Genocider from the Dark 25

 マオの手下で最後に残った吸血鬼はロンたちふたりに肉薄すると、リーの髪の毛を掴んで上体を引き起こし、彼の首筋にナイフを突きつけた。

「動くな、こいつがどうな――」

 脅しの言葉を最後まで言わせてもらうこと無く、乾いた銃声とともに吸血鬼の体が塵と化した。MP5を懐にしまいこみ、金髪の吸血鬼が鼻を鳴らす。

「……なにか言ったか?」

 返答することも出来ないまま消滅した魔物を見遣り、金髪の吸血鬼は適当に肩をすくめる。

 それで最後の手下が死に――最後に残ったのはマオひとりだけになった。

 マオの表情にはもはや、金髪の吸血鬼に対する殺意は感じられない――目の前で見せつけられた圧倒的な戦闘能力の違いにただただ恐怖し、足がすくみあがっている。

 ――そしておまえの人生は――

「そしておまえの人生は――」

 ラジカセから流れる歌詞に合わせてそのフレーズを口にしながら、金髪の吸血鬼が懐に左手を突っ込んで一挺の自動拳銃を引き抜く。黒い表面処理が施されているためにわかりづらいが、SIGザウァー製の拳銃の様に見えた。

 それを目にして――とうとうマオは逃げをうった。無様な悲鳴をあげながら身を翻し、扉に向かって走り出す。

 ――そこで終わりを迎えるのさ――

「――ここで終わりを迎えるのさ――」

 金髪の吸血鬼が立て続けにトリガーを引き、自動拳銃が二度火を噴いた。

 概略照準連射ダブルタップマオの脇腹に命中し、着弾の衝撃で吸血鬼の体が入口近くで横薙ぎに薙ぎ倒される。

 金髪の吸血鬼が、さらに追撃を仕掛けた――両手の手の甲を密着させる様にして銃を固定する、警察で教わる拳銃射撃術に近い構え方で両手で据銃し、口元をゆがめてトリガーを二度絞る。

 男の放った精密照準連射コントロールペアの精度は、本職の特殊部隊員をはるかに凌ぐほどの精確極まりないものだった――叩き込まれた二発の弾頭がマオのこめかみに突き刺さり、その頭部を粉砕する。

 扉の横の椅子の上に置いてあったラジカセが倒れ込んできたマオの体に椅子ごと押し倒され、床の上に落下した――CDプレイヤーの蓋が跳ね上がり、まだ続いていた演奏が止まる。

そして残るは――And the rest――

 マオの体が黒い塵へと変わっていく、それを一瞥してから、金髪の吸血鬼はこちらに向き直るとどこか芝居がかった仕草で一礼した。

――沈黙のみ――is silence

 音の無くなった部屋の中で、シェイクスピアを諳んじる金髪の吸血鬼の穏やかなつぶやきだけが静かに空気を震わせ――そしてそれもすぐに消えて失せた。

 

   †

 

 ラジカセから流れ出す曲を耳にして口元に笑みを浮かべ、アルカードはゆっくりと部屋の中を見回した。拍子を取る様に爪先で軽く床を叩きながら、視線の先に十数体の噛まれ者ダンパイアを捉える。

 色とりどりに髪を染めた噛まれ者ダンパイアたちが、こちらを睨みつけている――殺意と憎悪に満ちた憎々しげな視線を向けながらも動こうとしないのは、『クトゥルク』の命令に基づく殺意と仲間を殺されたことに対する憎悪、彼に対する恐怖心がせめぎ合っているからだろう。

 上位の吸血鬼による命令というのは、基本的に背くことが出来ないものだ――電気的に変換された音声ではなく肉声でなにかをしろと直接命令されたら、下位の吸血鬼はその実行とそのための手段しか考えられなくなる。

 実行のために必要なら、彼らはいったんこの場を離れることも可能なはずだ。この手の連中は馬鹿のくせに中身の無い自尊心だけは人一倍だし、仲間の屈辱を全体の屈辱と考えることが多いから、仲間が殺されているこの状況で逃げ出すという選択肢は無いだろう――もっともこの建物から外に出たところで、噛まれ者ダンパイアが太陽の下に出るなどというのは自殺行為以外の何物でもないのだが。

 それこそ馬鹿の極みだがな――嘲弄を込めて胸中で侮蔑の言葉を漏らし、アルカードは口元に笑みを浮かべた。塵灰滅の剣Asher Dustを保持したままの左手で、吸血鬼たちに向かって手招きする。

「おい、どうした?」 明らかに侮蔑のこもったその視線に、吸血鬼たちの殺意が一層激しくなった――結構、さっさとかかってきてもらわないと、時間ばかりが無駄に過ぎるだけだ。

「こいよ、俺を殺すんだろ?」 命令によって与えられた殺意と未知の相手に対する警戒感の狭間で攻撃を躊躇している吸血鬼たちに向かって、アルカードは一歩踏み出した。それを見て恐怖心が闘争本能に変わったのか、吸血鬼たちのうちの何人かが床を蹴る。

結構Fine」 MP5を懐にしまいこみ、アルカードは手にした霊体武装を両手で構え直した。前方からふたりの噛まれ者ダンパイアが殺到してきている。ふたり同時というわけでもなく、左側にいる個体のほうがいくらか早い。

 ――

 手にした塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直し、アルカードは床を蹴った。

 迎撃のために拳を固めた手前の吸血鬼は無視して、そのかたわらを駆け抜ける――迎撃態勢を整えた相手に正面から飛び込んだところで、斃すのにただ手間がかかるだけだ。多数を相手にする場合は迎撃態勢が整う前にひとりでも多く仕留めること、これに尽きる。

 正確には攻撃態勢の整っていない相手を手早く潰すことで、十全の体勢が整っている相手を減らすのだ――態勢が整っているいないにかかわらず、ひとり減ればそれだけ戦力は弱体化する。

 背後から殴りかかられても困るので、アルカードはついでに先頭の噛まれ者ダンパイアの左の踝を思いきり踏み抜いた。

 ごきりという嫌な音とともに踝――というよりふくらはぎのあたりを加減無しで踏み抜かれて、噛まれ者ダンパイアの左の脛骨が半ばから折れる。悲鳴とともに体勢を崩した噛まれ者ダンパイアは無視して、アルカードはふたり目の吸血鬼に襲い掛かった――殺るなら当然、迎撃準備の整っていないほうから潰すほうがいい。

 ふたりめの噛まれ者ダンパイアが、毒づきながら殴りかかってくる――が、状況に対応出来ていない。渾身の力を込めて殴りかかるには間合いが遠すぎるし、今すぐ攻撃を繰り出せば打撃の入りが浅くなる、当然もう少し接近しなければならないが――アルカードは当然、すでに噛まれ者ダンパイアを剣の間合いに入れている。

 殴りかかってきた吸血鬼の腕を重心を沈めて掻い潜り、アルカードは床を引っ掻く様な低い軌道で塵灰滅の剣Asher Dustを薙ぎ払った。膝下あたりから両足を切断され、吸血鬼が転倒する――よりも早くバランスを崩した吸血鬼の胸倉を左手で掴み、アルカードは吸血鬼の体を思いきり振り回した。

 まるで子供が振り回す鞄の様に――吸血鬼の体をその場で振り回す。すさまじい握力に絞り込まれて首が締まり、噛まれ者ダンパイアの喉からくぐもった悲鳴が漏れた。振り回している噛まれ者ダンパイアの体に阻まれて、ほかの吸血鬼たちは彼に接近することすら出来ない――十分に勢いがついたところで、アルカードは最初に脇を駆け抜けたついでに足の骨を踏み折った吸血鬼の背中めがけて、それまで振り回していた噛まれ者ダンパイアの体を思いきり投げつけた。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァァッ!」

 だだっ広い部屋の中に、アルカードの咆哮が響く。まるでやんちゃな子供が癇癪を起して投げつけた人形の様に、噛まれ者ダンパイアの体はようやく体勢を立て直し始めていた仲間の背中に激突し――ふたりが倒れ込むよりも早く接近したアルカードの繰り出した刺突が、ふたりの体をまとめてぶち抜いた。

 口蓋から赤黒い血を吐き散らしながら、ふたりの魔物たちが悲鳴をあげようと口を開きかける――よりも早く、アルカードはふたりの体を突き刺したまま手にした塵灰滅の剣Asher Dustを振り回した。

「|Aaaaaa――raaaaaaaaaaaaa《アァァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァァァッ》!」

 咆哮とともに――彼が勢いをつけて思いきり塵灰滅の剣Asher Dustを振り抜くと同時、霊体武装の『刀身』から体がすっぽ抜けたふたりの吸血鬼の体が勢いのままに吹き飛ばされて壁に激突した。

 全面に吸音材を貼るために窓を持たないその部屋の壁は日光が入らないためにここにいる吸血鬼たちにとっては安住の地であったが、老朽化に加えてひどい手抜き工事も相俟って彼らふたりの体が激突した衝撃に耐えられるほどの強度を維持していなかった――往時はライブハウスであったという名残を残すかの様に経年劣化でぼろぼろになった吸音材のへばりついたコンクリート壁は暴走トラックが衝突したかの様なすさまじい轟音とともに呆気無く砕け散り、ふたりの魔物たちの体は壁に穿たれた巨大な風穴から建物の外へと放り出された。

「――ぎゃァあァぁアぁッ!」

 直射日光下に放り出され、全身に真昼の太陽の光を浴びた噛まれ者ダンパイア二体の口から、身の毛も彌立つ凄絶な絶叫がほとばしる――実際に太陽を浴びた噛まれ者ダンパイアの姿は何度か見たことがあるが、日光を浴びた噛まれ者ダンパイアの体は全身を炎に包まれて硫酸でも浴びせかけられたかの様に瞬く間に焼け爛れ、乾燥した土くれのごとくぼろぼろに崩れながら塵となって消滅してしまう。

 その際に伴う苦痛は、相当なものなのだろう――筆舌に尽くし難い絶叫を聞きながら、アルカードはその叫び声をなんの感銘も受けずに右から左へ聞き流した。

 正直に言って――この部屋の壁際に放置された半裸の女性の亡骸を見る限り――、彼らが同情に値するとは到底思えない。

 だからどうでもいい――どうでもいい。その趣味の持ち合わせは無いから嬲り殺しになどしないが、だからと言ってどんな苦痛を味わって死のうが知ったことではない。

 窓の外から聞こえてくる絶叫は、すぐに途絶えた。直射日光下に全身を曝した噛まれ者ダンパイアは、どんなに長くても十秒以上生きてはいられない――仮になんとか日陰に飛び込んだとしても、日光に曝露されたことで全身に負った火傷状のダメージは絶対に治らないのだ。ましてこの建物の正面側には、全身を完全に隠せる様な遮蔽物はなにも無い。あとからいくらでもとどめを刺しに行ける状況である以上、彼らが助かる望みは無い。

 噛まれ者ダンパイアどもの絶叫など心の底からどうでもよかったので気に留めず、回転の勢いを殺すために足を踏ん張る。動きが止まったところに、数人の吸血鬼が金切り声とともに飛びかかってきた。

 時間帯と開口部の方角によっては風穴から差し込む日光で中にいる吸血鬼の大部分をせしめたのだろうが、残念ながら太陽の位置が角度的に高すぎてそうもいかなかったらしい。

 残念――

 唇をゆがめてゆっくりと笑い、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直した。

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