The Evil Castle 40

 床の上に膝を突いた体勢から、タイラントがばたんと横倒しに倒れ込む――ことここにいたれば、もはやキメラのいかなる特殊能力も警戒する必要は無い。警戒の対象がタイラント一体である以上、どの様な攻撃手段であろうと攻撃態勢を整える前に潰すことが出来る。

 よもや自分よりはるかに小さな体躯の相手に力負けするとは思っていなかったのだろう、タイラントが痛みと怒りのこもったうなり声をあげる。起き上がろうとしたタイラントの、今度は逆のこめかみに廻し蹴りが炸裂し、キメラの巨体は投げ棄てられた土嚢の様に再び床の上に倒れ込んだ。

「ところで――」 どうせ言葉が理解出来るとも思えないが――そんなことを考えながら、アルカードはキメラに声をかけた。

「せっかくだから、新技開発の実験台にでもなってくれるか?」

 そんな言葉をかけると同時に――脚甲の上から脛を鎧う万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの装甲が大量の魔力を流し込まれて激光を放ち、蒼白い雷華を纏わりつかせる。

 続けて、アルカードは再び身を起こそうと試みたタイラントの背中に爪先で蹴りを叩き込んだ。

 重量操作を最大値まで引き上げ、世界斬・纏World End-Followを纏わりつかせた万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの脚甲によるサッカーボールキックだ。

 だがそれだけではない――接触と同時にタイラントの巨体が絶叫とともに壁際まで吹き飛んで、設置されていたスピーカーを叩き潰す。脚甲に纏わりつかせた世界斬・纏World End-Followの解放と同時に叩き込まれた、疑似・重圧衝砲エミュレーション・グラビティスラッグだ。

「ふん、悪くはないな」 四肢を鎧う装甲すべての姿が陽炎の様に揺れているのを確認して、アルカードは唇をゆがめて笑った。

 万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsは使用者と接続する回路パスを通じて『霊体の波紋』で制御され、使用者の意思と運動に基づいて自重を増減させることで打撃の衝撃力を増幅し、格闘戦を支援する霊的武装だ――その最大範囲はアルカードの場合四十五キロ。それを超えると二・五トン程度までは増幅出来るが、四十五キロを超えて重量を増幅すると使用者の負担を減らすための仮想的な重量軽減機能が働かなくなる。

 どういうことかというと、万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの重量を四十五キロ、つまり四ヶ所合わせて百八十キロに設定していても、使用者はなにも感じない――使用者が重量を感じてしまえば、それは戦闘支援どころかただの重石になってしまう。どうやら限界値は使用者の魔力容量で決まる様だが、万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsは自身の重量を増やしつつもそれを使用者に負担させない様にするための負荷軽減機能が備わっているのだ。

 アルカードの場合は万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの重量増幅値が四十五キロであれば、負荷軽減機能と相殺しあって万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの荷重がゼロになる。そして四十五キロを超えると、負荷軽減機能が働かなくなって手足に一気にそれぞれ四十五キロ超の重量がかかるのだ――なぜ四十五キロを差し引いた重量にならないのかは知らない。

 なお、アルカードの場合正確には負荷軽減機能の限界値は五十キロ程度で、甲冑の手甲の重量がほぼ五キロ。そのぶんも込みにして運用しているので、アルカードが万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsを使用している間は実は未使用時よりも手足の負荷はちょっと軽くなる。

 逆に言えばそれ五十キロ以上にはのだ――攻撃の破壊力をさらに引き上げるために試したのが、世界斬・纏World End-Followを追加することと擬似的な重力制御魔術による追撃だった。

 世界斬・纏World End-Followは衝突の瞬間に破壊力を解放することで斬撃の破壊力を増幅し、また破壊箇所から体内に衝撃波を流し込むことで内側から爆発した様な破壊状態をもたらす。同時に衝撃波の一部を後方へ噴出することで一種の推進剤の様な役目を果たし、斬撃の速度を加速するわけだが――それを万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsで試したのだ。

 運動エネルギーの計算式は重量と速度の自乗の積。重量が同じであれば、単純に速いほど衝撃力は大きくなる。

 衝突の瞬間に世界斬・纏World End-Followの衝撃波を叩き込んで、さらに疑似・重圧衝砲エミュレーション・グラビティスラッグも追撃で撃ち込めれば――

「もう少し練ったほうがよさそうだが――」

 そんなつぶやきを漏らして、アルカードはゆっくりと笑った。さすがに思いつきで試したので、十全の一撃ではなかった。

 世界斬・纏World End-Followの解放のタイミングがやや遅く、疑似・重圧衝砲エミュレーション・グラビティスラッグの発射のタイミングもやや遅れていた。ばらばらにならずに派手に吹き飛んだのはそのためだ。

「――ま、悪くはないな」

 ぐるぐるとうなり声をあげながら、タイラントが身を起こす。

「おまえは広い場所で戦いやすくなったのかもしれねえが――」

 今の攻撃で数ヶ所骨折しているのだろう、立ち上がろうとして床にうずくまり、苦悶の声をあげるタイラントに向かって、

「――あのクソ狭い場所で存分に威力を振るえなかったのは、こちらも同じでね」

 ギャルルルルルル……

 うなり声をあげながら身を起こすタイラントに向かって恋人の抱擁を受け入れるときの様に軽く両腕を広げ、アルカードは続けた。

「バラバラにしてやるぞ――」

 死の宣告を口にしながら、アルカードは再構築した塵灰滅の剣Asher Dustの鋒をタイラントに向けた。

「――化け物!」

 ギャルルアアアッ!

 咆哮とともに、タイラントが床を蹴る――それに応じて、アルカードも床を蹴った。振り下ろされてきた放熱爪を、再び塵灰滅の剣Asher Dustで受け止める――ただし今度は、振り下ろされてきた爪すべてを一撃で切断した。

 切断面から血と、おそらくは体内で発生した熱を鈎爪に運んで放熱するための熱輸送液なのだろう、オリーヴオイルに似た色合いの液体が噴き出す。自動車用の冷却水クーラントみたいなものだ。鈎爪の先端が床に突き刺さり、放射していた熱の残滓が床を濡らす水をじゅっという音とともに蒸発させてもうもうと湯気が立った。

 苦悶の声をあげながら、タイラントが左腕の振動爪を振り翳す――だが次の瞬間には、返す刀で繰り出した一撃で振動爪は指ごと切断されている。鈎爪が斬れないなら指なり手首なりを斬ればいい、単純な答えだ。

 ギャルルウウウッ!

 手首を別の左手で押さえて、タイラントが悲鳴をあげる――苦悶の声をあげながら、タイラントが左腕の電撃爪でアルカードの立っている空間を引っ掻く様に薙ぎ払った。

 ギイイイイイイ――!

 それでこちらを仕留めたと思ったのか、勝ち誇った様に声をあげるタイラントに、アルカードは声をかけた。

「――残念」

 その言葉にタイラントが視線をめぐらせて、振り抜いた自分の左手を見遣る――指の一本に掴まり、両足を鎧う万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsを変形させて構築した恐竜の足の様な鈎爪を掌の肉に喰い込ませて体を支えながら、アルカードはゆっくりと笑った。

 手放した塵灰滅の剣Asher Dustが形骸をほつれさせ、床に落下するよりも早く消滅する――タイラントの左目に挽肉製造機ミンチ・メイカーの銃口を突きつけて、アルカードは目を細めた。

「ついでだからもう一発いっとくか?」 そう声をかけて、トリガーを絞る。挽肉製造機ミンチ・メイカーは左右の薬室に装填された弾薬のうちどちらを撃発するかを機械的に切り替えることが出来る――が、同時に発射することも出来る。轟音とともに二個の銃口が同時に火を噴き、零距離からの着弾の衝撃でタイラントの頭が揺れた。

 右目が治りきっていないところで今度は左目に銃弾を撃ち込まれて、タイラントが悲鳴をあげる――スイートルームで撃ち込んだときと同様着弾の衝撃で眼球が膨れ上がり、伝播した衝撃波で強膜が細かく裂けて卵の白身の様な粘り気のある白濁した液体が噴き出した。

 対吸血鬼用のフランビジリティー構造を持つスラッグ弾と鹿撃ち用散弾ダブルオー・バックショット。異物を取り除かなければ損傷が治癒しても器官は正常に機能しないので、その意味ではなんの置き土産もしていない右目よりも条件は悪い。

 悶絶しながら仰向けに倒れ込んだタイラントの手から離れて、アルカードは床の上に着地した。

 ゴルルルル……

 それでもまだ動けるのか、タイラントが――さすがに脳震盪でも起こしたのか、若干動きが覚束無いが――身を起こした。

「さっすが、無駄にでかい図体してねえな」 感心した様に唇をゆがめ、アルカードは適当に拍手をした――やる気の無い拍手が気に障ったわけでもないだろうが、タイラントが身を起こして咆哮をあげる。

 それを無視して、アルカードは懐から取り出した破片手榴弾フラグメント・グレネードの安全ピンを引き抜いた。

 タイラントに向かって足を踏み出しながら、手にした破片手榴弾フラグメント・グレネードを投擲――ずしりと重いリンゴ型のM67破片手榴弾フラグメント・グレネードは、持ちにくくて投げにくい。が、問題になるほどの距離でもない。

 アルカードはほぼ水平の軌道で破片手榴弾フラグメント・グレネードをタイラントの大口の中へと投げ込むと、そのまま一気に間合いを詰めて内懐に飛び込んだ。

 掌で下顎を突き上げてタイラントの頭をのけぞらせ、開いた口を無理矢理に閉じさせる――次の瞬間タイラントの口の中で破片手榴弾フラグメント・グレネードが爆発し、口から破片の混じった爆風が噴き出した。

 弾け飛んだ安全レバーが、床に落下してぽちゃんと音を立てる。

 口を閉じた状態で破片手榴弾フラグメント・グレネードが爆発したために顎がはずれ、折れた歯が血と一緒に爆風に乗ってそこらに飛び散る。数センチもの水深で床をひたす水に、ところどころで上から降り注ぐ消火用散水によるものとは異なるぽちゃんという水音とともに小さな漣が走った。

 破片として飛散する細切れの鋼線ワイヤーが口の中に突き刺さったために声が出しにくいのか、タイラントがくぐもった悲鳴をあげる――上体を仰け反らせて悶絶するタイラントの左胸に、アルカードは再び構築した塵灰滅の剣Asher Dustをまっすぐに突き立てた。

 強靭な筋肉に絡め取られて、突き込んだ漆黒の曲刀が鋒から十センチ程度のところまで喰い込んで止まる――塵灰滅の剣Asher Dustを手放して、アルカードは一歩後ずさった。

 右足を引いて重心を沈め、右手を体幹に引きつける――万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsが自重の増幅を始めると同時に漏れ出した重力波で周囲の空気が引き寄せられ、部分的な大気密度の変化による光の屈折率が変化で視界の端に映る右拳がゆがんで見え始めた。

 ギャルルアアア!

 咆哮をあげて、タイラントが右腕を振り翳した――両目が潰れていても耳なり鼻なりが利くらしく、きちんとアルカードのほうを向いている。

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