Genocider from the Dark 24

「――ぎゃァあァぁアぁッ!」 どうなったのかはわからない。だが窓から外に投げ出されたふたりの魔物たちの悲痛極まりない絶叫が窓の向こうから聞こえ――そしてすぐに途絶えた。

 回転の勢いを殺すために足を踏ん張り、動きの止まった金髪の吸血鬼の背後から、数人の吸血鬼たちが襲い掛かる。

 だが次の瞬間には、転身動作とともに繰り出した低い軌道の斬撃に足首を薙がれ、先頭にいた吸血鬼が床の上に倒れ込んでいる。足元に滑り込む様にして転倒し、脚をかかえ込む様にして転げ回っている吸血鬼のことは無視し、金髪の青年が周囲に視線を走らせる――正面から一体、左に二体、右に一体。

 それを確認したのだろう――金髪の青年が動く。まるで爪先に引っかかった布切れをすくい上げる様に、金髪の吸血鬼は足元でのたうちまわっている吸血鬼の体を爪先ですくい上げ、八十キロ近い体を易々と宙に浮かせた。

 そのまま一歩踏み込んで、繰り出した掌底で押し出す様にして吸血鬼の体を突き飛ばす――無論突き飛ばすと言っても、ちょっと肩を押す程度ではない。まるで暴走した自動車の様な勢いで吹き飛ばされて突っ込んでくる仲間を目にして、正面から突っ込んでいったもう一体の吸血鬼の気配に動揺が混じる。

 彼が仲間の体を受け止めようが躱そうが――隙が出来て動きが鈍り、ほかの敵に対応する時間が出来ればそれでいいということか。

 金髪の青年はほんのわずか頭が揺れた様にしか見えない動きで、横手から突っ込んできた吸血鬼の繰り出したナイフの鋒を躱し――同時にいつの間に抜き放ったのか、右手で保持した自動拳銃の銃口を吸血鬼の脇腹に押し当てて二度トリガーを引いた。

 九ミリ口径弾が二発、肋骨の砕ける鈍い音と乾いた銃声とともに吸血鬼の体内に入り込み、まだら色に髪を染めた吸血鬼が水音の混じった悲鳴をあげる。だが、今度の吸血鬼の体はどういうわけだか即座に消滅はしなかった。

 あるいはわざとそうしたのか――金髪の男は吸血鬼の顔面を鷲掴みにして、右手から突っ込んできている吸血鬼に向かって野球のボールをそうするみたいに投げつけた。今度は受け止めるか躱すかなどと考えさせる余裕もあるまい。回避することも出来ないまま、右手から接近してきた吸血鬼が正面から突っ込んできた仲間の体の衝突に巻き込まれて、縺れ合う様にして転倒する。

「ぎゃああああっ!」 絶叫をあげながら、左から接近していた二体目の吸血鬼が金髪の青年に掴みかかる。とにかく動きを止めてしまいさえすれば、まだ残っている仲間がとどめを刺してくれると思ったのか。

 金髪の吸血鬼は唇をゆがめて笑いながら、伸ばされた手をかいくぐる様にして吸血鬼の内懐に飛び込んだ。そのまま左拳を吸血鬼の脇腹に押し当てて――

 次の瞬間なにが起こったのかは、よくわからなかった。震脚の轟音とともに金髪の青年の足元の床にびしりと音を立てて亀裂が走り、同時に吸血鬼の全身が破裂する――全身の皮膚が叩き込まれた衝撃波によって細かく裂けて血霞が舞った。

 次の瞬間いったいなにをされたのか、吸血鬼の口から血と吐瀉物の混じった液体があふれ出す。衝撃で眼球が破裂し、両眼から涙の様に血が噴き出した。

 もはや人間の形状も保てないまま、全身の骨格と関節を破壊されて軟体動物の様になった吸血鬼の体が車に撥ねられたみたいに吹き飛ばされて壁に激突し、次の瞬間衣服だけを残して塵に変わる。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、金髪の吸血鬼が正面から近づいていた個体に向かって床を蹴った。彼は結局仲間を受け止める選択をしたらしく、動きが止まっている――金髪の吸血鬼が右手を振り翳すと同時に、また頭の中にあの絶叫が聞こえてきた。

 ギャァァァァァァッ!

 ひぃぃぃぃぃぃっ!

 がぁあぁぁぁあぁぁあ!

 絶叫をあげる不可視の武器インヴィジブル・ウェポンを頭上に振り翳して、彼はそのまま踏み込んだ。仲間の体を受け止めたときに姿勢制御をしくじって尻餅を突いた吸血鬼に向かって、振り上げた曲刀を真直に振り下ろす。

 足首を切断された吸血鬼の胴体を腰で上下に分断しながら、防御のつもりか交叉させて翳した吸血鬼の両腕を切断して――男の手にした目に見えない得物は、尻餅をついたままの吸血鬼の肩を叩き割った。左肩から鎖骨を叩き斬り左肺と心臓、右肺を斬り裂いて下腹部に達する一撃。

 鏡の様に滑らかな断面を見せる真っ赤な肉の切れ目から、一瞬遅れて血が噴き出す――水音の混じった悲鳴は、吸血鬼の肉体が塵に変わったために唐突に途切れた。

 二体同時に塵に変わった吸血鬼の灰にはそれ以上目も呉れず、金髪の吸血鬼は右手で再び自動拳銃を引き抜いた――先ほど銃弾を撃ち込まれてから投げつけられた吸血鬼とともに床に転倒し起き上がろうとしていた吸血鬼が、眉間に銃弾を撃ち込まれて再び床の上に倒れ込む。次の瞬間、吸血鬼たちは致命的なダメージを受けたのか二体仲良く塵に変わった。

 シィィ――歯の間から息を吐き出しながら、金髪の吸血鬼が唇をゆがめて笑う。彼はさらに殺到してきた吸血鬼たちを迎え撃つために、あの見えない得物を手に床を蹴った。

 さらに吸血鬼が三人、左手にふたり、右手にひとり。確認するのはそれだけで十分だったのだろう――くすんだ金髪の若い吸血鬼が、殴りかかろうとしたのか拳を振りかぶる。金髪の吸血鬼はその動きを無視して、吸血鬼の鳩尾に強烈な横蹴りを叩き込んだ。いくつか内臓が破裂したのか血と吐瀉物の混じった液体を口蓋から吐き散らかしながら、吸血鬼がその場で崩れ落ちる。

 それでその吸血鬼はそれ以上かまわないことにしたのか、その場で転身――低い姿勢で踏み込みながら、続く一挙動で近づいてきていた残る二体の吸血鬼の膝を薙ぐ。二体まとめて膝を薙がれ、一体は完全に両足を切断されてうつ伏せに倒れ込み、もう一体は彼の反撃動作に気づいて後退しようとしていたために尻餅を突く様な格好になっている。

 うつ伏せに転倒した吸血鬼の背中を容赦無く踏みつけながら、金髪の青年が踏み出す――ぼきりという音とともに背骨と肋骨数本が砕け内臓が破れて、踏みつけられた吸血鬼の口蓋から悲鳴の代わりに水音が漏れた。

 金髪の吸血鬼が横薙ぎの一撃から続く攻撃動作を止めないまま、不可視の武器をいったん頭上に振り翳し――尻餅をついた吸血鬼の肩口目がけて振り下ろす。防御のつもりか翳した両腕はまるで盥に満たした水にナイフを刺し込んだかの様に易々と切断され、金髪の吸血鬼の一撃はそのまま左肩から斜めに胴体に入った――左肩から鎖骨を叩き斬り左肺と心臓、右肺と消化器官の大部分を斬り裂いて右脇腹に抜けた一撃が、吸血鬼の体を即座に消滅させる。

 動きを止めないまま、金髪の吸血鬼は背後を振り返った――先ほど彼に横蹴りを喰らって内臓がいくつか破れたのか、吸血鬼が口蓋から血を吐き出しながら彼に向かって殺到する。

 金髪の吸血鬼はそれにはかまわず、床の上に倒れた吸血鬼の背中に不可視の武器を突き立てた――。うつ伏せに床に縫い止められた吸血鬼の口からは悲痛な悲鳴があがったが、消滅はしていない。

 どうやらあの武器が魔物たちに対して致命的な攻撃力を発揮するのは、あの悲鳴が聞こえている間だけらしい――金髪の吸血鬼は吸血鬼の背中に突き立てた武器を振り上げて、床に倒れていた吸血鬼の体を無理矢理引き起こした。空いた左手で吸血鬼の髪の毛を鷲掴みにし、不可視の武器を引き抜いて――その動きから察するに、彼の手にした得物の長さは一メートル半ばほどの様だったが――背中に蹴りを入れる。

 血も涙も無い人でなしな蹴りによって吹き飛ばされ、吸血鬼の体は間近まで肉薄していた仲間の体に激突した。

 ぎゃぁぁぁっ!

 イヤァァァァッ!

 アぁぁぁぁアぁっ!

 すさまじい悲鳴が頭の中に直接響く――ふたりの魔物たちが床に倒れ込むよりも早く、金髪の吸血鬼が繰り出した容赦の無い一撃がふたりの胴体をまとめて上下に分断した。

 金髪の吸血鬼が嗤っている――冷酷に嗤っている。嗤ったまま、彼は床を蹴った。

 残る吸血鬼は八人、動きを見せていないマオとその取り巻きを入れれば十二人。

 残る八人が散開し、一斉に金髪の吸血鬼に向かって襲い掛かる――ふん、と金髪の吸血鬼が鼻を鳴らすのが聞こえた。彼は壁に近い所にいるから、吸血鬼たちは扇状に散開して襲いかかっていることになる――壁を背にして手にした武器を肩に巻き込んで身構えると、金髪の吸血鬼が手にした不可視の武器がそれまでで最大級の絶叫をあげた。

 うぎゃぁあァぁッ!

 ひぎぃィィいぃイっ!

 ガァァァァッ!

 老若男女のすさまじい絶叫と同時に、同時に彼が両手で保持した武器が蒼白く輝いた――同時にそれまで視認出来ていなかった武器が、虚空から溶け出すかの様に姿を現す。

 姿を現してはじめて、彼が手にしているのが目をモチーフにした意匠の装飾が施された鍔の無い長剣だと知れた。刃渡り一メートル四十センチほど、身幅が広いものの刀身が物撃ちの半ばで反った曲刀だ。

 そしてその刀身だけが、どういうわけだか周囲に電光を纏わりつかせながら青白い激光を放っているのだ。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァァッ!」 雷華を纏わりつかせたまま、彼は手にした剣を振るった。

 次の瞬間――金髪の吸血鬼が斜めに振り下ろした一撃と同時、ごう、という轟音とともに頭上をなにかが走り抜けた。

 なにが起こったのかはわからない。だがロンのすぐそばに転がっていた古びた丸テーブル――金髪の吸血鬼が先ほど吸血鬼の一体を振り回してもうひとりの背中に投げつけたときに、巻き添えを喰って薙ぎ倒されたものだが――の天板の一部がすっぱりと切断され、床の上に落下してコンという音を立てた。

 彼に殺到していた吸血鬼が片端からあるいは頭蓋を削り取られ、首を刎ね飛ばされ、あるいは胸郭を腕ごと切断され、あるいは胴体を斜めに輪切りにされて崩れ落ちる。

 轟音とともに建物が揺れた。天井から細かいモルタルの破片や埃が、パラパラと降ってくる。視線をめぐらせると、まるで子供の落書きの様に壁に一本の線が走っていた――それが線などではなく切れ目なのだと気づいて、ロンは戦慄した。

 なにをしたのか知らないが、金髪の吸血鬼の繰り出した一撃はこの建物を輪切りにしたのだ――攻撃の軌道上にいた吸血鬼たちを、容赦無く巻き込んで。否、逆か――巻き添えを喰ったのはこの建物のほうだ。

 金髪の吸血鬼が口元をゆがめたまま、角度がよかったために難を逃れたらしいマオに向き直る――金髪の吸血鬼が繰り出した攻撃の軌道があと十センチ低ければ、マオは左隣にいる取り巻きと同様頭蓋骨を斜めに削り取られて絶命していただろう。マオの頭上、一番近いところでは頭から一センチも無い高さで、背後の壁に斜めに切り込みが走っている――マオの左にいた吸血鬼ふたりは頭蓋骨を斜めに切断され、今はすでに床の上で塵の山になっていた。

 その意味では残るふたりは幸運だったといってもいいのかもしれない、総じて見れば不運だろうが。

 がちゃり――金髪の吸血鬼が一歩踏み出し、甲冑の脚甲が音を立てる。

「貴様が下僕サーヴァントか――あの女狐アマの居場所をしゃべる気はあるか?」

 その言葉を聞いて、それまで立ちすくんでいたマオの取り巻きの最後のひとりが床を蹴った。逃げ出すのかと思ったが、そうではない――金髪の吸血鬼に襲いかかるのかとも思ったが、そうでもない。

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