Genocider from the Dark 17

「わかりました。警部の推論が正しいと思います。警部の部下の方の失踪場所を教えてください――標的も気になりますが、まずは部下の方の安否から確認しましょう。装備を整えてきますので、少し時間をください」

 ホァン警部からすでに判明している情報を聞くだけ聞いて、アルカードは十五分で戻ると言い残して控室を出ていった――それを見送って、その場に残ったふたりの男性たちのためにお茶を用意する。

 茶器に普洱プーアル茶を注いで持っていくと、ホァンはお礼を言ってそれを受け取った。

 ひと口飲んで、かすかに笑みを浮かべてみせる。

「美味いな」

「ありがとうございます」 褒められれば素直にうれしい。美玲メイリンがにっこりと笑うのを見届けて、ホァン斗龍ツォウロンに視線を向けた。

「ところでリゥ司祭。貴方が紹介してくれたあの若者――彼が本当に吸血鬼なのですか? 私には、ただの中欧人の若者にしか見えないのですが」

「たしかに」

 斗龍ツォウロンがその言葉に苦笑してみせる――ホァンはきっと、テレンス・フィッシャーあたりの映画に出てくるドラキュラ伯爵の様な威厳とか迫力たっぷりの吸血鬼を想像していたのだろう。美玲メイリンだって、まさか犬に芸を仕込もうとする様な吸血鬼がやってくるというのは想像していなかった。

 だが、ホァンの疑問はある意味正しい――アルカードが吸血を行った事実は、ヴァチカンには記録されていない。一度も吸血を行った経験の無い吸血鬼が、鬼と呼べるのかは疑問の余地があろう。

「ですが、彼は間違い無く吸血鬼です――彼は少なくとも四十年間、あの姿のままで生きている」

 司祭控室の机の上に置かれていた写真立てを手にとって――斗龍ツォウロンがそんな返事を口にするのが聞こえた。先日までは無かったものだから、彼の父親である剛懿カンイーの部屋にあったものを見つけて持ってきたのだろう。

 それを受け取ったホァンが、写真を目にして小さくうめく――彼の横から覗き込んでみると、写っているのはアルカードと、そのほか数人の男女だった。

 若かりしころの剛懿カンイーも一緒に写真に写っているから、これはヴァチカンでアルカードが弟子をとって聖堂騎士として育てていた時代の写真だろう――剛懿カンイーが結婚して斗龍ツォウロンが生まれたのは二十五年前、彼が二十七歳のときだ。この写真に写っている剛懿カンイーは十五、六に見えるから、年齢の見立てが正しければ三十六、七年前の写真だということになる。

 弟子たちに囲まれて写っているアルカードの姿は、信じ難いことに今とまったく変わっていない――今は長髪を束ねているのが、当時はもう少し短かったくらいだ。

 ビデオのインデックスを帯状に切り抜いたシールに『ドラゴス師の第二期の弟子全員で』と書かれたものが、写真立ての硝子に貼りつけられている――数人は知っている顔もいた。

「彼は何度か、ヴァチカンで自分の弟子を育て上げています。これは三十五年前の写真ですから、少なくともこのときから彼の容姿は変化していません」

「こうして証拠を見せられても、いささか信じがたいですな……」

 写真をしげしげと眺めながら、どことなく感慨深げにホァンがそんな感想を漏らす――斗龍ツォウロンが写真立てを手近な机の上に置いたとき部屋の扉が開いて、甲冑の装甲板がこすれあう耳障りな音とともに、金髪の吸血鬼が姿を見せた。

 

   †

 

 いったん部屋に戻って、アルカードは部屋の隅に置いてあった小型のコンテナを開いた。

 内部に納められているのは、整頓して保管するためにフレームに組み合わせてまとめられた甲冑だった――それ自体が黒色に近い装甲は受肉した悪魔の外殻や爪、骨や角といった素材を削り出されて造られている。

 別に悪魔に限った話ではないが、受肉した霊体を殺害すると時折外殻や骨格、爪や角といった体の中で比較的硬い組織が残ることがある。

 これらは魔力の塊であることもあって魔術における秘薬の材料として使われるほか、それをそのまま切削加工することで非常に高性能な武器や防具を造ることが出来る。

 受肉した霊体の硬質の体組織はダイヤモンドの数倍に相当する非常に高い硬度と、そしてそれ以上の弾性を誇り、つまり加工は難しいものの非常に高い剛性と弾性を兼ね備えた素材である。さらにこれらの素材は悪魔が死んだ時点で霊質の偏りが無くなっており、つまり使用者の魔力の性質にかかわらず魔力の伝導性が非常に高い。

 要するに受肉した霊体の残した外殻や骨、角や爪といった素材は非常に強靭でかつ使用者の魔力の伝導性が高く、対悪魔や対魔族の装備の素材として理想的なのだ。

 ただしこれらの霊体の体組織を加工するためには高度な魔術的技能が必要になり、工作機械などで加工することは出来ない。人類が作り出したいかなる工作機械も、傷ひとつつけることが出来ないからだ――加工可能な状態にするためには、魔術で手を加える必要がある。

 非常に高い技術と知識、入手難度の高い素材を必要とするものの、完成した装備品ロードアウトは魔力を通しやすく、魔力強化エンチャントを這わせることで高い対霊体殺傷能力を誇る武器や非常に強固な防御を誇る甲冑として完成する。

 ただしその性能に合わせて価値も天井知らずで、高度な技術で加工された装備品に百万ユーロもの金銭を投じる魔殺しも少なくない。世界最高の加工技術を誇るファイヤースパウンの技術供与によってヴァチカンで製作されたアルカードの装備品ロードアウトは、世界でもっとも高価な個人装備であるといえる。

 丸みを帯びた装甲にはフルートと呼ばれる溝や装飾が施されているが、通常の装甲の様に外力による塑性変形に対する強度を高める意味は無い――これらはどちらかというと魔術的な意味を持ち、装甲に対して魔力強化エンチャントを這わせるときに這わされた魔力を増幅して魔力強化エンチャントを補強する働きをする。これらの装飾はアルカードの持つすべての装備品に施されており、いずれも魔力強化エンチャントによる甲冑の防御の補強や武器の対霊体殺傷能力を高める役割を果たしていた。

 一般的な西洋風の鎧のイメージと違って腹部や脇腹は複数の装甲板を蛇腹状に重ね合わせた構造になっており、動きやすさが優先された造りになっている。無数の傷跡が入っているのだが、疵の内部が装甲板とまったく同じ色だった――太腿や脛、腕といった大型の装甲板の隙間に何十本も差し込まれた甲冑と同じ素材で造られた格闘戦用の短剣が、歴戦の中で刻まれた無数の傷跡が、その甲冑が単なる工芸品ではなく人間外の相手と戦うための装備であることを雄弁に物語っている。

 甲冑を着込んでから、アルカードはその上から現代の軍の兵士たちがつける様なポリエステルメッシュの装備ロードベアリングベストを羽織った。ベルクロのパネルが体の前面についていて、そこにいくつものポーチを固定出来る様になっている――装備ロードベアリングベストの腰回りのベルトには、いくつものナイロン製のポーチがついていた。拳銃やサブマシンガンの弾倉用のマガジンポーチ、それに格闘戦用のナイフのシース。

 アルカードはサイドボードに手を伸ばし、天板の上に置きっぱなしになっていた二挺ぶんのホルスターを手に取った。

 甲冑の上からホルスターを装着して、自分の好みの位置にくる様にストラップを締め上げる――右手用の銃は左の腰元、ポーチの裏に隠れる様に、左手用の銃は右脇に。

 この作業には妥協は許されない。いったん好みの位置が決まったら変えないことだ。危険な事態になって得物を抜こうとしたらそこに無い――ほんの数センチ横にずれていただけで、死ぬことになる。

 ホルスターをつけたところで、二本の幅広のベルトを交叉する様にして襷掛けにする――ベルトにはそれぞれ無数の筒状ポーチがついており、十二番口径のショットガンの弾薬と四十ミリ口径グレネード弾が収まっている。

 彼は手を伸ばして、コンテナの内壁に固定していた九ミリ口径のサブマシンガンを取り上げた――かつて対テロリズム任務や人質救出作戦の歴史において一世を風靡したヘッケラー・アンド・コッホMP5Aをベースに補強を加え、四十ミリ射出式擲弾を発射するための擲弾発射器を取りつけたサブマシンガンだ。

 それをハーネス状のホルスターを使って左脇に吊るし、黒いコートを取り上げる。コートを羽織ると、アルカードは甲冑の腰回りに吊るしたホルスター状のケースにコンテナの中から取り出したショットガンを差し込んだ。

 二対の筒型弾倉と銃身を備えた、水平二連というよりもオートマティック式のショットガンをふたつ、水平にくっつけた様な造りのショットガンだ。

 コンテナの中身が空になったところで、アルカードは右手で自動拳銃を抜き放ち、壁に掛けられたイエスの肖像画に向かって据銃した。

 二、三回それを繰り返す――最初は引っ掛かりが無いか確認するために素早く、二度目は思い描いた動きをなぞれているか確認するためにゆっくりと、三度目は通常の速度で。

 もともと競技用に開発されたX-FIVEではあるが、本来の目的とはほど遠い近接距離戦闘向けのカスタマイズが施されている。

 反射防止と低摩擦性を同時に確保するブラックテフロン加工を施され、可能な限り精度を上げるためにレシーヴァーとのクリアランスを最小限に抑えられたスライドの前後には鋸じみた鋭さのセレーションが設けられている。

 本来の調整式照準器アジャスタブル・サイトは、コンパクトな楔形の照準器サイトに置き換えられていた。引っ掛かりを無くすために角を落とされた前後の照準器サイトには、夜間の視認性を高めるためにトリチウムのエイムポイントが打ち込まれている。

 おそらく大雑把な加工が終わった時点でラインからはずし、専門の職人の手に渡されたのだろう。フレームにも本来は無いはずのフラッシュモジュール用のレールが設けられ、『シュアファイア』製の発光ダイオード式のフラッシュライトが組みつけられている。

 片側のグリップに小型のレーザーサイトシステムが組み込まれているが、受け取って以来一度もスイッチを押したことは無かった――どのみちレーザーサイトは脅しには使えても、実戦向きではない。

 グリップ後部は削り込まれて丸みを持たせ、掌に食い込む様なダイヤモンドローレットのチェッカーが切られている――レバー類は大型化され、アンビデクストラ(左右どちらの手でも使える様にレシーヴァーの両側面に特に安全装置、スライドストッパー等を設けること)仕様になっている。

 鋸の様に鋭いセレーションを掴んでスライドを引くと、彼は排莢口から覗く金色の弾薬を確認してから手を放してスライドを戻した。

 スライドが完全に前進したことを確認して、グリップのリリース・ボタンを押して弾倉を抜き落とす――弾倉を抜き取った自動拳銃のスライドを完全に引くと、排莢口から金色に輝く真鍮製の弾薬が弾き出された。スライドを引ききると同時に、ホールド・オープン機構が動作してスライドが復座しなくなる。ストッパーを押し下げてスライドを閉じると、彼は弾丸の装填されていない拳銃を片手で据銃した。

 スライドとレシーヴァーのスライドレールの隙間クリアランスを点検して異物の混入や動作不良の原因になる変形やゆがみが無いかどうかを確認し、空撃ちドライファイア(弾薬が装填されていない状態で実際にトリガーを落とし、撃発機構の作動状態を点検すること)を行い、トリガーの重さ、ストローク、撃鉄の作動の円滑性――必要な項目を、次々と事務的にチェックしていく。さながら機械の様に一瞬の淀みも無くチェックを終えていく様は、手慣れたプロフェッショナルのそれだった。

 いったんスライドを引いて排莢口を開放し、先ほど抜き取ったばらの弾薬を押し込んで、スライドストッパーを押し下げてスライドを前進させる――これで薬室チャンバーに弾薬が一発。

 アルカードは続いて、自動拳銃のグリップに弾倉を叩き込んだ。弾倉には十九発装填されているから、この拳銃には今二十発の弾薬が装填されていることになる。

 次に、スライドのセレーションに手をかけて立て続けにスライドを引く――スライドが後退するたびに排莢口から弾薬が弾き出され、次々と絨毯の上に落下した。

 二十発すべてが弾き出され、おかしなや引っ掛かりが無いことだけ確認してから、アルカードは再びグリップから弾倉を抜き取った。

 足元に転がった弾薬を拾い上げてひとつひとつ弾倉に装填し、残った一発を後退したままロックされたスライドの排莢口から薬室に押し込む。スライドを戻しグリップに弾倉を叩き込んでから撃鉄を起こしたまま安全装置をかけ、アルカードは自動拳銃をホルスターに戻した。

 結果に満足したところでアルカードは今度は右脇に吊っていた自動拳銃を左手で引き抜き、同じことを繰り返した。続けてサブマシンガンとショットガンも。

 面倒な手順ではあるが、やらなければならないことだ――少なくとも、いざ射撃しようとしたときに銃から弾丸が発射されないという事態は避けられる。

 甲冑の装甲板の隙間に仕込まれた無数の短剣も同様にチェックしてから、アルカードはベッドの上に放り出していた甲冑の手甲を取り上げて部屋を出た。

 

   †

 

 アルカードが戻ってきたのは、十五分ほど経ったころのことだった。黒く塗装された重装甲冑の上から黒いコートを羽織り、手にはまだ装着していなかったらしい黒光りする手甲をぶら下げている。

 現代風なのか前時代的なのかよくわからない重装備を身につけた吸血鬼がゆっくりと笑い、

「お待たせしました」

 そう言って、彼らが見ている写真に気づいたのか、金髪の吸血鬼は笑みを浮かべた。

「またずいぶん懐かしい写真を見てらっしゃいますね」

 彼はコートの袖の上からかぶせる様にして手甲に腕を入れながら、

「俺が吸血鬼だというのは信じてらっしゃいませんでしたか?」

「ええ、正直信じておりませんでした」 正直なホァンの言葉に、アルカードは少しだけ苦笑してみせた。下膊に手甲を取りつけてストラップを締め上げながら、

「大概の人はまずそう言います」

 そのまま左腕にも装甲を取りつけ、アルカードはコートの襟を整えた。

「行きましょうか、警部」

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