The Evil Castle 27

 

   *

 

 田舎領主の居城には不釣り合いな広々とした闘技場とそれをぐるりと囲む高い壁、壁の上部に闘技場を取り囲み、見下ろす様に設けられた足場――吹き抜けの様に見えなくもない――、そして左右の壁に設けられた巨大な格子状のゲートに視線を投げて、アルカードは顔の半分を片手で覆って嘆息した。

 巨大な石を積み上げて造られた壁や雪で覆われた床にはいくつもの重量級の物体が叩きつけられた様な衝突痕や熱線で熔解した跡があり、そこで戦っているのが人間の兵士ではないことを物語っている。

 筋力増幅型に生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプ――高周波ブレード装備型もいるのか?

 アルカードが今いる場所は壁の上部に設けられた足場、闘技場に向かって大きく張り出した庇状の部分だった。

 どうも練兵場の様な使い方をするわけではない様だ――張り出した足場には観戦するための席などは無く、闘技場を見下ろしやすくするためか手摺は低い。足元に積もった雪を蹴散らして、アルカードは手摺のへりに歩み寄った。

 五十フィートほどの高さから身を躍らせ、闘技場に降り立つ――パラパラと降ってくる雪を無視して、アルカードは歩き始めた。

 この闘技場はキメラ同士を戦わせて、戦闘能力をテストするためのものだ。ならば、あのゲートはキメラ実験施設に続いている。

 アルカードは大股で闘技場を突っ切ってゲートの前に立つと――ゲートの格子の隙間が通り抜けられるほど大きくなかったので――構築した塵灰滅の剣Asher Dustで格子を切断した。通り抜けられるだけ隙間が出来たところで、隙間をくぐり抜けてゲートの向こう側に足を踏み入れる。

 最大で二十フィートくらいの大きさのキメラを製作しているのか、通路の高さはそんなところだった――高さに対して幅は五ヤードほど、照明はあるが今は燈っていない。平坦だった通路は数歩歩いただけで、きつめの勾配がついた螺旋状の下り坂に変わった。

 深さにして三十ヤードほどか、通路を降りきるとかなり広い空間に出た――といっても、無論地上の闘技場ほどに広いわけではないが。

 右手の壁には観音開きの扉が、正面にはおそらく反対側のゲートに通じると思われる勾配のついた通路があった。

 通路からは視線をはずし、横手の壁に設けられた扉に歩み寄る。

 さて、とりあえず――胸中でつぶやいて、扉の取っ手に手を掛け押し開ける――内部を見回して、アルカードはゆっくりと笑った。

 部屋の中にあったのは、大量の調製槽だった――さすがに百とはいかないものの、数十という数の調製槽がずらりと並んでいる。

 円筒形の調製槽のサイズは大きいものは高さ二十五フィート直径十五フィート、小さなものは高さ十五フィート、直径四フィートほど。

 ほとんどは稼働状態で、太いものから細いものまで様々なパイプやホースがつながれた硝子製の調製槽の中に様々な個体が浮かんでいた。

 休止状態の調製槽は内部の培養液が空になっているが、稼働状態の調製槽の内部に満たされた液体はすべて液色が微妙に違っている――調製中の個体に合わせて、液体の組成がそれぞれ違うからだ。

 ぷくぷくと音を立てて時折気泡が弾ける調製槽の中で、調製途中なのかスリープ・モードのまま保存されているのか、キメラたちが静かに眠っている。調製槽の下部に貼りつけられた金属製のプレートに、キメラの固有識別用型式名と思しき名称が刻み込まれていた。

「第一世代のキメラ、か――」 そんなつぶやきを漏らして、内部に足を踏み入れる。

 カスタム・メイドのキメラは通常、戦場で自律行動することを前提に設計される。当然現場までキメラを連れて行かなければならないわけだが、人間よりもはるかに大量の食糧を必要とするうえ寿命も短いキメラをぞろぞろ引き連れて歩くのも効率が悪い。なにより引率者が危険だ。

 だから、キメラを戦場に解き放つ際にはキメラの生殖器から外科的に取り出した胚を持ち歩き、それを現地に近い場所で捕まえた人間の女性の生殖器に植えつける。十数時間、早ければ数時間で生まれたキメラは母親の屍肉を餌に成長し、あとは戦場で敵を殺しながらその死肉を喰らって生き延び、場合によっては人里を襲撃し、女性を襲って繁殖する。

 ここにいるのは第一世代――戦闘能力のテストや実際に人間の女性と交配させて正常に第二世代の個体が作り出せるかどうかを実験し、生殖器から胚を取り出すためのキメラだ。そのため、ここにいるキメラたちが実際に戦場に投入されることは無い――もっとも、キメラが対人の戦争を前提に実戦に投入された例は一度も無いのだが。

 そもそもキメラ研究自体、魔術師の研究分野としてメジャーとは言い難い――設備投資の面で、キメラ学は魔術師の研究分野中でもっとも費用がかかる。

 王族や貴族に仕えて研究費用をねだれる様な学問でもないし、だから魔術師の中でキメラ研究者はもっとも数が少ない。金食い虫で土地も必要、おまけに領内の平民の女性を定期的に連れ去る必要があり、あまつさえ制御が難しく暴走したときの危険が大きい。

 たとえ寄生を試みた貴族が話を聞いてくれ、その貴族が王を弑して国を乗っ取ろうと企む様な野心をいだいていたとしても――キメラ研究者のほうを危険視して殺してしまうだろう。いったん研究が完成すれば、それこそキメラ研究者が今度は自分に牙を剥いたときに対処出来なくなる。

 したがってキメラ研究者を召しかかえるならば、その研究者が造反したときにそれを制圧出来るだけの物量や戦闘能力が必要になる。そしてそれが出来る様な雇い主なら、そもそもキメラ学者を召しかかえる必要など無い。

 ゆえにキメラ研究者を飼う様な手合いは――

「それを一匹狼の吸血鬼相手にけしかけようとしてる奴らなわけ、だ――」

 そんなことを口にしながら調製槽の中に浮かぶキメラたちを順繰りに見遣って、ついで各調製槽の前に設置された銅板に視線を向ける。鏡の様に磨き込まれた金属板の表面に光る文字が浮かび上がり、目まぐるしくスクロールしていた。

「筋力増幅型――」 吸血鬼の眼を以てしても追い切れないほどの速さで変化してゆく表示の一部を読み取って、アルカードは声に出した。

 アフリカ大陸やインド亜大陸、それに東南アジアに分布する大型哺乳類――犀のそれに似た鎧の様な分厚く硬い皮膚で全身を鎧われた、体高五ヤードに届こうかという巨大なキメラ。犀の特徴を持ちながらも全体の特徴は人間のそれに近く、前肢と後肢を各一対備えている。前足は人間の様に五指に分かれてはいないものの四本の指が親指とそれ以外に分かれており、物を掴むことも可能な様に見えた。

「そっちは生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプか」

 甲虫のそれに似たクチクラの装甲外殻で全身を鎧った、カブトムシに似た巨大な頭角を備えたキメラ。おそらく微妙に色の違う太腿と両腕の装甲の中にビーム砲の砲門を備えているのだろう。

生体電撃型バイオショッカー――」

 まるでウナギの様なぬらぬらとした質感の滑らかな外皮に全身を覆われ左右四対の触手を備えた、やはり人型の生物。

寒冷地用局地戦型フォー・アークティックウォーフェア――」

 漆黒の獣毛に全身を覆われた、まるで狼の様な外見の生き物。ただの育ちすぎの犬かとも思ったが、前肢――キメラ研究者は直立二足歩行生物の様に『腕』と形容するほうが適当である場合であっても、腕のことを前肢と呼ぶことが多い――の指が趾行性動物のそれではなく人間のそれの様に五本に分かれ、指も広げることが出来る様になっている。後肢も獣脚の特徴を持ってはいたが、指が非常に長くまた指の間が広がっており、長い尻尾でバランスをとることで直立二足歩行も可能な様に見えた。

 先ほどのキメラと同様犀の様な強靭な外皮に全身を鎧われているものの、全身に無数の角状突起物を備えたキメラ。外皮は装甲の様に強固で、透視してみると筋肉や骨格もまるで鋼の様だった。

 頭部と両前肢、脹脛に角状突起物を備えたキメラ。おそらく筋力増幅型なのだろう、鋼の様な筋肉に覆われた太い肢を持ち、胴体も筋肉の鎧に覆われている。頭部の骨の一部が露出したものであるらしい巨大な角は、非常に硬質に見えた。

 見上げる様な巨体をキチン質の外殻で覆い、両手に巨大な鋏を備えた、直立二足歩行する巨大なカニといった風情の個体。

 両肩と両膝に皮膚の硬質化したものらしい突起を備え、物を掴むことも可能な様に発達した後肢と長い鈎爪を備えたモグラに似たキメラ。

 前肢に四指が変化したものらしい刃状の器官を備え、比較的遊びが多く薄い外殻で全身を鎧った、ほかの個体に比べるとかなりスリムな外見の個体。両腕の装甲の外側と背中の襞状の器官が、成分の沈殿を防ぐために絶えず撹拌されている調製槽の培養液の流れに煽られて揺れている。

 突出した頭部を備え、全身をキチン質の装甲外殻で覆われたキメラ。前肢に左右それぞれ三本の鈎爪を備えており、物を掴むことも可能な様に見える。頭部の形状だけで判断するなら、先ほどのキメラがカニならこちらはエビというところか。

 まるでゾウガメの様な巨大な甲羅を備えた異形のキメラ。下膊に相当する部位と胸部から腹部、それに膝が同様に強固な角質甲板で覆われている。

 全身を体毛が変化したものらしい細かな鱗状の装甲で鎧った個体。全体の印象はアルマジロに似ていて、体の外側と背面を鎧う見るからに強固な装甲外殻には一定の方向に整列した鈎状突起物が無数に生えている。

 眉間から背中にかけて、ヤマアラシの様な無数の針毛が密生した個体。顔の特徴はイノシシのそれに似ている。本物のヤマアラシの針毛でさえ靴底を貫くのだが、この個体の背中の針毛は非常に鋭利なものに見えた。

 クチクラの外殻で全身を覆われた、昆虫に近い風貌のキメラ。両眼は複眼となり、胸部装甲から両脇にかけていくつか穴が空いている。

 カマキリに似た風貌の巨大な複眼を備えた個体。両前肢からは手が失われ、代わりに直立したままで足元に届くほどの長大な鎌が形成されている。

 もう一体とは趣が異なるものの、古代のカメの祖先に似た背中に突起物を備えた巨大な甲羅を背負ったキメラ。完全に閉じることが出来ない構造になっているらしい口の中に、なにかの射出官と思しき管状の器官が窺える。

 刃物の様に鋭利な棘状突起物を備えた鱗で全身を鎧った、爬虫類に似た外見を持つ個体。蛇の様な二又の舌が、培養液の流れに煽られて揺れている。

 獣毛に覆われた猿に似た風貌を持つキメラ。三ヤードを超える巨躯は筋肉に覆われ、指先には短いが鋭い爪が生えていた。

 カニ型キメラのものと同じ直径四ヤード近いサイズの巨大な調製槽の中で翅を広げたまま浮かんでいる、頭部の半分を占める巨大な複眼と左右二対の翅を備えた個体。背中側が緑色の外殻に覆われたその風貌は、古代に存在していたとされる巨大トンボを思わせる。

 いずれも設計思想の差異こそあるものの、それぞれの求められた能力の範囲において特化したキメラであることは疑い様がない――自分を相手に出来るかどうかはまた別問題だが。

 おそらくこの部屋は、完成したキメラをスリープ・モードで保存しておくための、いわば檻の様なものだろう――キメラの調製目的にもいろいろあるが、基本は戦闘かそれに類する目的である場合が多い。ほかの目的、たとえば土木作業なら、現地で人間の女性を調達しなければならないキメラよりも現地で岩や土を材料にガーゴイルやゴーレムを造ったほうが手っ取り早いからだ。

 キメラ自体は砲撃戦、格闘戦、破壊工作に威力偵察、斥候等、分野は違っても戦闘用を主眼に置いて造られている――そのために筋力増幅型や生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプなど、機能に特化したキメラが多い。ここにいるキメラの中にはそれらの機能を併せ持つ、いわばスペシャルアップ・モデルの個体も混じっている様だったが、いずれにせよ、共通しているのは極めて危険だということだった。カスタム・メイドのキメラは強力だが制御が難しく、制御にしくじった際の危険が大きい。

 それが生体熱線砲バイオブラスターや高周波ブレードの様に、強力な装備を備えているならなおのことだ――単なる筋力増幅型はもちろん生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプの様に格闘戦に向かない非力なキメラでさえ、素手で人間の体をバラバラに引きちぎれる。

 キメラ研究者は魔術師という分類に入ってはいるものの、実際のところ魔術そのものにはまるで縁が無いので、キメラが暴走したら身を守るのが難しい――そのため安全管理上、用が無いときはキメラをスリープ・モードで保管していることが多い。檻などに拘束しても筋力増幅型は単純な膂力パワーで、生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプはビーム砲で、高周波ブレード装備型はあらゆるものを斬り裂くその刃で、どんなに頑丈な檻でもゴブラン織りの様に引き裂いてしまうからだ。

 実際に運用するのが第二世代以降であり、自力で繁殖することで兵数を増やすことを前提に設計されているために命令を聞かせるための刷り込みも出来ないので、調をしくじって暴走すると非常に危険な事態になる――そのため、実験などなんらかの用事の無いときは、スリープ・モードで強制睡眠状態にしておくのが安全管理上望ましい。

 アルカードはとりあえず周囲を見回して、部屋の一角に設けられた別の扉に視線を止めた。

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