Genocider from the Dark 23

 鏡の様に滑らかな断面にプツプツと血の玉が浮かび、次の瞬間噴水の様に血が噴き出す。がくりと膝を折って床の上に崩れ落ちた噛まれ者ダンパイアの体が、血だまりの上で消滅した。

 足元で崩れ散っていく吸血鬼の屍を足で蹴飛ばし、唇をゆがめて笑みを浮かべる。軽く左腕を振るうと同時に、実体化した塵灰滅の剣Asher Dustの鋒がひゅんという風斬り音を立てた。

「しまらねぇなぁ、まったく」 小さな溜め息をついてそうつぶやくと、アルカードは右手のサブマシンガンを真横に突き出した。右手から飛びかかってきていた吸血鬼が、口蓋に銃口を捩じ込まれて動きを止める。

 次の瞬間、アルカードは噛まれ者ダンパイアの口蓋に捩じ込んだMP5サブマシンガンのトリガーを引いた。

 MP5の銃口が残弾すべてをフルオートで吐き出し、排莢口から弾き出された発射ガスで薄汚れた空薬莢ケースが綺麗な放物線を描いて宙を舞う。弾頭が噛まれ者ダンパイアの頭蓋骨にもぐり込んでそこで破裂し、まだ若い吸血鬼の頭蓋を粉砕した。

 初弾に続く数発で頭蓋骨が粉砕されたために続く斉射は肉に衝突して破裂しながら噛まれ者ダンパイアの頭部を貫通し、後頭部をぶち破って頭髪と皮膚と骨片、脳漿の混じったペースト状のものを周囲にぶちまけた。

 だがそれすらもが壁にこびりつくより早く、塵と化して消えて失せる。

 トリガーを引いたまま、MP5の連射が止まった――三十発、正確には薬室含めて三十一発の弾薬を撃ち尽くしたのだ。

 HK MP5は抗弾被服の防禦性能の向上に伴ってCQB(近接距離戦闘クローズ・クォーター・バトル、主に室内における制圧戦を指す)におけるトレンドが小口径ライフル弾を使用するショート・カービンに移った今でも、性能的には十分に通用する高性能火器だ。その数少ない欠点のひとつが、ボルト・ホールド・オープン機構を持たないことだった。

 簡単に言うと拳銃のスライド・ホールド・オープンに似たもので、弾薬が切れるとボルトが後退したままロックする機能を指す。これは次弾の装填を容易にすると同時に弾薬が切れたことを射手に手っ取り早く伝える機能も兼ねていて、これが無い機種は弾倉を交換したあと、あらためてボルトを引いて弾薬を薬室に送り込まねばならない。

 この欠点はすなわち、たまたま本人が射撃を止めるのと同じタイミングで弾薬が切れた場合に致命的な事態に陥る可能性を孕んでいる――外観から弾薬切れが判断出来ないから、まだ残っているつもりでトリガーを引いても弾丸が出ないことがあるからだ。無論、弾薬切れを敵に気づかれ易くなるリスクもあるわけだが。 

 言うまでもなく有能な射手は自分の撃った弾数を自分でカウントしているし、必要によっては弾薬が残っていても弾倉を交換することもある。アルカードもその例に漏れない――弾倉に残った七発を撃ち尽くすつもりで七発すべてを撃ち尽くしたし、それで射撃が途切れるのも予想の内だ。

 爪先で床の上の噛まれ者ダンパイアの衣服を足元に引き寄せながら右手の人差指でレシーヴァー右側面のリリース・ボタンを押し込むと、研磨されて抵抗の少なくなったローディング・ポートから弾倉がすとんと抜け落ちた――銃の弾倉は使い棄ての品物ではないから、こういう扱いはあまり好きではない。弾倉はバラ弾を詰め替えて、何度も使うものだ。

 床に落とす様な雑な扱いをすれば、あとから回収しても損傷して使えなくなる。銃と弾倉の組み合わせが同一であればその作動の円滑性は弾倉の作動と弾薬の基本形状に大きく左右されるから、映画でやっている様な元の弾倉を床に棄てる様な扱いをする射手は無能の謗りを免れない。

 さらに言うなら、建物内部で隠密接敵を行う様な作戦の場合――攻撃目標のいる部屋に接近するために索敵クリアリングを行いながら建物の内部を進んでいる様なときだ――、床に弾倉が落下したときに音を立てるうえに、そもそも後続の隊員の邪魔にもなるので、特殊作戦部隊では弾倉は必ず入れ替えてポウチに収納する様に訓練される。

 アルカードはヴァチカンの取り計らいによって、GIGNとGSG-9に所属していた時期がある――その時期に近代火器の取り扱いについては訓練を受けているから、こういったことは徹底して叩き込まれている。

 だが単独行動であればさして関係無い。抜け落ちた弾倉は首を刎ね飛ばした噛まれ者ダンパイアの衣服の塊の上に落下するから、損傷して使えなくなることも無いだろう。

 ぎゃぁぁぁッ!

 いやぁぁぁぁあっ!

 ひぃぃぃぃっ!

 手にした塵灰滅の剣Asher Dustが敵の接近に反応して、それまでよりひときわ大きな絶叫をあげた。すでに数人の噛まれ者ダンパイアたちが、こちらに殺到してきている。悠長に弾倉交換している暇は無い。

 かすかな笑みを浮かべ、アルカードはMP5を頭上に投げ上げた。わずかに重心を下げ、両手で保持した塵灰滅の剣Asher Dustを構え直す。

Aaaaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに、アルカードは踏み出しながら迎撃のために塵灰滅の剣Asher Dustを振るった。

 

   †

 

 金髪の青年、否あの暗闇で輝く瞳は彼もまた吸血鬼であるという証なのか。その虹彩がわずかに細くなり、口元にかすかな笑みが浮かぶ。

 彼の手にしたMP5のレシーヴァーから、弾倉がすとんと抜け落ちた。

 飛虎隊フェイフートァイでは弾倉を床に落とす様な隊員は無能扱いされて即座に原隊に叩き出されるのが落ちだが、彼はきっと左手がふさがっているから承知のうえでやったのだろう――直前に首を刎ね飛ばした吸血鬼の衣服を足元に引き寄せてその上に弾倉を落とし、損傷しない様に気を遣っているあたりにそれが表れている。

 金髪の吸血鬼の手にした不可視の武器が、まるで敵の接近を警告するかの様にすさまじい絶叫をあげた――四人の吸血鬼が、金切り声とともに金髪の吸血鬼に接近していく。

 金髪の吸血鬼は右手で保持していたサブマシンガンをなにを思ったのか頭上に向かって放り投げ――左手で保持していた不可視の武器を両手で持ち直し、わずかに重心を落として構え直した。

 その口元に笑みが浮かぶ――笑みが浮かぶ。笑みを浮かべたまま、彼は手にした武器を振るった。

Aaaaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに、不可視の斬撃が虚空を引き裂く。斬撃の軌道に巻き込まれて吸血鬼たちの腕が、脚が、あるいは指先が切断されて宙を舞った。

 ある者は首を刎ね飛ばされて傷口から噴水の様に血を噴き出しながら瞬時に消滅し、ある者は胴を輪切りにされて、こぼれ出した腸を振り乱しながら床の上に崩れ落ちる。ある者は頭蓋骨を削り取られ、崩れた脳髄や体液を撒き散らしながら消滅した。

 胴を輪切りにされた吸血鬼が、悲鳴をあげることしか出来ないまま床の上でのたうちまわっている――その頭部に手にした武装の鋒を突き立ててとどめを刺すと、金髪の吸血鬼は背後を振り返った。

 髪を青と黒のまだら色に染めた吸血鬼が、膝から下が切断された右足を押さえて床の上で転げ回っている。

 先ほどの四人の最後のひとりだ――金髪の吸血鬼に飛びかかったときにひとりだけかなり高く跳躍していたために、彼の斬撃による被害が脚一本にとどまったのだろう。そのまま彼の頭上を飛び越える様にして背後に落下したのに違いない。

 金髪の吸血鬼がふっと笑い、足元の衣服の塊の上に転がっていたMP5の弾倉を爪先で跳ね上げる――さっきは気づかなかったが、あのMP5は弾倉がふたつ、互い違いにして固定されている。いったん抜いてひっくり返せば、新しい弾倉が使える様になるというわけだ。

 金髪の吸血鬼が右手を振り翳し、落ちてきたMP5のグリップを掴み止める――彼が掴み止めたサブマシンガンをそのまま斧かなにかみたいに縦に振り下ろすと、ちょうど彼の胸元の高さまで綺麗に跳ね上がっていた弾倉のフィーディング・リップが吸い込まれる様にしてローディング・ポートに叩き込まれた。左手の不可視の武器の柄を引っ掛ける様にしてコッキングレバーを引き、初弾を薬室に送り込む。

 彼はその挙動から連続する様にしてまだら色の髪の吸血鬼に銃口を向けて据銃すると、

砕けろBreak down」 短く告げて、そのままトリガーを引いた。

 短い連射をまともに受けて、吸血鬼の顔面が血に染まる――衝撃波で頭蓋骨を粉砕され皮膚が細かく裂けて霞の様に血飛沫が虚空を朱に染める。それでまだら色の髪の吸血鬼の生命は終わり、その体は床に倒れ込むよりも早く塵に還った。

 その銃声の残響が終わるよりも早く、金髪の吸血鬼がこちらを振り返って据銃する――彼が発砲すると、すぐ間近で悲鳴があがった。顔面を撃ち抜かれた吸血鬼がふたり、彼の目の前に折り重なる様にして倒れ込み、そのまま塵に変わる。

 どうやらロンリーを捕まえて、人質にするつもりで接近していたらしい――そしてそれにいち早く気づいた金髪の吸血鬼が即座に対処したのだろう。

 金髪の吸血鬼が視線をめぐらせる――薄暗がりの中でおのずから輝く深紅の瞳が紅い光跡を引き、その口元に笑みが浮かんだ。

 十数人の吸血鬼たちが、彼を睨みつけながらも動けずにいる――彼に対する殺意と恐怖心の間で板挟みになっているのだろう。当然と言えば当然か、彼はここまで一切攻撃を受けることなく向かってきた吸血鬼たちを次から次へと虐殺している。

  なにより、一番最初に彼が吹き飛ばした吸血鬼――あの吸血鬼がトリガーを引き始めてから行動を起こしてなお、この金髪の吸血鬼は撃鉄が落ちるより早く攻撃を終えていたのだ――身体能力も反射能力も戦闘経験も、ここにいる連中などとは比べ物にならないくらいに高いことくらいは、ロンにだって理解出来る。

「おい、どうした?」 金髪の吸血鬼が見る者の心胆を寒からしめる酷薄な笑みを浮かべて、吸血鬼たちに向かって手招きしてみせた。

「来いよ、俺を殺すんだろ?」

 恐怖に負けたのか攻撃を躊躇している吸血鬼たちに向かって、金髪の吸血鬼が一歩足を踏み出す。

 その挑発で恐怖心が闘争本能に変わったのだろう、吸血鬼たちのうちの何人かが同時に床を蹴った。

結構Fine」 金髪の吸血鬼がそれを見てゆっくりと笑い、MP5を懐にしまいこんで不可視の武装を両手で握り直す。

 そのまま、彼は床を蹴った――ふたりの吸血鬼のうち手前にいたほうが、迎撃のために拳を固める。当然金髪の吸血鬼はそれに気づいていたろうが、彼は手前の吸血鬼の行動を完全に無視して横をすり抜けた。否、そのついでに踝のあたりを踵で踏み抜いたのか、吸血鬼が体勢を崩す。

 前のめりの体勢で踏鞴を踏む吸血鬼にはそれ以上かまわずに、金髪の吸血鬼はふたりめの吸血鬼に向かって殺到した――迎撃準備の整っていないほうから潰すつもりなのだろう。

 殴りかかってきた吸血鬼の腕を重心を沈めて掻い潜り、不可視の武器を低い軌道で薙ぎ払って吸血鬼の両膝を切断する――彼はバランスを崩した吸血鬼の胸倉を左手で掴み、そのまま吸血鬼の体を思いきり振り回した。

 人ひとりぶんの体重をものともせずに――金髪の吸血鬼が胸倉を掴んだ吸血鬼の体を容赦無く振り回す。まるで子供用の縫いぐるみかなにかの様に抵抗もままならないまま振り回され、吸血鬼の口から悲鳴があがった。

 金髪の吸血鬼が捕まえた魔物の体を砲丸みたいに振り回しているせいで、ほかの魔物たちは彼に接近することもかなわない。

Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに――彼は最初にすり抜けた吸血鬼の背中目がけて、振り回すだけ振り回して勢いをつけた吸血鬼の体を投げつけた。まるで子供向けの軟球の様に易々と放り投げられた吸血鬼の体が、ようやく体勢を立て直し始めていた仲間の背中に激突し――ふたりが倒れ込むよりも早く、接近した金髪の吸血鬼が繰り出した刺突がふたりの体をまとめてぶち抜く。

 ふたりの魔物たちが悲鳴をあげようと口を開きかけるよりも早く、金髪の吸血鬼はふたりの体を串刺しにしたまま手にした武器を振り回した。

Aaaaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァッ!」

 無意味に広い部屋の中に、金髪の吸血鬼の咆哮が響き渡る――彼が勢いをつけて思いきり武装を振り抜くと、それで肉眼では見えない武装の『刀身』からすっぽ抜けたふたりの吸血鬼の体はそのまま吹き飛ばされ、ぼろぼろに朽ちた吸音材がへばりついた壁に激突した。

 その衝突の勢いたるや、高速道路を暴走する二十五トントラックの激突とそう変わらないだろう。実際トラックが激突したかの様な轟音とともに、壁が外側に向かって崩落する。

 ある程度予想されていたことではあるが経年劣化で脆くなっただけではなく、この建物自体が酷い手抜き工事の産物であったらしい――粉砕されたコンクリートの破片とともに、缶詰や飲料の空き缶、硝子瓶の砕片、粉々に砕けた竹が落ちてゆくのが見えた。

 中国本土の業者が施行したのだろうか――壁に風穴が穿たれて、外からまばゆい太陽の光が差し込んでくる。即死はしなかった様だが、ふたりの魔物たちの体は外壁のコンクリートと一緒にビルの外へと放り出された。

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