The Evil Castle 28

 壁にしつらえられた扉はキメラが通れるサイズの観音開きのものだ。調製槽とつながった配管と配線が、いくつも壁を貫通している。

 特に向こう側で動きは無い――ドアを開けて中に入ると、隣室もやはり調製槽が林立していた。

 ただ、先ほどのものとは中身が違う。こちらは比較的小型のキメラを調製する目的で使われているのか、それとも量産型のキメラを調製しているのか、調製槽の大きさがみんな同じだった。

「これは――」 見覚えのある姿を目にして、アルカードは眉をひそめた。

 調製槽の青みがかった培養液の中で浮いているのは、ホールや書斎で襲撃してきたあの鎧だった。

 図書室やホールで目にしたときの姿のまま、全身を鎧う甲冑の隙間にいくつか繊毛状の電極を取りつけられた鎧の指先が、調製槽の中で撹拌される培養液に煽られて揺れている。

 となると彼らの着込んでいた甲冑は隕鉄を使って誂えられたものではなく、スケイリーフットの硫化鉄の鱗に似通った生体組織の一部だったらしい――道理で肉にがっちりくっついているわけだ(※)。

 相当量の無機栄養塩類を培養液に含有させないと、あれだけ強固な甲冑は出来ないだろうが――ファイヤースパウンの奴が聞いたら興味を示すかもしれないな。

 胸中でつぶやいて、アルカードは唇をゆがめた。グリーンウッド家は専門外だから関心を示さないだろうが、生物学が専門のレッドフィールド家は興味を持つだろう。

 搬出可能な記録媒体があったら、資料を持ち帰ってやろうか――首をかしげつつ、アルカードは調製槽のディスプレイに視線を向けた。

 量産型のキメラだからだろうか、ディスプレイは調製槽ごとに設置されておらず、調製の進捗状況やエラー率など、いくつかに統合されている――それらのひとつに視線を落として、アルカードは首をかしげた。

「ふむ」

 刷り込み進捗率Imprinting Progress Rateと注釈されたゲージが、徐々にではあるが百パーセントに向かって伸びている。

「なるほど――」

 おそらくは主に均一のスペックを持つキメラを複数体量産している関係上、それらの命令実行能力や判断能力を均一化するために刷り込みを行っているのだろう。

 一言で言うと調製中、もしくはスリープ・モード中のキメラの脳にそのキメラを従事させる目的に沿った必要な情報、たとえば警備に使うキメラなら警戒範囲、巡回経路などといった情報を『刷り込んで』いるのだ。基本的な体の動かし方、武器の扱い方なども含まれるため、鎧の様な量産型キメラにはよく用いられる――このプログラムの目的は生まれたてのキメラを即戦力にするためのもので、これを受けたキメラは調製槽から出された直後から十全の状態で動ける様になる。

 人間に譬えて言えば人間が経験で学習する体の動かし方や、読み書き算数といった知識、あるいは技術を、生まれたての赤ん坊の脳に直接書き込むのだ。

 人間の赤ん坊は体が未発達だが、調製されたキメラはすべて成体かもしくはそれに近い状態で『槽』から出されるため、刷り込まれた情報を十全に生かして即座に行動出来る。また製作者への服従に加えて――キメラが会話が可能かどうかは別として――人間の言語を覚えさせることも出来るので、口頭での命令も出来る様になる。

 その一方であくまでも与えられた情報のみで判断しており学習をしないため、先ほどアルカードの『矛』で武器を破壊されたときの様な突発事態には対処しにくい。

「とはいえ――拠点防衛用の量産型にしか使えんか」

 キメラには先ほどの部屋にあった様な目的別に個別に開発されるカスタム・メイドのキメラと、この部屋で調製されている様な量産型キメラの二種類がある――量産型キメラは同一の遺伝子情報に従って同じ個体を大量に作り出すもので、言ってみればここにある調製槽にいる個体すべてが一卵性の兄弟だ。

 こういった情報の刷り込みは、おそらく先ほどの部屋にあった様なカスタム・メイドのキメラに対しては使われまい――刷り込むプログラムの内容はキメラの個体ごとに作り直す必要があるし、そもそも調製槽の中で保存されているキメラたちは実験が終わったらあとは胚を採取するだけの使い道しかない。脳に刷り込まれた内容は第二世代に遺伝しないから、意味が無い――この調整施設で調製されている様なスペックがほぼ均一化された量産型キメラを、目的に合わせて一気に使い物になる様にするためのものだろう。

「てことは、こいつらみんな生殖能力は無いのかね」 量産型のキメラは、押し並べて繁殖能力を持たない例が多い――刷り込みは調製中に行うので、調製槽の中で造ったキメラでないと使えないからだ。刷り込みは即戦力の個体を量産出来る半面、成体が調製によらず発生した幼生、つまり自力での生殖で生まれた幼生に対して技能を習得させることが出来ない。そのために繁殖能力を持たせても、生まれてきた幼生はまるで使い物にならないことが多いのだ。

「さて、と――」 レッドフィールド家の連中が話していた内容を脳裏で反芻しながらそう独り語ちて、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustの柄に手を掛けた――鋼鉄製の鞘と刃がこすれ合う摩擦音とともに、脳裏に直接響く絶叫をあげながら漆黒の曲刀が鞘走る。

「調製の進捗は九十八パーセント――今のうちに始末しないと面倒が増えるな」 そんなつぶやきを漏らし、アルカードは調製槽の列から離れて塵灰滅の剣Asher Dustを振り翳した。

 塵灰滅の剣Asher Dustの漆黒の刀身が蒼白く輝き、バチバチと音を立てて雷華を纏う。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァァッ!」 次の瞬間咆哮とともに塵灰滅の剣Asher Dustを振り抜くと同時、大気が磨り潰される轟音が鼓膜を震わせた。走り抜けた衝撃波が室内の空間を斜めに引き裂き、軌道上にあった調製槽と、その関連機材を次々と切断する。

 破壊された調製槽の上部構造物が床に落下して次々と砕け、調製槽の上部に接続された配管やファイバーケーブルがぶちぶちと音を立ててちぎれてゆく。血の混じった大量の培養液が床を濡らし、調製槽の硝子筒が床の上で砕けて耳障りな音を立てた。

 ズシンという轟音とともに衝撃波が奥の壁に衝突し、壁に斜めに切れ目が走った。部屋の構造物が揺れ、天井からぱらぱらと埃が降ってくる。

「ちゃんと掃除しろ」 部屋をちゃんと片づけておかないと古株の侍女にこってりお仕置きされる環境で育ったために天井の梁まで拭き取る習慣のついているアルカードは、埃っぽくなった空気に顔を顰めながら顔の前で適当に手を振った。

 赤みがかった培養液に真っ赤な血が混じったなんとも言えない嫌な色の液体が床の上に流れ落ち、徐々に広がってゆく。

 それを気にも留めずに、アルカードは踵を返した。足を踏み替えたときに、足元を濡らす培養液がぱしゃっと音を立てる。

 こっちの部屋は量産種用――そんなつぶやきを漏らしながら再び扉をくぐり、先ほどの調製槽室へと取って返す。

 塵灰滅の剣Asher Dustの柄を軽く握り直し、アルカードは軽く剣を振るった――ひぅ、という軽い風斬り音とともに目の前の調製槽に半ばまでの切れ目が走り、内部に満たされた培養液の中に浮かんでいた鳥に似た外見のキメラが胴体を半ばまで切り裂かれて暴れ出す。

 おそらくそれまで強制的に睡眠状態スリープモードになっていたのが、斬撃による激痛で覚醒したのだろう――瞬膜を開いたり閉じたりしながら硝子製容器の中で暴れていたキメラが、血が混じって朱色に染まった培養液が容器の切れ目から流れ出すにつれて動きを鈍らせてゆく。

 調製段階が一定まで進んでいないキメラは、調製槽から出されてしばらく時間が経過すると体組織の結合が崩れて分解して死んでしまう――またキメラ学者は競合する別の魔術師に自分の調製技術を盗まれることが無い様に、キメラの死体が別の魔術師に回収されるのを防ぐための処置としてキメラの死亡、あるいは体組織の死滅が始まると同時に全身の体組織にある種の分解酵素が生成されて肉体を消滅させる仕様にしていることが多い。

 鳥に似たキメラの体が床の上で溶け崩れ消滅してゆくのが正規の調製終了処置ファイナライズ手順プロセスを踏まずに培養液中から出されたからなのか、あるいは死体を消滅させる分解酵素の役割なのかは、アルカードには判断がつかなかった――細胞膜が破壊されて体組織が液状化し、やがてなんの意味も持たない蛋白質と化して、培養液と一緒に調製槽から流れ出し床を汚してゆく。

 そのキメラの最期を見届けることもせず、アルカードは隣の調製槽に歩み寄って剣を振りかぶった。

 

   *

 

Shaaayaaaaaaaaaシャァァァァイャァァァァァァァッ!」 咆哮をあげて――エルウッドが床を蹴る。

 ぎええええ、とひときわ大きなフレイムスロアー――おそらくキメラ研究者によって直接母体に植えつけられた、このホテル内で一番最初に生まれた個体の一体だ――が跳躍した。そのまま奥の壁の高さ七メートルほどの位置にへばりつく。おそらく背中の棘を雨のごとくにエルウッドの頭上に降り注がせようとしているのだろう。

 ――愚か!

 胸中であざけりながら、アルカードは右手を振り翳した。

 左手で保持したままだった『魔術教導書スペルブック』のページがひとりでにぱらぱらと繰られていき、使用者が望む術式を読み出す。

 仮想制御装置エミュレーティングデバイスに組み込まれた高性能の専用中枢演算処理装置プロセッサが使用者の意思に従ってデータバンクから必要な圧縮術式アーカイヴを読み出して解凍し、アルカードの魔力を吸い上げて展開された術式に注ぎ込んだ。

 ぴいん、と音を立てて、翳した右掌に光が生じる。まるでシェードの無い白熱電球の様なその光球は、まるで無限に折り畳まれていた小さな紙の箱を広げるかの様に半透明の細かな平面を次々と展開し始めた。

 微細なポリゴンを無数に貼りつけられて構成された三次元モデルの様に極めて細かな平面の集合体が、やがて砲弾の様な形状をした多面体を作り上げる――獄焔尖鎗ゲヘナフレア・ランスだ。

 次の瞬間透明な『砲弾』の内側、後ろ半分に青白い劫火が満ちる――まるでガス溶接のトーチの様な青白い炎は一瞬で消滅した。炎が消えたあとには熔岩のごとくオレンジ色に輝きながらぐつぐつと煮え滾る熔融した金属が、強烈な対流で内部を攪拌する高圧ガスによって大時化のごとく荒れ狂っている。

 『着弾』地点に届くまでの間に威力が減衰することを防ぐために熱の移動を封じ込める強力な力場によって構成された多面体の力場は、次の瞬間アルカードの望むままに設定された照準地点に向かって飛び出した。

 キメラが背中に密生した棘を撃ち出すより早く、その背中に撃ち込まれた『鎗』の尖端が火を噴く。

 尖端部分の一ヶ所から噴き出した高圧ガスが一点に集中して容易くフレイムスロアーの甲殻を貫通し、その下にあった棘を覆う燐に強引に着火させ――熱に反応してナノカーボンから放出された水素に発火した燐のあげる炎が引火して、次の瞬間爆発した。

 棘が体の内部にあるまま爆発したために背中の肉をごっそり奪い取られて、壁にへばりついていたフレイムスロアーが力無く床に落下する――『鎗』の先端部分から噴き出した高温高圧のガスの噴流が瞬時に肺まで焼き尽くしてしまったために、瞬時に絶命へと至ったのだ。続く爆発によって背中の肉が鞘羽ごとごっそり吹き飛び、背骨も吹き飛んで、床の上で断末魔の痙攣を繰り返すフレイムスロアーの体は出来の悪いカットモデルの様にところどころ炭化した肺の内部が剥き出しになっていた。

 一瞥するだけで肺はもちろん、心臓も吹き飛んでいるのがわかった――あれではもう生き延びられまい。

 獄焔尖鎗ゲヘナフレア・ランス――『魔術教導書スペルブック』を製作した魔術師の編み上げた魔術のひとつで、対戦車用のHEAT弾に似た作用をする。

 前後ふたつのパートに分割された力場の後半部分には高温高圧のガスと、大量の重金属が封入されている。

 重金属は高温高圧のために液状化しており、一緒に封入された超高温の高圧ガスが発生させる猛烈な対流のために常に撹拌されている――撃ち出された獄焔尖鎗ゲヘナフレア・ランスが標的に接触すると前後を分割していたパーティションが消滅し、力場の内部形状に沿って一点に集中して先端部分から噴出する。

 この液状の重金属がHEAT弾がモンロー/ノイマン効果によって発生させる金属噴流メタルジェットと似た作用をして装甲を浸徹し、内部に高温高圧のガスと液状化した大量の重金属を送り込むのだ。


※……

 スケイリーフットは海洋研究開発機構の無人深海探査艇『かいれい』によって二〇〇〇年に発見された『かいれいフィールド』という熱水噴出孔付近で二〇〇一年に見つかった、世界で初めて確認された金属の鱗を持つ生物種です。

 和名はウロコタマフネガイ、ラテン語の学名Crysomallon squamiferumと呼ばれる巻貝の一種で、体表に硫化鉄で出来た強固な鱗を持つことが特徴です。

 一般的な巻貝と違って防御するときに蓋を使わない珍しい貝でもあります。スケイリーフットとは『鱗のついた足』という意味の、学者さんたちのつけた通称です。

 なお、体組織の成分に硫化鉄を持つ生物種は本種が世界で最初に発見されました。

 ちなみにファイヤースパウンには、西暦一五〇〇年の時点ですでに地球上に存在する全生物種の九割の生体サンプルが保存されています。

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