The Evil Castle 29

 金属噴流メタルジェットそのものは直線的な破壊力しか持たないが、金属噴流メタルジェットになりきれなかった高温のスラッジは触れれば人間の皮膚が瞬時に燃え出すほどの高温を保っているし、液状金属を加速させて金属噴流メタルジェットにするために封入された高温高圧のガスそのものは標的の体内で拡散するから、ある意味ではHEAT弾よりも破壊状態は酷い。

 本来は攻城戦術や強固な外殻を持つ相手に対して使う魔術で、そういった魔術の中ではそこそこ使いやすい――これを受けた相手は外殻を貫通されて大量の高圧ガスと熔けた重金属を流し込まれ、体内を焼き払われることになる。

 想定された外殻の厚みから察するぶんにはいささか過剰な火力の攻撃ではあったが、まあ問題無い――高温のガスやメタルスラッジで火がついたのだろう、体の一部から煙を燻らせながら、キメラの体がウェディングケーキのクロカンブッシュを下敷きにして痙攣している。

 クロカンブッシュは配られる前にキメラどもによって貪り喰われ、すでに跡形も無い――喰い残されていたクロカンブッシュの小さなシュークリームがフレイムスロアーの体に押し潰され、中身のカスタードが床の上に飛び散っていた。あの直径からすると、高さは一メートル強くらいだったのだろうか。

「さて、と――」 つぶやいて、懐から左手を引き抜く。『魔術教導書スペルブック』の代わりに自動拳銃を両手で引き抜き、アルカードは唇をゆがめて笑った。

 両側から二体のキメラが襲いかかってきている――左側からくる一匹はバイオブラスター、右からくるのは今まで見たことの無い新種の個体。エルウッドが電撃を放つ能力を持っていると話していた、金属質の頭角と鈎爪を備えたキメラだ。

 頭部には鉄分が凝縮したものと思しい金属質の頭角、両腕の指先から生えた巨大な鈎爪も、バイオブラスターやブラストヴォイスの様な生物的なものではなく鋭く砥がれた刃物の様な金属質だ。体の一部が金属で構成されているという点では、スケイリーフットに近いが――

 その金属質の爪の尖端からスパークプラグの様に稲妻が走るのを見て取って、アルカードは目を細めた。

 エルウッドは、あのキメラが頭角から放電攻撃を行うと言っていた――『放電』と表現する以上、それなりの間合いがあるのだろう。それなりの高電圧を発生させられるとみるべきだ。

 そして一応、放電攻撃も警戒しておかねばならない――雨天の中でも落雷が発生する様に、放電そのものはこのスプリンクラーの散水の中でも問題無く発生する。あのキメラが空中にジャンプしていれば、放電攻撃そのものは行えるはずだ。

 なら、撃たせないのが得策か――

「俺も行くかよ」 二挺の自動拳銃を懐から引き抜いて、アルカードは跳躍した――両側から鈎爪で攻撃を仕掛けてきた二体のキメラが、目標を失ってむなしく腕を空振りする。

 真上に向かって跳躍し、キメラの攻撃を躱したのだ――二体のキメラの頭を思いきり踏みつけ、さらに跳躍する。その反動で床の上に叩き伏せられた二体のキメラに銃口を向けて、アルカードは頭上からトリガーを引いた。

 周囲の空気が湿っているために若干くぐもった銃声とともに、小気味よい反動が腕を突き抜ける。

 頭部と心臓にそれぞれ二発ずつコントロールペア――胴体に着弾すれば、馬でも一発で殺せる弾薬だ。これで生きていられる望みはまず無い。

 念のために着地の際にキメラの頭を踏み潰して、アルカードは床を蹴った。

 二足歩行する黒狼に姿に変えた獣人族ライカンスロープ、ライル・エルウッドが、手にした千人長ロンギヌスの槍を振るう。ひと薙ぎでその軌道に巻き込まれたキメラどもが手足の破片を撒き散らしながら吹き飛ばされ、胴体を切断されたキメラが床の上でとぐろを巻いた自分の内臓の上に崩れ落ちた。

 千人長ロンギヌスの槍を振り抜いた直後に反対側から二体のキメラが飛びかかったが、それも次の瞬間には鋭利な鈎爪によって撃墜されている。

 エルウッドの身体能力は、獣化ライカンスローピーによって人間態のときの十倍以上に跳ね上がる。長大で重い千人長ロンギヌスの槍も、今の状況では竹竿も同然だった。

 中央付近の敵はエルウッドに任せておけばいい――そもそも得物の間合いの違いで、彼らふたりはたがいを手近に置いて戦うには向いていない。穂先が一・五メートルもあり両刃のエッジを持つエルウッドの千人長ロンギヌスの槍は突くだけでなく振るう遣い方でも威力を発揮するので、もともと剣術を主体に技を修めたエルウッドは斬撃を好んで遣う――刃渡りそのものはアルカードの塵灰滅の剣Asher Dustもさほど変わらないが、柄が長いぶん間合いが広いので、下手に近くにいると斬撃に巻き込まれる。近くにいると、それだけでたがいに足を引っ張り合うことになる。

 アルカードはエルウッドを無視して壁際にいるキメラどもに狙いを定め、そちらに向かって身を躍らせた。それまで給仕の衣装を身につけた男性従業員の遺体を喰っていたキメラ――おそらく個体種はフリーザ様だが――が、こちらを認めてぎええええ、と声をあげる。

 二挺のX-Five自動拳銃をホルスターに納め、塵灰滅の剣Asher Dustを再構築――飛び込んだアルカードが塵灰滅の剣Asher Dustを振るった瞬間、キメラは鋒から逃れて後方に後ずさった。人間の目には見えないのと同じ様にキメラたちにも塵灰滅の剣Asher Dustの姿は見えないはずだが、おそらく風斬り音で間合いを読んだのだろう。

 弾かれた様に後退して距離を離したキメラが、その場で冷気を発生させる。

 この自滅を誘えるのは、おそらくこれで最後か――先ほどの戦闘では濃霧状の水蒸気の中での戦闘だったので、たとえ周りにほかのキメラがいたとしてもフリーザ様の身になにが起こったのかを理解することは無かっただろう。

 だが、今度はほかのキメラたちが彼の身の上に起こる災難を目撃することになる――今後フリーザ様が冷凍攻撃で自滅してくれることはあるまい。

 そもそも冷気を放出するフリーザ様の能力は、狭い空間でこそ真価を発揮する――広い空間では冷気が拡散して薄くなるから、冷却そのものに時間がかかってしまう。たとえここで自滅することにならなくとも、やはり悪手には違い無い。

 それに――

 次の瞬間、予想通りにキメラの悲鳴があがった――脇腹の鰓裂状のスリット周りを掻き毟りながら、フリーザ様が苛立たしげにぐるぐるとうなり声をあげている。

 先ほどと同じだ――降り注ぐ大量の水に二酸化窒素が溶け込み、それが体表を溶かしているのだ。

 ただしスプリンクラーの散水は水蒸気に比べてはるかに量が多いからだろう、このフリーザ様は先ほどのフリーザ様の様に全身を焼かれて死んだりはしなかった――水の量が多いので、硝酸の量自体は多いものの濃度が薄くなっているのだ。

 そのために酸による被害は鰓列周りを中心に多少溶けるにとどまっていて、致命傷には至っていない――先に戦ったフリーザ様は周囲の霧の水蒸気に二酸化窒素が溶けて生じた酸の霧を吸い込んだために肺を焼かれて死に至ったが、このフリーザ様には自分でとどめを刺す必要があるだろう。

 どうしてそうなっているのかがわからないからだろう、アルカードに攻撃を仕掛けることも忘れて混乱に陥っているフリーザ様の頭部に、アルカードは左手で再び抜き放ったX-Five自動拳銃の銃口を向けた。

 とどめの概略照準連射ダブルタップを頭部に叩き込もうとトリガーに力を込めたところで、背後から聞こえた物音に真横に体を投げ出す――それまで彼がいた空間を通り過ぎていったシアノアクリレートがフリーザ様の顔を直撃し、周囲の水分に反応してあっと言う間に硬化した。

 目も鼻も口もふさがれたフリーザ様がアクリルで覆われた顔を掻き毟りながら上体を仰け反らせ、そのまま床に倒れ込む――顔に張りついたアクリルを剥がせずにのたうちまわっているフリーザ様のとどめは後回しにして飲料の給仕台のそばで体勢を立て直し、アルカードは背後のグルーのほうに向き直った。

 さて――

 

 ? 

 初撃をはずしたグルーが気を取り直して、ずいっと右腕を突き出す。下膊の瘤状のふくらみ――おそらく体内で生成されたシアノアクリレートを貯めておき、筋肉の収縮で押し出しているのだろうが――が一気に収縮してシアノアクリレートを絞り出し――

 だが噴射されたシアノアクリレートは、まるで霙の様に半ばまで硬化した状態だった――シアノアクリレートの粘度が上がりすぎてシャーベットの様に固形物の混じった液体を押し出す力が足りなかったのだろう、手首の甲側に口を開けたホースの先端の様な開口部から噴き出したシアノアクリレートは勢いよくは飛ばずにグルーの右手を濡らし、そのままグルーの右腕に頭上から降り注ぐ散水の水分と反応して完全に固形化してしまった。

 ぎっ――うなり声をあげて、グルーが今度は左手を突き出す。

 その行動自体は、予想出来たことだった――。知能はあっても思考が単純な生物は、とりあえずそう考える。

 予想出来たことだったから、アルカードもすでに行動を起こしていた。左手の自動拳銃をその場で軽く投げ上げ、同時にすぐそばの給仕台の上に並べられたソフトドリンクのペットボトルのひとつを手に取る。

 まだ封の切られていない、コカ・コーラの烏龍茶『ファン』――かすめ取ったペットボトルを、アルカードは発射態勢に入ったキメラに向かって放り投げた。

 意図を測りかねてだろう、グルーの攻撃動作が一瞬遅れる――それが攻撃なのか否かを判断出来ずにペットボトルを視線で追って、その視線の動きにつられて左腕の噴射口の射線が若干上にそれた。

 否、シアノアクリレートをペットボトルに浴びせるべきかで迷ったのかもしれない――いずれにせよ、ペットボトルに気を取られたことでグルーの攻撃の成功は無くなった。

 無視してアルカードを攻撃すべきか、それともペットボトルを迎撃すべきか。グルーがその判断を下せずに生じた隙を突いて、アルカードは落下してきた自動拳銃を左手で掴み止めた。

 一瞬で照準を定め、トリガーを引く――狙いは綺麗な放物線を描いて、ちょうどグルーの左腕の噴射口の正面に落下し始めた烏龍茶のペットボトル。

 もうことここにいたっては、キメラにこの攻撃を阻止するすべは無い。どうせ左腕の噴射管を構えた時点で、噴射管の内部にある程度水が入り込んでいるだろうが――まあ、駄目押しというやつだ。

 銃声とともに反動が肩を貫き、同時に発射された九ミリ弾がペットボトルに着弾する。

 アルカードが使う銃弾はグレイザー・セイフティー・スラッグを参考にしたフランビジリティー――つまり標的の体内に入り込むと変形してその抵抗で停止し、そうすることで全運動エネルギーを放出する構造になっている。

 意外に思われるかもしれないが、貫通力の高い銃弾というのはその一方で標的に与えるダメージがさほど大きくない。

 無論ダメージ、というか破壊力の定義にもよるのだろうが、対人停止力マンストップパワー――標的に与える衝撃力の点では、貫通力の高い弾薬はほとんど役に立たない。

 アルカードの銃に装填されていたのが普通弾ボールやそれに類する変形しない構造の弾頭を持つ弾薬であったなら、この銃撃はなんの意味も持たない悪手であっただろう。だがフランビジリティーは標的の内部に入り込んで変形し停止することで、弾頭が持つ運動エネルギーすべてを衝撃波として内部で放出する。

 そして標的の内容物は水を主成分とする烏龍茶――衝撃波の伝播速度は肉とは比べ物にならない。アルカードの撃ち込んだ銃弾は空中にあったペットボトルを衝撃波でずたずたに引き裂き、中身の烏龍茶を四散させた。

 浴びせかけられた液体がただの水であったことに気づいてか、グルーが再びこちらに向かって左腕を突き出す。彼には理解出来ていないだろうが――もう遅い。

 どきゅ、と左腕の膨らみが収縮して、噴射口からシアノアクリレートを噴出させる――が、もはや恐るるに値しない。このグルーのシアノアクリレートは、これが最後だ。

 今度は右腕ほどではなかったが、噴射されたシアノアクリレートはやはりかなり粘度が高くなっていた――シアノアクリレートは水と反応して硬化し、アクリル状の固形物を形成する。

 無論周囲の空気にわずかでも水蒸気が含まれていれば徐々に硬化しながら飛んでくるわけだが、それはつまり周囲に大量の水が存在する環境ではすぐに硬化が始まるということだ。

 今の様に頭上から大量の水が降り注いでくる環境では、噴射してすぐに硬化が始まる――大量の飛沫が周囲に飛び散り、それが噴射管を濡らしてもいるから、噴射管の内部にある時点ですでに硬化は始まっているだろう。おまけに烏龍茶のペットボトルを破裂させ、その内容液を浴びせかけることで発射体勢に入ったグルーの左腕の噴射管の内部に大量の水分を送り込んでもやった――細かな構造まではわからないが、グルーがシアノアクリレートを噴射管の内部に送り出したその時点でシアノアクリレートは硬化を始める。

 噴射管内部に送り出されて水に触れたシアノアクリレートが硬化して噴射管はまるで血栓を起こした血管の様に狭まり、噴射は勢いを減じる。

 左腕の噴射管でもう一度シアノアクリレートを噴射しようとすれば、右腕の二の舞になるのが関の山――もしかするとすでに詰まっているかもしれない。この攻撃を撃った時点で、もはやシアノアクリレートは使い物にならない。

 

 アルカードは左手で保持した自動拳銃を懐のホルスターに戻すと、手を伸ばして手近にあった給仕台の長テーブルの天盤に敷かれた布製のテーブルクロスを掴んだ。水をたっぷり吸って重くなったテーブルクロスを、力ずくで引っぺがす――その上に置かれていたウィスキーの瓶や溶けかけた氷の入ったアイスペール、日本酒の菰樽やソフトドリンクのペットボトルが床の上に散乱してやかましい音を立てる。アルカードはその騒音を無視してテーブルクロスを振り回し――眼前のグルーの最後の飛び道具シアノアクリレートを迎え撃った。

 粘度が高すぎて塊状になったシアノアクリレートをバッティングの様に打ち払い、そのままテーブルクロスを投げ棄てて、アルカードは床を蹴った――左腕で噴射したシアノアクリレートが命中しなかったためにもう一度噴射しようとしたのだろう、あるいは一度目を回避したところで即座に二度目の噴射を浴びせかけようとしていたのか、とまれ二度目の噴射を試みたグルーの左腕は右腕同様シアノアクリレートによって完全に固められて指を開くことすら出来なくなっている。ぱっと見た限りでは繊毛状の鞭は手首の噴射管のすぐ下に収納される構造になっていたから、鞭もシアノアクリレートに固められてもはや使い物になるまい。

 人間がベースである以上それなりに知能は高いのだろうが、そういった化学の分野になってしまうと理解出来ないのだろう――戸惑い気味の声をあげながら、グルーが腕とこちらを見比べている。

 アルカードの接近に気づいて、グルーが反射的に再び右腕を突き出し――最初の一撃で肘のあたりから右腕を切断され、続く一撃で首を刎ね飛ばされて、グルーがその場に崩れ落ちた。切断された腕の断面から、半透明のシアノアクリレートが血に混じって流れ出している。

 その様子から視線をはずして、アルカードは周囲を見回した。顔にシアノアクリレートを浴びせかけられたフリーザ様はそのまま窒息死していたが、合計五体のキメラがアルカードを取り囲んでいる――フレイムスロアーが一体、ブラストヴォイスが二体、バイオブラスターが一体、グルーが一体。

「さて――」 それを見遣って口元に笑みを刻み、アルカードは床を蹴った。

Aaaaaa――raaaaaaaaaaアァァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに――アルカードが振るった塵灰滅の剣Asher Dustの刃が、空気を引き裂いて風斬り音をあげる。

 ブラストヴォイスの一体とグルーが防御のために翳した鈎爪ごと首を刎ね飛ばされ――鏡の様に滑らかな切断面からホースを上に向けて水を出したときの様に一度だけぶばっと血を噴き出させてから、二体のキメラが糸が切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。

 ぎいいいいい、と声をあげて、キメラの一体――フレイムスロアーが両腕をこちらに向けて突き出す。同時にバイオブラスターが遠赤外線を放射する鈎爪を、ブラストヴォイスが高速で振動する鈎爪を、それぞれ翳して床を蹴った。

 回避が最上の選択であることはわかっていたが、残念ながらその暇が無い――攻撃動作の直後で体勢が悪すぎる。アルカードは回避の選択肢を躊躇無く放棄し、左右から突っ込んできた二体のキメラの鈎爪を迎え撃った。

 塵灰滅の剣Asher Dustの物撃ちとブラストヴォイスの鈎爪が接触するたびに、振動周波数が可聴範囲まで落ちたために発生する耳障りな高音が鼓膜を震わせる。

 剣術を修めた相手と戦った経験など無論無いだろうが、二体のキメラは人間離れした反射速度と左右合計十本の鈎爪の波状攻撃を利して、アルカードの斬撃を捌いている――無論、余人は左右を取られた状態で二十本の鈎爪によって繰り出される波状攻撃を剣ひと振りで完璧に捌いているアルカードにこそ瞠目するだろうが。

 今まで見た限り、ブラストヴォイスやバイオブラスターといった鈎爪が伸縮するタイプのキメラは指一本当たり六個の関節を持っており、人間には想像も出来ない自由度で鈎爪を動かせる――ただ引っ掻くだけの攻撃に比べると始末が悪い。

 とはいえ――

 ――ヌルい!

 胸中で吼え、アルカードは反撃を仕掛けた。

 左足を軸に大きく転身して縦一文字の一撃を仕掛けてきたバイオブラスターの左腕を躱して側面に廻り込み、胴を薙ぎながら脇を駆け抜ける。そのままバイオブラスターの背後に廻り込んで、アルカードは左手で彼の背中を突き飛ばした。

 前方に押し出す様にして突き飛ばされたバイオブラスターの胴体に、正面から突っ込んできたブラストヴォイスが突き出していた鈎爪が突き刺さり――心臓と肺を高周波数で振動する鈎爪の尖端で貫かれて、バイオブラスターが水音の混じった悲鳴をあげる。鈎爪にべっとりとこびりついた血が高速振動によって振り払われ、血煙となって視界を汚した。

 鈎爪の刺さった傷口を中心に振動波の伝播によって剥き出しの筋肉繊維がずたずたに引き裂かれ、噴き出した血が背中を伝ってしたたり落ちる。

 おそらく体内でも心臓や肺が高周波振動によってずたずたに破壊され、機能しなくなっているだろう――バイオブラスターの放熱が恒常性ホメオスタシスによるものか、それとも専用の発熱器官を持っているのかはわからないが、放熱を行うためには酸素が必要になる。肺胞が血で濡れてしまえばガス交換が出来なくなって発熱能力は機能しなくなり、放熱爪や赤外線レーザーの使用はおろか通常の活動も不可能になる――あとは肺に溜まった血で溺れ死ぬだけだ。

 爪の根元まで喰い込んだ仲間の体を振りほどこうとしているブラストヴォイスの内懐に、アルカードは雄叫びとともに踏み込んだ。

 ぎえええええ、と叫び声をあげながら、ブラストヴォイスが空いた右手の鈎爪を振るう。

Aaaaalieeeaaaaaaaa――アァァァァァラァィィヤァァァァァァァァァ――ッ!」

 塵灰滅の剣Asher Dustの一撃で右手の鈎爪を五本まとめて撃ち据えられ、振動周波数が実用範囲外まで低下したためにブラストヴォイスが右腕を引き戻す。それを見定めて、アルカードは右腕を撃った反動で切り返した刃で次撃を繰り出した。

 いったん鈎爪を縮めてようやくバイオブラスターの体を振りほどいたブラストヴォイスが左腕を振り翳し、耳障りな振動音を立てる鈎爪を振るう――アルカードの繰り出した一撃は崩れかけたバイオブラスターの死体もろとも、その左腕を切断した。

「死ねよ――!」 声をあげてさらに右腕一本で振り抜いた曲刀を切り返そうと手首を返した瞬間、ブラストヴォイスが跳躍した――斬り合ううちに位置関係が変わり、ブラストヴォイスの背後にはフレイムスロアーが控えている。

 それまで位置関係が頻繁に入れ替わっていたからだろう、フレイムスロアーは攻撃を控えていたのだが――バイオブラスターが斃されブラストヴォイスが直線状から退いたことで射線がクリアになったからだろう、フレイムスロアーが踏み込みながら両腕の放射管から炎を噴出させた。

 小さく舌打ちして、足元に倒れかけていたバイオブラスターの屍を掴み上げて楯にする――アルカードはそのままバイオブラスターの背中を押し出す様にして背中に蹴りを入れ、キメラの体をフレイムスロアーに向かって吹き飛ばした。

 フレイムスロアーには鈎爪の様な間合いの広い武器が無い。吹き飛ばされたバイオブラスターを十分に離れた距離から振り払えないまま、フレイムスロアーは横跳びに飛び退こうと――するより早くバイオブラスターの胴体をぶち抜いて突き込まれた塵灰滅の剣Asher Dustの鋒に胸部をぶち抜かれ、フレイムスロアーが雷撃に撃たれた様に体を仰け反らせる。

 別に、バイオブラスターをの死体を叩きつけたりして動きを止めるつもりは無かった――フレイムスロアーの視線を切って、バイオブラスターの屍を追って飛び込んだアルカードの刺突動作を気取られない様に出来ればそれでよかったのだ。なにしろ頭上からシャワーで撒いた様に――というのはそのままの意味だが――消火用散水が降り注いでおり、宴会場の中でも防火ベルが鳴り響いている。音をあてにして死角になった相手の挙動を探るのも、気配を頼りに攻撃を読むのも、どちらも無理だ。の視覚を持つアルカードと違い、この状況ではキメラたちは目視に頼るしかない。

 よほど生命力が強いのか、それとも心臓に類する器官を複数備えているのか、胸部をぶち抜かれてなお生命の兆候を維持したままフレイムスロアーがぎえええええと悲鳴をあげる――アルカードはその体を剣で串刺しにしたまま振り回し、少し離れたところでアルカードの肉体を共鳴現象で破壊するために叫び声をあげ始めていたブラストヴォイスに向かって投げ棄てた。

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