Dance with Midians 16

 

   *

 

Uryyyyyyyyyyyyyyyyウリィィィィィィィィィィィィィッ!」 金切り声をあげながら飛び込んできたゲオルゲが、再び右腕を振り回す。

 動きそのものは素人特有の出鱈目さだが、やはり速い――だが彼を心底心胆寒からしめたのは、ゲオルゲの動きの速さではなかった。とっさにその手は躱したものの、空振りしたゲオルゲの右手が――先ほど手甲を叩きつけて骨を砕いたはずの右手が――屋敷の門柱に当たり、信じられないことに石造りの門柱を一撃で薙ぎ倒したのだ。

 馬鹿な――!?

 小さくうめきながら、足元に落ちていた革の水筒をゲオルゲの顔めがけて蹴り飛ばす――別にこれで傷を負わせる必要は無い。要は視線を遮ればいいのだ――そのまま踏み込んで、革袋を死角に使って顔に向かって刺突を繰り出す。

 だがそれより早くゲオルゲが左手を翳し、ヴィルトールの突き出した剣の鋒を掌で受け止めた――鋒がそのまま掌に突き刺さり、手首を貫通して骨と平行に肘まで突き抜ける。

「――っ!」

Uuuuu――ryyyyyyyyyyyyウゥゥゥゥゥ――リィィィィィィィィィィッ!」 金切声とともにゲオルゲが振り回した右手の指が肩の装甲をかすめ、そのまま装甲の革製のストラップが弾け飛ぶ。

 まずい――小さくうめいて、ヴィルトールは骨に沿う様にして下膊全体を貫通した剣を手放した。再びゲオルゲの腕の外側に踏み出し、同時に左脇の下に吊った革と金属を組み合わせて作った鞘から格闘戦用の大型の短剣を逆手で引き抜いて、すれ違い様にゲオルゲの左胸にその鋒を突き立てる。

 水平に寝かせた短剣の鋒が衣服を貫通して胸骨の脇を通り、肋骨の隙間から肺を傷つけ心臓に達した――思考とは別のところにある殺人者として刷り込まれた技術と知識が、ゲオルゲを止めるためにはこのままどうすべきかを冷静に判断している。

 ヴィルトールは側面に廻り込みながら短剣を斬り回して、脇腹に突き立てた短剣でゲオルゲの胴を切り開いた――破壊された心臓と肺から噴き出した血が傷口から漏れ出して、ぼたぼたと音を立てて地面にしたたり落ちる。

 気道を通じて血が喉に上ったのだろう、絶叫をあげようとしたゲオルゲの口からは嗽に似たごぼごぼという水音が漏れただけだった。

 背中側まで切り回した短剣はそのままに、ヴィルトールは背後に廻り込んでゲオルゲの体に背中から組みついた。顎を持ち上げる様にしてゲオルゲの頭を仰け反らせ、同時に空いた手で装甲の隙間に仕込んだ鞘に納めてあった細身の短剣を引き抜いて、剥き出しになった喉笛を水平に引き裂く。

 心臓が先に傷ついて血圧が下がっているためか、それとも首筋の大量出血が原因か、頸動脈を引き裂いても派手には出血しなかった――だがそれがとどめになったのだろう、ゲオルゲの体から力が抜け、細かな痙攣を繰り返しながら崩れ落ちる。

 否――信じがたいことに肺と心臓を引き裂かれ、喉笛を切開されてなお、ゲオルゲは生命の兆候を見せていた。かたわらに立ったヴィルトールの足首を掴もうと伸ばされたゲオルゲの手を蹴り飛ばし、手にした短剣の柄を逆手に握り直して、ゲオルゲの眼窩へと短剣の鋒を突き立てる。

 それでとうとう動きを止めたゲオルゲの屍を見下ろして、ヴィルトールは眼窩に突き立てた鎧徹の刃を引き抜いてその場で立ち上がった。

 どういうことだ……?

 荒い息をつきながら、動かなくなった使用人を観察する――さっきの表情は明らかに正気のそれとは思えなかった。まるで狂おしいほどの餓えに苛まれていたかの様に。

 これが『公爵』の仕業なのか? 『血を寄越せ』と言っていたが――

 疑問は尽きないまま、ヴィルトールはゲオルゲの左腕を貫通した長剣と左脇腹を切り開いた心臓破りを引き抜いた。

 なにかはわからない。だが、屋敷になにか危険なものがいたのは疑い無い――あるいはまだいるかもしれない。少なくとも雑貨屋の家族と違ってゲオルゲは、町が襲われたあとに襲撃を受けたのは間違い無いだろう。

 ゲオルゲの亡骸の首筋に手を触れる――予想した通り、首筋には蛇の噛み痕の様にふたつの孔が穿たれていた。

 雑貨屋の家族と同じだ――つまり同一の攻撃者、最低限同一の種がこれをやったということになる。

 敵が単独なのかそれとも複数いるのかで、対処はまったく変わってくるが――

 いずれにせよ、踏み込む以外に選択肢は無い――長剣の刃にこびりついた血を振り払い、ヴィルトールは屋敷の門を抜けて敷地内に足を踏み入れた。

 

   *

 

 池上が教えてきた連絡先の相手が電話をかけてきたのは、十八時半を少し回ったころのことだった。ちょうど彼の勤務時間が終わった直後のことで、事務所に戻ったところで携帯電話が鳴っている場面に出くわしたのだ。拙速すぎる気がしないでもないが、アルカードは別段気にしていなかった――提示した時間はきちんと遵守されているし、こちらが都合が悪ければ無視を決め込めば済むことだ。

 どのみち着替える必要すら無い。アルカードの出退勤は、基本的に晴れている日はこの恰好のままだ。

 店の制服の格好でそのまま帰ろうとしていたところで、足を止める――ポケットから取り出した携帯電話を開いて番号を確認し、アルカードは電話に出た。

「もしもし」

「ハ……ハロー、マイネームイズ――」 お世辞にも巧い発音とは言えないたどたどしい英語でそう話し始めた相手にくすりと笑い、アルカードは相手の言葉を遮って口を開いた。

「はじめまして、アルカード・ドラゴスです。日本語はしゃべれますから、どうぞ日本語で話してください」

「あ、それはどうも失礼しました。はじめまして、私、北川と申します。実は私、岩谷さんから池上さん経由で紹介を――」

「――ああ、はい。承ってますよ」 そう返事を返しながら、アルカードはタイムカードを機械に差し込んだ――ガチャンと音を立てて印字されたタイムカードを引き抜いてホルダーに戻し、事務所の入り口に歩み寄る。

 今日この時間で退勤するのはアルカードだけだ――アルバイトのホールスタッフは皆休暇中が稼ぎ時だと思っているので、休日は一日中仕事をしている。

 アルカードとしても、それには異存無い――人は十分いるし、アルカードでなければ出来ない仕事というのは今日はもう無い。

「で、うちのエンジンなんですけど」 事務所の扉を後ろ手に閉めたとき、背の高い金髪の女性が凛と蘭と一緒に姿を見せた。デルチャ・チャウシェスク・神城――老夫婦の娘御で、凛と蘭の母親だ。店の建物は老夫婦の自宅と棟続きになっており、そのためふたりの子供たちは祖父母の家に遊びに来ると店に頻繁に出入りしている。

 こちらが電話をかけているからだろう、彼女は話しかけてはこなかった。代わりに微笑んでみせた彼女に軽く手を振り、店の裏口に歩き出す。

「事故ったコーヴェットから取りはずしたLT1です――オーバーホール済みですが、何年か放置状態でした。ですので、錆止め代わりに稀釈してないLLCの原液を充填したままにしてありますが、クーラントの水路ウォータージャケットなんかは少々怪しいです。それで問題無い様ならお譲りしますよ」

 それを聞いて、電話の向こうの北川某がごくりと息を飲んだ。

「えー、いくらくらいで……?」

 その言葉に、アルカードは裏口の扉を開けながらちょっと考え込んだ――気安く引き受けたはいいが、実際にいくらくらいでという交渉までは考慮していなかったのだ。

 ネットオークションなどでエンジンがいくらで出回っているかなんて知らない――とりあえず思いついたことを口にする。

「お住まいどちらでしたっけ?」

「三重の鈴鹿です」

「十二万くらいでどうですか? 送料入れて十五万くらいになる勘定じゃないですかね」

 それを聞いて、北川がほっとした様な声を出す。

「わかりました。よければぜひそれでお願いします」

「じゃあ送り先をお願いします」

 北川の口にした住所は、池上の知己の整備工場のものだった――池上とのつきあいで、アルカードも直接知っている人物の工場だ。まあ、自宅に送るよりは作業現場に直接送ったほうが早いだろう。

 荷物のサイズからして引っ越し便になるので代金引き換えは使えないだろう、ということで振込先の口座番号を伝え、それで通話を切る。

 送料をあらかじめ三万円支払うと申し出てきたので、アルカードとしては元払いでかまわない――三万円あれば送料としては足りるだろうし、足りなければ請求出来る。といっても大幅に足が出ることは無いだろうから、わざわざ請求する気も無いが。

 問題があるとしたら、送料が余ってしまった場合だが――その場合はこっそり梱包に忍ばせておこう。

 それで自分を納得させ、アルカードは裏庭の塀に設けられた扉を開けた。アルカードの駐車場と老夫婦の自宅はアパートの建物と背中合わせに隣接していて、どちらからもアパートに抜けられる様に扉がついている――郵便受けのほうに廻り込むと、アパートの玄関に法衣を身に纏ったプラチナ・ブロンドの青年がたたずんでいるのが視界に入ってきた。

 涼やかな容貌の、二十代半ばの若者だ――総本山から在東京ローマ法王庁大使館に出向している聖堂騎士団の折衝役、セバスティアン神田はこちらに気づくと優雅に一礼した。

「お久しぶりです、ドラゴス師」

「ああ、わざわざ足労させてすまないな」

「いえ、瑣事ですので」 そう言って、神田は裏手の駐車場を視線で示した。

「空いていましたので、一レーンお借りいたしました」

「ああ、もちろんかまわん。装備は?」

「いつごろお戻りになるかわかりませんでしたので、まだ車に積んだままです」

「わかった、早いところ降ろしてしまおう」

 そう返事をして、アルカードは来た道を引き返して駐車場に続く扉を開けた。

 後ろ向きに駐車されたトヨタのライトバンに近づいて、神田がトランクを開ける。

 その中に収められていた巨大なコンテナケースを、アルカードは軽々と引き出した。生身の人間の神田がどうやってこれを積み込んだのかと思うほどの重量物だが、アルカードにとってはまるで問題にならない。

 中身はいくつかに分割された甲冑だ。巨大なコンテナふたつをそのまま自室の窓の前まで持って行って、掃き出し窓の外に置く。あとで窓から中に入れればいい。

「大物はこれだけです――あとは私だけでも運べますので」

「わかった。俺は窓を開けてくる」

 神田の言葉にうなずいて、アルカードは踵を返して玄関へと歩き出した。

 

   †

 

「大物はこれだけです――あとは私だけでも運べますので」

「わかった。俺は窓を開けてくる」

 神田の言葉にうなずいて、アルカードが踵を返して歩き去る。窓を開けて、そこから部屋に運び込むつもりなのだろう――あとの荷物は知れているので、神田は足早に駐車場への扉を抜けた。ラゲッジスペースに残っていたトランクケースふたつを取り出して、バックゲートを閉める。ロックをかけて再び扉をくぐると、アルカードが明け放った窓から荷物をリビングに持ち込んでいるところだった。

 さすがは怪物フリークスと言ったところか――大の大人数人でも取り扱いに苦労する様な大荷物を、彼は平気な顔でリビングに運び込んでいる。

 彼に最後の荷物を渡し、神田は玄関に廻り込んで部屋に入った。

「失礼いたします」 リビングに立ち入ると、吸血鬼は外から見えない様にだろう、裏庭に面した吐き出し窓のカーテンを閉めているところだった。

 最後に持ち込んだふたつのケースは、ショットガンと拳銃用に用意された大量の弾薬だった――それがわかっているからだろう、アルカードはそちらは後回しにして一番大きなトランクに手をかけた。

 大型のトランクを開けると、香港から発送されてきたアルカードの装備一式が格納されていた。表面の鞣革と裏地との間にチェーンメイルと強靭なスペクトラ・シールド抗弾繊維の生地を何十枚も重ねた、愛用のレザーコート。これだけでも神田の体重の半分近いはずなのだが、アルカードは甲冑を着込んだ上からこれを羽織り、そのうえでオリンピックアスリートも裸足で逃げ出すほどの運動能力を見せる。

 アルカードは次々とケースを開けて、分割収納された装備品を確認した。こちらに関しては欠品が無いかざっと確認しただけなのだろう、アルカードはすぐに蓋を閉めた。

 最後は神田が新たに持ってきたトランクケースだ――アルカードは見た目より重いケースをひょいと持ち上げて、大型のコンテナの上に置いた。

 ロックをはずして蓋を開けると、愛想の無い無地のボール箱がぎっしりと収まっていた――ショットガン用の十二番ゲージの弾薬ショット・シェルだ。

 ボール紙にはそれぞれ『BS』『HE』『AP』『CI』『MF』と、これも愛想無くマジックで記載されている。全長が七センチほどもある弾薬なので、それなりの数を用意しようとすると相当な重量になる。

 記載された略号の個別の意味は、神田も詳しくは知らない――以前聞いてみたら、それぞれ鹿撃ち用散弾バックショット高性能爆薬弾ハイスペック・エクスプローダー徹甲弾アーマー・ピアシング、それに化学焼夷弾ケミカル・インセンダリーの略称なのだと教えてくれたが。

 MFはマーキュリー・フランビジリティーの略称だ。日本語で適切な訳語は思い浮かばないが、水銀破砕弾くらいの意味になるだろうか。要は彼が自動拳銃やサブマシンガンで使っている弾薬の構造を、ショットガン用の弾薬で模倣したものだ。

 開発局からは各種百発ずつ、合計五百発用意していると聞いている――道理で重いわけだ。

 こちらに関しては中身を確認する気は無いのか、アルカードはすぐに蓋を閉めた――弾薬の品質の確認の仕方など神田は知らないが、手っ取り早くて確実な方法が実際に撃ってみることだということはわかる。品質が確認出来ると同時に使い物にならなくなるので、意味は無いだろうが。

 次いで、アルカードが同じサイズのトランクをもうひとつ取り上げて、同じ様に蓋を開ける――こちらは先ほどのトランクとは比べ物にならないくらい小さなボール箱が、余すところ無く収められていた。

 これはX-FIVEやMP5に使用する、拳銃用規格の九ミリ口径の弾薬だ――こちらは拳銃とサブマシンガンの両方で使用されるために、消費量が半端ではない。ケースに収められている弾薬はゆうに一万五千発はあるだろう。規格は同じだが銃身長が違うために拳銃用とサブマシンガン用で火薬の組成が異なるらしく、ボール箱に『HG』『SMG』と略号が書き込まれていた。

 それを見下ろして唇をゆがめ、アルカードはボール箱のひとつを開けて銀色に輝く弾薬を取り出した。

 小さな弾頭は、銀合金で出来ている――先端にはキャップがかぶせられ、その周囲には細かな刻みノッチが入っていた。

 神田自身は実際に使ったことは無いが、聖堂騎士団が一部の騎士に装備させている対魔物用の特殊な弾薬だ。アルカードが考案したと聞いている。

 グレイザー・セイフティー・スラッグと呼ばれる、特殊なフランビジリティーを参考に作られた弾薬だ――フランビジリティーというのは目標の体内で砕け散ったり変形して体内で停止し、殺傷能力を高める目的で設計された弾頭の総称で、いわゆるダムダム弾のたぐいらしい。

 魔物のたぐいと銃で戦うなら、どうしても特殊な仕様のフランビジリティーが基本になる。吸血鬼が相手だと、普通の弾薬では効果が薄い――物理的に肉体を破壊するだけでなく、同時に霊体を破壊しないと、それなりに強力な吸血鬼は損傷を復元して復活してしまうからだ。

 弱い吸血鬼は肉体に致命傷を与えたり体内に異物を撃ち込んでそのまま除去出来ない様に固定してしまうと、損傷を復元しきる前に力を使い果たして死んでしまう――したがって弱い吸血鬼ならば、生身のままでも殺害することは出来る。

 だがそれなりに強力な吸血鬼は肉体が破壊されても霊体に順応して傷が高速で治癒するために、肉体と霊体を同時、あるいは霊体を先に破壊しないと効果が薄い――通常の銃弾で霊体を破壊するのは不可能だし、銃弾を大量に撃ち込んで復元不可能なほどの挽肉にするのは非常に効率が悪いので、霊体を破壊出来る様にするにはひと工夫必要だ。

 その基本的な方法のひとつが、標的の体内に自分の血液を撃ち込むというものだ。

 血液は肉体の一部であり、微弱ながらも魔力を帯びている――これを標的の体内に撃ち込むと、入り込んだ血液が魔力を放出する。霊体は魔力が織りなす霊的な体であり、したがって他者の血液が放出した魔力は異物になる――その異物が、標的の霊体を破壊するのだ。

 常人の血液をいくら撃ち込んだところで、相手の帯びるダメージはたかが知れている――人間の血液を他人の体内に送り込んだところで、なんの影響も無い。吸血鬼の場合でも同様で、血液提供者の魔力が弱すぎて針で突かれた程度にも感じないだろう――だが、血液提供者が単体で莫大な魔力を持つロイヤルクラシックならば話は別だ。

 銀合金製の弾殻の内側に細かな銀製のベアリングとアルカードの血液を混ぜた水銀が封入されており、これが標的に物理的衝撃を与えるとともに魔力がより広範囲に拡散する環境を作り上げ、肉体と霊体を同時に破壊するのだ――銃弾は敵の体内で停止しないと肉体的にも霊体的にも効率よくダメージを与えることが出来ないため、標的の体内に入ると衝撃で砕け散る構造の弾薬を使う。

 運動エネルギーは体内ですべて放出されて衝撃に変換され、効率よく魔力を伝達する性質を持つ水銀と銀のベアリングがより広範囲に魔力を撒き散らす。

 その際に放出される魔力の量が生身の人間が使った場合に比べて桁違いに多いために、アルカードの銃弾は命中箇所によっては一弾で魔物どもを消滅させることが出来る――当然のことながら、事前にアルカードの献血が必要になるわけだが。

 アルカードは弾薬をボール箱に戻すと、かすかに笑って蓋を閉じた。

「手榴弾や擲弾はそちらのケースに」

 神田が指差したケースを見遣って、アルカードが小さくうなずく。

「対人用の弾薬は使用報告がありませんでしたので、見送っております」 そう続けると、アルカードは再びうなずいた。アルカードは吸血鬼狩りを専門にしているが、依頼されるとヴァチカンの要人の近接警護を引き受けることがある。そういった場合には今回納品した弾薬は使わずに、対人用途に特化した殺傷能力の高い銃弾を使うのだ。

「ご苦労だったな、神田」

「いいえ」

 かぶりを振る神田から視線をはずし、アルカードが左手首の腕時計に視線を落とす。

「ずいぶん遅くなっちまったな――男の相伴でよければ、晩飯でもどうだ」

 

   †

 

「ずいぶん遅くなっちまったな――男の相伴でよければ、晩飯でもどうだ」

「いえ、お心遣いだけ戴いておきます」 アルカードの言葉に、神田がそう返事をしてかぶりを振る。

「なんだ、ほかの用事か」

「ほかの用事といいますか、ドラゴス師の御帰りを待っている最中に、用がすんだら至急大使館に戻る様にと大使閣下から御指示がありまして」

「そうなのか? そりゃ長々と引き留めて悪かった」

 無理強いしようとはせずにうなずいて、アルカードがリビングから出ていく。以前納品した弾薬を納めていたケースを取りに行ったのだろう。それと一緒に、自採した大量の血液を取ってくるはずだ――今日納品したのと同程度の弾薬を生産するなら六リットルは必要になるはずだが、世界中でヴァチカンとファイヤースパウンだけが生産することの出来る秘薬不死の霊薬エリクシルの主原料でもある。

 アルカードはすぐにトランクケースをふたつ持って戻ってきた――受け取ってみるとずしりと重い。やはり、血液満載のペットボトルかなにかが入っているに違いない――血液がいっぱいに入ったペットボトルがぎっしり詰まったトランクケースなど、いちいち中身を確認する気にもなれなかったので、神田はそのまま受け取っておいた。

「では、私はこれで――」 玄関まで見送りに出たアルカードに一礼すると、吸血鬼は小さくうなずいた。

「ああ、ありがとう、助かったよ。ところで、なにか情報は入ってるか?」

 アルカードの言葉に、神田はうなずいて、

「確定ではありませんが、『網』に目撃情報がひとつ」

 それを聞いて、アルカードがわずかに声のトーンを下げる。

「……どこだ?」

「神奈川です」

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