The Evil Castle 41

 だが――

 

 シィッ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードはタイラントが振り翳した腕を振り下ろすよりも早く掌打を突き込んだ――キメラの胸元に突き刺さった塵灰滅の剣Asher Dustの柄頭に、渾身の力を込めて掌を叩きつける。筋肉に阻まれて止まっていた塵灰滅の剣Asher Dustの刃が撃ち込んだ掌によってまっすぐに押し込まれ、まるで金槌で打たれた釘の様に喰い込んで胸郭を貫通する。肺か心臓を貫いたのだろう、タイラントの叫び声に嗽の様な水音が混じった。

 ギャルルルアアアッ!

 上体を仰け反らせて、タイラントが凄絶な絶叫をあげる――キメラがまだ無事な電撃爪を振り翳すのを目にして、アルカードは鋭く鼻で笑った。

 左腕を鎧う万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsがどろりと溶け崩れてその形態を維持することを放棄し、液状化して足元にしたたり落ちる。足元で銀色の水溜まりを形成した水銀はその水溜まりが左足を鎧う具足に触れるや否や、左足の具足と一体化して取り込まれてしまった。

 バヅンと音を立てて左腕の下膊を鎧う籠手のベルトストラップがに耐え切れずに弾け飛び、床の上に落下してばちゃりという音とともに水を跳ね散らかす。左手の拳を鎧う拳甲が不定形の形状に戻った左腕をすり抜けて足元に落下し、同じ様に水を跳ね散らかしてばちゃりと音を立てた。

 そうしてあらわになった左腕は、もはや人間のそれの外観をとどめてはいない。まるで子供の粘土細工に銀色の塗料を塗りたくった様な不格好な塊状に変化した左手が、袖口から顔を出している。

 ブチブチと音を立てて、外套の袖が縫い目から裂けてゆく。仕込まれたチェーンメイルとスペクトラ・シールドがひとたまりもなく引きちぎられ、その袖に通された左腕がアンダーウェアを引き裂きながら膨れ上がり、一度水銀の様な液体金属の塊になってから鋭利な鈎爪を持つ装甲に覆われた腕へと変貌を遂げた。

 咆哮とともに、タイラントが電撃爪を振り下ろす――その一撃を、アルカードは人間の腕に擬態するのをやめて本性を顕した異形の左腕の貫手で迎え撃った。

Iyyyyyyyraaaaaaaaaaaイィィィィィラァァァァァァァァァァッ!」

 電撃爪の尖端と、鈎爪の尖端が衝突する――憤怒の火星Mars of Wrathを構成する模擬複合合金は完全な絶縁体で、左腕で触れる限り感電することはまず無い。アルカードに電撃が流れないことに気づいてタイラントが顔をゆがめ、そしてそれよりも早く金属質の電撃爪が火花とともに砕け散った。

 アルカードの鈎爪の尖端がとっさに手を引っ込めようとしたタイラントの掌に突き刺さり、そして筋肉を、腱を、骨を引き裂きながら切り進んでいく。大量の血が飛び散り、タイラントの喉から豚の様な悲鳴がほとばしった。

 肘のあたりまでずたずたにされた腕を引きずりながら、タイラントが後方に跳躍する――だが次の行動を起こすより早く、タイラントは着地にしくじってその場で尻餅を突く様に転倒している。

 回転しながら投げつけられた千人長ロンギヌスの槍の穂先で、両足首を切断されたのだ――分解酵素の働きで溶け崩れてゆくキメラの屍に囲まれて、ライル・エルウッドが投擲直後の体勢のままこちらに視線を向けている。

 もう数体しか残っていなかったのでキメラの始末を任せたが、どうやら首尾よく残るキメラを全滅させたらしい。

「仕留めるぞ――動きを止めろ!」

 端的な指示に、エルウッドが心得たとばかりに行動を起こす。どこに隠し持っていたのか、エルウッドは一円玉くらいの大きさの金属片をひと掴み、ぱっと頭上へ投げ上げた。

 無論ただの金属片でもなければ、小銭でもない――小銭くらいの大きさの金属片へと変化させていた、聖典戦儀だ。身の回りの物に偽装して聖典戦儀を持ち歩くのは、聖堂騎士のよくやる秘匿携行だ――レイル・エルウッドやアンソニー・ベルルスコーニの様に、銃弾の弾頭に変化させて持ち歩いている者もいる。相手が聖書のページから作り出す聖典戦儀だけを警戒していれば、容易に不意を突ける――無論、情報がほかの者に漏れない様に確実に敵を仕留めることが要求されるわけだが。

 宙に投げ上げた金属片が、次々と黄金色の激光を放つ長剣へと変化する――その数十二本、投げ上げた金属片の数は二十をゆうに超えていたから、変化させる過程でいくつか統合したらしい。

 ことごとくその鋒をタイラントに向けた長剣は、天井際からひとりでに投げつけられたかの様にキメラに向かって飛び出した。

 光り輝く長剣が仰向けに転倒したタイラントへと金色の軌跡を描きながら殺到し、キメラの巨体を串刺しにして昆虫標本の様に床に縫い止める。全身十二ヶ所を貫かれて、キメラが激痛に叫び声をあげた。

「よくやった。十数えたら解除しろ――おまえがカウントダウンしてくれ、俺はそれに合わせる」

 アルカードの指示に、エルウッドが小さくうなずく――聖典戦儀で作った武器が外力によって破壊されると、術式の破壊によるフィードバックで術者が霊的なダメージを受ける。魔術式が術式破壊クラッキングによって破壊されたときに、術者にフィードバックでダメージが返るのと同じだ。

 無論致命的なものではないが、ダメージの大きさは聖典戦儀の構築に費やした聖書のページの枚数に比例する。枚数コストが一枚二枚程度の長剣一本なら叩き折られたところでどうということも無いが、あの長剣は一本につき十数枚もの枚数を費やして構築されている。それが十二本一度に破壊されるとなると、術者であるエルウッドに危険が及ぶ恐れがあった――それを防ぐためには聖典戦儀が破壊される前に術式を解除し、回路パス接続アクセスを切断しておく必要がある。

「十、九、八――」 エルウッドがカウントダウンを始めたのに合わせて――

「知ってるかい?」

 アルカードはそう言って、タイラントに左手の掌を突き出した。

 砲撃モードへ遷移Change, Artillery Mode――

 情報表示視界インフォメーション・ディスプレイ・ビュアーの隅でモードメッセージのダイアログが明滅する。

 煉獄炮起動Boot, Fomalhaut Flair――

 炮台構築開始Start, Forming Turret――

 それまでごつごつした装甲に覆われた、さながら悪魔の腕を思わせる外観に変貌していた左腕を構成する液体金属が本来の不定型形態に戻り、まるで出来の悪い粘土細工の様な不細工な状態になった左手の五本の指がまるで外側から引っ張られた様に反り返る。同時に手全体が変形して掌にドーム状の盛り上がりが生じ、その表面にパンチングメッシュの様に表面に無数の細かい孔が穿たれた。

「日本語にはって言葉があるんだとさ」

 炮台構築完了Completed, Forming Turret――

 目標照準視界起動Projection, Target Aiming Viewer――

「五――」

 タイラントの脇腹に突き刺さったままになっていた塵灰滅の剣Asher Dustが、形骸をほつれさせて消滅する――肉眼とは別に脳裏に投影される重層視覚の目標射撃照準視界ターゲット・エイミング・ビュアーが、掌の半球状の発振器官の周囲に形成された複数の複合センサー群からなる照準器官が検出した情報を伝えてくる。

 タイラントにぴったりと合った照準十字線レティクルマーカーは今から行う攻撃の照射範囲の中心を、その周囲の半透明の円は予想される影響範囲を示している。アルカードは腕の角度を変えて、『着弾地点』を少し上にずらした。無理にタイラントの体の中心を狙わなくても、胴体と首が照射範囲に入っていれば確実に仕留められる。

 煉獄炮発射準備完了Ready to Fire the Fomalhaut Flair――

 射撃モードに入った憤怒の火星Mars of Wrathが、攻撃準備が正常に終了したことを伝えてきている――あとは実際に射撃するだけだ。

「四、三、二、一……今!」

 エルウッドの合図と同時にタイラントの体を床に縫い止めていた長剣がことごとく激光を放ち、ただの聖書のページに戻る。すでに接続は解除されており、ページが焼き払われてもエルウッドに影響フィードバックは無い。

「――今がよ!」 そう声をあげて――エルウッドの聖典戦儀の解除に合わせて『トリガー』を引く。十二本の光り輝く長剣が消滅すると同時に、アルカードは蓄積されたエネルギーを解き放った。

 無数の小孔が開いた発振器官から放射された波動が空気やその中の塵、消火用散水の水滴や水蒸気、触れるものすべてを『分解』しながらタイラントに向かって殺到する。

 同時に床にも変化が生じた。砂場の砂をバケツで引っ掻く様にして削り取ったときの様に、大量の水でしとどに濡れた絨毯もろともコンクリートの床の一部が消滅したのだ。

 波動が到達した瞬間、仰向けに固定されていたタイラントの体が瞬時に消滅した――やや高めの軌道で照射された波動がタイラントの腕の一本、その手首から先だけを残してごっそりと消滅する。

 そして同時に、爆発が起こった。構成分子が原子レベルまで破壊されたことで放出された熱量が、そのまま衝撃波に変換されたのだ。爆発音が鼓膜に耳障りな耳鳴りを起こし、猛烈な熱波が押し寄せる。

 荒れ狂う衝撃波と爆音の残響は、数秒ほどで消えて失せ――

「――ふう」 脅威の消滅を確認して、エルウッドが軽く息を吐く。同時にアルカードとエルウッド、それぞれの眼前に形成されていた幾何学模様の『衝角ブレード』が消滅した。波動の照射が終わる瞬間、続いて起こる爆発を防ぐためにエルウッドが構築したものだ。

「これで片がついたか」 ほとんど明かりが無くなったからだろう、周囲を白い光で照らし出す魔術の鬼火をかたわらに漂わせながら、エルウッドが破壊の痕跡へと視線を向ける。

 獣化形態ビーストフォームを解除していないのは、今人間の姿に戻ったら戻ったでいろいろ困るからだろう。主に人目とか着替えとか。『誰がその法衣を縫うんだい?』と親方の奥さんの物真似をしてみたら、露骨に嫌な顔をされたことがあるが。

 彼の視線を追って、破壊の痕跡に視線を向ける――タイラントがいた場所は、コンクリートの床が綺麗に消滅していた。まるで二リットル入りの業務用アイスをスプーンで削り取った様に、照射範囲内の床が綺麗に無くなっている。

 床下に埋め込まれていた配水管の一部があらわになり――その排水管の上半分も、まるでエンジンのカットモデルの様に一部が消滅していた。その結果形成された開口部に、なかなか排水されずに床上数センチもの水深になるまで溜まっていた消火用散水が流れ込んでいる。汚水で汚れた様子が無いから、もともとスプリンクラーが作動したときにその水を排水するためのものなのだろう――たぶん絨毯の下に、何ヶ所か排水口があるのだ。

「たぶんな」 短く答えて、アルカードは左腕を見下ろした。いびつに変形した肘から先が一度水銀の塊の様に融けてから収縮し、人間の腕の形状を大雑把にかたどっていく。

 エルウッドの鬼火の光を反射して純白に輝く輝く腕が人間の肌の皺や指の爪、体毛、毛穴といった詳細な質感を再現し、最後に表面の色が変わって人間の腕を元通りに再現した。

 その状態に戻ってしまうと、もう斬り落とされる前の腕と見分けがつかない――違うのは腕に刻まれた無数の傷跡と、子供のころに篝火に誤って手を突っ込んでしまったときの火傷の痕が無いことくらいだ。

 無論、裸になれば肉体と義手の境界線はすぐにわかるのだが――生身の人間だったときに負った手傷の傷跡が胸から腕の付け根にかけて走っているのだが、その傷跡を分断する様に腕を失ったため、義手の付け根の部分で傷跡が途切れているからだ。

 左の袖口がずたずたに裂けたコートを見下ろして、軽く息を吐く――アルカードはコートの肩口の生地の裏に隠されたファスナーのタブをつまみ、袖全周に及ぶそのファスナーを引き回した。

 生地の裏側に隠れていたもうひとつのファスナーを開けて、左袖を根元から取りはずす――アルカードが『左腕』を使うと必ず袖が台無しになるので、左袖だけ取り換えられる様になっているのだ。

 憤怒の火星Mars of Wrath――アルカードの左腕の肘から先は、錬金術によって作り出された『炮台タレット』が義肢として接合されている。

 かつてグリゴラシュ・ドラゴスによって切断された腕を補うために、アルカードはかの錬金術師・パラケルスス一族が錬金術によって作り出した七大罪の装Seven Cardinal Sinsと呼ばれる特殊な武器をあてがった。

 肉体に寄生し、その魔力を動力源として使う強力な武装だ――月火水木金土日になぞらえて七曜武器とも呼ばれ、キリスト教における七大罪の名を冠された七大罪の装Seven Cardinal Sinsは、それぞれが異なる機能を持っている。

 ほかの武装がどの様な機能を持っているのかを、アルカードは知らない――アルカードの持つ憤怒の火星Mars of Wrathの機能は原子分解砲、煉獄炮フォマルハウト・フレアと呼ばれる『炮台タレット』だった。

 憤怒の火星Mars of Wrathが発する波動には照射範囲にあるものの分子構造に干渉し、素粒子レベルまで完全に分解してから異なる元素に作り替える働きがある。また波動には霊体に対する破壊効果もあり、純粋な霊体に対しても殺傷能力を持っている。

 憤怒の火星Mars of Wrathが発する波動を浴びた物体はその分子構造を素粒子レベルまで分解され、事前に設定された異なる元素に作り替えられて、瞬時に消滅させられてしまう――素粒子同士を結合させて原子を構成させるには莫大なエネルギーが必要なので、照射対象の構成分子が完全に分解されるとその際に放出されたエネルギーが直接熱に変換されて爆発が起こる。

 攻撃対象の物質構造を分解したあと再び別の物質として再構成するのは、射程の短いこの武器で重い物質を分解した際に発生する爆発の威力を軽減するために必要なのだ。

 武装自体は『炮台タレット』としての機能を使うとき以外は決まった形状を持たず、装甲を形成せずに先端に極めて高い対霊体殺傷能力を持つ刃を備えた伸縮自在の触手として使うことも出来るので、格闘戦の武器としても十分に使える――が、実際にはその刃の触手は『炮台タレット』そのものを保護するための防御装置でしかない。

「大丈夫か?」

 こちらの額に浮ぶ汗を見たからだろう、エルウッドがそう尋ねてくる――左腕から疑似神経を介して脳を焼く激痛に顔を顰め、アルカードが口元をゆがめて嗤った。

「ああ」

 本来七大罪の装Seven Cardinal Sinsは使用者の肉体に寄生しており、必要なときだけ稼働させるものだ。肉体と融合するはずのものを無理矢理に引きずり出して左腕の代用にしたことで、憤怒の火星Mars of Wrathの機能には異常が生じてしまった。

 そのうちのひとつが、稼働時間が極端に短いことだった――左腕を起動させるとあっという間に魔力を喰い潰し、五分で動かなくなってしまう。八十年ほど前に一度カルカッタで干戈を交えたライル・エルウッドの祖父セイル・エルウッドに千人長ロンギヌスの槍で刺される前までは特に問題は無かったのだが、千人長ロンギヌスの槍に刺された影響で魔力の性質が変化してしまったからか、今はかなり不自由が多い。

 憤怒の火星Mars of Wrathを稼働させると、『腕』がそこに蓄積された魔力を一気に喰い潰してしまう。

 先ほどやった様に腕を変形させたり、自動防御システムの触手を使うと、憤怒の火星Mars of Wrathは人間の腕に擬態している状態とは桁違いの量の魔力を消費するのだ。

 煉獄炮フォマルハウト・フレア自体の動力はその都度アルカードから供給されているので特に不都合は無いのだが、自動防御システムは使用者であるアルカードから吸い出した魔力を本体に蓄積しておき、そこから動力を取り出している――使用者のアルカードから直接供給せずにワンクッション置いているのは、おそらく自動防御システムが加えられた攻撃に対して反撃を行うための急激な魔力消費量の変化を本体に影響させず、タイムラグを最小限にするためだ。

 だが問題はそこで、自動防御システムの触手による魔力消費量はアルカードからの魔力供給によるが追いつかないくらいに早いのだ。

 消費した魔力は徐々にではあるものの本体であるアルカードから補充されているのだが、そう、譬えるなら空になった二十五メートルプールに普通の家庭用の水道からホースで水を引く様なもので、人間の腕の携帯への擬態をやめた時点で消費に供給が追いつかなくなるのだ。

 以前一度になったときの経験からすると、完全に魔力量が空になるまで自動防御システムには変調は起きない――動力源として用意された魔力の最後の一粒を使い果たすまで問題無く動作し、そしてと同時にぱったりと動かなくなる。

 問題は魔力を消費すると、その消耗度合いに応じて義手としての左腕の腕力や握力、反応速度が極端に低下することだった――どの程度まで機能が低下するかは稼動していた時間がどれだけ長いかによるのだが、稼働時間が長ければ長いほど機能低下の率は大きくなる。

 もっと大きな問題はになると自動防御システムとして機能しなくなるだけでなく、義手として動かすことはもちろん人間の腕に再度擬態させることさえ出来なくなることだ。

 憤怒の火星Mars of Wrathの内部に蓄積された魔力が完全に空になると、電池の切れた携帯電話が動かないのと同じで腕を動かせなくなる――擬態を解除した状態で魔力が枯渇すると人間の腕の形態に戻すことも出来ず指一本さえ動かせなくなるので、人目や腕が動かないことなど不自由が大きい。そのため、必ず腕を人間のものと同じ外観に戻せる程度の余力を維持しておかなければならない。

 だが、それもそれだけのことだ――もっと厄介なのはほかにある。

 痛みだ。

 実際に肉体なり霊体なりに損傷を受けているわけでもないのだが、憤怒の火星Mars of Wrathの自動防御システムを稼働させたあとは消耗した魔力が充填されるまでの間、生きたまま鋸で八つ裂きにされてもここまでではないだろうと思えるほどの激痛が襲ってくる――制作者であるパラケルスス二世、およびセイルディア・グリーンウッドの見解は、左腕ののためにアルカードの肉体から回路パスを通じて魔力供給を行う際になんらかの抵抗が生じているのではないかということだった。そして今のところ、原因は特定出来ていない。

 気が狂いそうなほどの激痛が小波の様に引いては押し寄せ、神経を焼き脳を苛む――それを意識から締め出して手の甲で脂汗を拭い、アルカードは無理矢理に笑った。

「問題無い」 そう答えて、そこでアルカードは天井を見上げた。

「どうした?」 エルウッドの問いかけに無言でかぶりを振り、アルカードは小さく息を吐いた。

 コートのポケットから、『魔術教導書スペルブック』を引っ張り出す――周辺索敵の魔術を読み出しながら、アルカードはエルウッドに声をかけた。

「しばらく周囲の警戒を頼む」

 今までこの魔術を使わなかったのは、魔術にかかりきりにならなければならないからだった――この魔術は指定した範囲をくまなく走査スキャンして熱源反応、生物の脳幹が発する微弱な電磁場や気温、気圧や湿度の変化など様々な要素から周囲の状況を検索する。

 建物全体の完全な走査スキャンが終わるまでは五分程度かかるし、細かく区切った区画ブロックを各種手段で検索してから次の区画ブロックに移るため、いったん中断するとまた最初からやり直さねばならない。

 仮想制御装置エミュレーティングデバイスが脳の内部に一時的に構築した専用の意識領域ローカルの中でまずホテルの構造が立体図として三次元映像化され、そこに熱源反応や生体電磁場、気温や湿度の変化による動くものの探知といった各種検索結果が追加されていく。

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