Genocider from the Dark 16
3
香港警務処――警察からの電話を受けた
廊下は暖房が入っていないので、やや肌寒い――少し歩調を早めたとき、ぱんぱん、という拍手の音とともに犬の鳴き声が聞こえて、
どうも口調からするとだんごをただ連呼しているわけではなく、歌の様に拍子をつけている様だったが――だんご……団子? 確か日本のお菓子だった様な気がする。
だんごという声とともに手を叩いている様だ――ついでに犬の鳴き声も聞こえてくる。
声のするほうを視線で追うと、あの金髪の吸血鬼にあてがわれている部屋の扉が半開きになっていた――マークツーが出入りし易い様にだろうか。
どうやら、声はその隙間から聞こえてきているらしい。
中途半端に開いたままの扉からアルカードの部屋の中を覗き見ると、体にぴったりフィットしたcw-xのシャツの上に着たTシャツ、ジーンズといったいでたちのアルカードがベッドに腰を降ろしているのが見えた――どことなく楽しげに微笑みながら、なにやら歌を歌いつつ時折手を叩いている。
あるひきょうだいげんか、と歌が続いている――だんご、という歌詞を口にするたびに吸血鬼が手を叩き、そのたびに彼の足元で蹲ったマークツーがきゃんと鳴いた。
しばらく聞いているうちに、アルカードが歌っているのが日本語の歌なのだということがわかった――語学に堪能な
はるになったらはなみ、あきになったらつきみ――内容はわからなくても、テンポとはなみという単語からなんとなく平和な歌だということだけはわかる。
はなみ――花見か。咲き乱れる桜や梅の花の下でサークルや会社の新入りが急性アルコール中毒と戦う、日本的組織特有の命懸けの儀式のことだったと記憶しているが。
だんご、だんご、だんごとアルカードが連呼したところで歌が終わったらしい――抱き上げたマークツーを褒めながらぎゅっと抱きしめているアルカードを見ながら、
「アルカードさん……なにをしてるんですか」
「ああ、
そんな返事をしながら、アルカードが仔犬を床の上に降ろしてパンパンと二度手を叩き鳴らす――それに反応して、マークツーが二回鳴き声をあげた。察するに、面白くてちょっと芸を仕込んでいたのか――
「うちのマークツーに芸を仕込まないでください」
「駄目か? この芸があれば忘年会の主役間違い無しだぞ」 マークツーがな。そう付け加えながら、アルカードは仔犬を抱き上げて膝の上に降ろした。
「そういうことはご自分で犬を飼ったらやってください――だいたいうちの教会には
「――というかなんですか、今の歌?」
「ん? 今のか? 今のはダンゴという日本のお菓子の販促ソングだ。砂糖醤油を塗ったり餡をかけたり蓬や桜で色をつけたりして串に刺さってる。でも一番美味いのはやはり月見団子で――」
なにやら語り始めた吸血鬼を遮って、
「ごめんなさいアルカードさん、ちょっとお話が――」
「なんの話だ? ああ、別にいいぞ、お漏らしの件なら俺は別に気にしてない」
「〇〆々仝+-±×÷=≠<>≦≧℃¥$¢£%#&*@§☆★○●◎◇◆□■△▽▼※〒!」
「わかった――わかったからせめて人類語で話せ、あと手も離せ」 興奮のあまり自分の肩をがっくんがっくん揺さぶりながら意味不明の叫び声をあげている
「それよりも、なにか用があったんじゃないのか?」
その言葉に、
ひたすら叫んだ上に腕だけだが激しく動かしたせいで、結構息が上がっている――アルカードもあまりに激しく揺すられたせいか、微妙にグロッキー状態になっている様だった。揺さぶられながらしゃべったから舌を噛んだだけかもしれないが。まあそれはともかく、
「
その言葉に、吸血鬼がゆっくりと口元をゆがめた。先ほどまでのぐったりした表情はどこへ消えたのか、精悍というか獰猛というか、そんな感じの背筋の冷たくなる様な笑みを口元に刻み、
「場所は?」
「聞かされてません――
「わかった」 彼は足元に寄ってきたマークツーを抱き上げて
「さて、
†
アルカードが
「お休み中のところ申し訳ありません、ドラゴス教師」
「かまわない、どうせ
アルカードの視線を追って――
「香港警察の
「はじめまして、吸血鬼アルカード――香港警察甲部門の
黒髪を後ろに撫でつけた中年の男――
「アルカード・ドラゴスです。今回は協力いただいてありがとうございます。本案件の解決まで、どうかよろしくお願いします」
その会話を聞いて――
中国拳や格闘術の達人である
だがアルカードにとって、相手の握手を無視する意味など無いのだ――相手が人間であればどんなに優れた武術家でも、アルカードは卵をそうするのと同じ感覚で相手の手を握り潰すことが出来る。
「さて、吸血鬼の案件ですが――」 手を離した
「
「警部の手勢が?」 アルカードはそう尋ね返して、
「
アルカードが顎に手を当てながら口にしたその言葉に、
「よくご存じで」
鉄道路はMTR
だがもっと重要なのは、アルカードが口にしたターミナルだろう。
操業から三十年を経た今でも世界屈指の貿易中継点として機能するコンテナターミナルのひとつで、二〇〇五年度には約二千二百四十三万TEU(TEUはtwenty-foot equivalent units、二十フィートコンテナ一個の大きさを用いた貨物取扱量の単位)で世界第二位のコンテナ取扱量を記録した。
アルカードは
ひとつは、通常のコンテナターミナルで行う荷役。
もうひとつが珠江を通じて華南経済圏から発生する貨物を
そして最後に特徴的なのが沖荷役と呼ばれるミッド・ストリーム・オペレーションで、海上に停泊させているコンテナ船にクレーン付きの
そして最後に特徴的なのがミッド・ストリーム・オペレーション、沖荷役と呼ばれる荷役形態で、海上に停泊しているコンテナ船にクレーン付きの
コンテナターミナルは最初のひとつを行う港湾貨物取り扱い施設で、大型貨物船がひっきりなしに入港している。
なるほど、大型貨物船ならば人ひとり紛れ込んでいてもそうそう見つからないだろう――大型貨物船の荷役作業は百人規模の人間がかかりきりになるうえ、取扱量によってはその作業時間は数日に及ぶ、かなり大規模な作業だ。『クトゥルク』が水に入っても平気だというのならば、接近して忍び込むのはさほど難しくはないだろう。
そんなことを考えている間にも、話は続いている。
「――また、戴いたモンタージュに似た女性も附近で目撃されておりまして。吸血鬼殿の推測が正しいなら、おそらく標的の目的はコンテナターミナルの貨物船でしょうな」
その言葉に、アルカードはうなずいた。
※……
なお、車道鉄道併用橋としては現在でも二〇一八年現在でも世界最大の吊り橋です。
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