時に自分の体をひねり込んだあと、左肘を大きく振り回す様にして勢いをつけながらアモンの顔面に今度は右の鈎突きを撃ち込んだ――大きく体勢を崩し地面に倒れ込んだアモンの巨体に危うく潰されそうになり、あわててレイルが後ずさる。
地響きとともに横倒しに倒れ込んだアモンの巨石像が、そのままの体勢で尻尾を振り回した――うなりをあげて振り下ろされた尻尾が土砂と岩塊で出来たガーゴイルの頭部を叩き潰し、胸郭の半ばまでまっぷたつに引き裂く。
が、次の瞬間には胸元までまっぷたつに叩き割られたガーゴイルが再び動き出していた――叩き割られた上半身が尻尾の先端を白羽取りにした両手に変形し、肩のあたりが盛り上がって新たな頭部を形成する。
土塊の巨人はそのまま槍の穂先を横あいに押しのけて、再び左拳をアモンの頭部に叩きつけた――別にあの石像は内部構造に脳や内臓があるわけでなし、どこを攻撃しても効果はそう変わらないだろうが。
さらにそのまま土塊の巨人は倒れ込んだアモンの体にのしかかり、破壊しにかかった――倒れ込んだアモンの頭を抑え込み、前肢を掴み外側にひねって捩り折りにかかる。その光景に、バーンズが下手糞な口笛を吹いた。
「すげえな」
「否――」 ガーゴイルを直接制御しているために脳に負担がかかっているのだろう、頭痛をこらえているときの様に顔を顰めて、グリーンウッドがかぶりを振った。
「どうだろうな」
グリーンウッドの視線を追って土塊の巨人に視線を向けると、ちょうどアモンが突き込んだ尻尾に胸部を貫かれたガーゴイルの体が音を立てて崩れたところだった――胸部だけでなく頭部や腕にも穴が開いている。尻尾の先端で背中から滅多刺しにされ、修復と制御が追いつかなくなったのだろう――アモンの筐体の尻尾には
地面に大量の土塊が落下し、続いてガーゴイルの腕を振りほどいたアモンが水平に尻尾を振るう。その一撃で土塊の巨人の胸から上が丸ごと吹き飛ばされ、さすがに筺体を維持出来なくなったのかガーゴイルはそのまま土砂の山になって崩れ落ちた。
自分の脳を使ってガーゴイルを直接制御していたために術式が崩壊する際の反動がきたのか眉間の皺をさらに深くしながら、グリーンウッドが小さく舌打ちする。
「楽出来るかと思ったが、駄目か」 小さく溜め息をついて、エルウッドは
「ま、人間楽を覚えると腐るもんだしな」 気楽にそう答えて、バーンズが手にした霊体武装で軽く肩を叩く。
「それにこっちは気楽なもんさ、ライル坊――当たりさえしなけりゃ、ほっといても片がつくんだしな」
「そりゃそうだ」 うなずいて――エルウッドは地面を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます