The Evil Castle 34

 禍々しい形相の頭部は左側頭部にキチン質の装甲で覆われた巨大な頭角が、右側の側頭部には金属質の棘の様な鋭い頭角が数本まとまって生えている。ちょうど人間で言えば額の部分から後頭部、背中にかけて、やはりアイゴのものに似た棘のある鰭が形成されていた。

 抱きかかえた娘の腰を下から突き上げるたびに、彼女の胎内に挿入された生殖器が見え隠れしている――やはりか。

 胸中でつぶやいて、アルカードは嫌悪感に顔を顰めた。要するにあの村も含めて領内の村々から攫われてきた女たちは、当初の予想通りキメラの繁殖能力の確認と、キメラの新生児の能力チェックのために使用されているのだろう。

 カスタム・メイドのキメラは通常、人間をベースに作られている場合が多い――命令実行能力を持たせるためには、人間の知能が不可欠だからだ。

 そして生殖能力を持たせたキメラは、ベースになった生物が哺乳類である場合、ベースになった生物種と同じ生物の、通常はメスを襲って繁殖する――つまり人間がベースのキメラの場合は人間の女を、だ。

 キメラはメスの胎内に生殖器を挿入し、自分の体内で作り出した卵を植えつける――キメラ学者の間で便宜上卵とか胚と呼ばれるこれが妊娠可能なメスの子宮に着床すると、子宮内に胎盤を形成する。通常の人間同士の交配の場合は受精によって雄と雌の遺伝子の混合が起こるが、キメラの場合はそうではない。

 すでに受精済みの卵子を直接挿入されるため遺伝子の交配は起こらず、植えつけられた卵は親の複製である。つまり、生まれてくるのは卵を作り出したキメラと同一の形質を持つキメラだ。自分の複製を生ませるのだと言い換えてもいい。

 人間の子供は母体から栄養素とエネルギーを受け取り、それを利用して約十ヶ月ほどかけて胎内で成長するが、キメラの場合はそうではない。

 キメラは代謝速度が早回しにされているために、『妊娠』期間が極めて短い――普通の人間の赤ん坊は出産可能な状態になるまでの間母体からカロリーと栄養を受け取りながら成長するが、そのために母親の体に過剰な負担をかけすぎない様に少しずつ栄養を受け取っている。つまるところ妊娠期間が十ヶ月あるのは、急速に成長すると母体と共倒れになる危険があるからだ。

 だが、キメラの場合は違う。もともと設定された代謝速度と成長速度のために、キメラの胎児は母体の栄養と熱量を胎盤を通して根こそぎ奪い取り、胎内で急速に成長する。そして人間の子供の場合に起こる通常の出産の手順を経るいとまも無く、栄養失調で瀕死の状態に追い込まれた母体の腹を喰い破って生まれてくるのだ――数時間、場合によっては十数分で。

 最後に強く腰をひと突きしてから、キメラは鼠蹊部の装甲の隙間から露出された、それだけが妙に人間のものに似た形状の生殖器を少女の秘裂から引き抜いて、抱きかかえていた娘の体を冷たい石の床の上に投げ棄てた。

 眼前の異形が今まさに撒き散らしている悪夢と狂気から少しでも距離を離そうとしているのだろう、壁際で寄り集まる様にして固まっていた娘たちのひとりに目をつけたキメラがそちらに向かって歩き出す。

 次は自分だと気づいたのだろう、少女が壁に沿ってずりずりと移動しながら距離を取る――キメラはそんな少女のささやかな拒絶なぞ気にも留めず、ずかずかと間合いを詰めて少女の体を床に引き倒した。

 うつぶせに倒れ込んだ少女が身を起こそうと床に手を突き、四つん這いになったところで、異形のキメラは十代の若い娘の腰を両手で捕まえて強く引き寄せ、そのまま彼女の秘裂に後ろから生殖器を突き立てた――哀れっぽく泣き叫ぶ少女の尻に腰を打ちつけ、情け容赦の無い抽送を始める。

 まだ乙女だったのだろう、隔壁に遮られて声は聞こえないものの、悲痛に泣き叫ぶ少女の内腿が破瓜の血で濡れているのが見て取れた。

 不愉快極まりない光景に顔を顰め――隔壁越しにキメラに攻撃しようと手にした塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直したとき、透明度の高い強化硝子の向こうで若い娘相手に腰を動かしていたキメラがいきなりこちらを振り返った。

 大きく開いた完全に閉じない構造の口の内部に二重三重に密生した牙列が、口の中で糸を引いている――少女の体内に容赦無く突き立てた生殖器を最後に一度大きく突き込んでから、キメラはそれまで後ろから突いていた少女の体を床に投げ棄ててのそりとした動きでこちらに向き直った。それまで露出していたそれだけ人間のものに酷似した――ただし異様に太く長い生殖器が、体内に収納されていく。

 同時にキメラの左肩、クチクラで形成された装甲外殻がばくりと展開する――内部にはまるでカットされたダイヤモンドの様にギラギラと輝く硬質の物体が収まっていた。

 それがなんなのかを理解して――戦慄に背筋が粟立つ。咄嗟に体を投げ出す様にして身を躱した次の瞬間、透明度の高い硝子を透過して照射されたレーザー・ビームがそれまで彼が立っていた空間を貫いて背後の壁を照らし出し――ものの一秒と経たぬうちに石造りの壁が昇華して爆発した。

 強烈な爆風とともに、熔融した液状の石が飛沫となって押し寄せてくる。驚愕と危機感に声をあげそうになるのを鋼の自制心で抑え込み、アルカードは右手を翳して呪文を紡いだ。

壁よ――阻めGiran ―― ira!」 咄嗟に口にした呪文とともに瞬時に構築された光り輝く幾何学模様の防御力場が、押し寄せてきた爆風と熔岩の様なオレンジ色の飛沫を遮断する。

 地下に設けられた調製施設の構造物全体が、強烈な爆鳴とともに振動する――視線を向けると、照射されたレーザーは石壁を貫通して数十ヤードぶんの土を熔解させ、廊下の反対側の調製施設にまで達したことがわかった。

 オレンジ色に灼熱し液状化した石と土が、穴の中から壁を伝って床の上にしたたり落ちている――穴の向こうには先ほどアルカードが滅茶苦茶に破壊した調製施設の、見覚えのある演算機の残骸が覗いていた。

 凄まじい威力のレーザー・ビームだ――おそらく焦点温度は十数万度にまで達しているだろう。そしてその破壊状態とは裏腹に、分厚い硝子の様な材質の隔壁には附着した熔岩によるもの以外は焦げ痕ひとつついていない――おそらく、あのレーザーが赤外線レーザーだからだろう。

 炎天下に物体を置いておくと、熱くなる――これは太陽光に含まれる赤外線が帯びたエネルギーが輻射によって物体に移動し、熱に変換されるためだ。

 これを赤外線輻射効果という。

 黒体輻射、つまり黒い物体は熱を吸収しやすいため、特にその傾向がある。

 では、輻射の対象となる物体と光源である太陽の間に、光を高度に透過する硝子などを置くとどうなるか。

 物体は輻射効果によって加熱されるが、硝子自体にはほとんど温度変化が起こらない――光透過率の高い硝子は可視光線と一緒に赤外線も透過してしまうため、エネルギーの移動が起こらないからだ。

 真夏の浜辺で砂浜は火傷するほど熱いのに、海水は冷たいのと同じ理屈である。

 隔壁の透明度がかなり高かったために輻射効果が発生せず――結果として、隔壁には被害が出なかったのだ。

 まずいな。舌打ちして、アルカードは防御結界に対する魔力供給を断ち切った――同時に防御結界がほつれて消える。

 分厚い隔壁は、本来キメラが観察者に対して攻撃を加えられない様にするためのものだ。したがって相応の強度は持たせてあるだろう――透明度の高い隔壁はキメラの繁殖行動の様子を研究者が自分で観察出来る様にするためなのだろうが、生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプのキメラの場合、種類によっては砲撃される危険も伴う。おそらく筋力増幅型のキメラでも破るのが難しい材質で出来ているのだろうが、それ越しにキメラだけが一方的にこちらに攻撃を加えられるとなると――

 生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプに繁殖実験なんてやらせるんじゃねえよ馬鹿ども、こうなるのなんて目に見えてるじゃねえか――

 胸中でつぶやいて、アルカードは体勢を立て直した。

 まだ正気を保っていた娘のひとりが、こちらの姿を認めて硝子越しに何事か叫んでいる――声は聞こえないが、なにを言っているのかは大体想像がついた。たすけて、とでも呼びかけているのだろう。すでにキメラに凌辱されてしまった以上、おそらく生還の目は無いが――

 同時にキメラが右手を振り翳した。

 同時にキメラの右手の五指の鈎爪がそれぞれ一ヤード程度の長さまで伸長し、同時にその輪郭が細かくぶれ始める――同時にキメラの後ろにいた娘たちが、まるで馬鹿でかい音でも聞いたかの様に耳を手でふさぐのが見えた。

 ――高周波ブレード!

 細かくぶれ始めた鈎爪の振動はすぐに小さくなり、再び輪郭がはっきり識別出来る様になった――振動周波数が上がって振動の幅が小さくなったためだ。

 キメラが鈎爪を振り下ろすと、耳障りな高周波音とともに隔壁がまるで紙の様に引き裂かれた。

 何度か切れ目を入れた隔壁を蹴り破って、キメラがこちら側へと踏み込んでくる――硝子越しにレーザー・ビームを撃ち込み続けたほうがキメラ的には有利だったはずなのだが、それをしないのはエネルギー消費量が大きいのか、それとも発振器官の冷却に時間がかかり連続照射が出来ないのか。おそらくは後者だろう――キメラの背面、おそらくは背中に設けられた噴気孔だろうが、とにかくそこから放射される熱気によるものか背後の景色が陽炎の様に揺れている。それに、一発でエネルギーを使い果たす様では実用には耐えない。

「た、助けて!」 先ほどまでキメラに凌辱されていた若い娘のひとりがあげた声が、隔壁が破壊されたためにこちらの耳に届く。

「さて」 気の無い返事を返して、アルカードはキメラに向かって対峙した。

 実際のところ、気が重い――キメラの子を孕んだ女を助ける方法は無い。

 隔壁が破壊されたことで、耳に聴こえない音が鼓膜を震わせているのがはっきりわかる――あの鈎爪が発する振動音だ。可聴範囲をはるかに超えた高周波数で振動する鈎爪が、耳で聴き取ることの出来ない轟音を撒き散らしているのだ。

 右腕の外側に骨に沿って生えた棘のある鰭の周囲が、陽炎の様にゆがんで見える――おそらくあの鰭状の器官が、爪が高速で振動する際に発生する熱を体外に逃がす働きをしているのだろう。キメラの背後の壁もゆがんで見えることから察するに、背中の鰭も同様の役割をしているらしい。

「――!」 耳を劈く様な甲高い叫び声をあげて、キメラが床を蹴る――振り下ろされた高周波ブレードを躱して左腕の外側に踏み出し、アルカードはそのまま胴を薙いだ。が――

 キメラが振り回した左腕から逃れて後退し、アルカードは間合いを取り直した。

「硬いな」 塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直して、そんなつぶやきを漏らす――キチン質の強固な外殻は、疵こそついているもの切断には至っていなかった。

 こちらに向き直りながら右手の鈎爪を振り回すキメラの攻撃を躱し切れず、高周波数で振動する爪の尖端が頬をかすめる――それだけで裂けた皮膚からの出血が振動する鈎爪によって振り払われ、周囲に派手に血が飛び散った。

 激痛に顔を顰めながら舌打ちを漏らして、アルカードはいったん後退した――なにをするにせよ、ここは狭すぎる。

 調製槽室に通じる通路を引き返す様にして、廊下に駆け込む――狭い廊下を一気に突っ切ってから背後に向き直ると、部屋の出口のところでいったん足を止めたキメラが、キチン質で形成された右肩の装甲を展開するのが見えた。まるで針山に針を大量に突き刺した様に、装甲の内部には無数の棘状の突起が生えている。さっき破壊した調製中のカスタム・メイドのキメラの中に、肩の甲殻内部にあれと似た突起を持つ個体がいたが――

 否――あれは突起か?

 次の瞬間――煙を噴きながら突起が肩から飛び出した――飛び出した突起が空中で旋廻し、いずれもこちらに尖端を向けて殺到してくる。

 とりあえず迎撃しようと塵灰滅の剣Asher Dustを逆手に持ち替えたとき、突起のひとつが廊下の壁に接触していきなり爆発した。どうも、あの突起はなにかに突き刺さると爆発するらしい。

 ――生体炸裂弾ミサイルか!

 極東アジアで使われたしん飛鴉ひあや棒火箭といった、黒色火薬を推力に使う原始的な運動エネルギー弾と似た様なものらしい――垂直に射出されてから水平方向に軌道を変化させた今の挙動から察するに、神火飛鴉の様に単純に直進するのではなく脳波による遠隔操作リモートコントロールが可能な様だ。

 そして今の爆発、生体炸裂弾ミサイル単体の破壊力も神火飛鴉とは比較にならない。単体での爆発力は知れているが、場所が悪い――閉塞された地下空間で、おまけに狭い通路。こんな狭い場所で使ったら、爆発の衝撃波が周囲に反響して数十倍にまで破壊力が増幅されるはずだ。

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