The Evil Castle 39

 一番近くにいるキメラに照準を定め、アルカードはトリガーを引いた。

 耳を聾する轟音とともに、無防備な胴体に弾頭が命中したキメラが弾き飛ばされる――着弾の衝撃で筋肉繊維が細かく裂けて血が霧の様に舞い、口蓋から大量の血を吐き散らしながら、キメラは横殴りに吹き飛ばされて倒れ込んだ。

 それでこちらに気づいたのか、フレイムスロアーが一体こちらに向き直る。威嚇の咆哮をあげようとして大きく開いた口の中にスラッグ弾が命中し、弾頭が頭蓋の内部で破裂して、下顎だけを残して頭部が消滅したフレイムスロアーがその場で崩れ落ちた。

 次の瞬間、グルーが一体アルカードに向かって床を蹴り――次の瞬間には間合いを詰めたエルウッドが振るった千人長ロンギヌスの槍の一撃で腰のあたりから上下に分断され、切断面からこぼれ出した血と内臓とその中身の汚物を周りに撒き散らしながら失速して倒れ込んでいる。

 即死はしていないのか、上半身だけになったグルーが床の上でのたうちまわって身の毛も彌立つ絶叫をあげる――その絶叫を聞きながら、アルカードが唇をゆがめて酷薄に笑った。笑みを浮かべたまま廊下に通じる扉から死体をふたつ担いで入ってきたフリーザ様に銃口を向け、トリガーを絞る――頭部への着弾で首から上を粉々に吹き飛ばされ、フリーザ様がその場で膝を折って崩れ落ちた。

 すっと目を細めて、エルウッドは魔術を解放した――突き出した拳をパッと開くと同時に撃ち出された圧縮空気の塊がうなりをあげて飛翔し、四体のキメラの頭蓋や胴体に喰い込んで体内で爆裂する。

 グリーンウッド家の精霊魔術、重力指弾グラビティブレット――圧縮空気を不可視の力場で固めて撃ち出し、着弾箇所で開放する投射系の魔術だ。圧縮空気の圧力は術者の力量で変わるものの、体内で爆裂すれば着弾箇所の周りが吹き飛ぶほどの破壊力を持っている。

 頭蓋を吹き飛ばされ、あるいは腹腔を破裂させられて、四体のキメラたちがその場にゆっくりと床に倒れ込んだ。

 そのすぐ横でもう一体のキメラが胸部に銃弾を撃ち込まれてもんどりうって倒れ込み、そのまま動かなくなる。

 まだ数体残っているか――

 壁に張りついてぎゃるぎゃると声をあげるキメラたちに視線を這わせ、エルウッドは小さく舌打ちを漏らした。タイラントは無論負ける様な相手ではないが、周りに注意を向けながら片手間に相手を出来る様な敵でもない。

 とはいえ――

「ライル、キメラの残りを片づけろ。あのでかぶつは俺が始末する」 アルカードの指示が飛ぶ。キメラとタイラントを同時に相手にするのは無理だと判断したのだろう――どんな状況であれ、アルカードが一番危険視するのは数だ。

 結果エルウッドは一対多数になるわけだが、エルウッドはその点に関してはさほど気にしていなかった――もうすでにすべての種類タイプの対処法が明らかになっているのだ。加えて、依然スプリンクラーから水が降り注ぎ続けている。

 ここにいるキメラの大部分がまとまった量の水を弱点としている以上、エルウッドひとりに任せても問題無いと判断したのだろう――アルカードが危険視するのは一体の厄介な相手を捌いているときに雑魚に群がられて余計な茶々が入ることで、多量の雑魚を単独で相手にすることではない。

「わかった」 そう返事をして、エルウッドはアルカードから距離をとった。彼らはたがいに長尺の得物を遣うので、あまり近接していると自分の攻撃に味方を巻き込むことになる。

 ぐるぐるとうなり声をあげて、数体のキメラがじりじりとこちらに近づいてくる。バイオブラスターが一体、グルーが二体、アルカードがブラストヴォイスと名づけたキメラが一体、フリーザ様が二体、ジェネレーターとフレイムスロアーはいない。もともと先ほどの戦闘の際もあまり見掛けなかったところをみると、出生成功率が低いのか、それとも第一世代のキメラの個体数が少なかったのだろうか。

 そのときになってようやく、タイラントが狂犬の様なうなり声をあげながらこちらを振り返った。まずこちらを、それからアルカードに視線を向ける。

 ぐちゃぐちゃと音を立てて口の中の死体を咀嚼しているタイラントを睨みつけ、アルカードが一歩踏み出した。

「もう逃がさねえぜ」

 グルルルルルルル……

 ひゅうう、という狭い隙間を風が通り抜ける様な音とともに、威嚇する様にうなり声をあげるタイラントの頭角から青白い電光がほとばしる。発電細胞に大量の酸素を供給するために、両脇の鰓裂状の器官から空気を取り込んでいるのだ。

 体が濡れた状態で床に足をつけていれば、発生させた電圧がすべて逃げてしまうことはわかっているからだろう――タイラントが跳躍し、同時に頭部が青白い閃光を放つ。

 絶縁破壊の轟音とともに、電光がアルカードに突き刺さった――電磁波の影響で無事に残っていた数少ない照明が次々と砕け散る。酸素が電気分解されて生じた強烈なオゾン臭とともにジュール熱による爆発が起こり、爆風が周囲にあったキメラの死骸を吹き飛ばした。

「アルカード!?」

 とっさに魔術による防壁を展開しながら、エルウッドは師の名を呼んだ――エルウッドは爆風の直撃を魔術によって防いだが、アルカードは電光が直撃したはずだ。

 今の攻撃は明らかに電流が一、二秒近く流れていた。下手をするとその一撃でジュール熱によって全身の組織が昇華し、そのまま蒸気化してしまったかもしれない――エルウッドの背筋を冷たいものが伝い落ちた。

 だが煙が晴れてみれば、アルカードは平然とそこに立っていた。ジュール熱によって沸騰しているコンクリートの床の上で、彼の足元だけが楔状にそのまま残っている――まるで絶海の孤島の様に。

 電光を『楯』で防ぎ、その一部がコンクリートを瞬時に昇華させて起こった爆発もまた楔状に形成した『楯』で衝撃波を引き裂いて凌いだのだろう。

「ヌルいな――」 口元に吸血鬼としての牙列を覗かせ、金色の魔眼を輝かせて嗤いながら、アルカードが一歩踏み出す。

 とりあえずアルカードがタイラントの初手を凌いだことを確認して、エルウッドは再び眼前の敵に注意を戻した。爆風にもろに巻き込まれたらしいキメラたちはそろって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられている――どうも首の骨か背骨が折れたらしく、二体が動かない。先ほどのキメラの中でグルー一体とブラストヴォイスが戦線を離脱し、代わりにどこからかフレイムスロアーが一体増えた。

 新種の個体はいない。出産に失敗したのか、それともすでに打ち止めか。いずれにせよ――

「ま――どうってほどでもないか」

 

 そんなことをつぶやいて、手にした千人長ロンギヌスの槍をくるりと旋廻させる。

Aaaaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに――背後でアルカードが床を蹴る轟音が聞こえてくる。それを合図に、エルウッドも床を蹴った。

 

   †

 

Aaaaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに――アルカードは床を蹴った。

 ごう、と耳元で風が鳴る――タイラントが迎撃のために振るった放熱爪を、アルカードは構築した塵灰滅の剣Asher Dustで真っ向から受け止めた。

 漆黒の刃と放熱爪が衝突し、衝撃で腕が痺れる――塵灰滅の剣Asher Dustを弾き飛ばされて、アルカードは舌打ちした。

 先ほどの狭苦しい空間と違い、タイラントは天井が高く広い宴会場内ではその巨躯のアドバンテージを存分に発揮することが出来る。腕の振りを大きく取れるから、モーションは大きくなるが重さは桁違いだ。

 だが――

 続いて振り下ろされた右腕の電撃爪を、アルカードは手首をに掌を叩きつける様にして左手一本で受け止めた。おそらく常人の百五十倍はあろうかというすさまじい膂力を、片手で抑え込む。

「やっぱり腕が落ちてるぜ、三流魔術師」 唇をゆがめて、アルカードはそんな言葉を口にした――吸血鬼の腕力の基準は生身の人間であったときの何倍程度になるか、だ。生身の人間であったときに身体能力的に優れた個体であるほど高い比率で増幅される傾向にあり、さらに言えば同じ比率であっても元の能力によって実際の腕力は異なる。

 同じ二十倍であっても元の数字が一と十ではその積に大きな差が生じる様に、増幅率が同じであってもひょろひょろの一般人とオリンピック選手では吸血鬼化後の身体能力に大きな差が生じる――常人基準と生身のままで吸血鬼数体を殺害するほどの戦闘能力を誇ったワラキア公国兵ヴィルトール・ドラゴスでは、比較する価値も無い。

 単純な腕力そのものは、アルカードは実はさほど強くない――生前の百倍程度だ。だが基準となる身体能力の桁が違う。単純に腕力差を比較すれば、タイラントの腕力はアルカードの半分以下だろう。

 まさか人間サイズの生き物がそんな凌ぎ方をするとは思っていなかったのだろう、目の奥に動揺をあらわにしたタイラントがこちらの手を振りほどこうと腕を引きつける。大人の太腿ほどの太さの手首はさすがにことは出来なかったので、易々と振りほどかれてしまった――が、単純な腕力で上回れなかったことを悟ったのだろう、タイラントがぐるぐるとうなり声をあげる。

 タイラントの左腕のうちの一本、ブラストヴォイスと共通の周波数で振動する鈎爪が耳障りな低周波音を発し始める――虫の羽音の様な低周波音は耳を劈く様な高音域を経たあと、可聴範囲を超えて聞こえなくなった。

 まるで抜き手の様な挙動で突き込まれてきた振動爪を手で押しのける様にして遣り過ごし、アルカードは同時にタイラントの内懐へと飛び込んだ。

 そのまま、タイラントの胸に左掌を叩きつける――手甲の上から包み込む様にして左手を鎧う万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの掌打が胸部の中央に突き刺さり、胸骨が砕ける感触が伝わってきた。

 そのまま左腕を肘から折りたたむ様にして右肩から踏み込み、肩口から当身タックルを仕掛ける――中国憲法で言うところのカォに近い技だが、吹き飛ばす瞬間に肘撃ちで追い討ちをかける点が異なっている。相手にダメージを与えることではなく、より大きく体勢を崩させるための追撃だが。

 人間と同程度のサイズの相手であれば、踏み込んだ前足を相手の踵に引っ掛けて転倒させる派生もあるのだが――いかんせんタイラントは大きすぎる。引きずられて自分も転倒するリスクは冒せない。

 もともとの巨躯に加えてそこらから集めてきた人間たちの死体を片端から喰い散らかした結果一・五トンを軽く超える巨体を人間サイズの相手に吹き飛ばされるとは、さしものタイラントも思っていなかったのだろう。

 宙を舞ったキメラが空中で体をひねり込んで着地し、体勢を立て直す――より早く、四つん這いの体勢で着地したキメラの側頭部にアルカードの撃ち込んだ右廻し蹴りが炸裂した。

 着地直後の頭が下がっているところに蹴りを喰らって、タイラントが小さなうなり声を漏らす。

 シィッ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードはタイラントが繰り出してきた鈎爪を廻し撃ちで迎え撃った。体幹から体側へ、内から外へと薙ぎ払う様に振るわれた右の電撃鈎爪を間合いの内側に踏み込んで手首のあたりを撃ち据えることで止め、そのまま脇を駆け抜けて右後方へと廻り込む。

 続いて左手で肩を抑えつけ、同時に後ろから顔の右半分を覆う様にしてタイラントの顔に右手を伸ばして――

 水を入れた風船に爪を立てて破るときの様なぷつりという固い膜が破れる手応えと同時に、キメラの口から凄絶な悲鳴があがる。肩越しに眼窩に捩じ込んだ指を曲げて眼球を掻き回し、そのまま瞼を引きちぎって――肩を押し出す様にしてキメラの巨体を突き飛ばし、その反動を利用して後方に跳躍しながら、アルカードは唇をゆがめて笑った。

 お湯にくぐらせた卵白の様に白く粘ついた硝子体が、指先にこびりついている――それを手首を振って振り払いながらさらに一歩バックステップして、アルカードはタイラントが上体をひねり込んで背後を薙ぎ払う様に繰り出した三本の右腕のバックブローを躱した。

 その挙動で、上半身がこちらに対して横を向く――いったん完全に間合いの外に逃れてバックブローを遣り過ごしてから再び踏み込んで、アルカードはタイラントの顔面に正面から中段廻し蹴りを叩き込んだ。

 タイラントが振り返っていなければ、その一撃はこめかみにヒットしていただろう――だがキメラは背後を薙ぎ払うために上体を限界ぎりぎりまでひねり込んでおり、そのため顔はほぼ真横を向いている。

 先ほどの眼潰しで右目を潰されたキメラは、下半身が向こうを向いた状態でいくら上体を右側にひねり込んでも背後にいるアルカードを視界に収めることは出来ない――当然彼の挙動を把握することも出来ないまま、タイラントはアルカードの叩き込んだ蹴り足を顔の正面から受けることになった。

 タイラントからすれば、一切前触れ無く頭部に衝撃が加わった様にしか思えなかっただろう――あるいは爪先くらいは左目の視界に入っていたかもしれないが。

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