The Evil Castle 33

「なるほど――あいにくだが、死体を提供するつもりは無いね。代わりにてめえの死体を用立ててやろうか――ついでに量産したゴミの山も一緒に埋めてやるよ、お供え物はカ●ビーのポテトチップの空き袋と一●搾りの空き缶でいいか?」 アルカードの返事に、ステイルなんたらは口元をゆがめて答えを返してきた。

「ふむ、墓まで用意してくれるとは心優しいことだ」

「ああ、粗大ゴミが山ほど一緒に埋まってくれるぜ。そのうち埋め立てられて公園になるだろうよ」

「それゴミ処分場だろ」 死体の不法投棄じゃないか――エルウッドのつぶやきは無視して、アルカードは再度トリガーを引いた。銃声とともに空薬莢が吐き出され、発射された二発の銃弾が視認出来ないなにかに阻まれて止まる。

 やはり、中間になにかある――幻術かなにかで視認出来なくしてあるのだろう。着弾の際の音は人体に命中したときによく似ている――死体の山か?

「なるほど、実に素晴らしい埋葬プランだ。だが残念ながら、私はそう簡単には殺せない。無論君と取っ組み合いをして、勝てるとは思えないがね――ここから逃れる程度ならどうとでもなる」

「まさかおまえ、ここから逃げられるつもりでいるのか?」

「無論――君の相手は私ではないからね。足を撃って動きを止めても無駄だよ、その程度ならすぐに再生する」

「ふん――それでも脳か心臓、肺のどれかを潰せば死ぬだろ。吸血鬼だって、三下ならそれで死ぬしな――それで死ななくても頭と肺と心臓にテント用の金属のペグでも打ち込んで、一週間も放置しとけばあの世逝きだ――昆虫標本みたいに全身にペグを突き刺して、その状態でどの程度生き延びられるか試してみようか?」

「好きにするといい。まあ――」 魔術師がすっと目を細める。

「――ここから生き延びられればの話だがね」

「はん――そいつはこっちの科白だぜ」

「待て」 エルウッドが一歩踏み出しかけたこちらの肩を掴んでそうささやく。

「奴と俺たちの中間に、なにかいる」

 その言葉に眉をひそめたとき、ごりごり、ぼりぼり、ぐちゃぐちゃという咀嚼音が耳に届いた。

 おそらく魔術で空気の振動を抑えて、聞こえない様にしていたのだろう――同時に突然魔術師の姿が揺らぎ、虚空から溶け出す様にして数十体もの死体の山が姿を現した。

 おそらく宿泊客と従業員なのだろう――天井に届くほど山積みにされた死体の山の奥から、咀嚼音が聞こえてきている。

「お披露目しよう――これが私の作った最高傑作だ。卵に手を加えて染色体のセット数を増やして造った、倍数体のキメラだよ。そうだな――タイラントとでも名づけておこうか?」

「……テレビゲームバイオハザードのやりすぎだ。それとも子供向けの特撮番組ウルトラマンか?」 足元に唾を吐き捨てて、アルカードは身構えた。

 キメラは生まれてきたあと、十分な食糧が無いとすぐに死んでしまう――戦闘用に強化されたキメラならばなおさらだ。

 魔術師はキメラが食料に困らない様に、あらかじめ宿泊客や従業員を大量に殺し、その死体を母体の上に山積みにしていたのだろう。幻術の一種で姿形、死臭、あの山の下で死肉を喰らいながら急速に成長しているキメラの咀嚼音までも隠していたのだ――あの死体の山に当たって、アルカードの銃撃は阻まれたのだろう。

「さあ、堪能してくれたまえ」

 死体の山を押しのける様にして、巨大なキメラが姿を現す――身長五メートルに届こうかという巨大なキメラは、その場で体をのけぞらせて耳を聾する咆哮をあげた。

 全身の筋肉が剥き出しになっている点は変わらないが、胸、肩、背中、脇腹、腕、脚などがフレイムスロアーのものに酷似した甲殻に覆われている。腕は左右三対あり、それぞれブラストヴォイス、バイオブラスター、それにあの電撃を放つ個体――ジェネレーター――のものによく似た鈎爪が生えている。

 違うのは、この個体には猿のそれに似た体毛の無い尻尾が生えているということだった――人間も出産前の母親の胎内にいる一時期は尻尾が生えているというし、ありえないわけでもないだろう。尾の先端にはステゴサウルスのそれを思わせる鋭い棘が数本生えている。

「五種類のキメラの能力を複合したキメラだ、私の研究成果をとくと味わってくれたまえ」

 そう告げて、ステイルなんちゃらは芝居がかった口調でタイラントとやらに声をかけた。

「さあ、タイラント――最初の仕事だ、彼らを殺せ」 その言葉に、その場に再びうずくまって死体を貪り喰っていたキメラ――タイラントが肩越しに背後を振り返り、背後の魔術師とこちらを交互に見比べる。

「どうした? 早くしろ」 その言葉にタイラントが面倒臭そうに――とアルカードは思った――のそりと立ち上がり、猛烈な勢いで尻尾を振るう。棘が直撃こそしなかったものの、魔術師の体が撥ね飛ばされて手近な壁に激突した。

「あれ?」 壁をぶち抜いて向こう側に消えた魔術師に視線を向けながら、エルウッドが声をあげる。

「まあお約束だよな――切り札の化け物を目覚めさせたらなぜか暴走状態で、それに殺される悪役」

「あーあ」 エルウッドが肩をすくめてそう返答を返したとき、タイラントがこちらに向き直った。

「やっぱり仲良くしましょうってわけにはいかないか」 エルウッドがぼやきをこぼすと、アルカードが肩をすくめてみせた。

「まあ懐かれても困るけどな――懐いてくれるなら、俺は可愛い女の子かもしくは犬か猫がいいな」 

 殺意で爛々と輝く視線に首をすくめたとき、タイラントが一対の腕を翳した――手の甲の盛り上がりを瞼状に覆う肉の蓋が、徐々に開いていく。

「散れッ!」 声をあげて、アルカードはエルウッドを突き飛ばしながら跳躍した――次の瞬間人間の目には見えない閃光が視界を焼き、彼らの背後にかけられていた風景画が瞬時に燃え上がった。

 続いて、小規模ながらも爆発が起こる――風景画の裏側の壁の構造物が瞬時に昇華したことで、爆発が起こったのだ。

 タイラントの両腕の一対の指先の鈎爪が伸張し、耳障りな振動音を発し始める――振動周波数が実用範囲に入るまでこちらを近づけないためだろう、金属質の頭角から放出された青白い電光がとっさに横に飛びのいたこちらの背後の壁に突き刺さり、ジュール熱による蒸気爆発を引き起こした。

 ギャルルルァァァッ!

 咆哮とともに――暴君の名を冠された巨躯のキメラが床を蹴った。

 

   *

 

 薙ぎ倒された調製槽の硝子筒が、床の上に落下して粉々に砕け散る――調製槽の培養液の中に浮いていた生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプと高周波ブレード装備型の特徴を併せ持つ鳥に似た形態のキメラが、調製槽から出された途端に覚醒したのか床の上でジタバタ暴れながら耳障りな絶叫をあげた。

 だがそれも長くは続かず、暴れる動きは見る間に弱々しくなり、やがて絶命に至ったキメラの体は分解酵素の働きによってなんの意味も無いペプチドとなって崩れ去った。

 最後の一体の最期を見届けることもせずに、その場で踵を返す――別の部屋に通じる扉に視線を向け、アルカードはそちらに向かって歩き出した。

 扉を開けた先は奥に続く細い廊下になっており、暗闇の向こうに観音開きの扉があるのが見えた。

 廊下を進んでいくと、廊下の中ほどの右手の壁に扉があるのがわかった――片開きの人間用の扉で、扉の上に『実験体処理槽』と書かれた金属製のプレートが貼りつけられている。

 実験体処理槽は調製に失敗したキメラを分解処理するための薬液を満たされた槽で、たいていの場合有機物を分解する特殊な薬液が用いられる。キメラを直接放り込むことが多いので、絞首台の落とし戸の様に床に直接穴が設けられていることが多い――この部屋にもあった。おそらくこの扉は、メンテナンスなどの目的で実験体処理槽に人間が降りてゆくためのものだろう。

 奥のほうに進んでいくと、『繁殖行動実験観察室』と書かれたプレートが扉の上に貼りつけられているのがわかった――もうすでに嫌な予感しかしないが、とにかく扉を開けて中を覗き込む。

 内部の様子を識別して、アルカードは思いきり顔を顰めた。

 室内で繰り広げられているのは、おおむね予想通りの光景だった。

 厚さが数インチもある、もはや硝子と呼んでいいのかも怪しい分厚く透明な隔壁の向こう側にいるのは十数人の女たちだった――いずれも十代前半、ちょうど初潮を迎えたばかりの年代の若い女たちだ。おそらくもっと年上の女たちはとうに領内から攫い尽くしてしまったのだろう、そこにいるのはほとんどが、思春期を迎えたばかりの若い娘たちだった。一番年かさの女で二十代の初め、これがあの子供たちの母親だろうか。

 この数時間の間にいったい何度凌辱を受けたのか、全身に痣や擦り傷が出来ている――いずれも破られたり裂かれたりして、ぼろぼろになった衣服だけを纏っていた。否、体を隠すという機能をすでに果たしていない衣服は衣服とは呼べまい――襤褸布がまとわりついていると言ったほうが正しいだろう。

 そして壁の向こう側にはもう一体、明らかにかなり高度なカスタムの手が入ったキメラが一緒に閉じ込められている。

 おぞましいことに、閉じ込められた娘たちは皆、そのキメラによって次々と凌辱を受けていた――酸鼻を極める光景にとうに狂ってしまったのだろう、今まさにキメラによって犯されている十代半ばの若い娘が抱きかかえられて下から突き上げられるたびに胸のふくらみをプルプルと揺らしながら、あどけなさを残した愛らしい顔に狂気を孕んだうつろな笑みを浮かべている。

 彼女を凌辱しているのは、明らかにカスタムアップ・タイプのキメラだった。

 首から下は左半身が甲殻類のそれに似たキチン質の装甲外殻で覆われ、右手は人間の頭を握り潰せそうなほどに巨大な三本の鈎爪になっている。

 右半身はごわごわした獣毛に覆われ、右手の指は人間と同じく五本だったが、指先に長さ五インチほどの鋭利な鈎爪が伸びており、スズキの仲間の有毒海水魚――アイゴのそれに似た棘のある鰭状の器官が形成されている。発達した鈎爪の生えた手で女の尻を捕まえ抱きかかえているために、犯されている女の白い肌はずたずたになっていた。

 背中には噴気孔に似た巨大な開口部があり、脊椎をはさんで対称の位置に左右二対形成されている。

 右胸には黒曜石を磨いた様に艶やかな硬質の器官が、左胸はまるでサメの鰓裂の様なスリットが形成されている。左脚が上体同様のキチン質の外骨格で鎧われているのに対して右脚は犀のそれに似た分厚く硬い皮膚に覆われており、太腿の外側に黒い硬質の装甲の様なものが形成されている。キメラが立ち上がった拍子に、その装甲の下側が無数のフィンで構成されているのがわかった。

 右肩はカニの甲殻の様にごつごつした質感の棘が数本生えた巨大な外殻に覆われており、左肩は甲虫のそれに似たクチクラの外殻で鎧われている。両肩は内部になにを納めているのか、大きく膨れ上がっていた。

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